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「……却下です」
私はその「物体」をデスクの上に放り投げた。
ペラリ、と情けない音を立てて着地したのは、一枚の羊皮紙だ。
そこには、ピンク色のクレヨンで、ミミズが這ったような文字が踊っていた。
『りれきしょ』
『なまえ:リリィ』
『とくいなこと:おはなと おしゃべり』
『しぼうどうき:おねえさまと おかしが たべたいから』
「…………」
私はこめかみを指で強く押した。
頭痛だ。
慢性的な肩こりや眼精疲労とは違う、もっと根源的な、脳細胞が死滅する音を伴う頭痛がする。
「ええーっ!? なんでですかお姉様! 私、一生懸命書いたのに!」
目の前で頬を膨らませているのは、昨日、馬車と並走するという驚異的な身体能力を見せつけたリリィ男爵令嬢である。
彼女はなぜか、メイド服(ただし丈が短くアレンジされた珍妙なもの)を着ていた。
「リリィ様。ここは王国の行政を司る宰相執務室です。託児所でも、動物園でもありません」
「わかってますよぅ! だから私、働く気マンマンです! 見てください、このやる気!」
彼女は力こぶを作るポーズをとった。
細腕に見えるが、昨日の馬車ダッシュを思い出すと、あの腕の中には圧縮された筋肉が詰まっているのかもしれない。
「あのな、ロゼリア」
デスクの奥から、アーク様がげんなりした顔で声をかけてきた。
「なぜ彼女がここにいる? 警備兵は何をしていたんだ」
「それが……正面突破されたそうです」
「は?」
「『お姉様にクッキーを届けに来ました!』という笑顔と、『通してくれないと泣いちゃいます!』という謎の脅迫、そして隙を見て衛兵の股下をくぐり抜ける俊敏さで、ここまで到達したとか」
「……城の警備体制を見直す必要があるな」
アーク様が頭を抱えた。
私も同感だ。
だが、問題は目の前のこの生き物だ。
「リリィ様。お帰りください。貴女にできる仕事はありません」
「そんなことないです! 私、何でもできます! お掃除とか、お洗濯とか!」
「この部屋の掃除は昨日私が終わらせました。洗濯は専門の係がいます」
「じゃあ、お茶汲み!」
「貴女が入れると、砂糖と塩を間違えたり、ポットをひっくり返して書類を水没させたりする未来が見えます。リスク管理の観点から却下です」
「むぅ……。じゃあ、肩揉み!」
「貴女の馬鹿力で肩を揉まれたら、肩甲骨が砕けます。労災案件です」
私は淡々と否定していく。
リリィ様は「う~」と唸り、涙目になってきた。
「だって……だってぇ……。ジュリアン様がつまんないんですもの……」
「は?」
「昨日、お姉様に言われて戻りましたけど……ジュリアン様ったら、ずーっと『ロゼリアのやつ、許さん』とか『でもあの計算高さは意外と……』とかブツブツ言ってて。私とお話してくれないんです!」
「……あの王子、まだ私に執着しているのですか。暇ですね」
「それに、お城のケーキも食べ尽くしちゃったし……。ここに来れば、お姉様がいるし、なんか楽しそうだし!」
動機が不純すぎる。
しかし、ここで彼女を追い返しても、また明日本能の赴くままに突撃してくるだろう。
それは私の業務効率を著しく低下させる。
ならば、いっそ……。
私は電卓を叩く手を止め、リリィ様をじっと観察した。
有り余る体力。
無駄に高い行動力。
そして、私の言うことには(なぜか)従う従順さ。
……使えるかもしれない。
「……リリィ様。貴女、本当にお仕事がしたいのですね?」
「はいっ! お姉様のお役に立ちたいです!」
「お給料は出ませんが?」
「おやつが出ればいいです!」
「……採用」
「えっ?」
アーク様が素っ頓狂な声を上げた。
「おいロゼリア、正気か? その時限爆弾を雇うつもりか?」
「ご安心ください、アーク様。適材適所という言葉がございます。彼女には、彼女にしかできない特務を与えます」
私はニヤリと笑い、一枚の封筒を手に取った。
それは「至急」の印が押された、財務局への伝達書類だ。
「リリィ様。初仕事です」
「はいっ! なんでしょう!」
「この書類を、北塔の3階にある財務局長へ届けてください。通常、ここから歩いて片道15分かかります」
「はい!」
「これを、往復5分でこなしてきなさい。できたら、私のおやつのクッキー(アーク様の経費で購入予定)を一枚あげます」
「5分!? クッキー!?」
リリィ様の目の色が、猛獣のそれに変わった。
「やります! 行ってきます!」
シュバッ!!
