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「……ナギ・カーム。面を上げよ」
王宮の謁見の間。再び私は、この国の頂点に立つ国王陛下の前に立っていた。
隣には、私の「公式な婚約者候補」として、堂々と胸を張るアイン・クロムウェル辺境伯。
そして少し離れた場所では、カイル王子が「今度こそこの魔女の正体を暴いてやる」と言わんばかりの、執念深い目で私を睨みつけていた。
「……ナギよ。お前を呼び出したのは他でもない。カイルが、お前の豹変ぶりについて、未だに『魔女の呪いだ』『邪悪な力だ』と騒ぎ立てておってな。……正直、私も耳が痛いのだ」
国王陛下は、大きな溜息をつきながら、私をじっと見つめた。
その瞳には、疑念というよりは、純粋な「戸惑い」が浮かんでいる。
「……お前は、かつて『王国の至宝』とまで謳われた、お淑やかな令嬢だった。風に舞う花びらよりも儚く、詩と刺繍を愛する、静かな少女だったはずだ。……それが今、私の前に立っているのは、岩を砕き、騎士をなぎ倒し、肉の塊を背負って笑う……何というか、……『生命力の塊』のような女だ」
国王は一度言葉を切り、深く椅子に背を預けた。
「……問おう。お前は本当に、あのナギ・カームなのか? ……それとも、カイルの言う通り、何者かがお前の皮を被っているのか?」
謁見の間が、水を打ったように静まり返る。
カイルが「そうだ! 答えろ、魔女め!」と叫びたそうな顔をしているのが見える。
私は、ゆっくりと深呼吸をした。
肺いっぱいに吸い込んだ空気。それは、王宮の澱んだ香水の匂いではなく、私の内側から湧き上がる「素」のエネルギーだ。
「……陛下。……お答えいたしますわ」
私は、淑女としての完璧な動作で一礼した。
だが、その背筋の伸び方は、かつての「お人形」の頃のそれとは、根本的に強度が違う。
「……陛下が知る『お淑やかなナギ』は、確かに私でした。……ですが、あれは私が十年間、公爵令嬢という役割を演じるために作り上げた、精巧な『仮面』に過ぎません」
「……仮面だと?」
「はい。……本当の私は、幼い頃から木登りを愛し、虫を追いかけ、お肉の脂身に歓喜する、野山を駆ける少女でしたわ。……ですが、この国の社交界は、私に『無力であること』を求めました。……殿下も、私が弱く、守られるだけの存在であることを望まれたのです」
私はチラリとカイルを見た。
彼は、まるで得体の知れない怪談を聞いているような顔で、口を半開きにしている。
「……ですから、私は仮面を被りました。……食欲を殺し、筋肉を隠し、声を潜めて。……ですが、殿下から『婚約破棄』を突きつけられたあの夜。……私は気づいたのです。……ああ、もう、自分を殺す必要はないのだわ、と」
私は一歩、前へと踏み出した。
その足音が、謁見の間の床を力強く叩く。
「……今、陛下の前にいるのが、私……ナギ・カームの『素』の姿ですわ。……魔女の呪いでも、魔法でもありません。……ただ、我慢をやめて、毎日お肉を三キロ食べ、アインと岩を担いで走っているうちに、こうなってしまっただけなのです!」
「……な、……肉を三キロ食べて、岩を担いで……?」
国王が、絶句した。
「……陛下! 聞いたか! あんなのが、あんなのが令嬢の言葉か! やはりこいつは正気ではない!」
カイルがここぞとばかりに叫んだが、私はそれを鼻で笑い飛ばした。
「……殿下。……お淑やかであることだけが、国を愛する形ではありませんわ。……陛下、お考えください。……お淑やかで儚い私が、辺境の地で魔物を防げたでしょうか?……いいえ。今の私だからこそ、アインと共に、この国の国境を物理的に守ることができるのですわ!」
「……国境を、物理的に……」
国王の目が、少しずつ変わってきた。
「……私が強くなることは、即ち、この国の防衛力の強化に繋がります。……私が肉をたくさん食べることは、畜産業の振興に寄与します。……私のこの拳は、邪悪な魔女の力ではなく、王国の未来を切り拓く『国力』そのものなのですわ!」
