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第三章 インテルメディオの崩壊
中間界の歪
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瓶底風景が気になり始めた。
最初に見た時から変化しているようなのだ。
何気なくミーヤに言うと皆大雑把で自分たちの棲む世界がどうなっているか関心がないという。
全体の地図も無く、人跡未踏の場所が多く、水平線が湾曲しているあたりに行った話は聞かないそうだ。
当然世界の安定性に誰も疑問を持っていない。
そんなおれたちの話題をミーヤはフリアーナに言ったそうで、おれは呼ばれてフリアーナに言った。
「三次元の空間の形というものは八種類以下の基本的な幾何構造に分解できるそうです。現世界では観測を始めていますが結論はまだ出ていないようです。おそらく単純な形状であると予想されています。だから多少の衝撃では壊れないと思われます。この世界にある瓶底風景と似たものは現世界でも存在しますが相当小さく限局されたものばかりです。しかしここの瓶底風景は大きすぎて宇宙の構造的不安定を反映している気がします。それはいつかこの世界の大崩壊を起すかもしれません」
フリアーナはいつものようにポワンとした眼差しだったが、傍にいたマリサは眼を大きく開けた。
その数日後フリアーナはおれに調査を命じた。
「サティオス伯爵はインテルメディオの空間構造を調査・分析して報告せよ」
さらっと言われておれは内心慌てた。
自分一人で宇宙の形を決定することは不可能だ。
現世界では人工衛星を打ち上げて宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を高精度で観測する。
その分布を詳細に調べ、繰り返しの有無や三角形の内角の和から曲率の正負を判定する、などして調べるらしい。
人工衛星も作れないしおれに同じようなことは出来ない。
ここの宇宙は小さいので現世界のようなビッグバンが無かったとするとCMBも存在しない。
だが運よくミーヤ邸の隠し部屋でおれは古い図面群を見つけていた。
それは中間界という宇宙を外から見た図面だった。
他の宇宙との交流があった昔は展望台のように道の途中に中間界の外観が見える場所があったらしい。
定期的に他宇宙に行っていたようで、図面は等時間隔で何枚か作られている。
ミーヤの先祖は何を想ったか知らないが、これにより宇宙の形の時間的変化が判る。
不気味なことが判った。
中間界の崩壊時期はまさに今来ているのだ。
いつ宇宙の収縮崩壊が起こってもおかしくない。
これに加えて地上の実地調査を行う。
すると天変地異に関する何かのヒントが得られるかもしれない。
おれは二人の助手を貰い測量チームを作った。
地形の測量の他に水平線の歪み、巨大三角形の内角の和、重力方向なども精密計測した。
天体の運動も観測したかったが基本的な道具が全然無くて出来なかった。
隣国での調査は正式に申し込んだにもかかわらず拒否された。
公国内はマリサが支援してくれた。
彼女はおれと二人だけでいることが嬉しいようだった。
話をすれば理解力が有っていろいろ空想する。
見かけのような謹厳すぎるつまらない女ではなかった。
よいタイミングでお茶を入れてくれる。
あるとき座って休んでいると
「少しだけ……許してね」
とマリサが甘えるように遠慮がちにおれに寄り掛かって肩に頭をそっと乗せた。
見ると涙が流れていた。
この可愛さ、カルメンとはえらい違いだ。
マリサはそれ以上のことはしなかった。
マリサもおれも密かにミーヤの気持ちを気にしていた。
何しろ世界を相手に歩き回るのだから粗くて部分的なものにならざるを得なかった。
途中で興味を持っていた瓶底風景のあたりに入ってみた。
はっきり境目があるわけでもなかった。
その中で見る風景は全く普通だが、おれたちが住んでいる元の方を見ると逆の瓶底に見えていた。
