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マーケット・シティの安宿の一室で、私は昨日の「卵の戦い」を思い出しながら、三個で五銅貨という破格の卵を丁寧に茹でていた。
「……ふう。やっぱり自炊はコスパが最高だわ。宿の朝食セットに銀貨一枚払うなんて、正気の沙汰じゃないもの」
固ゆでにした卵を剥きながら、私は今後の身の振り方を考える。
公爵家から持ち出した資産はそれなりにあるが、無職で切り崩し続けるのは精神衛生上よろしくない。
早急に「安定した収入源」を確保しなければ。
「条件は……福利厚生がしっかりしていて、無駄な残業代を払わなくて済むくらい効率化された職場。そして何より、私の節約術を笑わない環境ね」
そんな都合のいい場所、あるかしら。
私は茹で卵を口に放り込み、ゴクリと飲み込んだ。
その時、宿の廊下からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「おい! ここに『黄金鶏の卵』を半分に割り勘したという、恐れ知らずの女がいると聞いたぞ!」
「あ、あの! お客様、他のお部屋の方に迷惑ですから!」
バァーン! という景気のいい音と共に、私の部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
そこに立っていたのは、昨日と同じ――いや、昨日よりもさらに高級そうな(しかし一切の装飾を省いた実用的な)漆黒の外套を纏った、あの強面の男だった。
「……あら、アリステアさん。ノックもせずに部屋に入るとは、マナー教育への投資を惜しんだタイプかしら?」
私は卵の殻をゴミ箱に捨てながら、冷静に言い放った。
「……昨日ぶりだな、リウ。マナーの件については謝罪しよう。だが、それどころではない。お前の身元を調べさせてもらったぞ」
アリステアさんの後ろから、顔色の悪い文官風の男がひょっこりと顔を出した。
「あ、あわわわ。失礼します。こちらの方は隣国の公爵、アリステア・ヴァン・クロムウェル閣下です! 不敬ですよ、お嬢さん!」
「公爵……?」
私は思わず、彼の着ている服の素材をジロジロと眺めた。
確かに、無骨だが最高級の羊毛だ。耐久性が高そうで、十年は着られる一級品。
なるほど、公爵という地位にありながら、これほど「長く使えるもの」を選ぶとは……見どころがあるじゃない。
「それで、隣国の閣下が何の御用かしら? まさか、卵を一個返せとでも?」
「そんな端金(はしたがね)のために動くほど暇ではない。……いや、一銅貨でも無駄にするのは罪だがな。今日来たのは、お前に頼みたいことがあるからだ」
アリステア公爵は、私の前にドカッと腰を下ろした。
狭い安宿の椅子が、彼の迫力で今にも壊れそうだ。
「俺の領地に来い。そして、このガタガタになった財政を叩き直してほしい」
「……はい?」
「お前の昨日の身のこなし、そして割り勘の際に見せた一ミリの妥協もない計算能力。あれは、ただの令嬢にできることではない。聞けば、お前は自国の王子に『悪役』と罵られて追放されたそうだが……」
アリステア公爵は、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「俺の目には、お前が『無駄を排除するために鬼になった聖女』に見える。今の俺の領地には、そういう『非情な管理能力』を持つ人材が必要なんだ」
「閣下! 言葉を選んでください! 淑女に鬼だなんて!」
後ろの文官が真っ青になっているが、私はそれどころではなかった。
……スカウト? それも、私の節約術を「非情な管理能力」として評価して?
「閣下、お言葉ですが、私の単価は高いですよ。公爵令嬢として培った『悪役』の演技指導料も含めれば、相当な額になりますわ」
「金なら出す。ただし、お前が削減したコストの数パーセントをボーナスとして支払う歩合制はどうだ? これなら、お前が頑張れば頑張るほど稼げるし、俺の領地の支出も減る」
「……!!」
衝撃が走った。
なんという合理的な提案。
固定給に甘んじることなく、効率化の結果をダイレクトに給与に反映させる……。
これぞ、究極のWin-Winの関係じゃない!
