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「……ふふ、カイト様。この深度でいただくお茶は、格別の味わいですわね」
潜水艇『リュウグウ・マークII』の艦内。
水深五千メートルの超高圧世界に包まれながら、私は手にした特殊気密カップを揺らした。
「ええ、ラブカ様。この『深海魚の肝油入り濃縮ハーブティー』……。
通常の気圧では分離してしまう成分が、この高圧下で完璧に乳化している。
舌の上で踊るような、このヌメりとコク……。たまりませんな」
カイト様が、うっとりと目を細めてカップを傾ける。
窓の外は、完全なる暗黒。
サーチライトの光の中に、時折、体長数ミリの美しい翼足類が、キラキラと雪の結晶のように横切っていく。
「見てください、あそこ。……メンダコの仲間かしら?
平べったい耳のようなヒレをパタパタさせて……。
ああ、なんて愛らしいの。あの子を茶菓子にしてしまいたいくらいだわ」
「ラブカ様、それはあまりに過激な愛情表現です。
ですが、確かにあのモチモチとした質感は、高級な大福を連想させますね」
私たちは、地上の喧騒を完全に忘れ去っていた。
アルベルト王子? ミィニャ様?
そんな名前の魚、深海には生息していないもの。
私にとって、この潜水艇の中こそが真の王宮であり、目の前のカイト様こそが、知性を共有できる唯一の騎士なのだ。
「カイト様、次の潜航目標は……深度七千メートル、日本海溝ならぬ『ディープシー海溝』の最深部を目指しましょう。
そこに、私の運命の魚(ルビ:ターゲット)が待っている気がするの」
「仰せのままに、艦長。……ですが、その前に少しばかり『雑音』を処理した方が良さそうですよ。
……ソナーに、妙な反応が出ています」
カイト様が計器を指差す。
そこには、上空(水面)から、信じられないほどのスピードで落下してくる『巨大な金属塊』の反応があった。
一方、その頃。海上では。
「ついに完成したぞ! これぞ、愛の救出機『ゴールデン・アルベルト号』だ!」
波間に浮かぶ巨大な船の上で、アルベルト王子が、目も眩むような黄金の物体を指差していた。
それは、潜水服というよりは、王子の形をした『金ピカの巨大な像』だった。
「お、王子……。それ、本気で着るんですの?
潜水服っていうか、ただの金の塊じゃありませんこと?」
ミィニャ様が、日傘を回しながら呆れ果てた声を出す。
彼女の隣では、王家お抱えの錬金術師が、死にそうな顔で震えていた。
「殿下……。重ねて申し上げますが、純金は柔らかく、水圧に耐えるには不向きです。
しかも、その意匠を重視したマントや装飾のせいで、空気抵抗……いえ、水抵抗が凄まじいことに……」
「黙れ! 愛の力は水圧など凌駕する!
ラブカは今、海の底で僕の光を待っているんだ。
安っぽい鉄の塊ではなく、この輝かしい黄金の王子こそが、彼女の絶望を照らすのだ!」
王子はそう叫ぶと、特注の(そして無駄に重い)ヘルメットを被った。
中には最新の『空気供給魔導具』が積まれているが、設計ミスで、王子の声がヘルメット内で反響して、外には「モゴモゴ」としか聞こえない。
「モゴ! モゴモゴ、モゴー!!(訳:行くぞ! 救出開始だ!)」
ドッパァァァァァァン!!
