ハーンのミサイル

有嶺哲史

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第六章  第二次戦役

宇宙のカトレヤ

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 何の予告もなくC国のミサイルが我が国に向かった。
多くは無かった。
その向かう方向は妙にバラバラで、目的がよく解らなかった。
前回同様我々の秘密宇宙兵器の餌食になった。
調子よく応戦しているうち、すぐに敵のミサイル攻撃が止まった。
やがて発電衛星が一個、二個と沈黙し始めた。
ついに予想していた事態になった。
今回のミサイル発射は我々の軌道を調べるための囮だった。
高い軌道を探り始めた時、我々の衛星群を発見した。
発電衛星は並外れた太陽電池板を持つため大きくて発見されやすかった。
彼等もエネルギー源が太陽光だという思い込みがあるのだろう。
見つかる前にステゴちゃん達の軌道を急いでずらした。
互いにレーダーで敵を探し合えばそのうちどちらも発見される恐れがあった。

 少し前にC国が何か巨大な衛星を打ち上げたことを地上の軍事衛星監視隊から聞いた。
ステゴちゃんたちが探し始めた。
衛星データにない未知の衛星が低軌道にいるのがすぐ見つかった。
相手の出したレーダー電波が一瞬捕らえられた。
これは敵のキラー衛星だろう。
大急ぎで破壊すべきだ。

 C国は大急ぎで作ったので複雑なシステムではないだろう。
複数の衛星から成っているなら軌道の調整にかなり時間が掛かる。
だから単体の衛星であろう。
ミサイルでは重過ぎるから武器は指向性エネルギーだろう。
高速の物体を発射するレールガンだったらものすごい反動で自分が宇宙の彼方に飛び去ってしまう。
そのエネルギーはおそらく原子炉から作り出している。
ならば無人衛星だろう。
発射間隔から想像するとおそらく一基しかいない。

 などと考えているうちにマスターガン衛星が見つかったらしい。
それらしいレーダー照射を受けた。
もう暇がない。
キラー衛星を破壊するには艦隊決戦モードのボタンを押すだけだ。
だがここで昔高校の図書館の前で鯛子と睨み合ったように体が固まった。
自分は何をしている、と思った時手が勝手にボタンを押した。
十匹のステゴちゃんはその少し前から既に不思議な動きを始めていた。
おれがまもなくこのボタンを押すことが判っていたように。
誰かがおれの考えを先読みしている。
ミヤコだろうか。
彼女が先走って準備コマンドをこっそり出していたのか? と思っていたらミヤコの聞いたことも無い怯えた声が響いた。

「え? いやっ、やめて!」

「どうした」

「ステゴちゃんたちのメインガンが皆こちらを、旦那様を狙っているの!」

「まさか!」

モニターを見ると十匹のステゴちゃんが我々の乗っているマスターガン衛星に一斉にレーザー砲を向けていることが判った。
正面から見るとステゴちゃんの表情は禍々まがまがしい。
ミヤコが驚くとは? おれたちを狙うって、これは反乱か、それともハッキングされたか。
一瞬で頭に血が昇るのが判った。
早くお助けボタンを押さなければ、と思って手を伸ばしたときマスターガン衛星の姿勢が急に変わり、おれとミヤコは吹っ飛んだ。
マスター衛星も反乱? 全身冷や汗に濡れた。
その瞬間全てのステゴちゃんが一斉に我々に向かってレーザーを発射、マスターガン衛星に一気に最大エネルギーが集中した。
停電が起こり宇宙で暗闇になった。
万事休す、と思ったときだった。
それまで使われていなかったマスターガンが少し間を置いて突然火を噴きこの世の終わりのような轟音が響いた。
おれとミヤコは悲鳴を上げ暗闇の中でバチバチ光る電光に包まれながら互いにしがみついて震えていた。
すぐに停電は復旧した。

 マスター衛星の巨大レーザー砲の一発で敵のキラー衛星は完全に沈黙した。
ひとつのメインガン攻撃の十倍のエネルギーが集中し塊となって一気に照射された。
巨大な鉄塊で打たれたようなものだっただろう。
敵の衛星はいくら防御していてもこの攻撃は大和の主砲並みだから木っ端微塵になったはずだ。
エネルギーが一瞬に集中した衝撃の強さから想像するとガンマ線レーザーかもしれないが確認出来ていない。

