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「……素晴らしいわ、カイト様。見て。この一万メートルの底に咲いた、不夜城の輝きを」
潜水艇『リュウグウ・マークIII・改』の操縦席から、私は眼下に広がる景色を眺めていた。
そこには、かつての大叔父様の神殿を中心に、無数の透明ドームが連結された巨大都市『ディープシー・メガロポリス』が完成していた。
ドーム内では、王都から移住してきた変態……もとい、純粋な学者たちが、地上では禁じられていた「魚との混浴」や「粘液の研究」に没頭している。
発光プランクトンの光が、深淵の闇をパステルカラーに彩り、それは王都のどの祝祭よりも幻想的で、狂気に満ちた美しさを放っていた。
「ええ、ラブカ様。……我々の『理想郷』がついに完成しましたね。
今やここは、地上の王家さえも無視できない、独自の文明と経済圏を持つ『深海帝国』です」
カイト様が、私の肩を抱き寄せながら、満足げに微笑んだ。
私たちの指には、あの日交換した「主様の鱗リング」が、水圧に負けることなく鈍く光り続けている。
「お嬢様! カイト様! 新婚旅行からお帰りなさいませ!」
ドックに降り立つと、アンナが弾んだ声で駆け寄ってきた。
彼女の横には、大叔父エドワードが、相変わらずブロブフィッシュの主様をポヨンポヨンと突きながら立っている。
「ラブカ、カイト君。いいタイミングで戻ったな。
……王都から、最後の『降伏勧告』、もとい『泣き言』が届いているぞ」
大叔父様が差し出したのは、もはや公式な書簡ではなく、国王陛下と父公爵の連名による「お願い事」のリストだった。
「……どれどれ? 『アルベルト王子が、深海魚の臭いを消すために香水を浴びすぎて、王宮の全職員が鼻を休職させた。何とかしてくれ』……ですって?」
「『ミィニャ嬢が経営するナマコ・ブランドが好調すぎて、王国の税収の半分がナマコ由来になった。このままだと国名がナマコ王国になる。助けてくれ』……とも書いてありますね」
カイト様が苦笑しながら読み上げる。
私は、それらの手紙を一瞬で丸め、近くにいた「深海ゴミ処理担当」の巨大カニに食べさせた。
「ふふ、勝手になさるがいいわ。……アルベルト王子には、ナマコ島で『ナマコ神』として一生崇められているのがお似合いよ。
あの方は、結局のところ、自分が世界の中心でないと気が済まないのだから。……あの臭いも含めてね」
私は、神殿の中央にある大水槽を見上げた。
そこでは、金色の主様が、相変わらず一切のやる気を感じさせない、ふてぶてしい顔でプカプカと浮いている。
「……ラブカ様。これからは、誰にも邪魔されることはありません。
私たちはこの深淵で、主様と共に、永遠の時を研究に捧げる。……後悔はありませんか?」
カイト様が、私の瞳をじっと見つめる。
私は、その藍色の瞳に映る、泥と粘液で汚れながらも、世界で一番幸せそうな自分の顔を見て笑った。
「後悔? ……カイト様、何を仰るの。
私は、あの卒業パーティーで婚約破棄をされた瞬間から、人生の全運(ルビ:ラッキー)を使い切ったと思っているわ。
……もし、あのまま王妃になっていたら。
私はきっと、この素晴らしいヌメリも、深淵の静寂も、そして……あなたという最高のパートナーも知らないまま、死んでいたんですもの」
私はカイト様の胸に顔を埋めた。
少しだけ磯の香りがして、そして何より、私のすべてを肯定してくれる温かさがあった。
「……愛しているわ、カイト様。一万一千メートルの水圧よりも、ずっと強く」
「私もです、ラブカ。……この海の底が尽きるまで、あなたのそばにいます」
私たちは、主様の見守る前で、再び誓いのキスを交わした。
その時、主様が「プゥー」と、今日一番の大きな泡(ルビ:ゲップ)を放出した。
黄金の気泡が神殿いっぱいに広がり、それはまるで、地上のどんな宝石よりも眩しい、祝福のシャワーのようだった。
「さあ、カイト様! 感傷に浸っている暇はないわ!
