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「……はぁ。まさか、あのかぼちゃ殿下が、本当に修道院送りになるとはね」
王宮の庭園。私は昨日食べ過ぎた火竜のステーキの脂を燃焼させるべく、自室から持ち出した五百キロの鉄塊を軽々と担ぎながら、エラと雑談に興じていた。
「……当然の報いですよ。王国の至宝であるナギ様を傷つけ、あろうことか他国のスパイに現を抜かしたのですから。……今は辺境の修道院で、一日一食の精進料理に涙を流しながら、ひたすら反省の写経をしているそうです」
エラが、掃除用の箒をマントのように羽織りながら、冷淡に言った。
「……精進料理? お肉が出ないなんて、それは死刑より重い罰ではありませんこと? ……まあいいわ。あの方には、そのスカスカの脳みそを少しは鍛え直してもらう必要があるものね」
私は鉄塊を放り出した。ドォォォンと地面が凹み、鳩たちが一斉に逃げていく。
「……それで、リリア様の方は?」
「……あちらは国家転覆罪ですからね。……本来なら極刑ですが、陛下のご慈悲で『魔物が出没する危険地帯での開拓民』として追放されました。……彼女、隠密の動きができるようですから、せいぜい魔物から逃げ回りながら、泥水をすすって生き延びるのでしょう」
「……あら、健康的ですわね。……彼女もそのうち、生き延びるために筋肉に目覚めるかもしれないわ。……そうなったら、また相手をして差し上げてもよくてよ」
私は豪快に笑い飛ばした。
もう、あの二人の名前を聞いても、心は一ミリも動かない。
私の今の関心事は、この浮き出た血管のラインの美しさと、先ほどから背後に感じる「強大な熱気」だけだ。
「……ナギ。……修練の邪魔をしてしまったかな?」
影から現れたのは、叙勲式の時よりもさらに身だしなみを整えたアイン・クロムウェルだった。
彼は、私が担いでいた鉄塊を一瞥し、そして愛おしそうに私の目を見つめた。
「……アイン。……いいえ、ちょうどウォーミングアップが終わったところですわ。……何か御用?」
「……ああ。……君に、伝えなければならないことがある。……エラ、少し席を外してもらえるか?」
アインが真剣な表情を見せると、エラは「……おーおー。お熱いことで」と呟きながら、音もなく消えていった。
静寂が訪れる。
風に乗って、遠くの厨房からお肉が焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
「……ナギ。……私は、君に出会うまで、この世界は冷たくて、退屈なものだと思っていた」
アインが一歩、私に歩み寄る。
「……だが、君が路地裏で暴漢を吹き飛ばしたあの瞬間。……私の世界は、君の拳の衝撃とともに、鮮やかに色づき始めたんだ」
「……アイン。……あれはただの『教育』ですわよ?」
「……私にとっては、福音だった。……自分を偽らず、野生のままに笑い、誰よりも強く、そして誰よりも美味しそうに肉を食らう。……そんな君の傍にいるだけで、私の魂は震えるんだ」
アインは、私の前に跪いた。
お淑やかな令嬢なら、ここで頬を染めて視線を伏せるのだろう。
だが、私は彼を真っ向から見据え、その逞しい肩幅の広さを称賛していた。
「……ナギ・カーム。……私の、……いや、辺境の地の王妃になってくれないか」
アインが懐から取り出したのは、宝石のついた指輪……ではなかった。
それは、鈍い光を放つ、超高硬度の魔鉱石で造られた「特注のナックルダスター(メリケンサック)」だった。
「……これは?」
「……辺境伯家に代々伝わる……と言いたいところだが、君のために新調した。……これがあれば、君のパンチは鋼鉄をも容易に貫くだろう。……ナギ。……私と共に、世界一強くて、世界一食欲旺盛な夫婦を目指してくれないか」
私は、そのナックルダスターを手に取った。
指にぴったりと馴染む。重心のバランスも完璧だ。
……あぁ、なんてロマンチックなプロポーズなのかしら。
「……アイン。……あなた、やっぱり分かってらっしゃるわ」
私はナックルダスターを装着し、空気を鋭く切り裂くシャドーボクシングを見せた。
ブンッ! という風切音が、私たちの誓いの鐘のように響く。
「……お受けいたしますわ、辺境伯。……私を、あなたの隣に置くということは、生涯、食費とトレーニング機器の予算が天井知らずになるということですけれど……覚悟はよろしくて?」
「……もちろんだ。……我が領地の全ての資産は、君の筋肉と胃袋のためにある」
アインが立ち上がり、私を力強く抱き寄せた。
彼の筋肉の硬さを全身で感じながら、私は確信した。
これこそが、私の求めていた「真実の愛(物理)」なのだと。
「……ふふ、……愛しているわ、アイン。……今夜は、婚約のお祝いに、マンモスでも狩りに行きましょうか!」
「……ああ、喜んでお供しよう。……私の背中は、君に預けた」
私たちは、夕陽に照らされた王宮の庭園で、最高に「素」の、そして「野生」の誓いを交わした。
もう、猫を被る必要はない。
お淑やかなナギは死に、今日、世界最強の王妃が誕生したのだ。
「……おーほっほっほ!! 見ていなさい世界! ……筋肉と愛の力で、全てをなぎ倒して差し上げますわ!!」
