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2巻
2-1
しおりを挟むプロローグ
俺、元日本人の転生者ユートはゆっくりと目を開ける。
最初に目に入った知らない天井に一瞬戸惑うが、頭も冴えてきてすぐにここがどこかわかった。
「ローレリアの城か」
ここはムーンガーデン王国の王都、ローレリアにある城の一室だ。
俺はベッドから起き上がり、窓へと視線を向ける。
すると窓際の日が当たる場所で、猫と犬が日向ぼっこをしていた。
どうやら二人はまだ寝ているようだ。
太陽が真上に来ていることから、今はもう昼頃だとわかる。
「少し寝すぎたか」
とはいえ、異世界転生して天界から地上に降りてきてからは激動の日々だったのだから、それも仕方ない。
盗賊に襲われていた公爵令嬢を助けたことをきっかけに、俺はバルトフェル帝国の皇子であるギアベルのパーティーに推薦された。見事勇者パーティーに任命され、周囲から見れば羨ましい状況だったかもしれないが、俺にとっては最悪だった。
リーダーであるギアベルは、功績は全て自分のものにして、失敗は全て俺のせいという考えの持ち主で、他のパーティーメンバーもそのやり方に同調していたのだ。
もうやっていられないと考えた俺は、勇者パーティーを抜けようと画策したが、その方法が良くなかった。ギアベルの癇に障ったのか、帝国から追放される羽目になったのだ。
……追放されてからも、色々なことがあったな。
猫の姿をした聖獣マシロ、犬の姿をした神獣ノア、それから俺が乗った船で密航していた少女リズことリズリットとの出会いがあった。リズの正体はなんとムーンガーデン王国のお姫様で、クーデターで乗っ取られた国から逃げてきたらしい。それを聞いた時は、とても驚いた。
リズが持っている神託のスキルの導きによって、俺達はゲオルク国王陛下とアリーセ王妃様の救出を手助けすることを決断。その結果、クーデターの首謀者であるリスティヒとその息子のグラザムから国王夫妻を助け出すことに成功する。しかしグラザムの手によって、封印されていたSランクの魔物――フレスヴェルグが復活してしまったのだ。
伝承によると、フレスヴェルグは世界の風を起こした存在で、多くの人間の命を奪い、その死体を何千何万も食らったとされている鳥型の妖獣である。
俺達は激闘の末、なんとかフレスヴェルグの討伐に成功した。
これでムーンガーデン王国に平和が訪れるかと思いきや、話はまだ終わらない。
帝国のハメード伯爵が今回のクーデターに加担した証拠を得るため、俺達は国境沿いの街へと向かった。
しかしそこで、俺は因縁の相手と対峙することになる。ハメード伯爵と共にいたのは、なんと帝国の皇子ギアベル。俺の姿を見るなり激昂して襲いかかってきたギアベルに見事勝利し、ハメード伯爵がムーンガーデン王国のクーデターに加担した証拠も得ることができた。
ひとまず、クーデターの件は一件落着。これからは悠々自適のスローライフの物語が始まる……と思っていたけれど、残念ながら俺の思惑通りにはいかないのだった。
第一章
そんなわけで、ハメードを捕縛した二日後。
王妃アリーセ様の頼みを受けた俺は、ノアと共に街を視察するリズの護衛をしていた。
「街も落ち着きを取り戻してきましたね」
リズは周りを見ながら、嬉しそうに俺に語りかけてきた。
「そうだね。初めてローレリアに来た時は驚いたよ」
「人が全然いませんでしたからね」
当時は兵士と少数の人がいるだけで、まるでゴーストタウンのようだった。
しかし今は、通りに所狭しと露店が並んでおり、活気のある声が響いていた。
「らっしゃいらっしゃい、安いよ安いよ!」
「今朝畑から採ってきたばかりの野菜だ」
「炭で焼いた肉は絶品だよ! 銅貨二枚、銅貨二枚だよ!」
炭で焼いた肉か。
チラリとノアの方を見ると、護衛対象のリズから離れてフラフラと肉が売っている店に吸い寄せられそうになっていた。