ここは地球より遥かに三次元形状が複雑かもしれない。だとすれば地球と同じやり方(球面を平面に投影するナントカ図法)で地図作成は無理だろう。考えられるのは、対象の表面を平面に投影できる程度の小領域に分割して多数の小地図を作り、その境界近辺が隣接図と重複するようにし、重複している部分は滑らかな関数で対応が付くようにする、として対象の形状を定義する方法だ。その関数形は二変数多項式で近似できるだろう。その係数は適切に選ばれた基準点を計測して最小二乗法で決定できる。ドーナツのように穴が有っても滑らかな空間はこれですべて表現できる。
およそ半年後、測量が終わり調査した範囲で地図を作った。
空間形状は思ったほど複雑ではなかったが歪みは大きかった。
ミーヤの家で見つかった古い中間界宇宙の外観と今回作った地図を対応させて時間的変化と変形の様子を分析した。
さらに物理的測定値の分布を重ねてみると首都近くの大河に沿って断層らしいものの存在が浮かび上がってきた。
断層は途中で川から離れ、瓶底風景の中に到達していた。
この断層によって地震が起れば瓶底風景を通して宇宙を揺さぶると考えられる。
小さな世界で異変が切迫しているとき大勢の人が一斉に移動するくらいでも断層のずれ、すなわち地震の引鉄(ひきがね)になるかもしれない。
ただしこれは憶測に過ぎない。
これをフリアーナに報告した。
すると
「地震って何よ?」
おれは憶えている限りを説明した。
地震と宇宙の崩壊が同時にくる可能性もあるだろうといった。
「崩壊を逃れる手はないの?」
「現世界でもそれは不可能です。これまで穏やかで変化が無いといっても何かのきっかけで突然崩落するかもしれません。白い母から聞いたところによればここと現世界の間には細いが丈夫なチャンネルがある。入り口はトンネルのように見えて、崩壊してしまう前にそこに入れば現世界に転生できるそうです」
「転生って、何?」
「人が宇宙間を移動する場合のひとつのやり方だそうですが、シャボン玉時空とかいうものに乗れば一人だけ安全に別の宇宙に行けると聞いたことも有りますが」
「あら、統治者が自分だけ安全に逃げてはだめよ」
おや、こんなことを言うとは見かけによらずしっかりしている。
最初に見た時から変化しているようなのだ。
何気なくミーヤに言うと皆大雑把で自分たちの棲む世界がどうなっているか関心がないという。
全体の地図も無く、人跡未踏の場所が多く、水平線が湾曲しているあたりに行った話は聞かないそうだ。
当然世界の安定性に誰も疑問を持っていない。
そんなおれたちの話題をミーヤはフリアーナに言ったそうで、おれは呼ばれてフリアーナに言った。
「三次元の空間の形というものは八種類以下の基本的な幾何構造に分解できるそうです。現世界では観測を始めていますが結論はまだ出ていないようです。おそらく単純な形状であると予想されています。だから多少の衝撃では壊れないと思われます。この世界にある瓶底風景と似たものは現世界でも存在しますが相当小さく限局されたものばかりです。しかしここの瓶底風景は大きすぎて宇宙の構造的不安定を反映している気がします。それはいつかこの世界の大崩壊を起すかもしれません」
フリアーナはいつものようにポワンとした眼差しだったが、傍にいたマリサは眼を大きく開けた。
その数日後フリアーナはおれに調査を命じた。
「サティオス伯爵はインテルメディオの空間構造を調査・分析して報告せよ」
さらっと言われておれは内心慌てた。
自分一人で宇宙の形を決定することは不可能だ。
現世界では人工衛星を打ち上げて宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を高精度で観測する。
その分布を詳細に調べ、繰り返しの有無や三角形の内角の和から曲率の正負を判定する、などして調べるらしい。
人工衛星も作れないしおれに同じようなことは出来ない。
ここの宇宙は小さいので現世界のようなビッグバンが無かったとするとCMBも存在しない。
だが運よくミーヤ邸の隠し部屋でおれは古い図面群を見つけていた。
それは中間界という宇宙を外から見た図面だった。