私の高笑いが、祝福のように王都の空へと突き抜けていった。
王宮の庭園。私は昨日食べ過ぎた火竜のステーキの脂を燃焼させるべく、自室から持ち出した五百キロの鉄塊を軽々と担ぎながら、エラと雑談に興じていた。
「……当然の報いですよ。王国の至宝であるナギ様を傷つけ、あろうことか他国のスパイに現を抜かしたのですから。……今は辺境の修道院で、一日一食の精進料理に涙を流しながら、ひたすら反省の写経をしているそうです」
エラが、掃除用の箒をマントのように羽織りながら、冷淡に言った。
「……精進料理? お肉が出ないなんて、それは死刑より重い罰ではありませんこと? ……まあいいわ。あの方には、そのスカスカの脳みそを少しは鍛え直してもらう必要があるものね」
私は鉄塊を放り出した。ドォォォンと地面が凹み、鳩たちが一斉に逃げていく。
「……それで、リリア様の方は?」
「……あちらは国家転覆罪ですからね。……本来なら極刑ですが、陛下のご慈悲で『魔物が出没する危険地帯での開拓民』として追放されました。……彼女、隠密の動きができるようですから、せいぜい魔物から逃げ回りながら、泥水をすすって生き延びるのでしょう」
「……あら、健康的ですわね。……彼女もそのうち、生き延びるために筋肉に目覚めるかもしれないわ。……そうなったら、また相手をして差し上げてもよくてよ」
私は豪快に笑い飛ばした。
もう、あの二人の名前を聞いても、心は一ミリも動かない。
私の今の関心事は、この浮き出た血管のラインの美しさと、先ほどから背後に感じる「強大な熱気」だけだ。
「……ナギ。……修練の邪魔をしてしまったかな?」
影から現れたのは、叙勲式の時よりもさらに身だしなみを整えたアイン・クロムウェルだった。
彼は、私が担いでいた鉄塊を一瞥し、そして愛おしそうに私の目を見つめた。
「……アイン。……いいえ、ちょうどウォーミングアップが終わったところですわ。……何か御用?」
「……ああ。……君に、伝えなければならないことがある。……エラ、少し席を外してもらえるか?」
アインが真剣な表情を見せると、エラは「……おーおー。お熱いことで」と呟きながら、音もなく消えていった。
静寂が訪れる。
風に乗って、遠くの厨房からお肉が焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
「……ナギ。……私は、君に出会うまで、この世界は冷たくて、退屈なものだと思っていた」
アインが一歩、私に歩み寄る。
「……だが、君が路地裏で暴漢を吹き飛ばしたあの瞬間。……私の世界は、君の拳の衝撃とともに、鮮やかに色づき始めたんだ」
「……アイン。……あれはただの『教育』ですわよ?」
「……私にとっては、福音だった。……自分を偽らず、野生のままに笑い、誰よりも強く、そして誰よりも美味しそうに肉を食らう。……そんな君の傍にいるだけで、私の魂は震えるんだ」
アインは、私の前に跪いた。
お淑やかな令嬢なら、ここで頬を染めて視線を伏せるのだろう。
だが、私は彼を真っ向から見据え、その逞しい肩幅の広さを称賛していた。
「……ナギ・カーム。……私の、……いや、辺境の地の王妃になってくれないか」
アインが懐から取り出したのは、宝石のついた指輪……ではなかった。
それは、鈍い光を放つ、超高硬度の魔鉱石で造られた「特注のナックルダスター(メリケンサック)」だった。
「……これは?」
「……辺境伯家に代々伝わる……と言いたいところだが、君のために新調した。……これがあれば、君のパンチは鋼鉄をも容易に貫くだろう。……ナギ。……私と共に、世界一強くて、世界一食欲旺盛な夫婦を目指してくれないか」
私は、そのナックルダスターを手に取った。
指にぴったりと馴染む。重心のバランスも完璧だ。
……あぁ、なんてロマンチックなプロポーズなのかしら。
「……アイン。……あなた、やっぱり分かってらっしゃるわ」
私はナックルダスターを装着し、空気を鋭く切り裂くシャドーボクシングを見せた。
ブンッ! という風切音が、私たちの誓いの鐘のように響く。
「……お受けいたしますわ、辺境伯。……私を、あなたの隣に置くということは、生涯、食費とトレーニング機器の予算が天井知らずになるということですけれど……覚悟はよろしくて?」
「……もちろんだ。……我が領地の全ての資産は、君の筋肉と胃袋のためにある」
アインが立ち上がり、私を力強く抱き寄せた。
彼の筋肉の硬さを全身で感じながら、私は確信した。
これこそが、私の求めていた「真実の愛(物理)」なのだと。
「……ふふ、……愛しているわ、アイン。……今夜は、婚約のお祝いに、マンモスでも狩りに行きましょうか!」
「……ああ、喜んでお供しよう。……私の背中は、君に預けた」
私たちは、夕陽に照らされた王宮の庭園で、最高に「素」の、そして「野生」の誓いを交わした。
もう、猫を被る必要はない。
お淑やかなナギは死に、今日、世界最強の王妃が誕生したのだ。
「……おーほっほっほ!! 見ていなさい世界! ……筋肉と愛の力で、全てをなぎ倒して差し上げますわ!!」
私の高笑いが、祝福のように王都の空へと突き抜けていった。
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