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続・一章 始まりの朝
1 ご機嫌な目覚め
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瞼の向こうの明るさに、オレは小さく呻いて目を覚ました。
ゆっくりと瞼を開くと、変わらぬ朝がそこにある。
自分用に揃えた机と椅子、クローゼット。
半年前には倉庫だった部屋を片付けて用意されたオレの自室。
大人の虎獣人が寝ても十分に余裕のあるセミダブルのベッドには、今朝はオレの他にも一人、小さな人間族の少年がまだ静かに寝息を立てていた。
黒の頭髪に、閉じた瞼の奥に宿るのは同じ黒色の瞳。
お互い一糸纏わぬ産まれたままの姿。
オレのような獣人と違って毛並みのないむき出しの肌は、より扇情的に映える。
目の前の、昨晩の激しい求愛とは打って変わって安らかな、無防備な寝顔に思わず頬が緩んだ。
ルーファン・ルー。それがオレの愛しい人の名前だ。
そっと、彼の額に口をつける。
「ん……」
と、ルーが息を漏らしたので、オレはすぐに顔を離した。
眠りを邪魔するつもりはなかったんだ。
少しだけ顔を離してじっと彼の顔を覗き込むも、閉じた瞼が開く気配はない。
どうやら、まだまだ夢の中にいるらしい。
ホッと胸をなでおろしながら、オレは音をたてないようにベッドから抜け出した。
乱れた布団を彼の上にかけ直して、クローゼットに向かう。
適当にパンツとシャツを見繕いっていると、昨晩のことを思い出してだらしなく鼻の下が伸びてしまった。
(久しぶりの発情だったからなぁ)
そういう日もあるが、オレ達は普段から同じベッドで寝ているわけではない。
昨日は発情、ルーの淫紋が活性化する日だったのだ。
淫紋。本人の意思とは関係なく性欲を昂らせる呪印。
ルーの身体には、そういう呪術が施されている。
それは誰かにつけられたわけではなく、ルーが子供のころに自分で自分につけた呪印で、偶然に偶然が重なった結果、解呪できない未知の呪いと化してしまったのだという。
淫紋が活性化してしまうと、ルーは自分ではどうしようもない性欲に苦しむことになる。
オレにはその感覚こそわからないが、淫紋が開いて苦しんでいるときのルーはひたすら体を丸めて震えるばかりで、まともに歩くこともできず、衝動を抑え込もうと自分の体に噛みついたりの自傷行為に走ることもあった。
とてもじゃないが、見ていられなかった。
以前は、その症状は魔除けによって抑えられていたらしい。
だが半年ほど前、オレが彼に乱暴してしまった事件から状況が一変した。
以前は常に魔除けを身に着けていなければすぐに淫紋が開いてしまう代わりに、今ほど強い衝動は来ることがなかったという。
ところが今は、普段はうっかり魔除けを外しても淫紋が急に暴れだすことはないが、魔除けをつけていても抑えきれない強い衝動が月に二回のペースで来るようになっている。
その定期的にやってくる衝動のことを、オレ達は発情と呼んでいた。
最初は発情期でいいんじゃないかってオレが言ったら「表現が直接的過ぎる!」って顔を真っ赤にしたルーに殴られたので、適当にそれっぽく言い換えてそういうことになった。
遅くまでの激しい運動で疲れて眠っているルーをベッドに残して、パンツとシャツだけ身に着けたオレは静かに部屋を出る。
廊下を歩くオレの顔は、ずっとニヤニヤとだらしなく緩みっぱなしだ。
淫紋が開いているときのルーは、普段の様子から一転した甘えん坊で、惜しみなくオレを求めてくれる。
それが可愛くて可愛くて、毎度のことながらついつい盛り上がってしまった。
昨日のあれを風呂ではなくベッドの上でしていたら、今朝はまず寝室の大掃除から始まるところだっただろう。
(普段からもっと素直になってくれていいのになぁ)
男同士、人間と獣人という違いから、ルーは何かと二人の関係を秘密にしたがる。
出来ることならオレは、エッチ以外でももっとお互いに触れあって、毛づくろいやにおい付けも頻繁にしたいのだけど、ルーが嫌がるから普段はただの店主と従業員という関係を貫いていた。
