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第1話 荘厳な結婚式
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花嫁クラーラの純白のウェディングドレスは、私には死装束にしか見えなかった。
私はエルシーリア・ガンディーニ。今日、結婚式を挙げる花婿の姉だ。
ステンドグラスから煌めく光が届く教会。私は家族席で、弟ラニエロと貴族学校の後輩クラーラの挙式を眺めていた。
誰が見ているかわからない。だから、口角を上げて嬉しそうに形(なり)を作った。
壇上の二人を見つめる参列者の熱気が凄まじい。美男美女の理想のカップルがそこにいたからだ。ここにいる人々は、実の姉である私よりもこの結婚を祝福していた。私はただ、平静を装うしかなかった。
パイプオルガンの荘厳な音色が堂内に流れる。床から足へ、背もたれから背中へ。空気を震わせる重低音がお腹にも響いた。
いつもは冷気を孕(はら)む静粛な場所が、華やかに色づいている。これから神父が、神との契約を述べようとしていた。
クソ喰らえだ。
クズで最悪の弟が、私が貴族学校で可愛がっていた後輩と結婚するなんて。絶対に、許せない。
クラーラは貴族学校時代、私にべったりだった。どこに行くにもついてきて、少し鬱陶しいと感じることもあったけれど、その純粋無垢な性格を知るうちに、かけがえのない友人になった。
そのクラーラが弟と結婚する。はらわたが煮えくり返る思いだった。
私には、壇上の二人の姿が、美しい白い蝶が蜘蛛の巣に囚われてもがいているように見えた。
白い蝶がクラーラ。糸を伝って襲いかかる蜘蛛が、弟のラニエロだ。
**********
「エルお姉ちゃん、大好き!」
幼い頃のラニエロは可愛かった。私にしょっちゅう抱きついては、私が邪険に扱うと泣いて抗議した。
それが可笑しくて、よく泣かせたものだ。
そのラニエロに変化が現れたのは七歳の頃だ。私に反抗するようになった。癇癪を起こし、私に暴力を振るうようになったのだ。
二歳上の私は、力ずくでラニエロを押さえ込んだ。姉が弟より上であることを分からせる。教育的指導だ――そう信じていなければ、幼い弟をねじ伏せることなどできなかった。
ラニエロは悔しがったが、体力の差はいかんともしがたい。
その後、ラニエロは私に逆らわなくなった。
ある日、庭先で屈み込んでいるラニエロの背中に声をかけた。
「何してるの?」
「ケガしてる雀を見つけたんだ」
へえ、優しいところもあるのね。感心した、その直後だった。
ボキッ!
乾いた音を立てて、彼は雀の首を捻った。
「バカッ!」
私はラニエロの頬を平手打ちした。
ラニエロは頬を手のひらで押さえ、私を睨みつけた。
「殴ったね。また殴られた。僕が小さいからって、何をやっても許されると思うなよ。すぐに大きくなる。……わかる、この意味?」
ラニエロは不気味な笑みを浮かべた。
屋敷の廊下で侍女たちが噂していた。近ごろ雀や鳩の死骸が庭のあちこちで見つかって不気味だと。
私は飼い猫のルーナを探している最中で、侍女たちの話に割って入った。
「ルーナを知らない? 朝食を用意しても来ないのよ」
「あっ、そういえば裏庭で見かけました。見慣れない黒猫と一緒にいたので、微笑ましく思っていたのですが……」
「黒猫? 野良猫かしら」
胸騒ぎがした。
屋敷の裏庭に出ると、ラニエロと出くわした。彼は黒い子猫を抱きかかえていた。
「ルーナを知らない? 庭でその黒猫と遊んでいたって、侍女たちが言っていたわよ」
「さっき、ハヤブサに襲われて空の向こうに連れ去られるのを目撃したよ」
「嘘っ!」
「本当さ。でも安心して、この黒猫をお姉ちゃんにあげるから。ルーナの代わりに可愛がってくれたら嬉しいな」
そう言って、彼は白い歯を見せた。
弟が屋敷に戻った後、私は必死に裏庭を捜した。ルーナの姿はどこにもない。
ふと、ラニエロのズボンの太ももが汚れていたのを思い出した。弟は土いじりをした後、ズボンで手のひらを払う癖がある。
まさかと思いながら地面をくまなく探すと、新しい土が盛り上がっている場所があった。
私は膝をつき、素手で土を掘り返した。指先に冷たい土の感触が絡みつく。奥から白いものが見えた。柔らかな毛。土の下から現れたのは、ルーナの顔だった。
私はルーナの亡骸を抱きしめた。まだ、ほんのりと温もりが残っていた。嗚咽が漏れた。涙がとめどなく頬を伝う。
