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サーシャの願い

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 俺は暴れるエミリアからサーシャを離すため手を引き、領主館の外へと向かう。
 あのままにしていたら、いつ知り合いの商人の所に行けるかわからないからだ。

「これはリック様、サーシャ様どこかへお出かけですか?」

 そして領主館の入口の前を通ると門番に話しかけられた。

「バカヤロウ、見てわからないのか。お二人はこれからデートに行くんだよ」

 もう一人の門番が小声で話していたが、聴覚強化のスキルを使わなくても
 その内容が俺の耳に聞こえた。
 デート? 何故そういう話になるんだ?
 俺は疑問に思い、サーシャに問いかけようと視線を向ける。するとサーシャの顔が、見たことがないくらい真っ赤になっていた。
 そういえば今考えると、執務室を出てからサーシャは一言も喋っていなかったな。
 いったいサーシャの身に何が起きたんだ?
 そしてその疑問は、門番の言葉により判明するのであった。

「すみません。お二人が手を繋いでいることに気がつきませんでした」

 手? だと⋯⋯
 俺は瞬時に自分の手元を見ると、サーシャの手と繋がれていることに気づいた。

「わわっ! ごめん!」

 そして慌ててサーシャの手を離す。
 そういえばエミリアの暴走を止めた後、サーシャを執務室から連れ出した時から手を繋いだままだった。

「二人とも顔を真っ赤にして初々しいですなあ」

 門番の方の指摘通り、サーシャは顔を真っ赤にして俯いていた。
 何だかむず痒い空気が流れてしまったぞ。
 しかも門番の二人は、ニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見てくる。

「と、とにかく早く東区画へ行こうか」
「は、はい」

 そして俺とサーシャは、逃げるようにこの場を立ち去るのであった。

 俺とサーシャは顔を赤くしながら、東区画へと向かう。
 俺から手を繋いでしまったこともあり、何だか話しかけづらい。
 とりあえずこのまま道具屋を営んでいる商人の所へ行こう。

 そして俺達は無言で歩いていると、突如隣にいるサーシャから声が上がる。

「きゃっ!」

 俺は何があったのかと視線を向けると、なんとサーシャが壁に激突していた。

「だ、大丈夫か?」
「イタタッ⋯⋯な、慣れているので大丈夫です」

 サーシャは鼻を抑えながら返答する。
 慣れているって壁にぶつかることをか? そんなことに慣れている人なんていないと言いたい所だが、サーシャは稀に何もない場所でつまずいたりすることがある。
 普段のサーシャは凛としていて才女という言葉が相応しい。だが以前、熱い飲み物をハインツに向けて盛大にぶちまけた時は、わざとなのかと疑った程だ。
 まああの時の俺はハインツにこき使われていので、胸がスッとしたけどな。

「とりあえず傷を治すから見せてくれ」
「す、すびません」

 サーシャが手を離すと鼻が赤くなっているのがわかった。
 けっこう強く打っていたのでかなり痛そうだ。
 だけどここで鼻血を出さないのが、美少女補正というやつなのだろう。

「リ、リック様⋯⋯恥ずかしいです」
「ご、ごめん」

 俺が近い距離でサーシャの顔を覗き込んでいたため、鼻だけではなく、顔全体が赤くなっていた。

「それじゃあいくぞ。回復魔法ヒール

 俺が魔法を唱えるとサーシャの身体が光り、赤くなった鼻が元の肌色へと戻った。

「もう痛くないです。ありがとうございました」
「それならよかった。それじゃあ行こうか」

 だけどサーシャの鼻の赤みは取れたが、頬の紅潮はまだ残っていた。
 これは壁に顔をぶつけてしまったことを恥じているんだな。
 ここはサーシャを立ち直らせるために、何て答えればいいのだろうか?

 俺もよく壁にぶつかるから気にするな。
 いや、俺は一度も壁に鼻をぶつけたことはない。嘘はいけないな嘘は。

「すみません。極度の緊張状態になると石に躓いたり、壁にぶつかったりしてしまって⋯⋯」
「確かに緊張してしまうと思わぬミスをしたりするな」
「ん? けどサーシャは貴族のお茶会や、先日あった王との謁見でも堂々としていたと聞いてるぞ」
「それは慣れていますので。その上今はリック様がいらっしゃるから⋯⋯」
「えっ?」

 サーシャとは仲良くやっていたつもりだったが、それは俺だけだったようだ。ちょっとショックだ。

「あっ! ち、違います!」

 俺があからさまに落ち込んでいると、サーシャが慌てて不定の言葉を口にする。

「私⋯⋯今まで父以外の男性と二人っきりになったことがないので」

 さすがは公爵家のお嬢様だな。前世ならどこの箱入り娘だと突っ込みたくなるが、おそらくサーシャが言っていることは本当だろう。

「あれ? だけど誘いの洞窟で俺を助けてくれたのは⋯⋯」
「あの時は必死でしたから。それにリック様は意識を失っていたので⋯⋯」

 ミノタウロスを倒した後、俺はMPを使い果たして気絶してしまった。いくらアルテナ様に創聖魔法を授かったからといって、サーシャが来てくれなかったら、洞窟内にいる魔物に殺されていただろう。
 サーシャには感謝してもしきれない。

「改めてあの時はありがとう。サーシャがいなかったら今の俺はいないよ」
「そんな! 私は仲間として、友人として当然のことをしただけです」
「そうだとしても俺は本当に感謝している。もし困っていることがあったら何でも言ってくれ。必ずサーシャの力になる」
「な、何でもですか!」
「ああ⋯⋯何でもだ」

 これがエミリアだったら無理難題を言ってくる可能性が高いが、常識人のサーシャならそれはないだろう。

「ほ、本当にいいんですか? 私の願いを叶えて頂けますか?」

 ん? サーシャの顔がみるみる赤くなっていくぞ。これが高齢の方だったら、血圧が限界突破してしまったんじゃないかと心配してしまうほどだぞ。

「男に二言はない」
「で、でしたら⋯⋯私の⋯⋯こ、こ⋯⋯こんや⋯⋯」
「今夜?」

 今日の夜に何かあるのだろうか? 

「こんや!」
「あっ! 着いたここだ」

 サーシャが願いを口にする前に目的の店に到着してしまった。
 だが今はとりあえず店のことより、サーシャの願いを聞く方が先だ。

「それでサーシャの願いだけど⋯⋯」
「な、何でもありません! その件はまた今度で! 今は街のためにやることをやりましょう!」

 サーシャは矢継ぎ早にしゃべり、店の中に入ってしまうのであった。
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