重さ数トンの黄金像(王子入り)が、クレーンから解き放たれ、海へと投下された。
あまりの重さに、周囲にいた漁師たちの小舟が転覆しかけるほどの水飛沫が上がる。
「……沈んでいきましたわね。……一瞬で」
ミィニャ様が、泡の消えた水面を見つめて呟く。
「ゴールデン・アルベルト号」は、潜航というよりは、文字通り『墜落』に近いスピードで海の底へと突き進んでいった。
そして、水深五千メートル。
「……カイト様、今の衝撃音、聞こえた?」
「ええ。……何かが、凄まじい速度で自由落下しています。
……この形状、そしてこの悪趣味な反射率……。
まさか、地上からゴミが降ってきたのでしょうか?」
潜水艇のサーチライトが、上空から降ってくる『それ』を捉えた。
のぞき窓の外を、手足をバタバタさせながら、猛スピードで沈んでいく金ピカの人形。
ヘルメットの中で、何やら叫んでいる王子の顔が一瞬だけ見えた。
「…………あれ、元殿下じゃないかしら?」
「左様ですな。……何をされているのでしょうか。
あんな空気抵抗を無視した格好で……。
あ、マントが岩に引っかかって、逆さまになりましたよ」
「ふふ、面白いわね。新種の巨大なキンギョかしら?
それとも、深海に棲む新種の『成金魚(ルビ:ナルシスト)』かしら」
私は冷淡に、カップに残ったハーブティーを飲み干した。
窓の外では、王子が必死にこちらを指差して、何事かを叫んでいる(泡しか出ていないが)。
「ラブカ様、救助しますか?」
「いいえ。あんな不燃ゴミ、艇内に入れたら空気が汚れるわ。
……それよりカイト様、見て。
王子の落下に驚いて、さっきのメンダコちゃんが逃げてしまったわ。
……万死に値するわね」
私の三白眼が、暗闇の中でさらに鋭く光る。
王子の必死の形相も、今の私にとっては『観察記録』の一行にすら値しない。
「ソナーに警告。……黄金の物体、さらに加速して深度六千メートルへ。
……ああ、底を突き破る勢いですね」
「放っておきましょう。金は腐らないから、千年後くらいに考古学者が喜ぶわ。
……私たちは、さらに深くへ。
さあ、カイト様。本当の『愛』を探しに行きましょう」
「了解しました、艦長」
潜水艇は、逆さまになって沈んでいく黄金の王子を完全に無視し、静かに、そして優雅に、さらなる深淵へと舵を切った。
深海のティータイムは、まだ始まったばかりなのだ。
潜水艇『リュウグウ・マークII』の艦内。
水深五千メートルの超高圧世界に包まれながら、私は手にした特殊気密カップを揺らした。
「ええ、ラブカ様。この『深海魚の肝油入り濃縮ハーブティー』……。
通常の気圧では分離してしまう成分が、この高圧下で完璧に乳化している。
舌の上で踊るような、このヌメりとコク……。たまりませんな」
カイト様が、うっとりと目を細めてカップを傾ける。
窓の外は、完全なる暗黒。
サーチライトの光の中に、時折、体長数ミリの美しい翼足類が、キラキラと雪の結晶のように横切っていく。
「見てください、あそこ。……メンダコの仲間かしら?
平べったい耳のようなヒレをパタパタさせて……。
ああ、なんて愛らしいの。あの子を茶菓子にしてしまいたいくらいだわ」
「ラブカ様、それはあまりに過激な愛情表現です。
ですが、確かにあのモチモチとした質感は、高級な大福を連想させますね」
私たちは、地上の喧騒を完全に忘れ去っていた。
アルベルト王子? ミィニャ様?
そんな名前の魚、深海には生息していないもの。
私にとって、この潜水艇の中こそが真の王宮であり、目の前のカイト様こそが、知性を共有できる唯一の騎士なのだ。
「カイト様、次の潜航目標は……深度七千メートル、日本海溝ならぬ『ディープシー海溝』の最深部を目指しましょう。
そこに、私の運命の魚(ルビ:ターゲット)が待っている気がするの」
「仰せのままに、艦長。……ですが、その前に少しばかり『雑音』を処理した方が良さそうですよ。
……ソナーに、妙な反応が出ています」
カイト様が計器を指差す。
そこには、上空(水面)から、信じられないほどのスピードで落下してくる『巨大な金属塊』の反応があった。
一方、その頃。海上では。
「ついに完成したぞ! これぞ、愛の救出機『ゴールデン・アルベルト号』だ!」
波間に浮かぶ巨大な船の上で、アルベルト王子が、目も眩むような黄金の物体を指差していた。
それは、潜水服というよりは、王子の形をした『金ピカの巨大な像』だった。
「お、王子……。それ、本気で着るんですの?
