え、いいんですか?婚約破棄、最高じゃないですか!

小梅りこ

文字の大きさ
23 / 28

23

しおりを挟む
「……寒っ」


私が目を覚ました時、視界一面は真っ白だった。

ふかふかのベッドも、アーク様の温かい腕もない。

あるのは、吹き荒れる猛吹雪と、氷点下の気温、そして私の目の前に広がる絶望的な雪景色だけだ。


「……やりやがりましたわね、あの筋肉ダルマお義父様」


私はガチガチと歯を鳴らしながら立ち上がった。

現在地、クロウリー領の北にある『魔の山』山頂付近(推定)。

昨夜の宴で泥酔したギガン伯爵が、「伝統行事だ!」と叫んで私を小脇に抱え、そのまま縮地法のような速さでここまで運び去ったのだ。

アーク様が止める間もなかった。

目が覚めたら、置き手紙が一枚。

『嫁よ! 朝日が昇るまで生き延びろ! アークが助けに来たら合格だ! P.S. この辺はイエティが出るから気をつけろ』


「……訴訟。絶対に訴訟です」


私は手紙を握りつぶした。

慰謝料請求額、金貨10万枚。

この極寒の中、薄手のドレス一枚(毛皮のマントは置いていってくれたのがせめてもの慈悲か)で放置するなど、殺人未遂もいいところだ。


「……ふぅ。まずは現状把握と、体温の維持ですね」


私は深呼吸をして、思考をクリアにした。

パニックになってもカロリーを消費するだけだ。

周囲を見渡す。

岩陰がある。風除けにはなりそうだ。

そして、足元には……。


「あら?」


私は雪の中に埋もれている、青白い光を放つ草を見つけた。

ルーペを取り出して観察する。


「これは……『氷晶草(アイスハーブ)』? 王都の薬屋では乾燥状態で一本金貨1枚で取引されている、幻の薬草……?」


あたりを見回す。

ある。

そこにも、あそこにも。

雑草のように群生しているではないか。


「……宝の山」


寒さを忘れた。

私の瞳に「¥」マークが灯る。

ここにある草を全て採取して加工すれば、それだけで城が一つ建つ。


「遭難している場合ではありませんわ。収穫です、収穫!」


私はマントの裾を広げ、一心不乱に薬草をむしり始めた。

寒さ?

金貨の輝き(幻覚)が私を温めてくれる。

労働こそが最高の発熱活動だ。


「グルルルル……」


その時、背後から低い唸り声が聞こえた。

振り返ると、そこには白銀の毛並みを持つ、身長3メートルほどの巨獣が立っていた。

イエティだ。

鋭い牙、太い腕。

通常の人間なら悲鳴を上げて逃げ出す恐怖の象徴。


「……チッ。作業の邪魔ですわね」


私は舌打ちをした。

イエティは「獲物を見つけた」という顔で、大きな手を振り上げる。


「ガァァァァッ!!」


襲いかかってくる巨獣。

私は逃げなかった。

代わりに、懐から「電卓」を取り出し、カチカチと高速で叩きながら、低い声で威圧した。


「……おい」


「!?」


イエティの動きが止まる。


「貴方のその毛皮。……最高級の『ホワイト・シルク・ファー』ですね? 市場価格、一頭分で金貨500枚」


私はイエティの全身を、舐めるような目つきで値踏みした。

解体業者の目だ。


「襲ってくるということは、私に『正当防衛』による『素材回収』の権利を与えるということでよろしいですね? アーク様から借りているこの『守護の蒼玉(イヤリング)』で攻撃を防いだ後、貴方の皮を綺麗に剥いで、冬のコートにして差し上げますわ」