風が巻いた。
次の瞬間、リリィ様の姿は消えていた。
ただ、開け放たれた扉がバタンバタンと揺れているだけだ。
「……速い」
アーク様がポカンとしている。
「な、なんだ今の速度は……。疾風か?」
「いいえ、食い意地の張ったヒロインです。財務局への往復は、どんなに急いでも20分はかかる距離。それを短縮できれば、決裁のスピードが格段に上がります」
「なるほど……。『人力伝書鳩』というわけか」
「鳩より速く、鳩よりコストがかかりません(クッキー一枚)。優秀な労働力です」
私は満足げに頷き、自分の仕事に戻った。
3分後。
「と、届けてきましたぁーー!!」
ズサーッ!
とスライディングしながら、リリィ様が帰還した。
手には受領印が押された書類が握られている。
息一つ切らしていない。
「……3分ジャスト。新記録ね」
私は時計を見て、感嘆の声を漏らした。
財務局長は、突然現れて書類を叩きつけ、受領印をひったくって消えた謎のメイドに恐怖したことだろう。
「はい、報酬のクッキーです」
「わーい! もぐもぐ……おいしい!」
リリィ様は満面の笑みでクッキーを頬張る。
ちょろい。
ちょろすぎる。
だが、この単純さが今はありがたい。
「よし。次はこれだ、リリィ様。南棟の兵務局へ。これは重いから気をつけて」
「らじゃーです!」
リリィ様は分厚い資料の束を軽々と抱え、再び疾風のように飛び出していった。
「……ロゼリア」
アーク様が、しみじみと言った。
「君は、猛獣使いの才能もあるのか」
「お金の管理も、猛獣の管理も、基本は同じですわ。『アメとムチ』、そして『利益誘導』。これさえ抑えておけば、大抵のものは動かせます」
「……恐ろしい部下を持ったものだ」
アーク様は苦笑しつつ、手元の書類処理速度を上げた。
リリィ様という「超高速物流システム」が導入されたことで、宰相執務室の業務効率は飛躍的に向上した。
廊下ですれ違う官吏たちが、「ピンク色の残像を見た」「謎の突風が吹いている」と噂し始めたのは、その数時間後のことである。
そして夕方。
「ふぅ~、働いたぁ~!」
リリィ様がソファにだらしなく寝転がっている。
今日一日で、彼女は城内を50往復はしただろう。
普通の人間なら倒れている運動量だが、彼女は「お腹すいた」と呟くだけで元気そのものだ。
「よくやりました、リリィ様。おかげで今日のノルマは完遂です」
私は労いの言葉をかけた。
本心からの感謝だ。
彼女のおかげで、私の残業時間はゼロになった。
「えへへ、お姉様に褒められた! ……あ、そうだ」
リリィ様が起き上がり、ポケットから何かを取り出した。
くしゃくしゃになった手紙だ。
「これ、兵務局に行く途中で、ジュリアン様に会っちゃって。渡されたんです」
「殿下に?」
嫌な予感がする。
私は指先でその手紙をつまみ上げた。
封蝋はない。
中を開くと、相変わらずの独特なポエム調の文字が並んでいる。
『愛しのリリィへ(ついでにロゼリアも読め)。
君たちが仲良く仕事をしていると聞いて、僕は感動した。
やはり君たちは、僕を支える二枚の翼なのだ。
そこで提案だ。
明日の夜、僕の部屋で「仲直りパーティー」を開催する。
僕の手作りケーキを振る舞おう。
必ず来るように。 ジュリアン』
「…………」
私は無言で手紙を握りつぶした。
「な、仲直りパーティーだって! ケーキだって! 行きましょう、お姉様!」