そうしている間にキッチンへ着いたオレは、気持ちを切り替える。
さて、ルーが起きてくる前に、軽い朝食を作ってしまおう。
(パンと……たしか卵がまだあったから目玉焼きでもするか)
フライパンを火にかけ、温めている間に食材を確認する。
ソーセージもあった。
丁度いい。
今日の朝食はパンと目玉焼きとソーセージに決まりだ。
温まったフライパンに油を広げ、卵を二つ割って落とす。
ジュウウウといい音が広がった。
卵のふちが熱で固まり落ち着いたところで、ソーセージを四本、空いた場所に並べる。
軽く水を入れ、火を弱めて蓋をすればあとはしばらく待つだけだ。
後は盛りつける皿とパンの用意と。
「~♪」
無意識に、オレは鼻歌のようなものを漏らしながら尻尾をゆらゆら揺らしていた。
別に料理が好きなわけじゃない。
現に普段はオレは台所に立たず、調理はルーが担当している。
オレはずっと自炊なんてしてこなかったし、作れる料理の種類も味も、ルーのほうがずっと上手だからだ。
けれどこうして、好きな人のために食事を用意している。その行為自体が幸せなんだ。
皿を用意しながら、またオレは物思いに耽る。
発情の次の日の朝食は、オレが作るのが恒例だった。
発情の次の日、前日の激しい運動のせいで寝坊するルーとは対照的に、オレは何故かものすごくすっきりと目が覚める。
運動量で言えば、むしろオレのほうが疲れていないとおかしいくらいなのに。
これもきっと、ルーの淫紋が起こす現象の一つなんだろう。
ルーの淫紋には未だにわからない部分が多くあるらしくて、半年前に急に性質が変化したのもその一つ。
言葉や態度では表さないが、ルーはそんな自分の体についてかなり不安に思っている。
発情の時甘えてくるのは、その裏返しだ。
だからそんな彼を、とても些細なことだけど、彼の役にたっている。
彼を支えている。
その実感が、嬉しくてたまらない。
ルーと出会う前のオレは、夢に破れて捨て鉢になって自堕落な日々を送るだけだった。
そこに突然現れて、オレを掬い上げてくれた、オレを掴んでこの場所に引っ張ってくれたあの小さな手を、オレは生涯忘れない。
いや、そんな形式的な理由を抜きにしても、オレはルーが好きなんだ。
好きな人のために何かをする。出来ることがある。
こんなに満たされることはない。
一通り、食卓に二人分の朝食を準備し終わって、さてルーを起こしに行こうとしたとき、腰のあたりに後ろから何かがトスンとぶつかってきた。
振り返って確認すると、オレの腰にしがみつく子供が一人。
「あ、ルーおはよう」
「ん……」
ルーは返事こそしたが、そのままぐりぐりと、オレの腰に頭を押し付けてくる。
ああまたいつものか、と、オレはもう動じることなく小さな体を抱き上げた。
「ほら、ご飯食べよう?」
「ん」
答えるルーの目はトロンとしてどこか虚ろだ。
季節は暖かくなってきたとはいえ、まだ朝は体毛のない体ひとつで過ごすような気温ではない。
体を隠すものすら持たず、素っ裸で廊下を歩いてきた小さな体をオレは迷わず自分のシャツの中にしまい込んだ。
サイズに余裕のあるものを好んで選んでいるとはいえ、二人分の体を包みこむ布地は大きく引き伸ばされる。
襟なんかもうヨレヨレだ。
お互いの体が密着し、お互いの体温が伝わってくる。
冷えた体が温まるのが心地いいのか、同じ場所から頭を出したルーが、すぐ隣でふにゃあと緩んだ笑顔を向けていた。
(ああもう、可愛いなぁ)
あまりの役得に、俺の表情筋もほわほわと緩んでしまう。
これもまた、発情の次の日の恒例行事だ。
発情の次の朝、ルーは必ず寝ぼける。
普段そんなことは絶対にないのに、この日だけはいつも、必ずこうなる。
最初のうちはオレも驚いてルーを起こそうとしていたが、今ではすっかり慣れたものだ。
普段は抱っこなどしようものなら「子ども扱いするな」と嫌がられるのが、すっぽりと大人しくオレの胸の中に収まって、ニコニコと笑っている。
惚れた相手がこんなにも素直に甘えてくれることが嬉しくないわけあるまい。
……まあ、ルーにはいつも「早く起こせ」って後で怒られるんだけど、常日頃出来ない分、この朝くらいは目一杯いちゃついてもいいだろう?
