この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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天ノ6話「高い所は死ぬから無理だって言ってんだろ!」

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 ミオリアは、竜狩りの噂を聞いて、旅をしていた。竜狩りの話は以前から聞いていたが、大きく動いたことを聞いたのは、すれ違った王都の行商から聞いたのが初めてだった。
 噂に依れば竜狩りを単独で成功させた男がいる。それは偉業であるが、殺した竜が問題だったのだ。

ロマネスクは人類に豊穣を与えている竜の七体のうちの一体だったからだ。

豊穣を与えていた、言わば信仰の対象であるロマネスクを殺すということはその恵みを受けていた者たちにとっては家族を殺されるようなものだろう。しかし、牢屋に無理やり竜狩りを成功させた男ジークを放り込んだところで牢屋がいくつあっても足りない事態になるだろう。そこで折衷案として牢屋には入れるが扱いを食客としたということで民とジークのどちらともにも矛を収めさせるという算段なのだろうと、ミオリアは推測した。

そして竜狩りが長い間の沈黙を破り、再び竜狩りに出向いたのだ。

これにはアクバ王の恩赦が付けられており、破格の待遇で出所することとなった。

「竜狩りの話なんだけど、どう思う?」

 ミオリアは疑問と投げた。投げた疑問を受け取るのは宮廷魔術師のエレインだ。
 小柄な体格で身長はミオリアの胴体あたりで、白い肌に華奢な体の女性だ。短めに切られた蒼白い髪が可愛らしい女子だ。切れ長な目は美しいというのが形容される。ローブを纏い、手に持つ杖は、樫で作られており、ほんのりと冷気が漏れ出している。

「竜狩りは、間違っていない」

 淡々とエレインは答えた。

「というと?」

 ミオリアはさらに話を掘り下げる。

「今、実在する竜は、もともと同じ竜。アルスマグナという竜が持つ七つの権能をバラバラにした際に生まれた竜、それを分魂という。それぞれ分魂たちが人の住む大地に豊穣を与えていた」

「となると竜狩りそのものが今の時代とまずい気がするんだが?」
「人間側から見れば確かに度し難いものだ。しかし、文献などを参考にすると人間の勝手な都合でアルスマグナという竜をバラバラにしているわけだから、その分魂を取り戻すのもまた必然」
「なるほどね」
「そして、アルスマグナの力は年々減っていることが調査で明らかになった」

 アルスマグナの力が弱くなることは豊かな大地が維持できなくなっていることである。

「つまり、このタイミングで竜狩りの出現は必然だったのかもしれない……だから私は竜狩りがどういう目的で竜を狩るのか可及的速やかに問わなければならない」

 エレインの話をまとめると、分魂が狩られ始めたことに対しアルスマグナが関わっているか、また竜狩の人物がどのような人物でどれほどの実力を持っているのか調べなければならない。と言うことだ。
 
「ボクに内緒で二人は何を話しているんだ?」

 エレインとの会話を遮るように別な声が響く。

「あぁ、悪いネフィリ、竜狩りの一件だ」

 エレインとは対照的な紅い髪、こちらもエレインとは別ベクトルの可愛さを持っている。大きな瞳に笑うたびに見える八重歯が特徴的だ。身軽さを重視した、シャツとスパッツのようなぴっちりとしたボトムスを履いている。その服装も相まってスタイルの良さが際立つ。整った大きすぎず小さすぎない良型の胸に引き締まった腹部が印象的だ。背中にはワンショルダーバッグ、腰には湾曲した刀身に短弧側に刃のついた内反りと呼ばれる刃物を腰からぶら下げている。柄側を少し持ち上げ、自重で落下しないように工夫している。

「私は竜狩りの動向を追うことを提案したい。幸いにも分魂のひとつ、ルネサンスの居場所は知っている。なにより陛下の御意向という噂もある、その是非は宮廷魔術師として問わねばならない」
「いい加減、王城に戻って直接本人に聞きゃよくねえか?」