リリィ様が目を輝かせている。
この娘は、「手作りケーキ」という単語の危険性を理解していない。
あの王子の手作りだ。
砂糖と塩を間違えるどころか、隠し味に「愛の媚薬」とか変なものを混入させる可能性が極めて高い。
「行きません」
「えーっ! なんでですかぁ!」
「残業だからです」
「えっ、さっき『残業ゼロ』って……」
「今発生しました。明日の夜は、緊急の……そう、公爵領の特産品開発会議があります」
私は即座に嘘をついた。
だが、アーク様が横から口を挟む。
「いや、ロゼリア。行ってきたらどうだ?」
「はい?」
アーク様は悪い顔で笑っていた。
「王子の『手作りケーキ』だ。材料費がどこから出ているか、気にならないか? 今、彼の予算は凍結中のはずだが」
「……あ」
そうだった。
金貨一枚たりとも使えないはずの王子が、パーティーを開く?
材料費は?
会場の設営費は?
「……裏帳簿ですね」
私の目に、キラーンと冷たい光が宿った。
「なるほど。隠し資産か、あるいは新たな借金か。……どちらにせよ、見過ごせませんね」
「だろ? リリィ嬢の護衛も兼ねて、潜入捜査といこうじゃないか」
「護衛……?」
「ああ。私も行く」
アーク様が立ち上がった。
「王子が妙な動きを見せているという報告もある。私の『婚約者(仮)』に、変な虫がつかないように監視もしないとな」
「……ビジネスパートナー、です」
訂正したが、アーク様は聞こえないふりをした。
リリィ様だけが「やったー! パーティーだー!」とはしゃいでいる。
明日の夜。
「仲直りパーティー」という名の、地獄の監査タイムが幕を開ける。
私は計算機を磨き上げながら、静かに闘志を燃やした。
私はその「物体」をデスクの上に放り投げた。
ペラリ、と情けない音を立てて着地したのは、一枚の羊皮紙だ。
そこには、ピンク色のクレヨンで、ミミズが這ったような文字が踊っていた。
『りれきしょ』
『なまえ:リリィ』
『とくいなこと:おはなと おしゃべり』
『しぼうどうき:おねえさまと おかしが たべたいから』
「…………」
私はこめかみを指で強く押した。
頭痛だ。
慢性的な肩こりや眼精疲労とは違う、もっと根源的な、脳細胞が死滅する音を伴う頭痛がする。
「ええーっ!? なんでですかお姉様! 私、一生懸命書いたのに!」
目の前で頬を膨らませているのは、昨日、馬車と並走するという驚異的な身体能力を見せつけたリリィ男爵令嬢である。
彼女はなぜか、メイド服(ただし丈が短くアレンジされた珍妙なもの)を着ていた。
「リリィ様。ここは王国の行政を司る宰相執務室です。託児所でも、動物園でもありません」
「わかってますよぅ! だから私、働く気マンマンです! 見てください、このやる気!」
彼女は力こぶを作るポーズをとった。
細腕に見えるが、昨日の馬車ダッシュを思い出すと、あの腕の中には圧縮された筋肉が詰まっているのかもしれない。
「あのな、ロゼリア」
デスクの奥から、アーク様がげんなりした顔で声をかけてきた。
「なぜ彼女がここにいる? 警備兵は何をしていたんだ」
「それが……正面突破されたそうです」
「は?」
「『お姉様にクッキーを届けに来ました!』という笑顔と、『通してくれないと泣いちゃいます!』という謎の脅迫、そして隙を見て衛兵の股下をくぐり抜ける俊敏さで、ここまで到達したとか」
