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「……はぁ、はぁ……。なんて、なんて過酷な道なんだ……。ナギは、ナギは本当にこんな最果ての地で生きているのか……?」
カイル王子は、泥まみれになった愛馬の首にすがりつきながら、クロムウェル城の巨大な城門を見上げていた。
王都を出発して数日。
リリアの「宝石買いたい攻撃」から逃れるため、そして「ナギならきっと私を優しく迎えてくれる」という身勝手な妄想に突き動かされ、彼は辺境までやってきたのだ。
彼の想像では、ナギは辺境の寒さと寂しさに震え、毎日泣きながら王都の方角を眺めているはずだった。
「……待っていろ、ナギ。私の愛が、君をこの地獄から救い出してやるからな……!」
カイルは、ボロボロになったマントを翻し、城の入り口へと足を踏み入れた。
だが、そこにあったのは、静寂でもなければ絶望でもなかった。
「いっけええええ! お嬢様! そのまま押し潰してください!!」
「耐えろ! 耐えるんだ三番隊長! 男の意地を見せろぉ!!」
地鳴りのような歓声。
そして、ズズズ……と石のテーブルが削れるような不気味な音が、食堂の中から響いてくる。
カイルが恐る恐る中を覗くと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「……ふんぬぅぅぅううう!! 甘いわよ! もっと広背筋に力を込めなさいな!」
「ぐ、ぐああああ!? ば、バカな……! 俺は、俺はこれでも辺境一の怪力自慢なんだぞ……っ!」
食堂の中央。
テーブルを挟んで向き合っていたのは、身長二メートルを超える筋骨隆々の騎士と、袖をまくり上げ、顔を真っ赤にして腕に力を込めるナギ・カームだった。
「……せいやぁぁぁあああ!!」
ドガァァァン!!
ナギが気合一閃、腕を振り抜くと、特製の石造りのテーブルに深い亀裂が入り、騎士の腕が叩きつけられた。
騎士はそのまま、衝撃で椅子ごと後ろへひっくり返り、白目を剥いて痙攣している。
「……ふぅ。……次! 次は誰!? まだ五十人も残っているわよ!」
ナギは、額の汗を豪快に腕で拭い、勝ち誇ったように叫んだ。
その右腕は、パンパンにパンプアップし、美しい筋肉のラインが夕陽に照らされて輝いている。
「お、お嬢様……。これで九十九人抜きです……。もう、戦える男が残っていません……」
審判を務めていた騎士が、震える声で報告する。
「……ナギ。……見事だ。……今の最後の一押し、手首の返しが神がかっていたぞ」
傍らで、ストップウォッチを片手にナギにプロテイン入りのジョッキを差し出しているのは、アイン・クロムウェル辺境伯。
彼は、まるで聖女を拝むような崇高な眼差しで、汗だくのナギを見つめていた。
「……な、……ナギ……?」
カイルは、食堂の入り口で呆然と立ち尽くした。
彼が助けに来たはずの「悲劇のヒロイン」は、今、屈強な男たちを腕一本でなぎ倒し、王都のそれより十倍はデカい肉の塊を素手で掴んで咀嚼し始めたところだった。
「……あら? 入り口に、なんだか見覚えのある、しなびたかぼちゃが立っているわね」
肉を飲み込んだナギが、カイルの存在に気づいた。
彼女の瞳には、以前のような「遠慮」も「お淑やかさ」も微塵もない。
あるのは、強者としての余裕と、少しばかりの「邪魔をされた」という不快感だけだ。
「……カイル殿下。わざわざこんな辺境まで、砂遊びの続きをしに来たのですか?」
「……砂遊び、ではない! ナギ、お前……お前は、何をしているんだ! 公爵令嬢が、男たちと腕相撲をして、肉を食らうなど……!」
「……何って、見ての通り『交流』ですわ。……辺境の騎士たちは、腕の強さが信頼の証。……ねえ、みんな?」
ナギが問いかけると、周囲の騎士たちが一斉に「応!!」と咆哮した。
その結束力は、王都の近衛騎士団すら凌駕する熱量だ。
