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王都から派遣された魔導建築士と錬金術師たちの仕事は、驚くべき速さだった。
魔法という名の超技術によって、崖下の別邸はわずか三日で「要塞」のような研究施設へと変貌を遂げた。
「お嬢様、頼まれていた『例のブツ』が完成しましたぜ!」
錬金術師のリーダーが、自信満々に巨大な布を剥ぎ取る。
そこにあったのは、煌びやかな夜会用のドレスではない。
鈍い銀色に輝く、重厚な金属製の装甲に包まれた「魔導潜水服・零号機」だった。
「……素晴らしいわ。この無骨なシルエット、機能美の極致ね!」
私はうっとりとその装甲を撫でた。
一般的な潜水具はせいぜい数メートルの潜水が限界だが、これは違う。
深海の凄まじい水圧に耐えうるよう、公爵家の最高級魔石を動力源とした強化外骨格なのだ。
「ちょっと、お嬢様! 本気でそれを着るおつもりですか!?」
アンナが悲鳴に近い声を上げる。
彼女の手には、父様が気を利かせて送ってくれた最新流行のドレスがあった。
「当たり前でしょう。これを着て、私は深海(あそこ)へ行くのよ」
「正気ですか! 見てください、その頭部パーツ! のぞき窓が三つもあって、まるで見上げる怪物じゃないですか! これを着たお嬢様と海で出会ったら、漁師さんはショック死しますよ!」
「三つの窓は、視野を広げるための工夫よ。怪物的? 最高の褒め言葉ね。深海魚たちに警戒されないよう、私も彼らの仲間に近づく必要があるもの」
私はアンナの静止を振り切り、技術者たちの手を借りて潜水服に「搭乗」した。
ガコン、という重厚な音とともに、ハッチが閉まる。
内部は意外にも快適で、空気循環の魔術によって清涼な空気が保たれていた。
「音声伝達魔法、起動。……聞こえるかしら、アンナ?」
ヘルメットのスピーカーから、私の声が少し加工されて響く。
「聞こえますけど……お嬢様、声まで低くなって、本当に人間をやめたみたいです……」
「失礼ね、これこそが真のレディの嗜みよ。さあ、クレーンを動かして! まずは水深五十メートルまでのテストダイブを行うわ!」
私は桟橋の先端に設置された巨大なクレーンへと歩を進めた。
一歩歩くたびに、ドシン、ドシンと地面が揺れる。
ドレスの裾を気にして歩いていた昨日までの自分が、嘘のように遠く感じられた。
「お嬢様、本当に大丈夫なんですか……? もし水漏れでもしたら……」
ジンさんが心配そうに覗き込んでくる。
私はグッと鉄の拳を突き出した。
「大丈夫よ、ジンさん。この中には私の情熱と、お父様の予算が詰まっているわ。水圧なんて、愛の力で跳ね返してみせる!」
「愛の使い道が間違っている気がしますが……まあ、お嬢様がそう仰るなら。野郎ども、吊り上げろ!」
クレーンが唸りを上げ、私の身体が宙に浮く。
眼下に広がるのは、どこまでも深い紺碧の海。
王都での退屈な日々。
アルベルト王子の、中身のない甘い言葉。
ミィニャ様の、トゲのある笑顔。
そんなものは、この広大な海に比べれば、プランクトンの一粒よりも小さい。
「さようなら、陸の世界(地上)!」
ドボォォォン!!
派手な水飛沫とともに、私は海中へと没した。
一瞬の静寂。
そして、のぞき窓の外に広がったのは、太陽の光がカーテンのように降り注ぐ、青い魔法の世界だった。
「……綺麗……」
私は思わず息を呑んだ。
王都のどんな宝石箱をひっくり返しても、この光景には敵わない。
色とりどりの小魚たちが、銀色の怪物(私)を不思議そうに眺めながら通り過ぎていく。
「お嬢様! 応答してください! 生きてますか!?」
通信用の魔導具から、アンナの切羽詰まった声が聞こえる。
「アンナ、静かにして。今、私は魚たちと対話しているのよ……。ああ、見て。あそこにいるのはキバハダカの群れかしら? なんて淫靡な輝きなの……!」
「お嬢様、語彙力が死んでます! 早く戻ってきてください! 旦那様から『あまり無茶をさせるな』って、また怒りの手紙が届いたんですよ!」
「お父様には言っておいて。『私は今、人生で最高のティータイムを過ごしている』ってね」
私は魔動スラスターを噴射し、さらに深くへと潜っていった。
光が届かなくなる境界線。
そこから先が、私の本当の戦場であり、聖域だ。
この潜水服さえあれば、私はどこへでも行ける。
誰にも邪魔されず、ただ自分の好きなものを追い求めることができる。
その頃。
王都のアルベルト王子は、執務室で届けられた「報告」を読み、顔を震わせていた。
「……何だと? ラブカが、鉄の塊に身を包んで海に身を投げた……? バカな……。あいつは、そこまで僕に捨てられたショックを受けていたというのか!?」
王子の脳内では、なぜか「失恋のあまり、異様な行動に走って自暴自棄になる悲劇のヒロイン・ラブカ」という壮大な勘違いが爆誕していたのである。
「ラブカ……。君はそこまで僕を……。くっ、放っておくわけにもいかないか……!」
王子の歪んだ自尊心が、余計な火を灯し始めていた。
