ありがとうまぁ兄…また逢おうね

REN

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第三章 道

恋の歩む道

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まぁやんと龍弥、康二が出て行った学園は
静かだった。
音の静かさではなく、今まで当たり前にいた人たちがいなくなった。そんな静けさだった。
「お兄ちゃんと約束したから。頑張る!」
恋は寂しさに打ち勝とうと思った。
恋は小学校2年生。まだまだ子供であった。
「みさき先生、この宿題見て?」
「はいはい!」
「この問題はね。~やって~やるんだよ」
「……」
「ん?恋ちゃん」
「は!ごめんなさい…」
「いいのよ。じゃあも一回やろっか」
(恋ちゃん、大丈夫かしら…最近うわの空なことが多くなってるし…)
みさき先生の心配は的中していた。
学校でも、以前は友達と活発に遊んでいたが、急に一人になりがちになり、最近はずっと一人でいることが多くなった。
それでも定期的に康二が帰ってくると、その時は以前のように明るく振る舞っていた。

そのまま時が過ぎ…
恋、小学校卒業のとき。
恋の卒業と、康二の大学卒業が重なった。
康二は恋の卒業式に参加できなくなった。
「恋…ごめんな。お兄ちゃんの卒業式と重なっちゃって」
「…仕方ないよ。みさき先生もお身体良くないみたいだし、わたしはひとりで大丈夫…うん!」
「恋…」
だが、恋の本心はものすごい喪失感であった。
卒業式当日はみんな、お父さんやお母さんと一緒で、おめでたい雰囲気だった。
恋は一人、式が始まるまで校舎の裏でじっと身を潜めていた。
式が始まった。
みんなはドキドキときめいていたであろう。だが恋はただ式の進行を眺めていた。
『上田恋』
卒業証書の授与の出番がきて、名前が呼ばれた。
はぁ…っとため息をついて立ちあがろうとした時、体育館の大きな扉が開く音がして、小さい声で「すみません!」と言いながら誰がが入ってきた。
まぁやんと龍弥であった。
恋は「はっ!」とした。
そして恋を見つけたまぁやんは、大きく手を振った。
周りの保護者からはクスクスと笑い声が広がった。
『ごほんっでは…改めまして…上田 恋!」
その呼びかけに恋は今まで出した事のないくらいの大きな声で「はい!」っと返事をした。
そしてしっかりと卒業証書を受け取って、まぁやんと龍弥に目を向けた。
二人とも、恋に向かってピースサインをした。
式が終わり、恋は真っ先にまぁやんと龍弥の元に走った。
「まぁ兄、龍兄!来てくれたんだね!」
するとまぁやんは恋の頭を撫でて
「当たり前だろ!お前の晴れの舞台だ!」
龍弥はビデオカメラを回しながら、
「ほらー恋、カメラに目線くれよ!」
「やだー龍兄ったら!」
「よっし!恋!俺の肩に乗れ!」
まぁやんは恋を肩車にした。
「きゃー!まぁ兄!恥ずかしいよー」
「なーに言ってる。めでたい席だ!」
周りの保護者や生徒たちからは
「恋ちゃん、いいなー!あんなお兄さんがいて」
「まだお若いのに…びしっとして!」
と高評価であった。
恋の卒業式が終わると、まぁやんが
「よし!恋!急ぐぞ!」
っと言って、車まで走った。
「急ぐって?どこに行くの?」
恋を後部座席に乗せて、龍弥は助手席に乗りながら
「ばーか!お前の兄貴の卒業式だよ!次は!」
「え!」
「ちなみによ。俺らが来てる事も、お前と一緒に行くことも一切内緒のドッキリだ!」
「面白そう!ドッキリだね!」
まぁやんは康二の大学の卒業式会場まで急いだ。

3人が着いた頃、康二の大学の卒業式は終盤だった。
「ギリギリセーフ」
「もう学位証書授与も終わってるな…」
「じゃあよ!このポプラ並木のところで…」
「クスクス。お兄ちゃんびっくりするね」
「よし、そろそろか」

