「お淑やかな令嬢」は本日で廃業いたしました!文句ありますか?

小梅りこ

文字の大きさ
28 / 28

28

しおりを挟む
王都の大聖堂。

今日、この場所で、王国史上最も「規格外」な結婚式が執り行われようとしていた。

ステンドグラスから差し込む神聖な光。
だが、参列者席の半分を占める辺境の騎士たちは、全員が礼装の上からでも分かるほど大胸筋をパンパンに膨らませ、「筋肉! 筋肉!」と地鳴りのような小声で唱えている。
残りの半分、王都の令嬢たちも、手元の扇をダンベル代わりに上下させながら、私の登場を待ちわびていた。

「……ナギ様。……本当に、そのドレスでよろしいのですね?」

控室で、エラが最後の手直しをしながら深いため息をついた。

「ええ。……見て、エラ。この肩周りの自由度。……そして、この腹部に施された特殊な伸縮加工。……これこそが、私の正装(戦闘服)よ」

鏡に映る私は、最高級のシルクと魔獣の革を編み込んだ、純白のドレスに身を包んでいた。
だが、その背中は大きく開き、美しく、そして猛々しく発達した広背筋が、まるで翼のように自己主張している。

「……ナギ。……準備はいいか」

扉を開けて現れた父、カーム公爵は、私の姿を見て涙を流した。

「……お父様。……あ、泣かないでくださいな。せっかくのプロテイン入りの化粧が落ちてしまいますわ」

「……ああ、分かっている。……だが、ナギ。……お前がこんなに……こんなに逞しく、幸せそうに笑う日が来るなんて。……私は、……私は、かぼちゃ王子に感謝したいくらいだ!」

「……ふふ、私もですわ。……さあ、行きましょう。……私の、本当の人生の始まりへ」

私は父の腕……ではなく、父をエスコートするようにその肩に手を添え(少し力が入りすぎて父がよろめいたが)、聖堂の扉を開いた。

一斉に注がれる視線。
祭壇の前で私を待つアイン・クロムウェルは、騎士服を脱ぎ捨て、漆黒のタキシードを纏っていた。
……だが、その胸板は今にもボタンを弾き飛ばさんばかりに盛り上がっている。

「……綺麗だ、ナギ。……今日の君は、金剛猪よりも神々しい」

「……あなたこそ。……その三頭筋の仕上がり、……抱かれても怪我をしそうなほど素敵だわ」

私たちは祭壇の前で向き合った。
震える手で聖典を持つ老司祭が、冷や汗を拭いながら声を絞り出す。

「……え、ええ……。……では、……新郎、アイン・クロムウェル。……あなたは、ナギ・カームを妻とし、……健やかなる時も、……筋肉痛の時も、……共に肉を食らい、……その愛を貫くことを誓いますか?」

「……誓う。……彼女の胃袋が、私の領地を食い尽くすその日まで」

「……新婦、ナギ・カーム。……あなたは、アイン・クロムウェルを夫とし、……豊かなる時も、……減量期の時も、……共に岩を担ぎ、……その命を懸けて添い遂げることを誓いますか?」

「……誓いますわ。……彼が、私より先に力尽きない限り!」

司祭が、大きく頷いた。

「……では、……誓いの、……誓いの……儀式を!」

普通なら、ここで「誓いのキス」が行われる。
参列者たちが固唾を呑んで見守る中、アインは不敵に微笑み、執事に向かって合図を送った。

「……持ってこい!」

ゴトォォォン!!

祭壇の横に、屈強な騎士四人がかりで運ばれてきたのは、銀の大皿に乗った「特大キングベアの丸焼き」だった。
まだ熱々の脂が滴り、暴力的なまでの香ばしい匂いが聖堂を満たす。

「……ナギ。……愛の形は、言葉ではなく、行動で示すものだ」

アインが、二振りの巨大なナイフを私に手渡した。

「……ええ。……アイン。……どちらが先に、この半分を完食できるか。……それが、私たちの新しい生活の『指針』になりますわね!」

参列者席から、どよめきと歓喜の叫びが上がった。

「……いっけぇぇぇえ! ナギ様ぁぁぁ!!」

「……閣下! 辺境の意地を見せてください!!」

私はウェディングベールを豪快に後ろへ放り投げた。
そして、アインと同時に、丸焼きの肉に食らいついた。

「……はふっ、……熱っ! ……でも、美味しいわ!!」

「……んぐっ、……この弾力、……ナギ、負けないぞ!」

私たちは、聖堂の中央で、狂ったように肉を咀嚼し始めた。
ガツガツ、ムシャムシャという野蛮な音が、パイプオルガンの音色に取って代わる。
お淑やかな令嬢としての十年間。
あの我慢が、この瞬間のスパイスとなっている。
私は今、最高に「私」として、ここに存在している。

「……おーほっほっほ!! 飲み込んだわ! アイン、私の勝ちよ!」

わずか三分。
私は、自分の分の肉(およそ五キロ)を完食し、骨だけになった皿を高く掲げた。

「……完敗だ。……ナギ、君には一生、胃袋でも勝てそうにない」

アインが、口の周りを脂でテカらせながら、幸せそうに笑った。
彼は私の腰を抱き寄せ、そして……肉の匂いが充満する中、優しく私の額に口づけをした。

「……愛している、ナギ。……君のその、底なしの強さと食欲を」

「……私も、愛していますわ、アイン。……一生、私の獲物(パートナー)でいてちょうだい!」

聖堂は、割れんばかりの拍手と、笑い声に包まれた。
国王陛下は立ち上がって爆笑し、私の母は「……あんなに美味しそうに食べるなんて、最高の花嫁だわ」とハンカチで涙を拭っている。

その頃、辺境の修道院では、カイル王子が一本の細いキュウリを前に「……肉、……肉が食べたい……。……ナギ、……許してくれ……」と泣きながら写経をしていたが。
そんなことは、今の私たちの知ったことではない。

私は、アインの手を強く握りしめた。
これから始まる、辺境での日々。
朝は岩山を登り、昼は魔物と戦い、夜は最高の肉を共に食らう。
仮面なんて、もう二度と被らない。

「……さあ、皆様! 披露宴の始まりですわよ! ……お肉は山ほどありますわ! ……今日は全員、腹筋がちぎれるまで笑い、胃袋が破れるまで食べなさいな!!」

私は、ナックルダスターの光る拳を天高く突き上げた。

お淑やかな令嬢、ナギ・カーム。
彼女の「悪役」から始まった物語は、世界で一番逞しく、世界で一番自由な、「野生のヒロイン」の伝説へと変わったのだ。

「……おーほっほっほ!! 幸せは、筋肉と共にあるのですわ!!」

私の高笑いは、秋の空を突き抜け、どこまでも、どこまでも響き渡っていった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

処理中です...