そんなこととは露知らず、私は海の底で新種のナマコを発見し、狂喜乱舞していたのである。
魔法という名の超技術によって、崖下の別邸はわずか三日で「要塞」のような研究施設へと変貌を遂げた。
「お嬢様、頼まれていた『例のブツ』が完成しましたぜ!」
錬金術師のリーダーが、自信満々に巨大な布を剥ぎ取る。
そこにあったのは、煌びやかな夜会用のドレスではない。
鈍い銀色に輝く、重厚な金属製の装甲に包まれた「魔導潜水服・零号機」だった。
「……素晴らしいわ。この無骨なシルエット、機能美の極致ね!」
私はうっとりとその装甲を撫でた。
一般的な潜水具はせいぜい数メートルの潜水が限界だが、これは違う。
深海の凄まじい水圧に耐えうるよう、公爵家の最高級魔石を動力源とした強化外骨格なのだ。
「ちょっと、お嬢様! 本気でそれを着るおつもりですか!?」
アンナが悲鳴に近い声を上げる。
彼女の手には、父様が気を利かせて送ってくれた最新流行のドレスがあった。
「当たり前でしょう。これを着て、私は深海(あそこ)へ行くのよ」
「正気ですか! 見てください、その頭部パーツ! のぞき窓が三つもあって、まるで見上げる怪物じゃないですか! これを着たお嬢様と海で出会ったら、漁師さんはショック死しますよ!」
「三つの窓は、視野を広げるための工夫よ。怪物的? 最高の褒め言葉ね。深海魚たちに警戒されないよう、私も彼らの仲間に近づく必要があるもの」
私はアンナの静止を振り切り、技術者たちの手を借りて潜水服に「搭乗」した。
ガコン、という重厚な音とともに、ハッチが閉まる。
内部は意外にも快適で、空気循環の魔術によって清涼な空気が保たれていた。
「音声伝達魔法、起動。……聞こえるかしら、アンナ?」
ヘルメットのスピーカーから、私の声が少し加工されて響く。
「聞こえますけど……お嬢様、声まで低くなって、本当に人間をやめたみたいです……」
「失礼ね、これこそが真のレディの嗜みよ。さあ、クレーンを動かして! まずは水深五十メートルまでのテストダイブを行うわ!」
私は桟橋の先端に設置された巨大なクレーンへと歩を進めた。
一歩歩くたびに、ドシン、ドシンと地面が揺れる。
ドレスの裾を気にして歩いていた昨日までの自分が、嘘のように遠く感じられた。
「お嬢様、本当に大丈夫なんですか……? もし水漏れでもしたら……」
ジンさんが心配そうに覗き込んでくる。
私はグッと鉄の拳を突き出した。
「大丈夫よ、ジンさん。この中には私の情熱と、お父様の予算が詰まっているわ。水圧なんて、愛の力で跳ね返してみせる!」
「愛の使い道が間違っている気がしますが……まあ、お嬢様がそう仰るなら。野郎ども、吊り上げろ!」
クレーンが唸りを上げ、私の身体が宙に浮く。
眼下に広がるのは、どこまでも深い紺碧の海。
王都での退屈な日々。
アルベルト王子の、中身のない甘い言葉。
ミィニャ様の、トゲのある笑顔。
そんなものは、この広大な海に比べれば、プランクトンの一粒よりも小さい。
「さようなら、陸の世界(地上)!」
ドボォォォン!!
派手な水飛沫とともに、私は海中へと没した。
一瞬の静寂。
そして、のぞき窓の外に広がったのは、太陽の光がカーテンのように降り注ぐ、青い魔法の世界だった。
「……綺麗……」
私は思わず息を呑んだ。
王都のどんな宝石箱をひっくり返しても、この光景には敵わない。
色とりどりの小魚たちが、銀色の怪物(私)を不思議そうに眺めながら通り過ぎていく。
「お嬢様! 応答してください! 生きてますか!?」
通信用の魔導具から、アンナの切羽詰まった声が聞こえる。
「アンナ、静かにして。今、私は魚たちと対話しているのよ……。ああ、見て。あそこにいるのはキバハダカの群れかしら? なんて淫靡な輝きなの……!」
「お嬢様、語彙力が死んでます! 早く戻ってきてください! 旦那様から『あまり無茶をさせるな』って、また怒りの手紙が届いたんですよ!」
「お父様には言っておいて。『私は今、人生で最高のティータイムを過ごしている』ってね」
私は魔動スラスターを噴射し、さらに深くへと潜っていった。
光が届かなくなる境界線。
そこから先が、私の本当の戦場であり、聖域だ。
この潜水服さえあれば、私はどこへでも行ける。
誰にも邪魔されず、ただ自分の好きなものを追い求めることができる。
その頃。
王都のアルベルト王子は、執務室で届けられた「報告」を読み、顔を震わせていた。
「……何だと? ラブカが、鉄の塊に身を包んで海に身を投げた……? バカな……。あいつは、そこまで僕に捨てられたショックを受けていたというのか!?」
王子の脳内では、なぜか「失恋のあまり、異様な行動に走って自暴自棄になる悲劇のヒロイン・ラブカ」という壮大な勘違いが爆誕していたのである。
「ラブカ……。君はそこまで僕を……。くっ、放っておくわけにもいかないか……!」
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