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「ナタリー・ド・ベルクール! 貴様のような無能で陰険な女との婚約など、今この瞬間を以て破棄させてもらう!」
華やかな王立学園の卒業パーティ会場に、ウィルフレッド王太子の怒号が響き渡りました。
シャンデリアの光を浴びて、金髪を振り乱しながら私を指差す婚約者。その隣には、これ見よがしに彼にすがりつく男爵令嬢の姿があります。
周囲の貴族たちは、待ってましたと言わんばかりの好奇の視線をこちらに投げかけてきました。
対する私はといえば、溢れ出しそうな感情を必死に抑え、ただ一つの目的のために思考をフル回転させていました。
(……足が、限界……。もう三十分も立ちっぱなし……死ぬ……座りたい……)
「聞いているのか、ナタリー! これまでの数々の悪行、言い逃れはさせんぞ!」
ウィルフレッド様の追求は止まりません。
しかし、私の耳には彼の言葉よりも、ふくらはぎの筋肉が悲鳴を上げる音の方が大きく響いていました。
私は震える膝をどうにか支えながら、ゆっくりと口を開きました。
「……ウィルフレッド様。お言葉ですが……」
「ふん、見苦しい弁明など聞きたくないわ! 貴様が裏で愛しきメルティに執拗な嫌がらせをしていたことは、すべて調査済みだ!」
「いえ……あの、そうではなくて……」
「何だ! まだ何か不満があるというのか!」
私は深く、深くため息をつきました。
「……お話が長いので、座ってもよろしいでしょうか。重力が、その、私に対してあまりにも過保護に牙を剥いてくるのです」
会場が一瞬、静まり返りました。
ウィルフレッド様は目を見開き、顔を真っ赤にしてプルプルと震えています。
「き、貴様……! この期に及んで何をふざけたことを! これだから一人では何もできない無能は困るのだ!」
「無能……。左様でございますか」
「そうだ! 貴様はいつだってそうだ。食事を運ばせ、服を着せ替えさせ、挙句の果てには移動の際にも侍女に手を引かせねば満足に歩きもしない! そんな置物のような女が、王妃として務まるはずがないだろう!」
「……歩くのは、エネルギーの効率的運用において著しくロスが多い行為ですので……」
「黙れ! メルティを見ろ! 彼女は自分一人の足で懸命に走り、皆のために汗を流して働いている。貴様のように、口先だけで他人を操り、自分は椅子に根を張っているような傲慢な女とは大違いだ!」
メルティと呼ばれた男爵令嬢が、これ幸いとばかりに「そんな、私なんて……」と殊勝な顔でウィルフレッド様の胸に顔を埋めました。
私はそれを見て、心底羨ましいと感じました。
(いいなぁ、支えがあって。私も誰かに寄りかかりたい……。あ、あそこの柱、ちょうど良さそうな角度……)
「ナタリー! 貴様には追放を言い渡す! 今すぐこの国から出ていくがいい! 一人では何もできない貴様が、野垂れ死ぬ様を遠くから見届けてやろう!」
「……追放、ですか」
「そうだ! 絶望したか! 泣いて許しを請うなら、今のうちだぞ!」
私は、今日一番の輝かしい笑顔を浮かべました。
「承知いたしました。では、今すぐ失礼いたします」
「な……っ!? 引き止めもしないのか!?」
「はい。歩いて帰るのは面倒ですので、どなたか馬車を……あ、もう私は公爵令嬢ではないのでしたね。困りました。どなたか、私を国境まで運んでくださる親切な業者の方はいらっしゃいませんか?」
「貴様……! どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだ!」
ウィルフレッド様が再び怒鳴り始めましたが、私はもう限界でした。
「あ、限界です。失礼します」
私はその場に、ふわりと崩れ落ちるように座り込みました。
「なっ……! おい、ショックで倒れたのか!? おい、ナタリー!」
周囲が騒然となります。
騎士たちが駆け寄ってきますが、私は床にぺたりと座ったまま、安らかな表情で目を閉じました。
(あぁ……床、最高……。絨毯の厚みが、私の体重を優しく分散してくれる……。これこそが、私の求めていた幸福……)
「ナタリー様! しっかりしてください!」
「……大丈夫です。ただ、移動が面倒なだけですので。もしよろしければ、この絨毯ごと、どこか遠くへ運んでいただけませんか?」
「何を言っているんだ貴様はー!」
ウィルフレッド様の絶叫をBGMに、私は至福の休息に入りました。
これが、私とこの国との、最後のお付き合いになるとも知らずに。
一人では何もできない?
