え、いいんですか?婚約破棄、最高じゃないですか!

小梅りこ

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「……順調ですわね。実に順調すぎて怖いくらいです」


王城の一室。

そこは現在、結婚式準備委員会の本部と化していた。

壁一面に貼られたスケジュール表、積まれた招待状の山、そして部屋の中央で電卓を叩く花嫁(私)。

アークライト公爵領への「遭難ツアー」から無事生還した私たちは、国費で行われる盛大な結婚式の準備に追われていた。


「ロゼリア。引き出物のカタログ選定が終わったぞ。……君の要望通り、『換金性の高い純金プレート』にしておいた」


アーク様がリストを差し出した。

彼はすでに、私の思考回路を完全に理解している。

普通なら「二人の似顔絵入りのお皿」などを選ぶところだが、そんなものは貰った方が困るだけだ。

溶かせば金になるプレートの方が、ゲスト満足度は高い。


「完璧です、アーク様。これでゲストの『実質回収率』が上がります」


「……結婚式を『回収』と言うな」


アーク様は苦笑しつつ、コーヒーを淹れてくれた。

平和だ。

北の義両親も(イエティを連れて)参列してくれることになったし、ガルド商会の資産で懐も潤っている。

懸念事項だったジュリアン殿下も、今は遠い北の孤島で、麦畑に囲まれて反省の日々を送っているはずだ。


「……何も起きないといいのだが」


アーク様がふと、窓の外を見ながら呟いた。


「フラグを立てないでください。私の計算では、トラブル発生率は0.1%未満です」


「君の計算は正確だが、あの王子の『悪運』は計算できないからな」


その時だった。

コンコン、と控えめなノックの音がした。


「失礼いたします。……お荷物が届いております」


入ってきたのは、顔面蒼白の侍従だった。

その手には、不吉なほど真っ黒な木箱が抱えられている。

そして、箱からは……何やら「うめき声」のような音が漏れていた。


「……なんだそれは」


アーク様が警戒して剣に手をかける。


「そ、それが……差出人が……」


侍従が震える手で伝票を見せた。


『北の孤島・贖罪修道院 修道士ジュリアン』


「……生きていましたか」


私はため息をついた。

「着払い」と書かれていなかっただけマシだが、タダより怖いものはない。


「開けてみろ。……爆発物なら、私が凍らせる」


アーク様の指示で、侍従が恐る恐る蓋を開けた。

ギギギ……と蝶番が鳴り、中身が露わになる。

そこに入っていたのは、爆弾でも毒薬でもなかった。


パンだった。

ただし、人の顔のような形をした、不気味なパンだ。

しかも、その顔は……ジュリアン殿下に酷似している。


「……気持ち悪いですね」


私が率直な感想を述べた瞬間。

カッ!!

パンの「目」の部分が開いた。


『あ~~~~、ロゼリア~~~~♪』


「喋った!?」


アーク様が飛び退いた。

侍従が腰を抜かす。


『僕の愛~~、届いているか~~い♪ このパンは~~僕の魂~~♪』


パンが歌い出した。

しかも、あの独特なポエム調の歌詞を、オペラ歌手のようなバリトンボイスで。


『あ~~、孤島の風は冷たいけれど~~、僕の愛はオーブンのように熱い~~♪ 結婚おめでと~~(呪)♪』


「……騒音公害です」


私は即座に箱の蓋を閉めた。

バタン!