これは買ってあげないと、勝手に食べてしまいそうだな。
仕方ない、肉を購入してやるか。
ノアを追って露店のおばちゃんに話しかけようとしたが、そこで周囲の異変に気づいた。
人々の視線がこちらに向けられているのだ。
俺はすぐにリズの所に戻り、周囲を警戒する。
すると周りにいた人々が、一斉に襲いかかって……いや、詰めかけてきた。
「リズリットちゃんだ!」
「無事だって聞いていたけど、本当だったんだな」
「また会えて良かった!」
リズと会えて嬉しいのか、街の人達は皆笑顔で駆け寄ってきた。
こ、こんな状態ではリズを護衛するのは無理だ。
善意でリズに駆け寄っている人達を排除するわけにはいかないし、三百六十度から人が迫っているため、俺一人じゃどうすることもできない。
「ノア」
俺は視線をノアへと向ける。
すると俺の意図を汲み取ってくれたのか、ノアがリズの肩に乗って周囲を警戒する。
「私も皆様にまたお会いできてとても嬉しいです」
リズが笑顔で応えると、周囲から歓声が沸き起こる。
すごい人気だな。
リズは親しみやすいし、優しくて可愛いから人気があるとは思っていたけど、まさかここまでとは。
おそらくだけど、普段から街の人達との交流があったんだろうな。そうでなければ、街の人達が王族のリズのところに集まってくることなどないだろう。
「ほら、リズリットちゃん、これを持ってきな」
中年のおばさんが、リズに向かって野菜が入った籠を渡した。
「え~と……こちらは……」
「国王陛下に頑張って国を復興してもらわないといけないからね」
おばさんの野菜をきっかけに、リズのもとに次々と食べ物が献上される。
「野菜だけじゃ力が出ねえ。やはり体力をつけるなら肉を食べねえとな。この串焼きを食べれば力が湧いてくるぜ」
「あんたバカじゃないの! 女の子は肉より魚が好きなんだよ。うちの焼き魚を食べて力をつけな」
なんだか可愛い娘か孫にあげているような感じだな。
しかしあまりの食べ物の多さに、リズはどうすればいいのかわからない様子だ。
「ユ、ユート様。どうしましょう……」
「せっかくだからもらったら? 持ちきれない分は俺が異空間に入れて運ぶから。国王陛下も街の人達から差し入れをもらえば、喜ぶと思うよ」
俺が助言すると、リズは改めて皆に頭を下げてお礼を言う。
「そう……ですね。わかりました。皆さんありがとうございます。では私の大切な人達と食べてもよろしいでしょうか?」
「いいよいいよ。ジャンジャン食べてくれ」
街の人達からの許可が出て、ノアは目を輝かせながら肉をガツガツと食べ始めた。そしてそれを凌ぐ勢いで、リズも上品に焼いた肉や魚を食べていく。
相変わらず、すごい食欲だ。街の人達が引いていないといいけど……
「さすがリズリットちゃん。見事な食いっぷりだねえ」
「リズリットちゃんが美味しそうに食べている姿を見ると、こっちも元気が出てくるよ」
どうやら街の人達にはリズの大食いは周知の事実のようだ。
「ありがとうございます。皆様に頂いたものはお父様にお渡ししておきますね」
とりあえず俺は、野菜や生の鶏肉など、この場では食べられないものを異空間にしまっていく。
「ん? あんた見ない顔だねえ」
野菜をくれたおばちゃんが訝しげな視線をこちらに向けてきた。
「ああ、俺は……」
護衛だと口にしようとした時、横からリズが割って入ってきた。
「私の大切な人です」
「「「た、大切な人!」」」
リズの言葉に何故か街の人達が揃って驚きの声を上げた。そんな彼らに、リズは説明を続ける。
「はい。クーデターの後、帝国にいた私をローレリアまで連れてきてくれた方です」
「これはたまげたね。まさかリズリットちゃんに大切な人ができるとは」
「あんなに小さかったリズリットちゃんが……わしも歳を取ったものじゃ」
ん? なんだか街の人達は俺のことをリズの恋人か何かだと勘違いしていないか?