私は、自らの二の腕を誇らしげに掲げた。
ドレスの袖が、筋肉の膨張に耐えきれず、ミシリと悲鳴を上げる。
「……陛下。……『王国の至宝』は、箱の中で眠る宝石である必要はありません。……戦場を駆け、岩を砕き、民と共に笑う……そんな『動く至宝』がいても、よろしいのではなくて?」
沈黙。
やがて、国王の肩が震え始めた。
「……ク、ククク……。ハハハハハ!!」
国王が、腹を抱えて笑い出した。
「……素晴らしい! 愉快だ! ……ナギよ、お前はやはり、私が思っていた以上の傑物だ。……カイル、お前にはこの女の価値は分からん。……お前は『人形』を愛でるのが関の山だが、彼女は『王国』を背負える器だったということだ」
「……ち、父上……!?」
「……カイル。……お前が彼女を魔女だと言うなら、それはお前の眼力が、あまりにも乏しかったという証左に他ならん。……ナギ・カームよ。お前のその『素』の生き方、私が全面的に支持しよう。……いや、むしろ、王国の全ての令嬢に、お前の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ!」
「……もったいないお言葉にございます、陛下!」
私は、アインと顔を見合わせ、最高の笑顔を浮かべた。
「……殿下。……残念でしたわね。……私の筋肉は、陛下の公認となりましたわ。……おーほっほっほ! さて、アイン! お祝いに、王宮の厨房にある一番重たい肉、全部焼いてもらいましょうか!」
「……ああ。……陛下の許しが出たのなら、誰も文句は言えまい。……さあ、行こう、ナギ」
私たちは、呆然と立ち尽くすカイルを置き去りにして、意気揚々と謁見の間を後にした。
「……あ、陛下。……次回の園遊会では、私が仕留めた大型魔物の丸焼きを振る舞わせていただきますわ! ……皆様、胃袋を鍛えておいてくださいませね!」
私の高笑いが、王宮の重厚な壁を震わせ、どこまでも響き渡っていった。
仮面を脱ぎ捨てた私の人生は、もはや誰にも、国王陛下にさえも、止めることはできない。
自由とは、自らの筋肉で勝ち取るものだと、私は確信したのである。
王宮の謁見の間。再び私は、この国の頂点に立つ国王陛下の前に立っていた。
隣には、私の「公式な婚約者候補」として、堂々と胸を張るアイン・クロムウェル辺境伯。
そして少し離れた場所では、カイル王子が「今度こそこの魔女の正体を暴いてやる」と言わんばかりの、執念深い目で私を睨みつけていた。
「……ナギよ。お前を呼び出したのは他でもない。カイルが、お前の豹変ぶりについて、未だに『魔女の呪いだ』『邪悪な力だ』と騒ぎ立てておってな。……正直、私も耳が痛いのだ」
国王陛下は、大きな溜息をつきながら、私をじっと見つめた。
その瞳には、疑念というよりは、純粋な「戸惑い」が浮かんでいる。
「……お前は、かつて『王国の至宝』とまで謳われた、お淑やかな令嬢だった。風に舞う花びらよりも儚く、詩と刺繍を愛する、静かな少女だったはずだ。……それが今、私の前に立っているのは、岩を砕き、騎士をなぎ倒し、肉の塊を背負って笑う……何というか、……『生命力の塊』のような女だ」
国王は一度言葉を切り、深く椅子に背を預けた。
「……問おう。お前は本当に、あのナギ・カームなのか? ……それとも、カイルの言う通り、何者かがお前の皮を被っているのか?」
謁見の間が、水を打ったように静まり返る。
カイルが「そうだ! 答えろ、魔女め!」と叫びたそうな顔をしているのが見える。
私は、ゆっくりと深呼吸をした。
肺いっぱいに吸い込んだ空気。それは、王宮の澱んだ香水の匂いではなく、私の内側から湧き上がる「素」のエネルギーだ。
「……陛下。……お答えいたしますわ」
私は、淑女としての完璧な動作で一礼した。
だが、その背筋の伸び方は、かつての「お人形」の頃のそれとは、根本的に強度が違う。
「……陛下が知る『お淑やかなナギ』は、確かに私でした。……ですが、あれは私が十年間、公爵令嬢という役割を演じるために作り上げた、精巧な『仮面』に過ぎません」