 まわりに小さな火の粉みたいなものがきらきら浮遊していた。
おれがぼんやりしていた時ミヤコが叫んだ。

「見て、見て! あれを!」

見るとミヤコはこの衛星唯一の出窓に頭を突っ込んでいた。
二人でくっつくようにして狭い出窓から見るとマスターガンの放出したバーストが引き起こした多量の粒子対生成が眼に見える巨大な残光を発生していた。
マスターガンから少し離れた所から光は始まり薄っすらと、少しずつ拡がりながら地球に向かって巨大な百合の花の子房に似た光の形が出現していた。
衛星の移動につれて光りの形はゆっくりと横に移動し全体が見えるようになった。
花の子房の先は地磁気で曲がりながら拡がって花弁に見えた。
様々な色の濃淡織りなす光の花弁はやがて地球全体を包み込むカトレアの花のようになった。
それは真っ暗な宇宙の中で美しく怪しく輝き、優雅に揺れて消えた。

「きれいよお。美しいわあ」




 空気は少しざわついていたが空調が止まっていることに気づいた。
そのとき絞り出すようなミヤコの声が聞こえた。

「だめよ! 起きてよ! 目を醒ましてよ!」

ミヤコは驚きと緊張の表情でコンピュータのモニターを見ていた。
そこは真っ暗で何も表示していなかった。

「コンピュータが停止したのだ」

おれは〝お助けボタン〟を押した。
反応がない。
地上との通信を試みたがこれもだめだった。
ミヤコと顔を見合わせた。
彼女はどこかへ行こうとした。

「どこへゆく? 船外点検しようにも、これじゃあエアロックのドアも開かないだろう」

彼女はいまにも泣きそうな表情で

「コンピュータを手動で起動できるかやってみます」

「君に出来るのか」

彼女はある金属板を外した。
そこには初めて見る、夥しい数のボタンがあった。
押せば光るボタンだった。
他にも……何だこりゃ。
真空管? 宇宙線に強いからか? それにしても古いな。
彼女は両手の何本もの指を同時に使ってボタンを押し始めた。
何をやっているのかさっぱりわからなかった。
高度な技術の結晶であるアンドロイドがまるで原始的な手作業をしているのを見て軽い違和感を持った。
それは人間が自分たちの脳を研究するのにも似ている。

「あーん、ンもう! グスン」

何度も失敗し、泣いたり怒ったりしながら続けていたらついにコンピュータは起動した。
夥しいボタンがにぎやかに点滅をはじめた。
同時に空調や通信機も元に戻った。

「見事だ、ミヤコ」

心からほっとしたようにミヤコが返事しようとしたときバチンと火花が飛んだ。

「あなたが……よかっ……」

映画ならここで二人がキスする場面だ。
なるほどロボットに舌や唇を作っていたのはこのためか、などと思ったらミヤコは失神していた。
とっさにミヤコⅡにはあるはずのないリセットボタンを押そうと思ったら手は衛星の〝お助けボタン〟を押していた。
おれの頭の配線もおかしくなっていたようだ。
モニターにアラビアンナイトに出てくる魔神の格好をしたアバターが出てきた。
衛星の主コンピュータのようだ。
ニヤニヤしながら

「お初にお目に、でやんす。ご主人様。何の御用で?」

「お前には判らないのか!」

こう叫ばれて魔神は大げさに驚くふりをした。

「ミヤコが完全停止しているのだ。どうすればいい」

「リセットボタンがあればそれを押せばよござんすかと」

「今回のミヤコにはそれがない」

「えっ! ご主人様、とするとそれは緊急事態でやんすよ。直ちにミヤコちゃんを充電器に胸を固定するように縛り付けてくだされ。凝った縛り方をするお楽しみは後まわしでござんすよっ!」

「一言余計だ」

「ひいぃっ!」

縛り付けると警告が響き、ミヤコにバンとショックがあった。

「つぎにミヤコちゃんの胸をお揉みなされ。気が付くまでずっと揉み続けてくだされ」

これは心臓マッサージだと思ったが地上のように体重をかけられない。
充電器の場所で背中を後ろの壁に押し付けて支えとし、ミヤコの鎧のような胸を規則的に押し続けた。
急になまめかしく息吹を感じた時ミヤコは意識が戻った。



 マスター砲が無ければいずれメインガン衛星を落とされ、我が国はミサイルを防衛できなくなっていただろう。
マスター砲は一度発射しただけで焼け切れ、もう使えない。
しかしこのキラー衛星に関わる費用と陸の攻防にC国は二十億両を使ってしまった。
敵戦闘衛星が一個だけだったのは幸運だった。
マスター砲の作動時ミヤコはおれを守ろうとするように抱き着いたがマスター砲のことは彼女も知らなかった。
この間も十匹のステゴちゃんはミサイルを警戒していた。

 我々の衛星群は元の任務にもどった。
敵本土からのミサイル攻撃も再開したが、もはや敵の弾道ミサイルは攻撃規模も小さくなりレーザー照射で無力化されるばかりだった。
予定の核は尽きたのか、すぐにミサイル攻撃は止まった。
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