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ウメヤキ村編
第2話「ツッコミどころしかない10年間」
しおりを挟む「いやこれどう考えても! 俺が知ってる異世界転生じゃない!」
「そうですよね……」
ベーゼ、10歳、頭を抱える。
「何で! 俺を生んだのが女神アトラ=ナト! あんたなんだよ!」
「麻雀で……その……」
「はぁ……でも一人の子供を産むのは大変なことだ。無事に産んでくれて改めて、その、ありがとう」
傍から見れば随分な口調の少年に見えるがこれが今のベーゼだ。異世界転移したナトが自身の腹にベーゼを身ごもり、そして十月十日の歳月をかけて、彼女は女一人でベーゼを産みここまで育てた。
「ああああああああ! 母は泣きそうです!! 喜ばしくでええええええ!! 言の葉にできなあああああああいいいいい!!」
「おいせめて最後まで歌いきれよ! 名曲が台無しじゃねえかっておい鼻水まみれの状態で抱きつくなおい!」
「べえええええええぜええええ! 母は! 母は! あなたを生んでええええ! 誉れよおお!!」
「もうわかったから!」
「これはああああ!! 愛情ののおおおお!! 押し売りなのおおお!!」
見ての通り、ナトは女神の包容力が無いことも無いのだが、感情的で心優しいギャンブル依存症である。
しかし、ベーゼを産み、育てると誓ったとき彼女の中で何かが変わり、ギャンブルで破産することは少なくなった。
ただ依存先のウエイトがギャンブルからベーゼに移っただけなのかもしれない。
「着替えたばっかだっていうのに鼻水と涙と唾液でベッショベショじゃねえか」
「うぅ……至らない母だけどこれからもよろしくお願いしますねえええ!」
「はいはい、それじゃ俺は、染料を取りに行く」
「はーい、行ってらっしゃい。ケルブス君とアドルフィネちゃんにもよろしく言うのよー」
「おう!」
「あと、あなたは精神面のそれは27歳なのです。無理に他の子と合わせることはないのですよ?」
「いいんだ。昔からフィールドワークは子供と一緒にやってたからさ!」
「それならよいのですが」
「そいじゃあ!」
ベーゼは家を飛び出すと軒先に置いてあるカゴを拾い上げて家を後にした。ナトの仕事はアトトという蛾の幼虫を飼育してその繭を採取する日本で言うところの蚕業、そして繭を糸にする紡績業、糸を布地にする織物業、布地を服などに仕立てるアパレル業までを一人で担っている。
元々、糸を紡ぐ神ということもあってこの仕事をしているとベーゼは聞いている。
「よーし、行くか!」
ベーゼはアトトの世話と布地を染色する染料の調達を手伝っている。ナト一人に全てをやらせるのはばつが悪いからだ。それに染料採取は仕事をしながら趣味のフィールドワークを行えるまさに一石二鳥だった。
「おーーーい! ケルブス!」
向かいの家へベーゼは大声をぶつける。
二階の窓が勢いよく開け放たれると銀色の髪に紅色の目を持つ少年が顔を覗かせた。彼の名はケルブス・ルカヌス、ベーゼの幼馴染みだ。
「ベーゼ! 今行く!」
すぐにケルブスは家を飛び出してくる。
「よぉ! 体は大丈夫か?」
「うん! 大丈夫だよ。今日こそベーゼと遊ぶんだ!」
「じゃ、行くか」
ベーゼとケルブスは村の近くにある森へと足を向ける。
「ちょっと待ちなさいよ!」
二人を阻むように少女が仁王立ちで待ち構える。
「アドルフィネ……今日は虫取りだぞ?」
「うっさいベーゼ! 私はケルブスと遊ぶの! あんたはついでのついでよ!」
「アドルフィネはベーゼの事嫌いなの?」
ケルブスは心配そうに聞く。
「べ、別に、悪い奴だとは思ってないわよ! 邪魔だなって思うだけで!」
見て取れるようにアドルフィネはケルブスにご執心である。つまりベーゼが邪魔になのだ。
だが過去にケルブスとアドルフィネを二人きりにしてみたが、アドルフィネがたじろぐばかりでケルブスの失笑をかってしまった。そういう経緯でベーゼは憎まれ役ながら一緒にいるわけだ。
「それはいいけど、今日は虫取りだぞ? アドルフィネは虫大丈夫なのか?」
「うぐぐ……まぁ、どうしてもっていうなら付き合うけど」
「はぁ……めんどくせ」
「なんか言った!?」
「いえ、何も」
「よろしい、案内しなさい」
「はいはい」
アドルフィネはこの夏の時期だけ避暑でやってくる貴族の子でこの辺りのことはあまり詳しくない。だから案内人はベーゼとなる。
森に来ると羽虫の音や鳥の声、木の葉が擦れる音が聞こえる。
ベーゼはシュイロムシという文字通り朱色の染料を作ることが出来る虫がいる。大きさは拳くらいの朱色のアブラムシみたいな姿をしている。