「……仮面だと?」
「はい。……本当の私は、幼い頃から木登りを愛し、虫を追いかけ、お肉の脂身に歓喜する、野山を駆ける少女でしたわ。……ですが、この国の社交界は、私に『無力であること』を求めました。……殿下も、私が弱く、守られるだけの存在であることを望まれたのです」
私はチラリとカイルを見た。
彼は、まるで得体の知れない怪談を聞いているような顔で、口を半開きにしている。
「……ですから、私は仮面を被りました。……食欲を殺し、筋肉を隠し、声を潜めて。……ですが、殿下から『婚約破棄』を突きつけられたあの夜。……私は気づいたのです。……ああ、もう、自分を殺す必要はないのだわ、と」
私は一歩、前へと踏み出した。
その足音が、謁見の間の床を力強く叩く。
「……今、陛下の前にいるのが、私……ナギ・カームの『素』の姿ですわ。……魔女の呪いでも、魔法でもありません。……ただ、我慢をやめて、毎日お肉を三キロ食べ、アインと岩を担いで走っているうちに、こうなってしまっただけなのです!」
「……な、……肉を三キロ食べて、岩を担いで……?」
国王が、絶句した。
「……陛下! 聞いたか! あんなのが、あんなのが令嬢の言葉か! やはりこいつは正気ではない!」
カイルがここぞとばかりに叫んだが、私はそれを鼻で笑い飛ばした。
「……殿下。……お淑やかであることだけが、国を愛する形ではありませんわ。……陛下、お考えください。……お淑やかで儚い私が、辺境の地で魔物を防げたでしょうか?……いいえ。今の私だからこそ、アインと共に、この国の国境を物理的に守ることができるのですわ!」
「……国境を、物理的に……」
国王の目が、少しずつ変わってきた。
「……私が強くなることは、即ち、この国の防衛力の強化に繋がります。……私が肉をたくさん食べることは、畜産業の振興に寄与します。……私のこの拳は、邪悪な魔女の力ではなく、王国の未来を切り拓く『国力』そのものなのですわ!」
私は、自らの二の腕を誇らしげに掲げた。
ドレスの袖が、筋肉の膨張に耐えきれず、ミシリと悲鳴を上げる。
「……陛下。……『王国の至宝』は、箱の中で眠る宝石である必要はありません。……戦場を駆け、岩を砕き、民と共に笑う……そんな『動く至宝』がいても、よろしいのではなくて?」
沈黙。
やがて、国王の肩が震え始めた。
「……ク、ククク……。ハハハハハ!!」
国王が、腹を抱えて笑い出した。
「……素晴らしい! 愉快だ! ……ナギよ、お前はやはり、私が思っていた以上の傑物だ。……カイル、お前にはこの女の価値は分からん。……お前は『人形』を愛でるのが関の山だが、彼女は『王国』を背負える器だったということだ」
「……ち、父上……!?」
「……カイル。……お前が彼女を魔女だと言うなら、それはお前の眼力が、あまりにも乏しかったという証左に他ならん。……ナギ・カームよ。お前のその『素』の生き方、私が全面的に支持しよう。……いや、むしろ、王国の全ての令嬢に、お前の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ!」
「……もったいないお言葉にございます、陛下!」
私は、アインと顔を見合わせ、最高の笑顔を浮かべた。
「……殿下。……残念でしたわね。……私の筋肉は、陛下の公認となりましたわ。……おーほっほっほ! さて、アイン! お祝いに、王宮の厨房にある一番重たい肉、全部焼いてもらいましょうか!」
「……ああ。……陛下の許しが出たのなら、誰も文句は言えまい。……さあ、行こう、ナギ」
私たちは、呆然と立ち尽くすカイルを置き去りにして、意気揚々と謁見の間を後にした。
「……あ、陛下。……次回の園遊会では、私が仕留めた大型魔物の丸焼きを振る舞わせていただきますわ! ……皆様、胃袋を鍛えておいてくださいませね!」
私の高笑いが、王宮の重厚な壁を震わせ、どこまでも響き渡っていった。
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