「お淑やかな令嬢」は本日で廃業いたしました!文句ありますか?

小梅りこ

文字の大きさ
21 / 28

21

しおりを挟む
「……はぁ、はぁ……。なんて、なんて過酷な道なんだ……。ナギは、ナギは本当にこんな最果ての地で生きているのか……?」

カイル王子は、泥まみれになった愛馬の首にすがりつきながら、クロムウェル城の巨大な城門を見上げていた。

王都を出発して数日。
リリアの「宝石買いたい攻撃」から逃れるため、そして「ナギならきっと私を優しく迎えてくれる」という身勝手な妄想に突き動かされ、彼は辺境までやってきたのだ。
彼の想像では、ナギは辺境の寒さと寂しさに震え、毎日泣きながら王都の方角を眺めているはずだった。

「……待っていろ、ナギ。私の愛が、君をこの地獄から救い出してやるからな……!」

カイルは、ボロボロになったマントを翻し、城の入り口へと足を踏み入れた。
だが、そこにあったのは、静寂でもなければ絶望でもなかった。

「いっけええええ! お嬢様! そのまま押し潰してください!!」

「耐えろ! 耐えるんだ三番隊長! 男の意地を見せろぉ!!」

地鳴りのような歓声。
そして、ズズズ……と石のテーブルが削れるような不気味な音が、食堂の中から響いてくる。
カイルが恐る恐る中を覗くと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

「……ふんぬぅぅぅううう!! 甘いわよ! もっと広背筋に力を込めなさいな!」

「ぐ、ぐああああ!? ば、バカな……! 俺は、俺はこれでも辺境一の怪力自慢なんだぞ……っ!」

食堂の中央。
テーブルを挟んで向き合っていたのは、身長二メートルを超える筋骨隆々の騎士と、袖をまくり上げ、顔を真っ赤にして腕に力を込めるナギ・カームだった。

「……せいやぁぁぁあああ!!」

ドガァァァン!!

ナギが気合一閃、腕を振り抜くと、特製の石造りのテーブルに深い亀裂が入り、騎士の腕が叩きつけられた。
騎士はそのまま、衝撃で椅子ごと後ろへひっくり返り、白目を剥いて痙攣している。

「……ふぅ。……次! 次は誰!? まだ五十人も残っているわよ!」

ナギは、額の汗を豪快に腕で拭い、勝ち誇ったように叫んだ。
その右腕は、パンパンにパンプアップし、美しい筋肉のラインが夕陽に照らされて輝いている。

「お、お嬢様……。これで九十九人抜きです……。もう、戦える男が残っていません……」

審判を務めていた騎士が、震える声で報告する。

「……ナギ。……見事だ。……今の最後の一押し、手首の返しが神がかっていたぞ」

傍らで、ストップウォッチを片手にナギにプロテイン入りのジョッキを差し出しているのは、アイン・クロムウェル辺境伯。
彼は、まるで聖女を拝むような崇高な眼差しで、汗だくのナギを見つめていた。

「……な、……ナギ……?」

カイルは、食堂の入り口で呆然と立ち尽くした。
彼が助けに来たはずの「悲劇のヒロイン」は、今、屈強な男たちを腕一本でなぎ倒し、王都のそれより十倍はデカい肉の塊を素手で掴んで咀嚼し始めたところだった。

「……あら? 入り口に、なんだか見覚えのある、しなびたかぼちゃが立っているわね」

肉を飲み込んだナギが、カイルの存在に気づいた。
彼女の瞳には、以前のような「遠慮」も「お淑やかさ」も微塵もない。
あるのは、強者としての余裕と、少しばかりの「邪魔をされた」という不快感だけだ。

「……カイル殿下。わざわざこんな辺境まで、砂遊びの続きをしに来たのですか?」

「……砂遊び、ではない! ナギ、お前……お前は、何をしているんだ! 公爵令嬢が、男たちと腕相撲をして、肉を食らうなど……!」

「……何って、見ての通り『交流』ですわ。……辺境の騎士たちは、腕の強さが信頼の証。……ねえ、みんな?」

ナギが問いかけると、周囲の騎士たちが一斉に「応!!」と咆哮した。
その結束力は、王都の近衛騎士団すら凌駕する熱量だ。

「……カイル殿下。……君は、まだ理解していないようだな」

アインが、氷のような冷徹な瞳でカイルを見据え、ナギの肩に手を置いた。

「……ナギは、この地の太陽だ。……君が『人形』として閉じ込めていた彼女の真価を、我々は心から愛している。……君のような、中身の詰まっていない果実の出る幕はない」

「……ぐ、……ぬぬぬ……! 笑わせるな! ナギ、お前も騙されているんだ! こんな野蛮な男たちに囲まれて、本当は辛いんだろう!? 私と一緒に王都へ帰ろう! リリアの小遣い……いや、リリアとの関係も、お前が戻れば何とかする!」

カイルが必死に手を伸ばす。
だが、ナギはその手を、一瞥(いちべつ)すらしなかった。

「……殿下。……私、今、とっても忙しいんですの。……これから、アインと『どちらが早く大岩を山頂まで運べるか』という、ロマンチックなデートの約束がありますのよ」

「……デート!? 岩を運ぶのが、デートだと!?」

「ええ。……あなたとの、お天気の話を三時間聞かされる茶会より、百倍エキサイティングですわ。……さあ、アイン。行きましょう。……かぼちゃは、そこのエラにでも片付けさせておけばいいわ」

ナギは、カイルの横を風のように通り過ぎた。
その際、カイルは彼女から漂う「圧倒的な強者のオーラ」に当てられ、そのままその場にへたり込んでしまった。

「……あ、殿下。……お帰りの馬車はありませんので、歩いて帰ってくださいね。……あ、そこの森、最近お腹を空かせたクマがよく出るそうですけど、殿下なら……一口サイズでちょうどいいかもしれませんわ」

エラが、冷めた目でカイルを見下ろし、食べ残しの骨を一本、カイルの目の前に投げ捨てた。

「……ナ、……ナギィィィィィイイ!!」

カイルの叫びが、辺境の夕焼け空に虚しく響き渡る。
ナギは一度も振り返ることなく、アインと共に、さらなる高み(岩山)を目指して走り去っていった。

「……おーほっほっほ! アイン、負けませんわよ! 勝った方が、今夜のキングベアの心臓を食べる権利を得るのよ!」

「……ああ、望むところだ。……君のその闘志、愛しているぞ、ナギ」

辺境の夜は、王都よりもずっと騒がしく、そして最高に熱かった。
カイル王子の「真実の愛(笑)」など、もはや一片の霜降り肉にも劣る価値しかなかったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

処理中です...