誰の目もないのだし。
シャツから頭だけを出している愛くるしい小動物と共に食卓に着くと、用意したパンを適当な大きさにちぎってルーの口元に運ぶ。
まるでひな鳥のように小さな口を大きく開けてオレの手からパンを食べるルー。
これで年上なのだから、反則にもほどがある。
年上の人間族に餌付けをする今のオレは、さぞかし緩み切った表情をしていただろう。
二週間に一度だけの短い朝。
この上ない、癒しの時間だった。
コンコンコン
聞こえてきたのはドアをノックする音と、咳払いと。
音のした方を見上げた瞬間、思わず喉から声が漏れた。
「ゲッ!?」
「これはまた、お邪魔だったかな?」
いつからそこにいたのか。
開きっぱなしになっていたリビングの入口に、こげ茶色の毛並みに白髪の混じる熊獣人が一人、何とも言えない苦笑いを浮かべて立っている。
ベージュ色のズボンに茶色のベルト、黒のカッターシャツの上から白衣といういつもの恰好。
穏やかな朝のひとときから一転、思わず俺は叫んでいた。
「なんでお前がいんだよ保険医!?」
「万が一の時のために、ルー君からこういうものを預かっているもんでね。呼び鈴を鳴らしたのに何の反応もなかったから上がらせてもらったよ」
と、保険医は頭の横で、おそらくこの家の合鍵だろう銀色のプレートを揺らして見せた。
こいつはこの街の魔術学園に勤務している保険医。
同時に呪術医で、ルーがひた隠しにしている淫紋のことを知っていて、ルーの呪印をこっそり診察している主治医とのことだ。
手にしたそれは、保険医とルーの関係を考えればあり得ないことではなかった。
そういえば半年ほど前にも同じように家の中に入ってきたことがあったと、オレは思い返す。
だがよりによって今日の朝に突撃してくるなんて。
(ヤバッ……)
ハッと思い出して、目線を落とした。
「……馬鹿ぁ」
寝ぼけたルーは、軽い衝撃や大きな音ですぐに目を覚ます。
オレの叫び声で完全に目が覚めてしまったらしい裸の少年が、自分の置かれている状況を理解して、シャツの中で耳の先まで赤くなりながら、か細く呟いた。
ゆっくりと瞼を開くと、変わらぬ朝がそこにある。
自分用に揃えた机と椅子、クローゼット。
半年前には倉庫だった部屋を片付けて用意されたオレの自室。
大人の虎獣人が寝ても十分に余裕のあるセミダブルのベッドには、今朝はオレの他にも一人、小さな人間族の少年がまだ静かに寝息を立てていた。
黒の頭髪に、閉じた瞼の奥に宿るのは同じ黒色の瞳。
お互い一糸纏わぬ産まれたままの姿。
オレのような獣人と違って毛並みのないむき出しの肌は、より扇情的に映える。
目の前の、昨晩の激しい求愛とは打って変わって安らかな、無防備な寝顔に思わず頬が緩んだ。
ルーファン・ルー。それがオレの愛しい人の名前だ。
そっと、彼の額に口をつける。
「ん……」
と、ルーが息を漏らしたので、オレはすぐに顔を離した。
眠りを邪魔するつもりはなかったんだ。
少しだけ顔を離してじっと彼の顔を覗き込むも、閉じた瞼が開く気配はない。
どうやら、まだまだ夢の中にいるらしい。
ホッと胸をなでおろしながら、オレは音をたてないようにベッドから抜け出した。
乱れた布団を彼の上にかけ直して、クローゼットに向かう。
適当にパンツとシャツを見繕いっていると、昨晩のことを思い出してだらしなく鼻の下が伸びてしまった。
(久しぶりの発情だったからなぁ)
そういう日もあるが、オレ達は普段から同じベッドで寝ているわけではない。
昨日は発情、ルーの淫紋が活性化する日だったのだ。
淫紋。本人の意思とは関係なく性欲を昂らせる呪印。
ルーの身体には、そういう呪術が施されている。
それは誰かにつけられたわけではなく、ルーが子供のころに自分で自分につけた呪印で、偶然に偶然が重なった結果、解呪できない未知の呪いと化してしまったのだという。
淫紋が活性化してしまうと、ルーは自分ではどうしようもない性欲に苦しむことになる。
オレにはその感覚こそわからないが、淫紋が開いて苦しんでいるときのルーはひたすら体を丸めて震えるばかりで、まともに歩くこともできず、衝動を抑え込もうと自分の体に噛みついたりの自傷行為に走ることもあった。
とてもじゃないが、見ていられなかった。
以前は、その症状は魔除けによって抑えられていたらしい。