「……グ、グル?」


イエティが後ずさりした。

言葉は通じなくとも、「こいつ、俺を殺して金に変える気だ」という殺気は伝わったらしい。

野生の勘が「逃げろ」と警鐘を鳴らしているのだ。


「待ちなさい」


私は逃げようとするイエティに声をかけた。


「殺されるのが嫌なら、働きなさい」


「ガ?」


私は山盛りの氷晶草を指差した。


「貴方、この山に住んでいるなら、この草の群生地を知っているでしょう? 私のかわりにこれを集めなさい。ノルマはマントがいっぱいになるまで」


「ガ、ガウ……」


「報酬は……そうですね。私が持っているこの『高級ビーフジャーキー(非常食)』を一本あげましょう」


私はポケットから干し肉を取り出し、ひらひらさせた。

イエティの鼻がピクピク動く。

野生動物にとって、塩気のある肉はご馳走だ。


「働くか、コートになるか。……選ばせてあげます」


私はニッコリと、悪魔のような笑みを向けた。


数秒後。

「ワン!」と犬のような鳴き声を上げて、イエティは雪山を掘り始めた。


***


一方その頃。

アーク・フォン・クロウリーは、吹雪の中を鬼の形相で疾走していた。


「……父上め。後で絶対に髭を全部毟ってやる」


彼は剣一振りで、行く手を阻む大岩を粉砕した。

山道には、ギガン伯爵が仕掛けたと思われる罠(落とし穴、転がってくる丸太、飛び出す槍)が満載だった。

それを全て、アークは魔法と剣技でねじ伏せ、最短ルートを駆け上がっていた。


「待っていろ、ロゼリア。……今行く!」


彼の脳裏には、寒さに震え、涙を流して助けを待つ婚約者の姿が浮かんでいた。

あのか細い体で、この極寒に耐えられるはずがない。

もし彼女に何かあれば、父だろうとタダではおかない。

アークの瞳に、宰相としての冷徹さとは違う、激情の炎が宿る。


「邪魔だぁぁぁっ!!」


行く手を阻むスノーウルフの群れを、「氷絶斬」の一撃で氷像に変える。

彼は止まらない。

ただひたすら、頂上を目指して。


そして、空が白み始めた頃。

アークはついに山頂へと到達した。


「ロゼリアーーッ!!」


彼は岩場を飛び越え、視界が開けた場所へと躍り出た。

そこで彼が見たものは。


「……え?」


アークは剣を構えたまま、硬直した。


そこには、焚き火(魔法で着火)にあたりながら、優雅に温かいお茶(雪解け水と薬草で作った)を啜るロゼリアの姿があった。

そして、その周囲には……。

1、2、3……10匹ほどのイエティたちが、せっせと雪を掘り、薬草を集め、ロゼリアの足元に積み上げている光景があった。


「……あ、右のイエティA、掘り方が雑です。根っこを傷つけないように」


「ウオン!」


「左のイエティB、サボらない。ジャーキー減らしますよ」


「クゥーン……」


完全に支配していた。

雪山の王者が、現場監督(ロゼリア)の指示に従う労働者と化していた。


「……アーク様?」


ロゼリアが気づき、手を振った。


「おはようございます。……到着が早かったですね。私の計算では、あと30分はかかると思っていましたが」


「……ロゼリア」


アークは剣を収め、よろよろと近づいた。


「……無事、なのか?」


「ええ。最初は寒かったですが、彼ら(イエティ)が風除けになってくれましたし、運動(労働指導)もしましたので」


ロゼリアは積み上がった薬草の山を指差した。


「見てください。幻の氷晶草、推定300キログラム。市場価格にして金貨5000枚分です。……遭難も悪くありませんね」


「…………」


アークは深く、深く脱力した。

涙を流して震えているロゼリア?

そんなものは幻想だった。

彼女はどこにいても、どんな状況でも、逞しく生き抜き、そして利益を生み出す女だった。


「……ははっ」


アークは乾いた笑いを漏らし、そしてロゼリアを強く抱きしめた。


「きゃっ……冷たいですわ、アーク様」


「うるさい。……心配して損した」


彼の体は、雪と汗で冷え切っていたが、その腕の力強さは本物だった。


「……無事でよかった。本当によかった」


耳元で震える声。

ロゼリアは、アークの背中に手を回し、ポンポンと優しく叩いた。


「……ご心配をおかけしました。でも、私は貴方のパートナーですよ? これくらいで死ぬほど、ヤワな計算はしておりません」


「ああ、そうだな。……君は最強だ」


二人は朝日に照らされながら、イエティたちに見守られて抱き合った。

感動的な再会シーン……のはずだが、周囲に積み上げられた薬草の山と、順番待ちをしているイエティ(ジャーキー待ち)のせいで、どこかシュールな光景となっていた。


***


下山後。

城で待ち構えていたギガン伯爵は、私たちの姿を見て目を剥いた。


「なっ……生きて戻ったか! しかも、その大量の荷物はなんだ!?」


ロゼリアが運ばせてきた薬草の山だ。

イエティたちが「配達ご苦労様」とジャーキーをもらって山へ帰っていく。


「お義父様。ただいま戻りました」


私は髪を払い、ニッコリと微笑んだ。


「素晴らしい『伝統行事』でしたわ。おかげで、我が領地の新しい特産品の開発ルートが確立できました。……イエティたちとも労働契約を結んできましたので、今後は人件費ゼロで採取が可能です」


「は……?」


ギガン伯爵は言葉を失った。

アーク様が横から口を添える。


「そういうことだ、父上。……彼女を山に捨てた結果、山が丸ごと彼女の『支店』になった」


「ば、化け物か……。熊よりタチが悪い……」


「褒め言葉として受け取っておきます」


私は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「さて、お義父様。これは今回の『遭難体験ツアー』の代金請求書です。ガイド料(イエティへの報酬)、深夜労働割増賃金、そして慰謝料。……お支払いいただけますね?」


「……払う。払わせてくれ」


ギガン伯爵は白旗を上げた。

北の破壊神が、金勘定の悪魔に完全敗北した瞬間だった。


「気に入ったぞ、ロゼリア!」


伯爵は一転して、ガハハと笑った。


「お前なら、このクロウリー家を任せられる! アーク、結婚式はいつだ!? 盛大にやるぞ! ドラゴンも呼ぶか!?」


「ドラゴンは呼ばなくていいです。……ロゼリアが『解体して売ろう』と言い出すから」


アーク様が疲れたように言った。


こうして、私は義両親からの「合格」を(物理的かつ経済的に)勝ち取った。

辺境伯領での滞在は、予想以上の収益を生み出し、私たちは大量の引き出物(薬草と魔物素材)を抱えて王都へ戻ることになった。

いよいよ、結婚式本番。

しかし、私が計算していた「完璧な式」には、まだ最後の、そして最大の「計算外」が残されていた。

それは、あの「島流し」になったはずの元王子の、執念深すぎる逆襲だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...