ええ、その通りです。
私は、一人で「頑張る」なんて面倒なこと、死んでもしたくないのです。
他人の力を最大限に活用し、自分は最小限の労力で最高の結果を得る。
それこそが、私、ナタリー・ド・ベルクールの生存戦略なのですから。
……とりあえず、まずはどなたか、私をおんぶして会場から連れ出してくださいませ。
華やかな王立学園の卒業パーティ会場に、ウィルフレッド王太子の怒号が響き渡りました。
シャンデリアの光を浴びて、金髪を振り乱しながら私を指差す婚約者。その隣には、これ見よがしに彼にすがりつく男爵令嬢の姿があります。
周囲の貴族たちは、待ってましたと言わんばかりの好奇の視線をこちらに投げかけてきました。
対する私はといえば、溢れ出しそうな感情を必死に抑え、ただ一つの目的のために思考をフル回転させていました。
(……足が、限界……。もう三十分も立ちっぱなし……死ぬ……座りたい……)
「聞いているのか、ナタリー! これまでの数々の悪行、言い逃れはさせんぞ!」
ウィルフレッド様の追求は止まりません。
しかし、私の耳には彼の言葉よりも、ふくらはぎの筋肉が悲鳴を上げる音の方が大きく響いていました。
私は震える膝をどうにか支えながら、ゆっくりと口を開きました。
「……ウィルフレッド様。お言葉ですが……」
「ふん、見苦しい弁明など聞きたくないわ! 貴様が裏で愛しきメルティに執拗な嫌がらせをしていたことは、すべて調査済みだ!」
「いえ……あの、そうではなくて……」
「何だ! まだ何か不満があるというのか!」
私は深く、深くため息をつきました。
「……お話が長いので、座ってもよろしいでしょうか。重力が、その、私に対してあまりにも過保護に牙を剥いてくるのです」
会場が一瞬、静まり返りました。
ウィルフレッド様は目を見開き、顔を真っ赤にしてプルプルと震えています。
「き、貴様……! この期に及んで何をふざけたことを! これだから一人では何もできない無能は困るのだ!」
「無能……。左様でございますか」
「そうだ! 貴様はいつだってそうだ。食事を運ばせ、服を着せ替えさせ、挙句の果てには移動の際にも侍女に手を引かせねば満足に歩きもしない! そんな置物のような女が、王妃として務まるはずがないだろう!」
「……歩くのは、エネルギーの効率的運用において著しくロスが多い行為ですので……」
「黙れ! メルティを見ろ! 彼女は自分一人の足で懸命に走り、皆のために汗を流して働いている。貴様のように、口先だけで他人を操り、自分は椅子に根を張っているような傲慢な女とは大違いだ!」
メルティと呼ばれた男爵令嬢が、これ幸いとばかりに「そんな、私なんて……」と殊勝な顔でウィルフレッド様の胸に顔を埋めました。
私はそれを見て、心底羨ましいと感じました。
(いいなぁ、支えがあって。私も誰かに寄りかかりたい……。あ、あそこの柱、ちょうど良さそうな角度……)
「ナタリー! 貴様には追放を言い渡す! 今すぐこの国から出ていくがいい! 一人では何もできない貴様が、野垂れ死ぬ様を遠くから見届けてやろう!」
「……追放、ですか」
「そうだ! 絶望したか! 泣いて許しを請うなら、今のうちだぞ!」
私は、今日一番の輝かしい笑顔を浮かべました。
「承知いたしました。では、今すぐ失礼いたします」
「な……っ!? 引き止めもしないのか!?」
「はい。歩いて帰るのは面倒ですので、どなたか馬車を……あ、もう私は公爵令嬢ではないのでしたね。困りました。どなたか、私を国境まで運んでくださる親切な業者の方はいらっしゃいませんか?」
「貴様……! どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだ!」
ウィルフレッド様が再び怒鳴り始めましたが、私はもう限界でした。
「あ、限界です。失礼します」
私はその場に、ふわりと崩れ落ちるように座り込みました。
「なっ……! おい、ショックで倒れたのか!? おい、ナタリー!」
周囲が騒然となります。
騎士たちが駆け寄ってきますが、私は床にぺたりと座ったまま、安らかな表情で目を閉じました。
(あぁ……床、最高……。絨毯の厚みが、私の体重を優しく分散してくれる……。これこそが、私の求めていた幸福……)
「ナタリー様! しっかりしてください!」
「……大丈夫です。ただ、移動が面倒なだけですので。もしよろしければ、この絨毯ごと、どこか遠くへ運んでいただけませんか?」
「何を言っているんだ貴様はー!」
ウィルフレッド様の絶叫をBGMに、私は至福の休息に入りました。
これが、私とこの国との、最後のお付き合いになるとも知らずに。
一人では何もできない?
ええ、その通りです。
私は、一人で「頑張る」なんて面倒なこと、死んでもしたくないのです。
他人の力を最大限に活用し、自分は最小限の労力で最高の結果を得る。
それこそが、私、ナタリー・ド・ベルクールの生存戦略なのですから。
……とりあえず、まずはどなたか、私をおんぶして会場から連れ出してくださいませ。
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