「気に入ったわ。閣下、あなたは見た目こそ処刑人みたいですけれど、中身はとても……ええ、『お買い得』な方のようね」
「……フッ、言わせておけば。で、返答は?」
「もちろん、謹んでお受けいたしますわ。ただし、引っ越し費用は閣下の経費で落としていただきます。あと、領地の帳簿、全部見せていただけますわね?」
「ああ、好きにしろ。むしろ、その分厚い面の皮で、領内の浪費家どもを片っ端から黙らせてほしいくらいだ」
私は差し出された大きな、ゴツゴツとした手を見つめた。
昨日は卵を奪い合った手。
今日は、新しい人生の契約を交わす手。
「決まりね。私、リウ・アルマンド――今日からあなたの領地の『家計の鬼』になって差し上げますわ」
私は力強く、その手を握り返した。
悪役令嬢としての「冷徹なイメージ」が、まさかこんなところでキャリアアップに繋がるとは。
カイル様、私を追い出してくれて本当にありがとう。
こうして私は、隣国の強面公爵と共に、未知の領地へと旅立つことになった。
目指すは、無駄ゼロ、贅沢ゼロ。
節約家たちの楽園を築くために。
「……ふう。やっぱり自炊はコスパが最高だわ。宿の朝食セットに銀貨一枚払うなんて、正気の沙汰じゃないもの」
固ゆでにした卵を剥きながら、私は今後の身の振り方を考える。
公爵家から持ち出した資産はそれなりにあるが、無職で切り崩し続けるのは精神衛生上よろしくない。
早急に「安定した収入源」を確保しなければ。
「条件は……福利厚生がしっかりしていて、無駄な残業代を払わなくて済むくらい効率化された職場。そして何より、私の節約術を笑わない環境ね」
そんな都合のいい場所、あるかしら。
私は茹で卵を口に放り込み、ゴクリと飲み込んだ。
その時、宿の廊下からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「おい! ここに『黄金鶏の卵』を半分に割り勘したという、恐れ知らずの女がいると聞いたぞ!」
「あ、あの! お客様、他のお部屋の方に迷惑ですから!」
バァーン! という景気のいい音と共に、私の部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
そこに立っていたのは、昨日と同じ――いや、昨日よりもさらに高級そうな(しかし一切の装飾を省いた実用的な)漆黒の外套を纏った、あの強面の男だった。
「……あら、アリステアさん。ノックもせずに部屋に入るとは、マナー教育への投資を惜しんだタイプかしら?」
私は卵の殻をゴミ箱に捨てながら、冷静に言い放った。
「……昨日ぶりだな、リウ。マナーの件については謝罪しよう。だが、それどころではない。お前の身元を調べさせてもらったぞ」
アリステアさんの後ろから、顔色の悪い文官風の男がひょっこりと顔を出した。
「あ、あわわわ。失礼します。こちらの方は隣国の公爵、アリステア・ヴァン・クロムウェル閣下です! 不敬ですよ、お嬢さん!」
「公爵……?」
私は思わず、彼の着ている服の素材をジロジロと眺めた。
確かに、無骨だが最高級の羊毛だ。耐久性が高そうで、十年は着られる一級品。
なるほど、公爵という地位にありながら、これほど「長く使えるもの」を選ぶとは……見どころがあるじゃない。
「それで、隣国の閣下が何の御用かしら? まさか、卵を一個返せとでも?」
「そんな端金(はしたがね)のために動くほど暇ではない。……いや、一銅貨でも無駄にするのは罪だがな。今日来たのは、お前に頼みたいことがあるからだ」
アリステア公爵は、私の前にドカッと腰を下ろした。
狭い安宿の椅子が、彼の迫力で今にも壊れそうだ。
「俺の領地に来い。そして、このガタガタになった財政を叩き直してほしい」
「……はい?」
「お前の昨日の身のこなし、そして割り勘の際に見せた一ミリの妥協もない計算能力。あれは、ただの令嬢にできることではない。聞けば、お前は自国の王子に『悪役』と罵られて追放されたそうだが……」
アリステア公爵は、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「俺の目には、お前が『無駄を排除するために鬼になった聖女』に見える。今の俺の領地には、そういう『非情な管理能力』を持つ人材が必要なんだ」
「閣下! 言葉を選んでください! 淑女に鬼だなんて!」
後ろの文官が真っ青になっているが、私はそれどころではなかった。
……スカウト? それも、私の節約術を「非情な管理能力」として評価して?
「閣下、お言葉ですが、私の単価は高いですよ。公爵令嬢として培った『悪役』の演技指導料も含めれば、相当な額になりますわ」
「金なら出す。ただし、お前が削減したコストの数パーセントをボーナスとして支払う歩合制はどうだ? これなら、お前が頑張れば頑張るほど稼げるし、俺の領地の支出も減る」
「……!!」
衝撃が走った。
なんという合理的な提案。
固定給に甘んじることなく、効率化の結果をダイレクトに給与に反映させる……。
これぞ、究極のWin-Winの関係じゃない!
「気に入ったわ。閣下、あなたは見た目こそ処刑人みたいですけれど、中身はとても……ええ、『お買い得』な方のようね」
「……フッ、言わせておけば。で、返答は?」
「もちろん、謹んでお受けいたしますわ。ただし、引っ越し費用は閣下の経費で落としていただきます。あと、領地の帳簿、全部見せていただけますわね?」
「ああ、好きにしろ。むしろ、その分厚い面の皮で、領内の浪費家どもを片っ端から黙らせてほしいくらいだ」
私は差し出された大きな、ゴツゴツとした手を見つめた。
昨日は卵を奪い合った手。
今日は、新しい人生の契約を交わす手。
「決まりね。私、リウ・アルマンド――今日からあなたの領地の『家計の鬼』になって差し上げますわ」
私は力強く、その手を握り返した。
悪役令嬢としての「冷徹なイメージ」が、まさかこんなところでキャリアアップに繋がるとは。
カイル様、私を追い出してくれて本当にありがとう。
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