ベーゼはあらかじめ仕掛けてある箱型の罠を確認してシュイロムシを集める。この罠に時よりハズレとしてカブトムシやクワガタムシに似た生き物がヒットすることがある。ケルブスの狙いはそれらだ。
「さてさて、どうかな……」
ベーゼは罠を開くとシュイロムシを手早くカゴに移す。その中にいるカブトムシやクワガタムシを慣れた手つきでケルブスに渡していく。
「おお! 今日も沢山いるね! ベーゼは虫取り名人だね!」
ご満悦そうなケルブスを見てベーゼは嬉しく思った。
「持って帰ると前みたいに怒られるから、観察したら逃がそうぜ。そうすりゃ次の夏にまた会える」
「そうだねベーゼ!」
「男子ってホントそういうの好きね」
「まぁ、そう言うなって。シュイロムシだって加工すれば綺麗な色の服になる」
「ベーゼは気に入らないけど、ナトさんが作ってくれる服はどれも素敵よ!」
「うちの母ちゃんはすげえよ。神技だ」
本当に神様だけど。と思わず言いたくなったが、ナトは人間で通っているため伏せる。今のベーゼがそんなことを言ったところで子供の冗談にしか聞こえないし誰も信じないだろうが。
三人は涼を取るために森に流れる小川にむかった。川遊びは暑い夏をやり過ごすのにはうってつけだ。
万が一の事故もないように砂地で膝より深い場所が無い小川に行くと、靴を脱いで川に飛び込んだ。
「うっわ、冷てえ!」
「気持ち良いわ」
「だろ? ここ穴場なんだぜ」
「ベーゼは森の中なら何でも知ってるよね」
「そうね、森の中ならベーゼは詳しいわね。ひとつくらい特技があっていいじゃない」
「なんだよその言い方は、そういうアドルフィネはなんか特技あるのかよ?」
「勿論、こう見えて私魔法の才能があるのよ。お父様もよく褒めているのよ!」
「すごいな!」
「ふっふっふ、そうでしょう?」
鼻高々にドヤ顔しているアドルフィネをよそ目にベーゼは近くの茂みがわずかに揺れたのを見逃さなかった。
砂を掴むように足を踏ん張らせ一気に茂みへ突撃する。
「なんかいたぞおおお!!」
茂みの先に頭から突っ込むと動いていたと思わしき生物を速攻捕まえる。
「いよっしゃああ獲ったどおおおおお!!!」
捕まえた生き物は大型の蜘蛛で色は鮮やかな紫色だった。両手より大きな蜘蛛を見つけてベーゼの興奮は最高潮になった。
「うおおおおお!! 蜘蛛だ!!」
蜘蛛はぐったりとしている、ベーゼは前世の経験から脱水症状であると見抜き、小川の水を手でくみ取り蜘蛛に飲ませる。
「喉渇いてたんだね」
「うわぁ、こんな大っきな蜘蛛は気味悪いわね……」
「綺麗な紫色でいいじゃないか。初めて見る蜘蛛だけど……どういう経緯でここに来た? 行商の馬車にくっついていた? それとも相対数が少なく観測できなかった?」
「何わけのわからないことブツブツ言ってんのよ!」
「ごめんごめ痛ってえ! 尻蹴ることないだろ!」
「うっさい!」
「でもこの紫色は綺麗だね」
「へっへっへ、俺が見つけたんだぜ!」
蜘蛛は水を飲んで体調が良くなったのかベーゼの手を伝って頭に乗っかりそこで落ち着いた。
「よし決めた! こいつは家に持って帰ろう! アドルフィネより愛嬌ありそうだしな」
「な……私を蜘蛛と一緒にするなぁ!」
ベーゼの尻に先ほどよりも重い一撃が炸裂した。
シュイロムシと紫の蜘蛛以外虫を自然に帰すと、三人は帰路についた。
午後からベーゼは家の仕事をするために二人と別れた。
「ただいまー」
「おかえりー早かったわね」
「ねえねえ、お母様」
「んー? どうしたの改まって?」
「生き物飼って良い?」
「その頭にいる蜘蛛?」
「うん」
「いいわよー」
「え? いいの?」
「私の眷属に蜘蛛がいるのよ。だから邪険にしないわ。あ、あとお昼の用意しておいたからちょっと待っててね」
ナトは蜘蛛を撫でてからキッチンに戻っていった。
「よかったなお前」
蜘蛛はテシテシと頭を叩いて嬉しそうにしていた。
手を洗って昼食を待つ間、ベーゼはテーブルに座る。それから蜘蛛をテーブルに置いて改めてその色味を堪能する。
「うーむ、名前どうしようかな……紫でいいかな」
蜘蛛は前足を上げてお怒りのポーズを取る。不満を申し上げているのはベーゼにも良くわかった。
「……人間の言葉わかるのか? わかるなら右足だけ上げて」
蜘蛛は右の一番前にある足だけを持ち上げる。
「おー、お利口さんだな。どこかで飼われてた蜘蛛なのかな……名前とかわかる?」
ベーゼは石筆と黒板を持ってくると蜘蛛の示す通り文字を書く。
「何々……パープレアかなるほど。よろしくなパープレア」
蜘蛛は嬉しそうに両手を挙げた。
女神と少年と蜘蛛の奇妙な生活が幕を開けたのだった。
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