婚約破棄、万々歳!隣国の強面公爵(節約家)に拾われました

小梅りこ

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「……失礼いたします。リウ様、閣下。中央農業ギルドの会長を名乗る御仁が、面会を求めております」


セバスが持ってきた名刺には、金箔で縁取られた豪華な装飾が施されていた。
私はそれを見た瞬間、嫌な予感がして鼻を鳴らした。


「……セバス。この名刺、金箔の厚みからして一枚につき銀貨三枚はかかっていますわね。こんな見栄のために経費をかける男の話に、ろくなものはありませんわ」


「全くだな。……だが、門前払いにするのも時間の無駄だ。一度会って、二度と来ないように叩き潰しておこう」


アリステア様が冷酷な笑みを浮かべ、愛用の(中古の)羽ペンを置いた。


広間に現れたのは、これでもかと腹の出た、シルクの帽子を被った中年の男だった。
中央農業ギルド会長、バーナビー。
彼はリウとアリステア様を見るなり、揉み手をして下卑(げび)た笑みを浮かべた。


「いやはや、アリステア閣下! そして噂の『節約聖女』リウ様! お会いできて光栄ですぞ。……本日は、お二人が発明されたというあの『魔法の肥料』について、建設的なご相談に参りました」


「建設的、ですか。……解体工事の間違いではなくて?」


私は扇で口元を隠し、冷ややかに応じた。


「おやおや、手厳しい。……単刀直入に言いましょう。あの肥料の製造法と販売権、我がギルドが独占的に買い取りたい。提示額は……金貨五百枚! これさえあれば、このような辺境の城を直す費用くらいにはなるでしょう?」


バーナビーは、これ見よがしに指を五本立てた。
広間に沈黙が流れる。
アリステア様のこめかみに、ピキリと青筋が浮かんだのを私は見逃さなかった。


「……金貨五百枚だと? 我が領の農家が、あの肥料で生み出す将来的な利益を計算した上での数字か、それは」


「閣下、落ち着いて。……バーナビー様。一つお伺いしますが、あなたの頭の中にある計算機、もしかして電池が切れていらして?」


私は一歩前に出て、バーナビーの目の前に一枚の書類を突きつけた。


「我が領の農作物の増収予測、および肥料の自社生産によるコストダウン効果。これらを総合すると、三年間で得られる純利益は金貨三千枚を軽く超えます。……それを五百枚で買いたい? あなたは商売人ではなく、単なる『おねだりさん』かしら?」


「なっ……! お、おねだりだと!? 無礼な! 我がギルドの流通網を使わなければ、あなた方の肥料などこの領地だけで腐るのを待つだけだぞ!」


バーナビーが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「流通網? ああ、あの中間マージンを四割も抜く、時代遅れで非効率なシステムのことですわね。……残念ですが、私たちはすでに隣国の商人たちと、直通の『低コスト輸送ルート』を契約済みですの。……ねえ、閣下?」


「ああ。昨日、お前の指示通りに国境の関税を『肥料限定』で引き下げる特別法を施行した。……ギルドを通す理由など、一ミンの塵(ちり)ほどもない」


アリステア様が腕を組み、バーナビーを威圧する。
その強面(こわもて)が放つ殺気に、バーナビーはひっくり返りそうになった。


「……そ、そんな……! ならば力ずくだ! ギルドの権限で、この領地の種籾(たねもみ)の供給を止めてやるぞ!」


「あら、どうぞご勝手に。……私たちが開発した肥料には、実は『古い種でも発芽率を上げる』特殊な発酵技術が含まれていますの。……つまり、あなた方の高い種なんて、もう必要ありませんわ」


私は嘘を……いえ、「将来的な可能性」を堂々と言い放った。
実際にはまだ研究段階だが、交渉の場では「決定事項」として語るのが悪役令嬢の鉄則だ。


「ひ、ひいいいっ! こ、この女……なんて恐ろしい……!」


「恐ろしいのはあなたの無能さですわ。……さて、バーナビー様。不当な独占交渉を試みたことによる『私の貴重な労働時間の損失補填(ほてん)』として、金貨十枚をこの場で置いていってくださる? さもないと……閣下の剣の『錆(さび)』にするにはもったいないので、このフライパンで物理的な教育を施しますわよ」


私は背中のリュックから、いつもの鉄製フライパンを取り出した。
鈍く光るその表面には、数々の節約バトルを勝ち抜いてきた風格が漂っている。


「……わ、分かった! 払えばいいんだろう! 覚えていろよ、この守銭奴ども!」


バーナビーは震える手で財布を空にすると、転がるように広間から逃げ出していった。
残されたのは、金貨十枚と、最高に清々(すがすが)しい静寂だけだ。


「……ふう。お疲れ様でした、閣下。これで今月の『お茶菓子代』が浮きましたわね」


私は金貨を素早く回収し、大切にポシェットに収めた。


「リウ。お前、さっきの『発芽率』の話、あれは本当か?」


アリステア様が、呆れたような、しかし深い感銘を受けたような目で私を見た。


「……半分はハッタリですわ。でも、閣下がこれから予算を付けてくれれば、現実にしてみせます。……どうです? 投資価値はあると思いませんこと?」


「……フッ。お前という投資先に、俺がNOと言えるわけがないだろう。……リウ、お前のその『一銭も負けない』という強気な瞳に、俺の全財産を賭けてもいいと思っている」


「……閣下。全財産は、私がすでに管理していますわ」


「……ああ、そうだったな。ならば、俺の命を賭けよう。……お前が望む黒字の未来のために」


アリステア様は私の腰を引き寄せ、その額に優しく唇を落とした。
私たちは、逃げ出したギルド会長の残していった「無駄な名刺」を燃料にして暖炉に火をつけ、これからの増収計画について夜遅くまで語り合った。


愛とは、奪い合うことではない。
不当な搾取を跳ね返し、二人で一銅貨の重みを守り抜くことなのだ。


しかし、農業ギルドを追い返したことで、事態はさらに大きな「国を挙げた騒動」へと発展していくことになる……。
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