次は、昨日発見した『足が百本ある新種のナマコ』の解剖よ!」
「了解しました、艦長! ……さあ、愛のナイフを研いで待ちましょう!」
私たちの笑い声が、深海都市のドーム全体に響き渡る。
悪役令嬢と呼ばれ、疎まれ、捨てられた私。
けれど、私は今、世界の誰よりも深い愛と、終わることのない知的好奇心に満たされている。
地上で王子がナマコに愛を囁き、ミィニャ様がナマコを売り捌いている頃。
一万メートルの底では、史上最も「変態的」で、史上最も「幸せ」な、青い楽園の物語が、これからも永遠に続いていくのである。
「ラブカ! カイト! 早く来い、主様がまた面白い排泄物を出したぞ!」
「「今、行きますわ(行きます)!!」」
私たちは手を取り合い、光り輝く深淵の奥へと、全力で駆け出していった。
潜水艇『リュウグウ・マークIII・改』の操縦席から、私は眼下に広がる景色を眺めていた。
そこには、かつての大叔父様の神殿を中心に、無数の透明ドームが連結された巨大都市『ディープシー・メガロポリス』が完成していた。
ドーム内では、王都から移住してきた変態……もとい、純粋な学者たちが、地上では禁じられていた「魚との混浴」や「粘液の研究」に没頭している。
発光プランクトンの光が、深淵の闇をパステルカラーに彩り、それは王都のどの祝祭よりも幻想的で、狂気に満ちた美しさを放っていた。
「ええ、ラブカ様。……我々の『理想郷』がついに完成しましたね。
今やここは、地上の王家さえも無視できない、独自の文明と経済圏を持つ『深海帝国』です」
カイト様が、私の肩を抱き寄せながら、満足げに微笑んだ。
私たちの指には、あの日交換した「主様の鱗リング」が、水圧に負けることなく鈍く光り続けている。
「お嬢様! カイト様! 新婚旅行からお帰りなさいませ!」
ドックに降り立つと、アンナが弾んだ声で駆け寄ってきた。
彼女の横には、大叔父エドワードが、相変わらずブロブフィッシュの主様をポヨンポヨンと突きながら立っている。
「ラブカ、カイト君。いいタイミングで戻ったな。
……王都から、最後の『降伏勧告』、もとい『泣き言』が届いているぞ」
大叔父様が差し出したのは、もはや公式な書簡ではなく、国王陛下と父公爵の連名による「お願い事」のリストだった。
「……どれどれ? 『アルベルト王子が、深海魚の臭いを消すために香水を浴びすぎて、王宮の全職員が鼻を休職させた。何とかしてくれ』……ですって?」
「『ミィニャ嬢が経営するナマコ・ブランドが好調すぎて、王国の税収の半分がナマコ由来になった。このままだと国名がナマコ王国になる。助けてくれ』……とも書いてありますね」
カイト様が苦笑しながら読み上げる。
私は、それらの手紙を一瞬で丸め、近くにいた「深海ゴミ処理担当」の巨大カニに食べさせた。
「ふふ、勝手になさるがいいわ。……アルベルト王子には、ナマコ島で『ナマコ神』として一生崇められているのがお似合いよ。
あの方は、結局のところ、自分が世界の中心でないと気が済まないのだから。……あの臭いも含めてね」
私は、神殿の中央にある大水槽を見上げた。
そこでは、金色の主様が、相変わらず一切のやる気を感じさせない、ふてぶてしい顔でプカプカと浮いている。
「……ラブカ様。これからは、誰にも邪魔されることはありません。
私たちはこの深淵で、主様と共に、永遠の時を研究に捧げる。……後悔はありませんか?」
カイト様が、私の瞳をじっと見つめる。
私は、その藍色の瞳に映る、泥と粘液で汚れながらも、世界で一番幸せそうな自分の顔を見て笑った。
「後悔? ……カイト様、何を仰るの。
私は、あの卒業パーティーで婚約破棄をされた瞬間から、人生の全運(ルビ:ラッキー)を使い切ったと思っているわ。
……もし、あのまま王妃になっていたら。
私はきっと、この素晴らしいヌメリも、深淵の静寂も、そして……あなたという最高のパートナーも知らないまま、死んでいたんですもの」
私はカイト様の胸に顔を埋めた。
少しだけ磯の香りがして、そして何より、私のすべてを肯定してくれる温かさがあった。
「……愛しているわ、カイト様。一万一千メートルの水圧よりも、ずっと強く」
「私もです、ラブカ。……この海の底が尽きるまで、あなたのそばにいます」
私たちは、主様の見守る前で、再び誓いのキスを交わした。
その時、主様が「プゥー」と、今日一番の大きな泡(ルビ:ゲップ)を放出した。
黄金の気泡が神殿いっぱいに広がり、それはまるで、地上のどんな宝石よりも眩しい、祝福のシャワーのようだった。
「さあ、カイト様! 感傷に浸っている暇はないわ!
次は、昨日発見した『足が百本ある新種のナマコ』の解剖よ!」
「了解しました、艦長! ……さあ、愛のナイフを研いで待ちましょう!」
私たちの笑い声が、深海都市のドーム全体に響き渡る。
悪役令嬢と呼ばれ、疎まれ、捨てられた私。
けれど、私は今、世界の誰よりも深い愛と、終わることのない知的好奇心に満たされている。
地上で王子がナマコに愛を囁き、ミィニャ様がナマコを売り捌いている頃。
一万メートルの底では、史上最も「変態的」で、史上最も「幸せ」な、青い楽園の物語が、これからも永遠に続いていくのである。
「ラブカ! カイト! 早く来い、主様がまた面白い排泄物を出したぞ!」
「「今、行きますわ(行きます)!!」」
私たちは手を取り合い、光り輝く深淵の奥へと、全力で駆け出していった。
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