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聖女の力

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 聖なる光線魔法ホーリーレイは対闇、不死属性に有効な上級魔法だ。先程の不死滅魔法ターンアンデットといいクルガは魔力だけはそこそこ持っているようだ。

 だがこいつは生徒を護ることより自分の力を見せびらかすことを優先した。もし今コトが防御魔法を唱えていなかったら2年生達はどうなっていたか――。コトへの嫌がらせの件がなくても俺はこいつを許せない。
 しかし今は怒りに震えるよりハイレイスを何とかしなければ⋯⋯俺の予想だと魔力を集められていない掌サイズの雑な魔法ではハイレイスを倒すことは出来ないだろう。

 そして俺の想像どうりハイレイスはクルガの聖なる光線魔法ホーリーレイを食らっても平然としておりダメージを受けているようには見えなかった。

「なんだと! 私の切り札が効かない!?」

 倒せもしないものを呼び寄せるからこうなるんだ。俺はクルガの嘆きの言葉など耳障りなのでシャットアウトする。
 とにかく今はハイレイスを何とかしなければ⋯⋯コトは学生達を護ることを優先しているしここは俺が仕留めるしかないな。
 俺は魔法を唱えるため体内の魔力を集め始める⋯⋯しかし俺の魔法を遮りハイレイスに向かって行動する者がいた。

「パパここはトアに任せて。たまにはみんなと一緒に演習をしたいから」

 ブルク村にいた時のトアなら自分から魔物を倒すなど言わなかった。俺は娘の成長を嬉しく思い、その頼もしくなった背中を見守ることにする。

「わかった。頼む」
「うん! 任せて!」

 トアは左手をハイレイスに向け、魔力を掌に集め始める⋯⋯するとそのあまりの魔力の大きさに学生達は異様な空気を感じていた。

「な、何これ⋯⋯」
「これは魔力⋯⋯なの⋯⋯」
「トアさんの魔法を何度も見てきたけど今までと全然違う⋯⋯」

 そしてトアはその優しい声で魔法の詠唱を行う。

「悪きものを滅する聖なる光よ⋯⋯女神アルテナの名の元に⋯⋯天空より裁きを下せ⋯⋯聖なる光線魔法ホーリーレイ

 これは先程クルガがハイレイスに使った魔法と同じ⋯⋯トアは詠唱をしているので全力で魔法を放ったようだ。

「バカめが! さっき私が使った魔法を見ていなかったのか! いくら聖女だからといってそんな魔法⋯⋯う、嘘だろ! お、同じ魔法なのに⋯⋯なんで⋯⋯」

 クルガが突然驚きの声を上げたのはトアの魔法を目にしたからだ。
 トアの聖なる光線魔法ホーリーレイは直径1メートルほどの大きさで掌にサイズのクルガの魔法とは比べ物にならない。そしてそれはサイズだけに留まらず魔法の威力も桁違いで、ハイレイスに降り注ぐと断末魔を上げることもできず一瞬で消滅してしまった。

「あ、圧倒的じゃん⋯⋯」
「聖女様すごいです」
「それに比べてクルガ先生は⋯⋯実は魔法も指導方法も大したことないんじゃないか」
「コト先生が無能だって言っていたけど本当に無能なのは⋯⋯」

 2年生はハイレイスが倒される様を見て呆然としており、3年生は今までクルガに教えられてきたことに疑問を呈している。

「くっ!」

 クルガは生徒達の言葉に反論できず声をつまらせていた。
 そしてそのような荒れた雰囲気の中、我が娘だけはこちらに向かってVサインを繰り出しているのであった。


「怪我している人はいない?」

 トアがハイレイスを倒した後、コトは学生達が演習で怪我をしていないか確認をしている。

「はい、怪我をした人はいません」
「ありがとう⋯⋯クルガ先生3年生はどうですか?」

 しかしコトの問いかけにクルガから返事はなく、ブツブツと何か独り言を話しており、狂気の目をしているように見える。

「ありえないありえない⋯⋯私は選ばれた人間だ。そもそも生まれからして下民どもとは違うんだ⋯⋯つまりこの世に誕生した瞬間に成功が約束されている。下民どもより能力が劣る? そんなはずはない⋯⋯ふふ⋯⋯そうかこれは夢か? そうだ夢に違いない。早く私をこの悪夢から解放してくれ」

 エリートほど崩れると脆いというがまさにクルガはその典型だな。

「パパ⋯⋯クルガ先生どうしちゃったの?」
「ちょっと疲れているようだ。こっちは俺に任せてトアはクラスメートの所へ行ってなさい」
「は~い」

 トアは俺の言葉どおり3年生の所へと向かう。
 正直こんな危ない目をした奴の近くにトアを置いておきたくない。プライドを傷つけられた今のクルガなら感情を爆発させて何をしでかすかわからない。最悪また逆上して死神の笛を吹きかねないしな。
 俺はトアの安全を護るためにもクルガの一挙一動を注視することにした。


「それではみなさん私に着いてきて下さい」

 クルガの変わりにコトが3年生の状態を確認し、学校に戻ることなった。
 何とかクルガも学生達に続いて歩いてきているが⋯⋯こいつも今回の件で懲りて心を入れ換えてくれればいいが⋯⋯。

 そして東門が近づいてきた時⋯⋯俺は不意に周囲から禍々しい気配を感じた。

「トア! コト! 何かいるぞ!」
「「えっ?」」

 俺はトアとコトに注意を促すと2人は驚きの声を上げ、辺りを見渡す。

「何? 何かあったの?」
「どういことだ?」

 そして学生達も俺達の声を聞いて何事かと騒ぎ始める。

 敵はどこだ! 近くにいることは確かだがどこにいるかわからない。
 なぜなら禍々しい気配は俺の周囲の至る所から感じるからだ。

「パパ⋯⋯何かいるの?」
「ユクト、どういうこと?」

 トアとコトが話しかけてくるが今は答える時間もおしい。俺は返事をしない代わりにトアとコトを護るため周囲を警戒しながら2人に近づいていく。
 目に見えない敵? それともこの気配はダミーなのか?  
 俺はいくつもある気配から自分の目の前にあるものだけに集中する。
 だがやはりそこには何もない⋯⋯いや気配を感じるのはもっと下⋯⋯まさか!

「影だ! 影に気をつけろ!」

 気配を無数に感じたのはそれぞれが作っている影からだ。俺は急ぎここにいる全員に伝えるが⋯⋯。

「ぐぎゃぁぁぁっ!」

 突如背後から叫び声が聞こえ俺は急ぎ振り向くとそこには右腕を切断されたクルガの姿があった。
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