 ミオリアは呆れながらエレインに言う。エレインはミオリアと出会って五年になるが一度も王城に戻っていない。

「王城に戻ると、満足に研究ができない、成果は魔術技官宛てに手紙を出している。十分のはずだ。手紙には暗号術式を組み込んでいる。報告書概要が外部に漏れることはない」

 エレインは生粋のフィールドワーカーで魔獣などの生態調査をする魔法生物学と様々な地方に存在する固有魔術の調査する魔術民俗学の二つを研究する研究者だ。

「今頃、アクバ王がエレインを指名手配にしているかもな」

 冗談交じりでミオリアは余計なことを言う。

「そこまでひどい状況なら流石に帰ろう」

 エレインは淡々と言葉を返した。

「また、ボクを仲間外れにして楽しいか!」

 ネフィリの機嫌が少し斜めになる。
 
「すまない、ネフィリ、今回の一件はかなり重要な案件なんだ」

 エレインはネフィリをなだめる様に答えた。

「それで、ミオリアはどうするの?」

 ネフィリはぶっきらぼうにミオリアに話を投げる。

「そうだなぁ、この前の村で盗賊退治を言い出したのはネフィリだし、今度はエレインの要望を応えるのがいいんじゃねえか?」

「あっそ」

 ネフィリは相変わらず不機嫌だが、そこまで怒っているわけじゃないということをミオリアは知っている。

 
「決まりだな、ルネサンスの元へ向かおう」

 ミオリアたちは、ルネサンスという竜のところへ向かった。
 幸いなことにルネサンスの居場所は、ミオリアたちの現在地からさほど離れていない、しかも魔獣も少なく、平らな地形で比較的安全に移動ができる。
 
 
 
「ところで、ルネサンスっていう竜だっけ? そいつはどんやつなんだ?」

 歩いている最中ネフィリが不意にエレインに聞いた。

「縄張り意識が強く、気性が荒く、近づく者には容赦しない。二足歩行の大型爬虫類の魔獣だ。体高は百八十センチほどで体長は三から四メートルほどだ。体を測定したことがないからかなりデータにはばらつきがある。成長しているというのもある」
「意外と小さいね」

 ネフィリは余裕そうな顔をした。戦うわけでもないのに。

「だが、竜の中では一番、人を殺している。人間が住みやすい地形で集落もあるというのも相まっているのもあるが、竜にしては体が小さく、気性が荒いため、遭遇した際に舐めてかかって死ぬ人間が続出している」

「ということは分魂のなかで一番強いのか」

「他の分魂たち、確認されているのは巨竜サイズでしかも人間の住めないところに住んでいるというのもある。したがって殺傷人数がそのまま危険度というわけでもない」

 即座にエレインは否定した。

「確認されているってことは確認されていないやつもいるのか?」
「いかにも、宮廷魔術師たちが総力を挙げても確認されたのは、ロマネスク、ルネサンス、アンフォメルの三体だ。他の竜たちは活動を停止しており自然と同化しているため、発見が困難という背景もある」

 エレインは肩を竦めた。

「あれ、でも人間がアルスマグナをバラバラにしているんだろ、どこにやったかくらい記録しているんじゃねえか?」

 ミオリアは首を捻った。


「それが、薄気味悪いくらいにその情報がすっぽりと抜け落ちている。誰かが意図的に仕向けたことだと思われる。私が王城に帰りたくない理由の一つだ」
 
「なんかキナ臭いね」

 ネフィリが目を細めて訝しんだ。

「まったくだ」

 ミオリアもその言葉に同意する。
 情報が錯綜し過ぎている。ミオリアは宮廷魔術師や王城の内政に疑念が残った。今わかることは、ルネサンスがやばいやつで、それ以外の竜は、アンフォメルとロマネスクの居場所しか知らないということだけだ。
 
