え、いいんですか?婚約破棄、最高じゃないですか!

小梅りこ

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「……本日の天候、快晴。気温、摂氏24度。降水確率0%。絶好の『集金日和』ですわね」


王都の大聖堂。

その控室で、私は窓から外を見下ろしながら、満足げに頷いた。

広場にはすでに黒山の人だかりができている。

招待客はもちろん、一目見ようと集まった一般市民(彼ら向けの有料観覧席も完売)で埋め尽くされている。


「……ロゼリア。君は花嫁になっても、相変わらずだな」


背後から、呆れたような、しかし優しさを滲ませた声がかかった。

振り返ると、そこには純白のタキシードに身を包んだアーク様が立っていた。

いつもの黒い宰相服も似合うが、今日の彼は別格だ。

銀色の髪が陽光を反射し、氷のような瞳が今日はどこか甘く溶けている。

まさに「国宝級」のイケメンだ。


「……アーク様。その衣装、レンタルではなくオーダーメイドにして正解でしたわ。貴方のビジュアル価値が20%向上しています。これなら、後でブロマイドにして売れば制作費は回収可能です」


「……君は、新郎を商品として見るのをやめろ」


アーク様は苦笑しながら近づき、私の手を取った。

そして、まじまじと私を見つめる。


「……綺麗だ」


その一言に、私の心拍数が跳ね上がった。

今日の私は、アークライト公爵家の総力を挙げた(そして国費で賄われた)最高級のウェディングドレスを纏っている。

レースには本物の真珠が縫い込まれ、ヴェールはダイヤモンドの粉末でキラキラと輝いている。

総額、金貨1000枚。

歩く資産価値だ。


「……ありがとうございます。このドレスに見合うだけの『価値』を、今後も提供し続けることをお約束しますわ」


「そうじゃない。……損得など関係なく、ただ君が美しいと言っているんだ」


アーク様は私のヴェール越しに、そっと頬に触れた。


「……さあ、行こうか。私の『最愛のパートナー』」


「……ええ」


私は彼のエスコートを受け、大聖堂の扉へと向かった。


***


パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。

重厚な扉が開くと、500名の参列者が一斉にこちらを向いた。

祭壇へ続く長いバージンロード。

その先には、厳格な司祭様と、国王陛下、そして……なぜかハンカチで目頭を押さえている筋肉ダルマ(義父・ギガン伯爵)の姿が見える。


「ううっ……アークが……あの偏屈なアークが結婚なんて……!」


「あなた、泣きすぎよ。筋肉が痙攣しているわ」


隣でマリア義母様が冷静にツッコミを入れている。

相変わらず賑やかな義実家だ。


コツ、コツ、と私たちは歩を進める。

視線が集まる。

羨望、祝福、そして「あのお金大好きカップルがどんな式を挙げるのか」という好奇心。

私は背筋を伸ばし、完璧な微笑みを絶やさない。

これこそが、宰相夫人にふさわしい立ち振る舞いだ。


祭壇の前までたどり着くと、司祭様が咳払いをした。


「新郎、アーク・フォン・クロウリー。汝、この女(ひと)を妻とし、病める時も健やかなる時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「……誓います」


アーク様は迷いなく答えた。

その声は力強く、大聖堂の隅々まで響き渡った。

私の胸が熱くなる。

契約ではない。

これは、彼の魂からの言葉だ。


「新婦、ロゼリア・フォン・アークライト。汝、この男(ひと)を夫とし……」


司祭様が私に向き直る。

さあ、私の番だ。

私は一度大きく深呼吸をし、キリッとした顔で口を開いた。


「誓います。……ただし、以下の特約条項に基づき」


「は?」


司祭様が固まった。


「第1条。家計の管理権限は妻に帰属する。
 第2条。夫の残業は週10時間までとし、それ超過分は家族サービスで補填する。
 第3条。お互いの『計算高さ』を尊重し、喧嘩の際は損益分岐点を考慮して早期解決を図る」