「……カイル殿下。……君は、まだ理解していないようだな」
アインが、氷のような冷徹な瞳でカイルを見据え、ナギの肩に手を置いた。
「……ナギは、この地の太陽だ。……君が『人形』として閉じ込めていた彼女の真価を、我々は心から愛している。……君のような、中身の詰まっていない果実の出る幕はない」
「……ぐ、……ぬぬぬ……! 笑わせるな! ナギ、お前も騙されているんだ! こんな野蛮な男たちに囲まれて、本当は辛いんだろう!? 私と一緒に王都へ帰ろう! リリアの小遣い……いや、リリアとの関係も、お前が戻れば何とかする!」
カイルが必死に手を伸ばす。
だが、ナギはその手を、一瞥(いちべつ)すらしなかった。
「……殿下。……私、今、とっても忙しいんですの。……これから、アインと『どちらが早く大岩を山頂まで運べるか』という、ロマンチックなデートの約束がありますのよ」
「……デート!? 岩を運ぶのが、デートだと!?」
「ええ。……あなたとの、お天気の話を三時間聞かされる茶会より、百倍エキサイティングですわ。……さあ、アイン。行きましょう。……かぼちゃは、そこのエラにでも片付けさせておけばいいわ」
ナギは、カイルの横を風のように通り過ぎた。
その際、カイルは彼女から漂う「圧倒的な強者のオーラ」に当てられ、そのままその場にへたり込んでしまった。
「……あ、殿下。……お帰りの馬車はありませんので、歩いて帰ってくださいね。……あ、そこの森、最近お腹を空かせたクマがよく出るそうですけど、殿下なら……一口サイズでちょうどいいかもしれませんわ」
エラが、冷めた目でカイルを見下ろし、食べ残しの骨を一本、カイルの目の前に投げ捨てた。
「……ナ、……ナギィィィィィイイ!!」
カイルの叫びが、辺境の夕焼け空に虚しく響き渡る。
ナギは一度も振り返ることなく、アインと共に、さらなる高み(岩山)を目指して走り去っていった。
「……おーほっほっほ! アイン、負けませんわよ! 勝った方が、今夜のキングベアの心臓を食べる権利を得るのよ!」
「……ああ、望むところだ。……君のその闘志、愛しているぞ、ナギ」
辺境の夜は、王都よりもずっと騒がしく、そして最高に熱かった。
カイル王子の「真実の愛(笑)」など、もはや一片の霜降り肉にも劣る価値しかなかったのである。
カイル王子は、泥まみれになった愛馬の首にすがりつきながら、クロムウェル城の巨大な城門を見上げていた。
王都を出発して数日。
リリアの「宝石買いたい攻撃」から逃れるため、そして「ナギならきっと私を優しく迎えてくれる」という身勝手な妄想に突き動かされ、彼は辺境までやってきたのだ。
彼の想像では、ナギは辺境の寒さと寂しさに震え、毎日泣きながら王都の方角を眺めているはずだった。
「……待っていろ、ナギ。私の愛が、君をこの地獄から救い出してやるからな……!」
カイルは、ボロボロになったマントを翻し、城の入り口へと足を踏み入れた。
だが、そこにあったのは、静寂でもなければ絶望でもなかった。
「いっけええええ! お嬢様! そのまま押し潰してください!!」
「耐えろ! 耐えるんだ三番隊長! 男の意地を見せろぉ!!」
地鳴りのような歓声。
そして、ズズズ……と石のテーブルが削れるような不気味な音が、食堂の中から響いてくる。
カイルが恐る恐る中を覗くと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「……ふんぬぅぅぅううう!! 甘いわよ! もっと広背筋に力を込めなさいな!」
「ぐ、ぐああああ!? ば、バカな……! 俺は、俺はこれでも辺境一の怪力自慢なんだぞ……っ!」
食堂の中央。
テーブルを挟んで向き合っていたのは、身長二メートルを超える筋骨隆々の騎士と、袖をまくり上げ、顔を真っ赤にして腕に力を込めるナギ・カームだった。
「……せいやぁぁぁあああ!!」
ドガァァァン!!