「ユート様はとても頼りになる方です。今、私が王女でいられるのも、全てユート様のご尽力があったからです」
「そんな人がリズリットちゃんの大切な人なら、これからのムーンガーデン王国の未来は明るいってことだな」
「はい。その通りです」
リズが答えると一際大きな歓声が辺りを支配する。
たぶんだけど、リズは純粋に大切な人として俺を紹介してくれたと思う。しかし街の人達はリズの結婚相手として、将来国王になって国を導いてくれると勘違いしているよな。
まずい。そんな情報が広がったらリズに迷惑がかかってしまう。
ここはハッキリと真実を伝えた方がいいだろう。
「あの~……」
だが俺が話そうとした瞬間――
「何故このような所に大勢の人が! あれはリズリット様! ここで集まっていたら迷惑になるぞ! 皆散れ!」
騎士団長のレッケさんが現れて、街の人達を追い払ってしまった。
こうして俺は誤解を解くことができず、後日街ではリズに婚約者が現れたという噂を聞く羽目になるのであった。
リズを城に送り届けた後、まだ日が明るかったため、俺はマシロと共に街を散策していた。
俺の肩に乗っているマシロは、瞼が閉じそうになっている。
「ふう……眠いですね」
「ずっと部屋にいるのも身体に悪いぞ。少しくらい外に出た方が健康的だろ」
「何を言っているのですか。聖獣は室内で過ごすのが一般的です。外に出なくても健康に害はありません」
「えっ? そうなの? それってやっぱりネ……いや、なんでもない」
室内が好きなんて、まるで野生を忘れた猫じゃないかと思ったけど、黙っていよう。口にしたら絶対にマシロは怒るからな。
「今何を言おうとしたのですか? 事と次第によっては許しませんよ」
「本当になんでもないから、気にしないでくれ」
俺がそう言った直後、首に痛みが走る。どうやらマシロが爪を立てているようだ。
もしこのまま引っ掻かれたら、間違いなく血の雨が降るだろう。
「口は災いの元だということを忘れると、痛い目をみますよ……それで? ユートは何をしに街に来たのですか? 午前中にリズとノアと来ていたでしょ?」
「確かに来たけど、騒ぎになってしまったから、すぐに城に戻ったんだ」
「なるほど。リズですね」
詳しいことを話さずとも、マシロは状況を理解したようだ。
「自由がないなんて、王族というのも大変ですね」
これからリズは気軽に外出はできなくなるだろう。まして街の外に出るなんて、なおさら無理だ。彼女がやってみたいことの中に冒険があったけど、今後は難しいかもしれない。できれば願いは叶えてあげたいけど……
「繰り返しになりますが、ユートは何をしに街に来たのですか?」
「今までゆっくり街を歩くなんてできなかったから、たまには散歩もいいだろ?」
「私には理解できませんね。美味しい魚が売っている店に着いたら、起こしてください」
そう言ってマシロは寝てしまった。
やれやれ。相変わらず食い意地の張った猫だな。けれど特に予定もないから、まずは魚を売っている店に向かうか。
午前中に出かけた時に、魚を売っている店の場所はチェック済みだ。ここから十分くらいで着くはずだ。
俺は街の中央区画へと足を向ける。
そして五分程歩いた時、突然聞き慣れない声が聞こえてきた。
「え~ん、え~ん」
ん? これは子供の声? 泣いているのか?
気になって左右を見回すと、若い女性と泣いている男児の姿を見つけた。
「うるさいですね。これじゃあゆっくり寝ることもできません」
不平をこぼすマシロをなだめ、俺は男の子に近づく。
「仕方ないだろ? ここは往来なんだから。それよりちょっと行ってくるから、喋らないでくれ」
「あっ! ちょっと」
マシロが何かを言いかけたが、男の子が気になるので、スルーして歩を進める。
「どうしたの?」
俺は屈んで男の子の目線に合わせて問いかける。
「え~んえ~ん」
しかし男の子は俺の声が聞こえていないのか、視線も合わせてくれず、泣き止む様子はない。
「え~と……何かあったのかな?」
「え~んえ~ん」
再度話しかけたが結果は変わらず、男の子は泣き続けている。
「すみません。うちの息子が」
男の子の代わりに若い女性が話しかけてきた。どうやらこの二人は親子のようだ。
それなら母親に聞いた方が、男の子が泣いている理由がわかりそうだな。
「何かあったんですか?」
「実は……」
そう言って母親が視線を上に向けたので、俺もそれにならう。
すると何故男の子が泣いているか、すぐに理解できた。
「風船ですか」
「はい。息子が風船から手を放してしまって」
確かに、このくらいの男の子だったら、風船を飛ばしてしまって泣くのは頷けるな。
「あんなもので泣くなど、理解できませんね。これだから子供は嫌いです」
マシロが俺だけに聞こえるように、ボソッと呟いた。
まあ、マシロは子供が苦手そうだから、特に理解できないだろう。
だけど俺は理由がわかった以上、このまま放っておくことはできない。
俺は男の子の肩に手を置く。
「風船だったらお兄さんが取ってくるから、もう泣かないでくれ」
「え~ん……えっ……ん……本当?」
「ああ……本当だ」
やっと男の子は俺のことを見てくれたが、涙はまだ止まっていない。
「でも……あんなに高い所にあるよ」
そう言って、男の子は風船を見上げる。
だいたい七、八メートルってところか。普通に跳び上がって取るのはきついけど、神聖魔法で強化すれば……
「ユート」
マシロが突然小声で呟く。
俺が視線を送ると、マシロは俺ではなく周りを見ていた。
うっ!