「……城の警備体制を見直す必要があるな」
アーク様が頭を抱えた。
私も同感だ。
だが、問題は目の前のこの生き物だ。
「リリィ様。お帰りください。貴女にできる仕事はありません」
「そんなことないです! 私、何でもできます! お掃除とか、お洗濯とか!」
「この部屋の掃除は昨日私が終わらせました。洗濯は専門の係がいます」
「じゃあ、お茶汲み!」
「貴女が入れると、砂糖と塩を間違えたり、ポットをひっくり返して書類を水没させたりする未来が見えます。リスク管理の観点から却下です」
「むぅ……。じゃあ、肩揉み!」
「貴女の馬鹿力で肩を揉まれたら、肩甲骨が砕けます。労災案件です」
私は淡々と否定していく。
リリィ様は「う~」と唸り、涙目になってきた。
「だって……だってぇ……。ジュリアン様がつまんないんですもの……」
「は?」
「昨日、お姉様に言われて戻りましたけど……ジュリアン様ったら、ずーっと『ロゼリアのやつ、許さん』とか『でもあの計算高さは意外と……』とかブツブツ言ってて。私とお話してくれないんです!」
「……あの王子、まだ私に執着しているのですか。暇ですね」
「それに、お城のケーキも食べ尽くしちゃったし……。ここに来れば、お姉様がいるし、なんか楽しそうだし!」
動機が不純すぎる。
しかし、ここで彼女を追い返しても、また明日本能の赴くままに突撃してくるだろう。
それは私の業務効率を著しく低下させる。
ならば、いっそ……。
私は電卓を叩く手を止め、リリィ様をじっと観察した。
有り余る体力。
無駄に高い行動力。
そして、私の言うことには(なぜか)従う従順さ。
……使えるかもしれない。
「……リリィ様。貴女、本当にお仕事がしたいのですね?」
「はいっ! お姉様のお役に立ちたいです!」
「お給料は出ませんが?」
「おやつが出ればいいです!」
「……採用」
「えっ?」
アーク様が素っ頓狂な声を上げた。
「おいロゼリア、正気か? その時限爆弾を雇うつもりか?」
「ご安心ください、アーク様。適材適所という言葉がございます。彼女には、彼女にしかできない特務を与えます」
私はニヤリと笑い、一枚の封筒を手に取った。
それは「至急」の印が押された、財務局への伝達書類だ。
「リリィ様。初仕事です」
「はいっ! なんでしょう!」
「この書類を、北塔の3階にある財務局長へ届けてください。通常、ここから歩いて片道15分かかります」
「はい!」
「これを、往復5分でこなしてきなさい。できたら、私のおやつのクッキー(アーク様の経費で購入予定)を一枚あげます」
「5分!? クッキー!?」
リリィ様の目の色が、猛獣のそれに変わった。
「やります! 行ってきます!」
シュバッ!!
風が巻いた。
次の瞬間、リリィ様の姿は消えていた。
ただ、開け放たれた扉がバタンバタンと揺れているだけだ。
「……速い」
アーク様がポカンとしている。
「な、なんだ今の速度は……。疾風か?」
「いいえ、食い意地の張ったヒロインです。財務局への往復は、どんなに急いでも20分はかかる距離。それを短縮できれば、決裁のスピードが格段に上がります」
「なるほど……。『人力伝書鳩』というわけか」
「鳩より速く、鳩よりコストがかかりません(クッキー一枚)。優秀な労働力です」
私は満足げに頷き、自分の仕事に戻った。
3分後。
「と、届けてきましたぁーー!!」
ズサーッ!