潜水服っていうか、ただの金の塊じゃありませんこと?」
ミィニャ様が、日傘を回しながら呆れ果てた声を出す。
彼女の隣では、王家お抱えの錬金術師が、死にそうな顔で震えていた。
「殿下……。重ねて申し上げますが、純金は柔らかく、水圧に耐えるには不向きです。
しかも、その意匠を重視したマントや装飾のせいで、空気抵抗……いえ、水抵抗が凄まじいことに……」
「黙れ! 愛の力は水圧など凌駕する!
ラブカは今、海の底で僕の光を待っているんだ。
安っぽい鉄の塊ではなく、この輝かしい黄金の王子こそが、彼女の絶望を照らすのだ!」
王子はそう叫ぶと、特注の(そして無駄に重い)ヘルメットを被った。
中には最新の『空気供給魔導具』が積まれているが、設計ミスで、王子の声がヘルメット内で反響して、外には「モゴモゴ」としか聞こえない。
「モゴ! モゴモゴ、モゴー!!(訳:行くぞ! 救出開始だ!)」
ドッパァァァァァァン!!
重さ数トンの黄金像(王子入り)が、クレーンから解き放たれ、海へと投下された。
あまりの重さに、周囲にいた漁師たちの小舟が転覆しかけるほどの水飛沫が上がる。
「……沈んでいきましたわね。……一瞬で」
ミィニャ様が、泡の消えた水面を見つめて呟く。
「ゴールデン・アルベルト号」は、潜航というよりは、文字通り『墜落』に近いスピードで海の底へと突き進んでいった。
そして、水深五千メートル。
「……カイト様、今の衝撃音、聞こえた?」
「ええ。……何かが、凄まじい速度で自由落下しています。
……この形状、そしてこの悪趣味な反射率……。
まさか、地上からゴミが降ってきたのでしょうか?」
潜水艇のサーチライトが、上空から降ってくる『それ』を捉えた。
のぞき窓の外を、手足をバタバタさせながら、猛スピードで沈んでいく金ピカの人形。
ヘルメットの中で、何やら叫んでいる王子の顔が一瞬だけ見えた。
「…………あれ、元殿下じゃないかしら?」
「左様ですな。……何をされているのでしょうか。
あんな空気抵抗を無視した格好で……。
あ、マントが岩に引っかかって、逆さまになりましたよ」
「ふふ、面白いわね。新種の巨大なキンギョかしら?
それとも、深海に棲む新種の『成金魚(ルビ:ナルシスト)』かしら」
私は冷淡に、カップに残ったハーブティーを飲み干した。
窓の外では、王子が必死にこちらを指差して、何事かを叫んでいる(泡しか出ていないが)。
「ラブカ様、救助しますか?」
「いいえ。あんな不燃ゴミ、艇内に入れたら空気が汚れるわ。
……それよりカイト様、見て。
王子の落下に驚いて、さっきのメンダコちゃんが逃げてしまったわ。
……万死に値するわね」
私の三白眼が、暗闇の中でさらに鋭く光る。
王子の必死の形相も、今の私にとっては『観察記録』の一行にすら値しない。
「ソナーに警告。……黄金の物体、さらに加速して深度六千メートルへ。
……ああ、底を突き破る勢いですね」
「放っておきましょう。金は腐らないから、千年後くらいに考古学者が喜ぶわ。
……私たちは、さらに深くへ。
さあ、カイト様。本当の『愛』を探しに行きましょう」
「了解しました、艦長」
潜水艇は、逆さまになって沈んでいく黄金の王子を完全に無視し、静かに、そして優雅に、さらなる深淵へと舵を切った。
深海のティータイムは、まだ始まったばかりなのだ。
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