私はドレスのポケット(特注)から巻物のような契約書を取り出し、読み上げた。


「……以上、この契約内容に同意することを条件に、私は彼を愛し抜くことを誓います」


シーン……。


大聖堂が静まり返った。

参列者たちが「やっぱりな」「通常運転だ」とざわめき始める。

司祭様が助けを求めるようにアーク様を見た。

アーク様は……肩を震わせて笑っていた。


「……くっ、ははは! 神聖な場で契約書の読み上げか! 君らしい、本当に君らしいよ」


彼は笑い涙を拭い、私に向き直った。


「いいだろう。その条件、全て呑もう。……宰相としての交渉術をもってしても、君には勝てそうにないからな」


「交渉成立ですね」


私がニッコリ笑うと、アーク様は私の腰を引き寄せた。


「だが、契約の締結には『捺印』が必要だろう?」


「ええ。印鑑ならここに……」


「違う」


アーク様は私の言葉を遮り、ヴェールを跳ね上げた。


「こうするんだ」


有無を言わせず、唇が重なった。

誓いのキス。

それは形式的なものではなく、長く、深く、そして甘いものだった。

会場から「きゃあぁぁ!」という悲鳴と、割れんばかりの拍手が巻き起こる。


「……んっ……」


唇が離れた時、私は顔が沸騰しそうだった。

計算外だ。

こんなに情熱的なキスを、500人の前でされるなんて。


「……これで、契約完了だ。返品は受け付けないぞ?」


アーク様が悪戯っぽく囁く。


「……望むところですわ。貴方が破産するまで、骨の髄まで愛して差し上げます」


私は精一杯の強がりで返したが、その声は少し震えていたかもしれない。


***


式が終わり、披露宴会場へ。

ここからは「回収」の本番だ。

豪華な料理、楽団の演奏、そしてメインイベントの「ケーキ入刀」。

ステージの中央には、私の身長よりも高い、巨大なウェディングケーキが鎮座している。

国費で作られた、最高級の特注ケーキだ。


「……でかいな。予算をかけすぎではないか?」


アーク様がケーキを見上げて呟く。


「いいえ。この大きさこそが『国の繁栄』の象徴です。後で切り分けてゲストに配れば、満足度も上がります」


「なるほど。……では、入刀といくか」


私たちはナイフを手に取り、ケーキに向かった。

司会者が声を張り上げる。


「さあ、新郎新婦による初めての共同作業です! カメラをお持ちの方は前へ!」


フラッシュが焚かれる。

私たちは笑顔でナイフを構えた。

その時。


「待ったぁぁぁーーっ!!」


どこからともなく、聞き覚えのある声が響いた。


「……またか」


私とアーク様は同時に溜息をついた。

視線の先、ゲストテーブルの下から、ピンク色の影が飛び出してきた。

リリィ様だ。

彼女はなぜかフォークとナイフを両手に持ち、涎を垂らしてケーキを見つめている。


「リリィ様? 今は入刀の時間ですよ?」


「ダメです! そんなナイフじゃ、ケーキが可哀想です!」


「は?」


「見てください、このクリームのツヤ! スポンジの弾力! これは『切る』ものじゃありません! 『かぶりつく』ものです!」


リリィ様は獣のような目で叫んだ。

そして、あろうことかステージに駆け上がり、私たちの前に立ちはだかった。


「新郎新婦より先に、私が『毒見』します!」


「毒見の必要はありません! これは安全な……」


止める間もなかった。

リリィ様は大きく口を開け、巨大ケーキの最下層に突っ込んだ。


ガブゥッ!!


「……あ」


会場が凍りついた。

ウェディングケーキの土台部分が、大きく抉り取られたのだ。

バランスを失ったケーキタワーが、グラリと揺れる。


「あ、倒れる!」


「危ない!」


アーク様が私を庇う。

しかし、ケーキは私たちがいる方向ではなく、リリィ様の方へと倒れ込んだ。


ドサァァァッ!!


リリィ様がクリームの雪崩に埋もれた。


「……」


静寂。

やがて、クリームの山から「ぷはぁっ!」と顔を出したリリィ様が、満面の笑みで叫んだ。


「……おいしいぃぃぃ!! これぞ、幸せの味ですぅぅ!!」


全身クリームまみれのヒロイン。

その姿があまりにも滑稽で、そして幸せそうで。

最初は呆気にとられていたゲストたちが、一人、また一人と笑い出した。


「あははは! なんだあれは!」


「花より団子とはこのことか!」


「最高だ! こんな楽しい結婚式は初めてだ!」


会場は大爆笑に包まれた。

厳粛な空気は吹き飛び、一気にお祭り騒ぎとなる。


「……やられたな」


アーク様が肩を震わせて笑う。


「共同作業が台無しだ」


「いいえ、アーク様」


私は電卓を取り出し、素早く計算した。


「『伝説のハプニング』としての宣伝効果、およびゲストの満足度上昇率……プライスレスです。ケーキ代の元は取れましたわ」


「……君はどこまでもポジティブだな」


「当然です。転んでもただでは起きません」


私はクリームまみれのリリィ様に近づき、ハンカチを差し出した。


「リリィ様。……追加のクリーニング代、ハンス君に請求しておきますね」


「えへへ、ごめんなさい! でも、どうしても我慢できなくて!」


リリィ様は悪びれもなく笑った。

その隣で、ハンス君が「すみません、すみません!」とペコペコ頭を下げている。


騒動が一段落し、宴は最高潮へ。

私とアーク様は、メインテーブルで並んで座り、その光景を眺めていた。


「……ロゼリア」


アーク様がグラスを傾けながら、静かに言った。


「退屈しない人生になりそうだな」


「ええ。……赤字になる暇もなさそうです」


「愛しているよ。……私の最強の妻」


「私もですわ。……私の最高の上司(パトロン)」


私たちはグラスを合わせた。

カチン、と澄んだ音が響く。

それは、これからの波乱万丈で、けれど間違いなく黒字(幸せ)な未来を予感させる音だった。


こうして、私たちの結婚式は幕を閉じた。

……が、物語はここで終わらない。

新婚旅行(という名の海外視察)で、今度は隣国の皇帝を巻き込んだ「国家買収騒動」が勃発するのは、また別のお話である。

とりあえず今は、この幸せな時間を(タイムチャージ制で)満喫することにしましょうか。
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