絶叫した。
「うぎゃあああああ――っ!」
許せない。
絶対に、許せない。
私はエルシーリア・ガンディーニ。今日、結婚式を挙げる花婿の姉だ。
ステンドグラスから煌めく光が届く教会。私は家族席で、弟ラニエロと貴族学校の後輩クラーラの挙式を眺めていた。
誰が見ているかわからない。だから、口角を上げて嬉しそうに形(なり)を作った。
壇上の二人を見つめる参列者の熱気が凄まじい。美男美女の理想のカップルがそこにいたからだ。ここにいる人々は、実の姉である私よりもこの結婚を祝福していた。私はただ、平静を装うしかなかった。
パイプオルガンの荘厳な音色が堂内に流れる。床から足へ、背もたれから背中へ。空気を震わせる重低音がお腹にも響いた。
いつもは冷気を孕(はら)む静粛な場所が、華やかに色づいている。これから神父が、神との契約を述べようとしていた。
クソ喰らえだ。
クズで最悪の弟が、私が貴族学校で可愛がっていた後輩と結婚するなんて。絶対に、許せない。
クラーラは貴族学校時代、私にべったりだった。どこに行くにもついてきて、少し鬱陶しいと感じることもあったけれど、その純粋無垢な性格を知るうちに、かけがえのない友人になった。
そのクラーラが弟と結婚する。はらわたが煮えくり返る思いだった。
私には、壇上の二人の姿が、美しい白い蝶が蜘蛛の巣に囚われてもがいているように見えた。
白い蝶がクラーラ。糸を伝って襲いかかる蜘蛛が、弟のラニエロだ。
**********
「エルお姉ちゃん、大好き!」
幼い頃のラニエロは可愛かった。私にしょっちゅう抱きついては、私が邪険に扱うと泣いて抗議した。
それが可笑しくて、よく泣かせたものだ。
そのラニエロに変化が現れたのは七歳の頃だ。私に反抗するようになった。癇癪を起こし、私に暴力を振るうようになったのだ。
二歳上の私は、力ずくでラニエロを押さえ込んだ。姉が弟より上であることを分からせる。教育的指導だ――そう信じていなければ、幼い弟をねじ伏せることなどできなかった。
ラニエロは悔しがったが、体力の差はいかんともしがたい。
その後、ラニエロは私に逆らわなくなった。
ある日、庭先で屈み込んでいるラニエロの背中に声をかけた。
「何してるの?」
「ケガしてる雀を見つけたんだ」
へえ、優しいところもあるのね。感心した、その直後だった。
ボキッ!
乾いた音を立てて、彼は雀の首を捻った。
「バカッ!」
私はラニエロの頬を平手打ちした。
ラニエロは頬を手のひらで押さえ、私を睨みつけた。
「殴ったね。また殴られた。僕が小さいからって、何をやっても許されると思うなよ。すぐに大きくなる。……わかる、この意味?」
ラニエロは不気味な笑みを浮かべた。
屋敷の廊下で侍女たちが噂していた。近ごろ雀や鳩の死骸が庭のあちこちで見つかって不気味だと。
私は飼い猫のルーナを探している最中で、侍女たちの話に割って入った。
「ルーナを知らない? 朝食を用意しても来ないのよ」
「あっ、そういえば裏庭で見かけました。見慣れない黒猫と一緒にいたので、微笑ましく思っていたのですが……」
「黒猫? 野良猫かしら」
胸騒ぎがした。
屋敷の裏庭に出ると、ラニエロと出くわした。彼は黒い子猫を抱きかかえていた。
「ルーナを知らない? 庭でその黒猫と遊んでいたって、侍女たちが言っていたわよ」
「さっき、ハヤブサに襲われて空の向こうに連れ去られるのを目撃したよ」
「嘘っ!」
「本当さ。でも安心して、この黒猫をお姉ちゃんにあげるから。ルーナの代わりに可愛がってくれたら嬉しいな」
そう言って、彼は白い歯を見せた。
弟が屋敷に戻った後、私は必死に裏庭を捜した。ルーナの姿はどこにもない。
ふと、ラニエロのズボンの太ももが汚れていたのを思い出した。弟は土いじりをした後、ズボンで手のひらを払う癖がある。
まさかと思いながら地面をくまなく探すと、新しい土が盛り上がっている場所があった。
私は膝をつき、素手で土を掘り返した。指先に冷たい土の感触が絡みつく。奥から白いものが見えた。柔らかな毛。土の下から現れたのは、ルーナの顔だった。
私はルーナの亡骸を抱きしめた。まだ、ほんのりと温もりが残っていた。嗚咽が漏れた。涙がとめどなく頬を伝う。
絶叫した。
「うぎゃあああああ――っ!」
許せない。
絶対に、許せない。
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