しかし、歌声は箱の中から籠もった音で響き続けている。


『捨てないで~~、食べて~~、僕を食べて~~♪』


「……アーク様。処理をお願いします」


「待て。斬ると中から何が出てくるかわからん。……呪いの酵母か?」


アーク様も手を出しかねている。

そこへ。


「くんくん……なんか、香ばしい匂いがします!」


鼻をヒクつかせながら、リリィ様が現れた。

その後ろには、すっかり尻に敷かれている様子のハンス君(元勇者・現パン屋)もいる。


「あ、リリィ様。ちょうどよかった」


私は箱を指差した。


「ジュリアン殿下から、結婚祝いのパンが届きました。……処理をお願いできますか?」


「わぁ! パンですか!?」


リリィ様は目を輝かせて箱を開けた。


『あ~~、リリィ~~! 僕の天使~~!』


パンがターゲットを変えて歌い出す。


「……うわぁ」


リリィ様の表情が、スッと真顔になった。

食いしん坊の彼女が、初めて食べ物を前にして引いている。


「これ……『怨念酵母』を使ってますね」


ハンス君が冷静に分析した。


「怨念酵母?」


「はい。作り手の強い未練や執着を養分にして膨らむ、禁断の酵母です。……これを食べると、一週間くらいポエムしか喋れなくなる呪いにかかります」


「最悪の呪いですね」


私はゾッとした。

結婚式の誓いの言葉で、「病める時も健やかなる時も、愛の銀河でステップを踏むことを誓います」などと口走ったら、一生の恥だ。

やはり、あの元王子は最後の最後までテロリストだった。


「どうする? 燃やすか?」


アーク様が掌に炎(魔法)を灯す。


「待ってください!」


リリィ様が止めた。


「これ、すごく珍しい発酵のさせ方してます! 悔しいけど……技術だけは高い!」


「……さすが、元王族。無駄に英才教育を受けていますね」


「私、これを食べてみたいです!」


「正気か?」


アーク様がドン引きする。

しかし、リリィ様はハンス君を見た。


「ハンス君! この『ポエム呪い』を中和するジャムを作って!」


「ええっ!? む、無茶ぶりだなぁ……。でも、リリィちゃんのためなら!」


ハンス君は背中の聖剣を抜き、厨房へと走った。

数分後。

「できました! 『聖なるイチゴジャム』です!」


聖剣の波動を浴びせたイチゴで作ったジャムらしい。

リリィ様はそれを、歌い続けるジュリアンパンの口にたっぷりと塗りたくった。


『あ~~、甘酸っぱ……むぐっ!?』


パンが黙った。


「いただきまーす!」


ガブッ!

リリィ様はジュリアンパンの頭部を躊躇なく噛み砕いた。


「……おいしい!」


「……嘘でしょう」


私は信じられないものを見る目で彼女を見た。


「うん! 怨念がスパイスになってて、深みのある味です! ハンス君のジャムで後味もスッキリ!」


リリィ様はあっという間に、元婚約者の顔をしたパンを完食してしまった。

ゲプッ、と満足げなげっぷをする。


「……お姉様。これ、式で出しませんか?」


「却下です。ゲストを呪ってどうしますか」


私は即答した。

しかし、脅威は去った。

リリィ様の胃袋というブラックホールに吸い込まれて消滅したのだ。


「……ふぅ。これで邪魔者はいなくなりましたね」


「ああ。……今度こそ、本当の『邪魔者なし』だ」


アーク様が安堵の息を吐く。

リリィ様は「デザートも欲しいなぁ」とハンス君にねだっている。


「さあ、アーク様。式の最終リハーサルに行きましょう。……明日は、私が世界一美しく、そして世界一裕福な花嫁になる日です」


「裕福な、は余計だが……まあいい」


アーク様は私の手を取り、エスコートした。


「覚悟しておけよ、ロゼリア。……明日の式で、君を世界中の誰よりも幸せにしてみせる。これは『計算』ではなく、『誓い』だ」


「……ふふっ。期待しておりますわ」


私たちは微笑み合い、部屋を出た。

窓の外では、春の陽光が降り注ぎ、王都中が祝祭の準備に湧き立っていた。

波乱万丈だった婚約破棄から始まった物語。

悪役令嬢と呼ばれた私が、氷の宰相を陥落させ、国中の金を巻き込んで迎えるフィナーレ。

計算通り?

いいえ、計算以上の「大団円」が、すぐそこまで迫っていた。


……ただし。

結婚式当日に、リリィ様がウェディングケーキを一番最初に食べてしまうというトラブルが発生することを、この時の私はまだ(薄々予感していたけれど)知る由もなかったのである。
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