 ミオリアは内心で、王城連中と関わるのを避けることを決めた。
 
「そういえば、村のおじいちゃんから飴菓子をもらったんだけど」
 ワンショルダーバッグから菓子の入った包みを取り出した。
 

 それから、なんてことはない話がネフィリから始まり、時間も夕方のため近くで野宿をすることになった。
 ミオリアは、手を前に伸ばすと空を掴むような仕草を取った。
 手の近くにある空間が歪み、ワームホールのような空間が発生する。次元倉庫と呼ばれるもので、この空間から自由に物を格納することができる。ミオリアたちが長旅をしている割に身軽な恰好をしているのはこの次元倉庫のおかげである。
 テントにタープ、テーブルから蒲団、果てには五右衛門風呂ができるような設備一式まで格納されている。水に食料もある。
 ミオリアが慣れた手つきで野宿の準備をしている間、エレインは魔術を用いて土を固めて作った浴槽に、水を炎で温め湯を沸かす。湯を沸かしに並行して魔術でかまどを作り上げる。
ネフィリは周囲の散策し安全確認をする。周囲の木々に木板を等間隔で結んだロープでぐるりと野宿エリアを囲う。この木の板は二枚合わせになっており、ロープに何かが当たるとカランカランと音が鳴り、何者かが入ったことがわかるような仕組みになっている。
 
「テントの準備出来たぜ」

「こっちも見回り終了、魔獣どころか獣の気配もなかった」
 
「風呂の準備ができた」

「じゃあ飯にするか」

 ミオリアはテーブルにまな板を敷き、次元倉庫からベーコンを取り出し分厚く切り出す。それをフライパンに乗せるとかまどの上に置いた。かまど上部はコンロになっており、料理がしやすくなっている。またコンロは三つ作られており同時に作業ができるようになっている。
 ミオリアは野菜や、調味料を次々に取り出し、野宿とは思えない料理を作り上げていく。
 三十分もしないうちに具沢山のスープと焼いたベーコンが乗ったトーストが人数分仕上がる。ベーコンは焼いている間に少々のニンニクと鷹の爪と胡椒がかかっており、食欲がそそられる。

「じゃあ、食うか」

 ミオリア達は食事を始める。
 歩きぬいた空腹からか、食事はすぐに空になった。

「そういえば、ルネサンスに関してある噂がある」
 
 食後の凍らせたフルーツをかじりながら、エレインが話を始めた。

「どんな噂なんだ?」
 
「花束を持っている人間を襲わないという噂だ」
「花束?」

 ネフィリは困惑した表情を見せる。

「花の間違いじゃねえのか?」

 困惑したのはミオリアも同じだった。

「実際に検証した訳じゃないが、花束を持っている人間とどんなに近くで出会ったやつでも手を出さないらしい」

「それが本当なら変わった奴だな、花好きの竜か」

「さらにおかしな話が、振り香炉を持った人間を襲わないとかもある」

「へぇ、花にお香か」

「実は、ルネサンスの住む場所で散骨を行う風習がある村があって、葬儀の時だけルネサンスが現れないという噂だ。花束の話も振り香炉の話も根も葉もない噂のただの与太話だろう。魔獣の中でも最上位に位置する竜と言えど、所詮はただの動物なのだから」

 エレインは椅子に座ったまま両足を伸ばし始めた。どことなく気だるそうだ。

「まぁ、明日にわかんだろ」

 ミオリアは話を切り上げて片づけを始めた。
 それ以降の三人は風呂に入って眠るだけだった。
 
 
 
 次の日になると、テントなどを片付けて、穀物が練り込んであるパンを食べながらルネサンスの縄張りに侵入する。
 ルネサンスの住む場所には午後過ぎくらいになるだろう。幸い道中は特に大きなこともなく目的地に到着した。

 ルネサンスの住む場所にミオリアは目を丸くした。

「は………」

「大きな谷に一枚大きな岩が刺さったような形状のこの地形、間違いない、ルネサンスのテリトリーだ」

 エレインは満足げに辺りを見回している。
 
「ふざけんだよ! クソッ!」

 ミオリアは極度の高所恐怖症である。

「ここは高所ではない、標高もそう高くない」

「そうじゃねえよ! どう見てもっ……おぉ……」

 ミオリアの膝から下の力が抜け、その場にしゃがみ込む。

「ミオリア大丈夫?」

 ネフィリが余裕そうな顔でミオリアを引っ張り、ただでさえミオリアとそれなりの距離がある崖から遠ざける。

「あの」
「いや! 無理! 無理だって!」

 暴れながら悲鳴に似たミオリアの怯声が奈落に木霊する。

「触るな! マジで!」
「とは言っても、ここを行かないと調査どころではない」
「だってよミオリア、さっさといくよ」

 ネフィリがあやす様にミオリアに声をかける。

「ぜってぇ行かねえ!」
「だが、ミオリアが居なければルネサンスと鉢合わせしたら危険だ」

 困った表情でエレインとネフィリが顔を見合わせた。

「やめようぜ、な? な!」
「あの」
「ほら、なぁ、聞いて聞いて、俺高い所ダメなんだって」
「この道がルネサンスと遭遇する確率が高い」
「聞いて聞いて、ここで待ち伏せしようぜ」
「どう思うネフィリ?」
「こりゃ、ダメそうね」