他の宇宙との交流があった昔は展望台のように道の途中に中間界の外観が見える場所があったらしい。
定期的に他宇宙に行っていたようで、図面は等時間隔で何枚か作られている。
ミーヤの先祖は何を想ったか知らないが、これにより宇宙の形の時間的変化が判る。
不気味なことが判った。
中間界の崩壊時期はまさに今来ているのだ。
いつ宇宙の収縮崩壊が起こってもおかしくない。
これに加えて地上の実地調査を行う。
すると天変地異に関する何かのヒントが得られるかもしれない。
おれは二人の助手を貰い測量チームを作った。
地形の測量の他に水平線の歪み、巨大三角形の内角の和、重力方向なども精密計測した。
天体の運動も観測したかったが基本的な道具が全然無くて出来なかった。
隣国での調査は正式に申し込んだにもかかわらず拒否された。
公国内はマリサが支援してくれた。
彼女はおれと二人だけでいることが嬉しいようだった。
話をすれば理解力が有っていろいろ空想する。
見かけのような謹厳すぎるつまらない女ではなかった。
よいタイミングでお茶を入れてくれる。
あるとき座って休んでいると
「少しだけ……許してね」
とマリサが甘えるように遠慮がちにおれに寄り掛かって肩に頭をそっと乗せた。
見ると涙が流れていた。
この可愛さ、カルメンとはえらい違いだ。
マリサはそれ以上のことはしなかった。
マリサもおれも密かにミーヤの気持ちを気にしていた。
何しろ世界を相手に歩き回るのだから粗くて部分的なものにならざるを得なかった。
途中で興味を持っていた瓶底風景のあたりに入ってみた。
はっきり境目があるわけでもなかった。
その中で見る風景は全く普通だが、おれたちが住んでいる元の方を見ると逆の瓶底に見えていた。
ここは地球より遥かに三次元形状が複雑かもしれない。だとすれば地球と同じやり方(球面を平面に投影するナントカ図法)で地図作成は無理だろう。考えられるのは、対象の表面を平面に投影できる程度の小領域に分割して多数の小地図を作り、その境界近辺が隣接図と重複するようにし、重複している部分は滑らかな関数で対応が付くようにする、として対象の形状を定義する方法だ。その関数形は二変数多項式で近似できるだろう。その係数は適切に選ばれた基準点を計測して最小二乗法で決定できる。ドーナツのように穴が有っても滑らかな空間はこれですべて表現できる。
およそ半年後、測量が終わり調査した範囲で地図を作った。
空間形状は思ったほど複雑ではなかったが歪みは大きかった。
ミーヤの家で見つかった古い中間界宇宙の外観と今回作った地図を対応させて時間的変化と変形の様子を分析した。
さらに物理的測定値の分布を重ねてみると首都近くの大河に沿って断層らしいものの存在が浮かび上がってきた。
断層は途中で川から離れ、瓶底風景の中に到達していた。
この断層によって地震が起れば瓶底風景を通して宇宙を揺さぶると考えられる。
小さな世界で異変が切迫しているとき大勢の人が一斉に移動するくらいでも断層のずれ、すなわち地震の引鉄(ひきがね)になるかもしれない。
ただしこれは憶測に過ぎない。
これをフリアーナに報告した。
すると
「地震って何よ?」
おれは憶えている限りを説明した。
地震と宇宙の崩壊が同時にくる可能性もあるだろうといった。
「崩壊を逃れる手はないの?」
「現世界でもそれは不可能です。これまで穏やかで変化が無いといっても何かのきっかけで突然崩落するかもしれません。白い母から聞いたところによればここと現世界の間には細いが丈夫なチャンネルがある。入り口はトンネルのように見えて、崩壊してしまう前にそこに入れば現世界に転生できるそうです」
「転生って、何?」
「人が宇宙間を移動する場合のひとつのやり方だそうですが、シャボン玉時空とかいうものに乗れば一人だけ安全に別の宇宙に行けると聞いたことも有りますが」
「あら、統治者が自分だけ安全に逃げてはだめよ」
おや、こんなことを言うとは見かけによらずしっかりしている。
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