康二は友達と写真撮りなどを終えて、一人で帰ろうとポプラ並木を歩いていた。
すると後ろから
「おにーちゃん」っと声が聞こえた。
振り向くと、知らない人たちばかり。
(なんか恋の声っぽかったんだが)
また前を向いて歩くと、今度は前方から
「お兄ちゃん!」と声がした。
良く見ると、前方に恋が立っていた。
「恋!」
康二は駆け寄った。
「どうしたんだ?!こんなところまで!」
「お兄ちゃんの卒業式見たくてねっ」
すると周りの康二の友人たちが
『えぇ!康二君の妹さん?』
『可愛い!』
『妹さんいくつ?』っと寄ってきた。
「なぁ恋。ここまでどうやって…」
すると後方から
「おい!康二!」
「テメェ、お兄ちゃんの存在忘れんなよ!」
まぁやんと龍弥が現れた。
「えぇぇぇ~なんで~」
「なんでってなんだよ?弟の晴れ舞台見に来たのによ」
「だって、二人とも行けないって…」
「お前ら二人にドッキリだよ」
「ねぇねぇ!4人で写真撮ろうよ」
久しぶりに集った家族4人。
康二の友人が撮影してくれた4人の写真。
まだ雪が残るポプラ並木をバックに。
みんな笑顔だった。

恋も中学生となり、順風満帆に過ごしていた。
ただ、恋の心の中は常に寂しさを拭い切れていなかった。
友達も出来、部活もテニス部に入って楽しく過ごしていた。
「ねぇねぇ、恋ちゃんにはお兄ちゃんがいるんだって?」
「確かね、弁護士目指しているんだっけ?」
「うん。最近は会ってないんだけどね」
「そっかぁー。勉強で忙しいのかな?弁護士って難しいんでしょ?」
「そうかもね!」
以前はこまめに顔を出していた康二も、最近はめっきり姿を現さなくなった。
「みさき先生、ただいまぁー」
「おかえりぃ。恋ちゃん。部活の服、すぐに洗濯に出してね」
「はーい!」
みさき先生も年齢が70歳を迎えた。
以前のように逞しく、元気な姿はなかった。
恋は康二にも電話したが、不在であった。
「何してるんだろ!お兄ちゃん…」
そしてまぁやんや龍弥も、数年顔を出していなかった。
それゆえ、恋の心は壊れかけていた。
いつも通り、明るく振る舞おうと無理していたからだ。

そして恋が中学3年生の夏。
みさき先生が亡くなった。
71歳だった。学園の庭の手入れをしている最中、熱中症が原因だった。
常に学園のこと、子供達のことを第一に考えてくれて、
時に優しく、時に厳しく叱ってくれた。
恋にとっても、唯一心の隙間を埋めてくれた人でもあった。
恋は康二にも連絡を取った。
相変わらず連絡が取れなかった。
まぁやんや龍弥にも連絡を取った。
まぁやんは連絡取れたが、多忙のために戻って来れなかった。
龍弥は連絡が取れなかった。
恋は学園の子供たちと一緒に葬儀に参列した。
みさき先生のご主人がいた。
恋はご主人に挨拶をすると、そっと手を取ってくれて
「恋ちゃんかい?おじさんね、小さい頃にあったことあるんだよ。うちのやつは、恋ちゃんの話をたくさんしてくれたよ。実の子供のように思ってたよ。ありがとう」
恋はご主人と一緒に号泣した。

みさき先生に代わって、学園長としてきたのは関口佳奈さんという30歳の女性だった。
とても優しくて、おおらかな人だった。
だけど恋は、関口さんに対して反発心を強めた。
(みさき先生の代わりなんていない!)
唯一の支えを無くした恋の心は、粉々に崩れ去った。

高校に進学すると、恋は無断外出を頻繁にするようになった。
進学した高校で、恋は「美紀」という友人ができた。
美紀も複雑な家庭環境にあり、恋と美紀はお互いの傷を舐め合う様に、つるむようになった。
恋と美紀は学校内でも問題を起こし、関口さんも頻繁に学校から呼び出しされた。
それでも関口さんは恋に優しく接していたが、恋はそんな優しさが逆に鼻につき、反発した。
「美紀!今日はどこ行く?」
「まず街に出ようよ。真希たちも後で合流するってさ」
恋たちは街に繰り出すと、カツアゲをしたり、悪い奴らとつるんだり、盗んだスクーターを乗り回したりしていた。警察沙汰もしばしばあった。
その都度、関口さんは保護者として身元引受けに来てくれたが、恋はそんな関口さんすら拒絶した。
恋は徐々に悪の道へと歩み出した。
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