気づかなかったけど、いつの間にか周囲に人がたくさんいて、こちらを見ていた。まあ、男の子が泣いていたから、注目されて当然か。
ここは神聖魔法はやめた方が良さそうだな。
「お兄ちゃん、どうしたの? あ、可愛い猫さんだあ」
「そうだね。ちょっとこの猫さんを預かってもらってもいいかな?」
「うん!」
俺からマシロを受け取ると、男の子は笑顔になった。あんなに泣いていた男の子を一瞬で笑顔にするなんて、猫って本当に便利な種族だな。
だが男の子とは逆に、マシロは恨めしそうにこちらを見ている。子供嫌いのマシロには申し訳ないけど、少し我慢してくれ。
とりあえずマシロの視線は無視しよう。
「それじゃあ、行くぞ」
「お兄ちゃん、本当に風船を取れるの? 無理だよ」
男の子を安心させるように、俺は自信たっぷりに微笑む。
「無理じゃないよ。いいか、最初から諦めてたら何もできないぞ」
「でも……あんな高さまで跳ぶなんて、普通は……」
「それじゃあ普通じゃない跳び方をすればいい」
「えっ?」
俺は少し下がって助走をつける。そして一気にジャンプした。
しかし俺の身体能力でも魔法なしでは四メートル程しか跳ぶことができず、手を伸ばしたとしても六メートルくらいが限界だ。
「やっぱり無理だよ」
男の子から諦めの言葉が漏れる。
だけどまだ終わりじゃない。俺が跳んだ先には風船が引っかかった木がある。
俺は木の幹を蹴り、そこからさらにジャンプした。
「届けえ」
高さは十分。あとは風船についているヒモを掴めば。
俺は手を伸ばしてヒモをキャッチ。そして見事に着地を決めた。
「「「おおっ!」」」
周囲の人達からどよめきが起こる。
さすがに少し恥ずかしいな。関係ない人はこっちを見ないでほしいぞ。
「はい、どうぞ」
「す、すご~い! あんなに高い所に届くなんて!」
俺が風船を手渡すと、男の子は感嘆の声を上げた。
「はは……どういたしまして」
「諦めないことって、とっても大切なんだね!」
「そうだよ。たとえジャンプして届かなくても、道具を使って取るとか、俺みたいに風船を取れる人を探すとか、諦めないことが大切だ。昔の偉い人も、諦めたらそこで試合終了だって言ってたしね」
「うん! わかった! これから僕もすぐに諦めないで、どうすればいいか考えるよ」
「良い子だ」
そう言って、俺は男の子の頭を撫でる。子供って純粋ですごく可愛いな。男の子の笑顔が見られたので、風船を取った甲斐があるってものだ。
「ありがとうございます」
母親がお礼を言いながら、こちらに向かって頭を下げた。
「いえいえ、上手くいって良かっ……」
俺が謙遜の言葉を述べている途中で、突如周囲から拍手が湧き起こった。
「よくやったぞ、兄ちゃん!」
「子供のために風船を取ってあげるなんて、優しいですね」
「ん? あの人ってどこかで……」
やばい。騒ぎが大きくなってきたぞ。このままだとさっきのリズみたいに、レッケさんに怒られてしまう。
「それじゃあ、ちょっと用があるので」
「あっ! お兄ちゃん!」
俺は男の子が抱いているマシロを急いで回収すると、これ以上騒ぎにならないように一目散にこの場を逃げ出したのであった。
群衆の前から立ち去った俺達は、お店がある中央区画から離れて、北区画まで来てしまった。
「酷い目に遭いました」
マシロは風船を取ってあげた俺の行動に文句を言っている。
「とにかく余計な体力を使ったので、お腹が空きました」
「えっ?」
「何か言いたいことでもあるのですか?」
「いや、別に」
マシロは何もしてないじゃないか。ただ男の子に抱っこされていただけで、あの場から逃げる時も俺が抱きかかえていた。でもそのことを指摘するとまた文句を言われるから、黙っていよう。
「いいですか? 前からユートには言いたかったことが――地震です!」
説教を続けようとしたマシロが突然警告の言葉を発した。
「地震!?」
俺は慌てて周囲を確認するが、特に地面が揺れている様子はない。
だがマシロが嘘をつくとは思えないので、引き続き辺りを警戒する。
すると数秒後に地面が揺れ始めた。
数秒前とはいえ地震を察知できるなんて、マシロの探知能力はすごいな。
揺れは大きいが、立っていられない程ではない。日本の震度で言うと、だいたい四くらいか。日本だったらそこまで気にしないけれど、ここは異世界だ。建物の造りは現代の日本とは比べ物にならないくらいに悪い。
周囲に目を向けると、商家の庭にある石像が傾き、今にも倒れそうになっていた。
近くには数人の男女の姿が見える。
石像の大きさは数メートルあるため、石像が倒れたら間違いなく大怪我をするだろう。
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