聖女と、騎士と

安和

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始まりの聖女

プロローグ――聖女

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過去に戻れるのなら、私は過去の自分に何て言うのだろう。

豪華な調度品たちに囲まれた部屋の窓から外を見降ろして、ふと思った。
振り返ればきっとメイドやら侍女などと呼ばれる人たちが私を見ていて、扉の外には彼ではない騎士達が立っている。この場所は私の豪華な鳥かごだった。私のお願いはほぼ叶えられ、顔色を窺われ、陰で化け物と蔑む。そんな窮屈な場所。気の休まることのできない場所だった。だから、私は早くこの場所から逃げ出したかった。今は自ら帰ってきてしまったけれど。危険を承知で外に飛び出た私が見たのは、自由と、幸せと、耐え難い現実だった。

 此処が一番つらい場所だと思っていた。あそこ此処よりも幸せだと思っていた。そんなあの頃に戻るのなら私は何と言うのだろう。

信用するな? 気を許すな? 

そんなのは無理だろう。絶対的な味方のいないこの世界で気を張り続けるのは無理だ。
自分の心の安寧の為に、私はきっと信じるだろう。そしてきっと私は、彼だけを絶対であると信じ、愛するだろう。傍にいてくれたのは彼だけだったのだから。

民衆がざわめく外を見ながら私は嘲笑した。結局辿る道筋は変わらないのだと。考えるだけ無駄なのだ。

部屋にノック音が響き彼女たちがドアを開ける。
そうして私付きの騎士が声を掛けた。

「そろそろお時間です。聖女様」

その言葉に私は窓から離れ、騎士のもとに向かう。
そう、私は聖女。この世界の私は聖女以外の何物でもないし、それ以外の私は許されてなどいない。

いつも無表情である騎士が私を見て、本当にいいのか、と言っているような気がした。

私はそれに笑顔で答えて騎士の横を通り過ぎた。騎士は後ろからついてくる。
良いも悪いももう関係ないのだ。動き出した歯車は止まらない。過去は変えられない。

彼はここにはいない。地位の上がった彼は私付きの騎士になどなれない。きっと、王家の護衛にでもなっているのではないだろうか。私はもう、彼に興味はない。話すことなど、ない。彼は私に何か言いたげだったけど、私は彼に話すことなどないのだ。もう、ありはしない。彼への想いは、あの日終わってしまったのだから。

ふふふっと声が漏れた。後ろから刺さる視線が強くなる。私はそれを気にせず歩き出した。

私は聖女。あなた方の願いを一度は叶えました。彼の願いも成就するでしょう。だから大丈夫。
私は聖女。私のわがままは世界を動かす。
私は聖女。あなた方の幸せが私の幸せ。
私は聖女。
わたしは。

わたしは、いつまでこれを続ければいい?

わたしの本当の願いは誰も知らないまま、叶えられないまま。

これがきっと、最後の、この世界での私のわがまま。

願いは、誰かに願うのではなく、自分たちで叶えなさい。

民衆が待つ広場に出るためのバルコニーへの扉を開けてもらいながら、私はもう一度自問する。

―――過去に戻れるなら、過去の私に何て言う?

バルコニーに続く道を歩きながら、その問いに自答する。

―――さいごまで気が付かないで

そうすれば、わたしはさいごまで幸せに生きられるはずだから。

そしてわたしは、彼らの前に姿をみせた。

これがさいごだ。そう、自分に言い聞かせて
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