「ルネサンスなら今、向こうで戦っておりますが」
 
 
「「「あんた、だれ!?」」」


「申し遅れました、アルスマグナと申します」

 銀色の髪に旅人装束からでもわかる大きな胸に、端正な顔に、透明な白い肌、赤色の瞳は爬虫類を思わせる。瀟洒な美女がそこにいた。

「アル」エレイン

「ス」ネフィリ

「マグナァ!?」ミオリア


「「「ええええええええええ!」」」


「いやいやいや、おかしいでしょ、今完全いそういう空気じゃないから、普通、こういう重要な奴は最後に出てくるやつだろ、これは他人パターンでしょ!」
 ミオリアは狼狽しながら大声を上げる。

「あなたは竜のアルスマグナでよろしいでしょうか?」

「はい、ドラゴンのアルスマグナです」

「本物かよぉ!!」

 ミオリアは叫び声を上げながら狼狽える。

「私に何か――うっ――」

 アルスマグナがその場に座り込む。

「おい、大丈夫か!」

 ミオリアが慌てて駆け寄ると、アルスマグナは、泣いていた。

「嗚呼、嗚呼……」
 
 
「大丈夫か……?」

「ジーク様がルネサンスを打ち取りました」
「ジーク……竜狩りか!」

「なんだって、詳しく話を聞かせて欲しい」

 エレインがアルスマグナに詰め寄る。

「竜狩り……ジーク……いや……まさか……なぁ、話を聞かせてくれ」


「二人とも先に落ち着かせるのが先でしょ!」

「それもそうだな」

 ミオリアは椅子を次元倉庫から取り出すとアルスマグナを座らせた。

「ありが……とう……ございます」

 アルスマグナは体調的には問題ないが、精神的に不安定になっていた。

「落ち着いた?」

 ネフィリはアルスマグナの背中をさすりながら言った。

「ええ、大丈夫です」

 アルスマグナは落ち着いて答える。

「ちょっとまってね今お茶を入れるから」

 そういってネフィリはエレインとお茶を入れ始める。

「まず俺からの質問をいいか?」
「構いません」
 
 
「ジークって言うのは竜狩りのことで――」
 
 
 ミオリアの質問は風切るような音と共にかき消された。

「――ツ!」

 地面を割るような剛脚で距離を取る、目つきが悪い男が大太刀を振りかぶりながら距離を詰める。
 ミオリアはそれに素早く反応すると、脇に携えたナイフを抜きながら、男を易々と超える速度でナイフを首に突き付ける。
 ただここで問題なのは、人相の悪い男は両サイドが崖の道から来ていたことだった。

「なっ――」

 男は目を丸くした。

「何者だ」

 ミオリアはナイフを男の喉元に突き立てながら周囲の安全を確認する

「おぉ……」

 ミオリアは再び膝から崩れ落ちる。

「ジーク様!」
「アルスマグナ、大丈夫か!」

 人相の悪い男、ジークはアルスマグナに歩み寄る。

「大丈夫です、むしろこの方たちは私を助けてくれました」

「……なんだ、早とちりだったか、悪かったないきなり切りかかって」
「そっちも敵じゃなくてよかった、殺すのは胸糞悪いからな」

 崩れ落ちて顔を青くしたミオリアがそう答えた。

「…………なぁ」

 ジークは不意に口を開いた。

「なんだ?」

「境界線上の」

 ジークはわけのわからないことを口走る。
 
「ホライゾン」

 ミオリアは即答するように答える。

「先輩か!」

「おま、おまえよく見たら!」


 二人は思わぬ再開を果たした。
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