とスライディングしながら、リリィ様が帰還した。
手には受領印が押された書類が握られている。
息一つ切らしていない。
「……3分ジャスト。新記録ね」
私は時計を見て、感嘆の声を漏らした。
財務局長は、突然現れて書類を叩きつけ、受領印をひったくって消えた謎のメイドに恐怖したことだろう。
「はい、報酬のクッキーです」
「わーい! もぐもぐ……おいしい!」
リリィ様は満面の笑みでクッキーを頬張る。
ちょろい。
ちょろすぎる。
だが、この単純さが今はありがたい。
「よし。次はこれだ、リリィ様。南棟の兵務局へ。これは重いから気をつけて」
「らじゃーです!」
リリィ様は分厚い資料の束を軽々と抱え、再び疾風のように飛び出していった。
「……ロゼリア」
アーク様が、しみじみと言った。
「君は、猛獣使いの才能もあるのか」
「お金の管理も、猛獣の管理も、基本は同じですわ。『アメとムチ』、そして『利益誘導』。これさえ抑えておけば、大抵のものは動かせます」
「……恐ろしい部下を持ったものだ」
アーク様は苦笑しつつ、手元の書類処理速度を上げた。
リリィ様という「超高速物流システム」が導入されたことで、宰相執務室の業務効率は飛躍的に向上した。
廊下ですれ違う官吏たちが、「ピンク色の残像を見た」「謎の突風が吹いている」と噂し始めたのは、その数時間後のことである。
そして夕方。
「ふぅ~、働いたぁ~!」
リリィ様がソファにだらしなく寝転がっている。
今日一日で、彼女は城内を50往復はしただろう。
普通の人間なら倒れている運動量だが、彼女は「お腹すいた」と呟くだけで元気そのものだ。
「よくやりました、リリィ様。おかげで今日のノルマは完遂です」
私は労いの言葉をかけた。
本心からの感謝だ。
彼女のおかげで、私の残業時間はゼロになった。
「えへへ、お姉様に褒められた! ……あ、そうだ」
リリィ様が起き上がり、ポケットから何かを取り出した。
くしゃくしゃになった手紙だ。
「これ、兵務局に行く途中で、ジュリアン様に会っちゃって。渡されたんです」
「殿下に?」
嫌な予感がする。
私は指先でその手紙をつまみ上げた。
封蝋はない。
中を開くと、相変わらずの独特なポエム調の文字が並んでいる。
『愛しのリリィへ(ついでにロゼリアも読め)。
君たちが仲良く仕事をしていると聞いて、僕は感動した。
やはり君たちは、僕を支える二枚の翼なのだ。
そこで提案だ。
明日の夜、僕の部屋で「仲直りパーティー」を開催する。
僕の手作りケーキを振る舞おう。
必ず来るように。 ジュリアン』
「…………」
私は無言で手紙を握りつぶした。
「な、仲直りパーティーだって! ケーキだって! 行きましょう、お姉様!」
リリィ様が目を輝かせている。
この娘は、「手作りケーキ」という単語の危険性を理解していない。
あの王子の手作りだ。
砂糖と塩を間違えるどころか、隠し味に「愛の媚薬」とか変なものを混入させる可能性が極めて高い。
「行きません」
「えーっ! なんでですかぁ!」
「残業だからです」
「えっ、さっき『残業ゼロ』って……」
「今発生しました。明日の夜は、緊急の……そう、公爵領の特産品開発会議があります」
私は即座に嘘をついた。
だが、アーク様が横から口を挟む。
「いや、ロゼリア。行ってきたらどうだ?」
「はい?」
アーク様は悪い顔で笑っていた。
「王子の『手作りケーキ』だ。材料費がどこから出ているか、気にならないか? 今、彼の予算は凍結中のはずだが」
「……あ」
そうだった。
金貨一枚たりとも使えないはずの王子が、パーティーを開く?
材料費は?
会場の設営費は?
「……裏帳簿ですね」
私の目に、キラーンと冷たい光が宿った。
「なるほど。隠し資産か、あるいは新たな借金か。……どちらにせよ、見過ごせませんね」
「だろ? リリィ嬢の護衛も兼ねて、潜入捜査といこうじゃないか」
「護衛……?」
「ああ。私も行く」
アーク様が立ち上がった。
「王子が妙な動きを見せているという報告もある。私の『婚約者(仮)』に、変な虫がつかないように監視もしないとな」
「……ビジネスパートナー、です」
訂正したが、アーク様は聞こえないふりをした。
リリィ様だけが「やったー! パーティーだー!」とはしゃいでいる。
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