だが半年ほど前、オレが彼に乱暴してしまった事件から状況が一変した。
以前は常に魔除けを身に着けていなければすぐに淫紋が開いてしまう代わりに、今ほど強い衝動は来ることがなかったという。
ところが今は、普段はうっかり魔除けを外しても淫紋が急に暴れだすことはないが、魔除けをつけていても抑えきれない強い衝動が月に二回のペースで来るようになっている。
その定期的にやってくる衝動のことを、オレ達は発情と呼んでいた。
最初は発情期でいいんじゃないかってオレが言ったら「表現が直接的過ぎる!」って顔を真っ赤にしたルーに殴られたので、適当にそれっぽく言い換えてそういうことになった。
遅くまでの激しい運動で疲れて眠っているルーをベッドに残して、パンツとシャツだけ身に着けたオレは静かに部屋を出る。
廊下を歩くオレの顔は、ずっとニヤニヤとだらしなく緩みっぱなしだ。
淫紋が開いているときのルーは、普段の様子から一転した甘えん坊で、惜しみなくオレを求めてくれる。
それが可愛くて可愛くて、毎度のことながらついつい盛り上がってしまった。
昨日のあれを風呂ではなくベッドの上でしていたら、今朝はまず寝室の大掃除から始まるところだっただろう。
(普段からもっと素直になってくれていいのになぁ)
男同士、人間と獣人という違いから、ルーは何かと二人の関係を秘密にしたがる。
出来ることならオレは、エッチ以外でももっとお互いに触れあって、毛づくろいやにおい付けも頻繁にしたいのだけど、ルーが嫌がるから普段はただの店主と従業員という関係を貫いていた。
そうしている間にキッチンへ着いたオレは、気持ちを切り替える。
さて、ルーが起きてくる前に、軽い朝食を作ってしまおう。
(パンと……たしか卵がまだあったから目玉焼きでもするか)
フライパンを火にかけ、温めている間に食材を確認する。
ソーセージもあった。
丁度いい。
今日の朝食はパンと目玉焼きとソーセージに決まりだ。
温まったフライパンに油を広げ、卵を二つ割って落とす。
ジュウウウといい音が広がった。
卵のふちが熱で固まり落ち着いたところで、ソーセージを四本、空いた場所に並べる。
軽く水を入れ、火を弱めて蓋をすればあとはしばらく待つだけだ。
後は盛りつける皿とパンの用意と。
「~♪」
無意識に、オレは鼻歌のようなものを漏らしながら尻尾をゆらゆら揺らしていた。
別に料理が好きなわけじゃない。
現に普段はオレは台所に立たず、調理はルーが担当している。
オレはずっと自炊なんてしてこなかったし、作れる料理の種類も味も、ルーのほうがずっと上手だからだ。
けれどこうして、好きな人のために食事を用意している。その行為自体が幸せなんだ。
皿を用意しながら、またオレは物思いに耽る。
発情の次の日の朝食は、オレが作るのが恒例だった。
発情の次の日、前日の激しい運動のせいで寝坊するルーとは対照的に、オレは何故かものすごくすっきりと目が覚める。
運動量で言えば、むしろオレのほうが疲れていないとおかしいくらいなのに。
これもきっと、ルーの淫紋が起こす現象の一つなんだろう。
ルーの淫紋には未だにわからない部分が多くあるらしくて、半年前に急に性質が変化したのもその一つ。
言葉や態度では表さないが、ルーはそんな自分の体についてかなり不安に思っている。
発情の時甘えてくるのは、その裏返しだ。
だからそんな彼を、とても些細なことだけど、彼の役にたっている。
彼を支えている。
その実感が、嬉しくてたまらない。
ルーと出会う前のオレは、夢に破れて捨て鉢になって自堕落な日々を送るだけだった。
そこに突然現れて、オレを掬い上げてくれた、オレを掴んでこの場所に引っ張ってくれたあの小さな手を、オレは生涯忘れない。
いや、そんな形式的な理由を抜きにしても、オレはルーが好きなんだ。
好きな人のために何かをする。出来ることがある。
こんなに満たされることはない。
一通り、食卓に二人分の朝食を準備し終わって、さてルーを起こしに行こうとしたとき、腰のあたりに後ろから何かがトスンとぶつかってきた。
振り返って確認すると、オレの腰にしがみつく子供が一人。
「あ、ルーおはよう」
「ん……」
ルーは返事こそしたが、そのままぐりぐりと、オレの腰に頭を押し付けてくる。