ナギが気合一閃、腕を振り抜くと、特製の石造りのテーブルに深い亀裂が入り、騎士の腕が叩きつけられた。
騎士はそのまま、衝撃で椅子ごと後ろへひっくり返り、白目を剥いて痙攣している。
「……ふぅ。……次! 次は誰!? まだ五十人も残っているわよ!」
ナギは、額の汗を豪快に腕で拭い、勝ち誇ったように叫んだ。
その右腕は、パンパンにパンプアップし、美しい筋肉のラインが夕陽に照らされて輝いている。
「お、お嬢様……。これで九十九人抜きです……。もう、戦える男が残っていません……」
審判を務めていた騎士が、震える声で報告する。
「……ナギ。……見事だ。……今の最後の一押し、手首の返しが神がかっていたぞ」
傍らで、ストップウォッチを片手にナギにプロテイン入りのジョッキを差し出しているのは、アイン・クロムウェル辺境伯。
彼は、まるで聖女を拝むような崇高な眼差しで、汗だくのナギを見つめていた。
「……な、……ナギ……?」
カイルは、食堂の入り口で呆然と立ち尽くした。
彼が助けに来たはずの「悲劇のヒロイン」は、今、屈強な男たちを腕一本でなぎ倒し、王都のそれより十倍はデカい肉の塊を素手で掴んで咀嚼し始めたところだった。
「……あら? 入り口に、なんだか見覚えのある、しなびたかぼちゃが立っているわね」
肉を飲み込んだナギが、カイルの存在に気づいた。
彼女の瞳には、以前のような「遠慮」も「お淑やかさ」も微塵もない。
あるのは、強者としての余裕と、少しばかりの「邪魔をされた」という不快感だけだ。
「……カイル殿下。わざわざこんな辺境まで、砂遊びの続きをしに来たのですか?」
「……砂遊び、ではない! ナギ、お前……お前は、何をしているんだ! 公爵令嬢が、男たちと腕相撲をして、肉を食らうなど……!」
「……何って、見ての通り『交流』ですわ。……辺境の騎士たちは、腕の強さが信頼の証。……ねえ、みんな?」
ナギが問いかけると、周囲の騎士たちが一斉に「応!!」と咆哮した。
その結束力は、王都の近衛騎士団すら凌駕する熱量だ。
「……カイル殿下。……君は、まだ理解していないようだな」
アインが、氷のような冷徹な瞳でカイルを見据え、ナギの肩に手を置いた。
「……ナギは、この地の太陽だ。……君が『人形』として閉じ込めていた彼女の真価を、我々は心から愛している。……君のような、中身の詰まっていない果実の出る幕はない」
「……ぐ、……ぬぬぬ……! 笑わせるな! ナギ、お前も騙されているんだ! こんな野蛮な男たちに囲まれて、本当は辛いんだろう!? 私と一緒に王都へ帰ろう! リリアの小遣い……いや、リリアとの関係も、お前が戻れば何とかする!」
カイルが必死に手を伸ばす。
だが、ナギはその手を、一瞥(いちべつ)すらしなかった。
「……殿下。……私、今、とっても忙しいんですの。……これから、アインと『どちらが早く大岩を山頂まで運べるか』という、ロマンチックなデートの約束がありますのよ」
「……デート!? 岩を運ぶのが、デートだと!?」
「ええ。……あなたとの、お天気の話を三時間聞かされる茶会より、百倍エキサイティングですわ。……さあ、アイン。行きましょう。……かぼちゃは、そこのエラにでも片付けさせておけばいいわ」
ナギは、カイルの横を風のように通り過ぎた。
その際、カイルは彼女から漂う「圧倒的な強者のオーラ」に当てられ、そのままその場にへたり込んでしまった。
「……あ、殿下。……お帰りの馬車はありませんので、歩いて帰ってくださいね。……あ、そこの森、最近お腹を空かせたクマがよく出るそうですけど、殿下なら……一口サイズでちょうどいいかもしれませんわ」
エラが、冷めた目でカイルを見下ろし、食べ残しの骨を一本、カイルの目の前に投げ捨てた。
「……ナ、……ナギィィィィィイイ!!」
カイルの叫びが、辺境の夕焼け空に虚しく響き渡る。
ナギは一度も振り返ることなく、アインと共に、さらなる高み(岩山)を目指して走り去っていった。
「……おーほっほっほ! アイン、負けませんわよ! 勝った方が、今夜のキングベアの心臓を食べる権利を得るのよ!」
「……ああ、望むところだ。……君のその闘志、愛しているぞ、ナギ」
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