「お淑やかな令嬢」は本日で廃業いたしました!文句ありますか?

小梅りこ

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「……ちょっと、エラ。この手紙の束は何かしら? まさか、全部お肉の直売所からのラブレター?」

王都に滞在中の公爵家別邸。私は朝の五千回スクワットを終え、汗を拭きながらテーブルの上に山積みにされた封筒を指差した。

「……残念ながら、お肉ではありません。これ、全部王都の令嬢たちからナギ様への『弟子入り志願』のお手紙ですよ」

「……弟子入り? 私、ピアノも刺繍も教える気はないわよ?」

「……分かっていますって。彼女たちが知りたいのは『どうすればそんなに効率的に大岩を砕けるようになるのか』とか『どの部位の肉を食べれば背筋が美しく割れるのか』といった、筋肉の秘訣だそうです」

エラが、呆れたように最後の一通を放り出した。
どうやら、先日の謁見の間での「国王公認」の件が、尾ひれは背筋をつけて王都中に広まってしまったらしい。
「淑女の仮面を脱ぎ捨てて真の力を手に入れたナギ様」は、今や虐げられてきた令嬢たちのカリスマと化していた。

「……信じられないわね。みんな、あんなに窮屈なドレスを喜んで着ていたんじゃなくて?」

「……ナギ様が『大人しいフリは国益に反する』と断言されたことで、皆様の何かが吹っ切れたのでしょう。今、王都のブティックでは、コルセットを外しても着られる『ナギ様風・ワークアウトドレス』が爆売れしているそうですよ」

「……私の時代、来すぎじゃないかしら」

私は満足げに自らの二の腕をさすった。
筋肉は世界を救う。それは理論ではなく、もはや社会現象になりつつあった。

一方その頃、王立学園のサロン。
そこには、自分を取り巻いていた「取り巻き」たちが、一斉にダンベル(を模した鉄の塊)を振るい始めた光景に、絶望するリリアの姿があった。

「……ちょ、ちょっと皆様! そんな重たいものを持ったら、腕が太くなって殿方に嫌われてしまいますわよ!?」

リリアが、いつものように儚げな声を出す。
だが、かつて彼女に同調していた令嬢たちは、一斉に彼女を冷ややかな目で見た。

「……リリア様、古いですよ。今のトレンドは『自立した広背筋』ですわ」

「……そうですわ。殿方に守っていただくのを待つより、殿方を担いで走れる脚力を手に入れる方が、よっぽどタイパが良いと思いませんこと?」

「……ひっ、……タイパ……?」

リリアは後退った。
彼女の武器であった「弱さ」と「可愛らしさ」は、今や「効率の悪い旧時代の遺物」として扱われ始めていたのだ。

「……嘘よ、そんなの嘘だわ! カイル様! カイル様、助けてくださいまし! 皆様が……皆様が野蛮な筋肉教に染まってしまいましたの!」

リリアは、廊下を魂の抜けたような顔で歩いていたカイル王子にしがみついた。
だが、カイルもまた、以前のような情熱を失っていた。

「……リリア。……済まないが、今は筋肉のことは聞きたくないんだ。……昨日、父上に『お前もナギを見習って、少しは自重トレーニングでもしたらどうだ』と言われて、一晩中腹筋をさせられたんだ……」

「……お、お腹まで……。殿下、しっかりなさって!」

「……リリア。……君も、少しは……その、プロテインでも飲んだらどうだ? ……今の君は、なんだか……とても、……『食べ応え』がなさそうだ……」

「……た、食べ応え!? 殿下まで何を……!」

リリアの叫びがサロンに響くが、周囲の令嬢たちの「ワン、ツー! ワン、ツー!」という掛け声にかき消されていく。

追い詰められたリリアは、ある一つの決断を下した。
(……こうなったら、ナギ様が『やっぱり魔女だった』と証明するしかないわ。……もっと、もっと刺激的で、衝撃的なスキャンダルを……!)

彼女は、ナギが辺境へ戻る前に、王都で開かれる「チャリティー・バザー」を利用して、ある罠を仕掛けることにした。
それは、ナギの力を暴走させ、周囲を恐怖に陥れるという、あまりにも短絡的で無謀な計画だった。


数日後、バザーの会場。
私は、アインにエスコートされながら、慈善活動(という名のお肉の試食販売)を楽しんでいた。

「……ナギ。……見てみろ、あそこの令嬢たち。……君の歩き方を真似て、かかとから力強く踏み込んでいるぞ」

アインが、少し誇らしげに周囲を指差した。
確かに、会場にいる令嬢たちの歩調は力強く、以前のような「よろよろとした小股歩き」は見られない。

「……いいことだわ。……しっかりと大地を踏み締めてこそ、美味しいお肉が消化されるというものよ」

私が微笑んだ、その時だった。

「……キャァァァァァアアアア!! 助けて! 魔物が! 魔物が暴れていますわ!!」

リリアの悲鳴が会場に響き渡った。
見ると、展示されていた大型の檻の中から、実験用として飼育されていた小型の魔獣が、なぜか興奮状態で飛び出してきた。

(……あ、あれ、絶対リリアが鍵を開けたわね)

私は一瞬で事態を把握した。
リリアは、魔獣に襲われるフリをして、私に「力」を使わせ、その暴力的(と彼女が思う)な姿を衆目に晒そうとしているのだ。

「……ナギ、私が行こう」

アインが剣に手をかける。だが、私はそれを制した。

「……いいえ、アイン。……これは、私の『教育』の場でもあるわ」

私は、魔獣がこちらに向かってくるのを、逃げも隠れもしないで見据えた。
周囲の令嬢たちが悲鳴を上げる中、私は大きく一歩前へ出た。

「……皆様、よく見ていてくださいませ! ……これが、真の淑女の『お片付け』ですわ!」

私は、向かってきた魔獣の角を素手で掴むと、そのまま回転の遠心力を利用して、魔獣を空高くへと放り投げた。

「……おーほっほっほ!! 空の彼方へ、飛んでいきなさいな!」

魔獣は、キラ星のごとく空の向こうへと消えていった。
リリアが期待した「血みどろの惨劇」など、一ミリも起こらなかった。

「……す、……すごぉい……!!」

「……ナギ様、なんて優雅なフォーム……!!」

会場にいた令嬢たちから、地鳴りのような拍手が巻き起こった。
もはや、リリアの仕掛けた罠は、ナギの「新しい時代のデモンストレーション」に利用されたに過ぎなかったのだ。

「……リリア様。……魔獣を放し飼いにするのは、お行儀が悪いですわよ? ……次からは、ちゃんと躾けてから連れてきてくださいね」

私は、腰を抜かして震えるリリアに、最高に「素」の笑顔を投げかけた。
その横で、アインが「……ナギ。今の回旋運動、腹斜筋の使い方が絶妙だったな」と真面目にメモを取っていた。

王都の筋肉ブームは、この日、決定的なものとなった。
お淑やかでいることよりも、魔獣を投げ飛ばす方が、今の令嬢たちにとっては「美しい」のだ。

「……さて、エラ! 運動したからお腹が空いたわ! バザーの屋台、全部買い占めてちょうだい!」

「……はいはい。お嬢様の影響で、王都の食料事情が逼迫しそうですね」

私の人生は、もう誰にも、そしてどんな罠にも邪魔させない。
力強く、豪快に、そして美味しく。
私は、新しい時代の「至宝」として、王都のど真ん中で高笑いを上げた。
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