ああまたいつものか、と、オレはもう動じることなく小さな体を抱き上げた。
「ほら、ご飯食べよう?」
「ん」
答えるルーの目はトロンとしてどこか虚ろだ。
季節は暖かくなってきたとはいえ、まだ朝は体毛のない体ひとつで過ごすような気温ではない。
体を隠すものすら持たず、素っ裸で廊下を歩いてきた小さな体をオレは迷わず自分のシャツの中にしまい込んだ。
サイズに余裕のあるものを好んで選んでいるとはいえ、二人分の体を包みこむ布地は大きく引き伸ばされる。
襟なんかもうヨレヨレだ。
お互いの体が密着し、お互いの体温が伝わってくる。
冷えた体が温まるのが心地いいのか、同じ場所から頭を出したルーが、すぐ隣でふにゃあと緩んだ笑顔を向けていた。
(ああもう、可愛いなぁ)
あまりの役得に、俺の表情筋もほわほわと緩んでしまう。
これもまた、発情の次の日の恒例行事だ。
発情の次の朝、ルーは必ず寝ぼける。
普段そんなことは絶対にないのに、この日だけはいつも、必ずこうなる。
最初のうちはオレも驚いてルーを起こそうとしていたが、今ではすっかり慣れたものだ。
普段は抱っこなどしようものなら「子ども扱いするな」と嫌がられるのが、すっぽりと大人しくオレの胸の中に収まって、ニコニコと笑っている。
惚れた相手がこんなにも素直に甘えてくれることが嬉しくないわけあるまい。
……まあ、ルーにはいつも「早く起こせ」って後で怒られるんだけど、常日頃出来ない分、この朝くらいは目一杯いちゃついてもいいだろう?
誰の目もないのだし。
シャツから頭だけを出している愛くるしい小動物と共に食卓に着くと、用意したパンを適当な大きさにちぎってルーの口元に運ぶ。
まるでひな鳥のように小さな口を大きく開けてオレの手からパンを食べるルー。
これで年上なのだから、反則にもほどがある。
年上の人間族に餌付けをする今のオレは、さぞかし緩み切った表情をしていただろう。
二週間に一度だけの短い朝。
この上ない、癒しの時間だった。
コンコンコン
聞こえてきたのはドアをノックする音と、咳払いと。
音のした方を見上げた瞬間、思わず喉から声が漏れた。
「ゲッ!?」
「これはまた、お邪魔だったかな?」
いつからそこにいたのか。
開きっぱなしになっていたリビングの入口に、こげ茶色の毛並みに白髪の混じる熊獣人が一人、何とも言えない苦笑いを浮かべて立っている。
ベージュ色のズボンに茶色のベルト、黒のカッターシャツの上から白衣といういつもの恰好。
穏やかな朝のひとときから一転、思わず俺は叫んでいた。
「なんでお前がいんだよ保険医!?」
「万が一の時のために、ルー君からこういうものを預かっているもんでね。呼び鈴を鳴らしたのに何の反応もなかったから上がらせてもらったよ」
と、保険医は頭の横で、おそらくこの家の合鍵だろう銀色のプレートを揺らして見せた。
こいつはこの街の魔術学園に勤務している保険医。
同時に呪術医で、ルーがひた隠しにしている淫紋のことを知っていて、ルーの呪印をこっそり診察している主治医とのことだ。
手にしたそれは、保険医とルーの関係を考えればあり得ないことではなかった。
そういえば半年ほど前にも同じように家の中に入ってきたことがあったと、オレは思い返す。
だがよりによって今日の朝に突撃してくるなんて。
(ヤバッ……)
ハッと思い出して、目線を落とした。
「……馬鹿ぁ」
寝ぼけたルーは、軽い衝撃や大きな音ですぐに目を覚ます。
オレの叫び声で完全に目が覚めてしまったらしい裸の少年が、自分の置かれている状況を理解して、シャツの中で耳の先まで赤くなりながら、か細く呟いた。
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Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
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名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
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