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風の章
翳る空、燻る赤
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上着を脱ぎ、もう見慣れた木造の隊舎の廊下を歩く。建物の中は少しだけ暖かい。風がないと言うだけでここまで寒さが弱まるのか。
部屋から出てきた葵と鉢合わせた。
「良いことでもございましたか、牡丹さま」
「…本当に聡いですね」
声をかけられどきっとした。なぜこうも簡単に言い当ててくるのだろうか。
一応、仲直り…?は、できた、と思う。ただ、根本的な問題は何も解決していない。俺と彼女が敵国同士の生まれであることも、これから戦争が起こることも。前に葵が話してくれた最終手段、亡命を、本気で考えるべきなのかもしれない。
亡命?いや、待て。俺と彼女は共に亡命をするほどの仲なのか。少なくとも俺はそう思っているが、彼女はどうだか分からない。王女はとても素晴らしい人だ。王女として役目を果たして死ぬだろうか?…深く考える必要はない。そうするに決まっている。出会って数ヶ月の適当な男よりも、生まれ育った国の方が大切に決まっている。
もしも本当に逃げ出すことができたなら、俺はどれだけ幸せになれるだろう。と同時に、俺はどれだけ彼女を不幸にするだろう。俺と違って彼女は、悩みはあるもののロゼリア王国を愛しているのだ。快く了承してくれるとは到底思えない。そして断られたら俺は立ち直れない。きっと王女も俺のことは理解しているだろう。…御涙頂戴も甚だしい。それじゃ、強制するようなものじゃないか。苦しい過去があったって話をするだけで、俺のために泣いてくれるような人だ。気を遣わせて意見を押し殺させて無理矢理連れて逃げるだなんて、そんなの誘拐みたいなものじゃないか。
「…彼女に亡命の話を持ちかけたら、乗ってくれると思いますか?」
深いため息をついてからゆっくりと言った。葵は少し驚いた顔をしてから言った。
「どうでしょう。わたしは、きっと上手くいくと思いますけれど。」
あなたは、そう言って下さるでしょうね。
「もし牡丹さまがそう望んでいるのでしたら、早くお伝えになったほうがよろしいと思いますよ。…戦況はいつひっくり返るか分かりません。本気ならば早うお覚悟を」
覚悟を。早く断られる覚悟を済ませて、彼女に話を持ちかけねばならない。なぜ、断られるのが分かって揚々と話を続けられるだろうか。俺も葵も押し黙り、時計の秒針の音がいやに響く。
戦況は悪化するばかり、すでにいくつもの都市が占領されてしまっていた。兵士たちや国民たちにも暗い雰囲気がどんどん広がり、士気も低下している。
この状況を打開する策を、騎士団や国防軍で考え続けているが、戦争そのものに慣れていないロゼリアが、戦争大国の烏の国に満足に応戦できるわけがないのだ。最初からボロボロになることは全員がわかっていた。
「…国王陛下、お話がございます。」
アンと共に陛下をお呼びした。陛下は少し怪訝そうな顔になるも、承諾はしてくれた。他の者たちを部屋から出す。扉から少し離れたところに護衛を残し、俺達は三人きりになった。
「…話というのは。」
「私共が言わずとも、もうお分かりでしょう、陛下。」
重い口を一番先に開いたのは陛下だった。俺達は一瞬目を見合わせ、覚悟を決める。
「シャルルロッテ王女殿下に、お話しすべきではないでしょうか。」
陛下は眉を顰め、小さく「ならん」と言った。しかしそう言う陛下の顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。
「陛下は、シャルさまには…王女殿下には、王族らしくあることをお求めになります。なればこそ、何も知らないまま放っておくことが正しいとはこのアンには思えません!!」
「それは、分かっている、私が誰よりも分かっているよ。ただ、シャルの純真さを糧に、あの子を守ろうと今も戦ってくれている兵士がいる。その者たちを無碍にする訳にはいかない。」
「王女殿下の善性と、真実を知ることは別問題でございましょう!!」
駄目だ、やめろデュロイ・クラウン。無駄に大声を上げるな。冷静さと礼儀を欠いた行動だ。この状況でお前までダメになってどうする。お前は常に冷静で、一歩引いた立場から物を申さねばなるまい。シャルの幼馴染のお前と、騎士団長のお前を切り分けろ。
切り分けねばならないのに。
「…無礼を承知で申し上げます。最近の陛下は正気であらせられません!彼の国を相手に守るでもなく仕留めるでもなく!かと言ってそれがちゃんと練られた策略でもない!!一貫性のない行動は破滅を招きます!!」
アンが俺の袖を掴んで止めようとしていた。陛下もこちらを見て唖然としているが、ここまで言って止まる手はない。
「このまま国を巻き込んで心中がしたいのならば結構!!王女を幸せにしたいのか、理想の王女で居続けてほしいのか、今一度お考え直しください!!」
俺は陛下に詰め寄った。ああ、明日には首が飛ぶだろうか。それも結構だ。シャルがあそこまで苦しんでいることに気がつけなかった俺への罰。もっと踏み込めばいい、陛下はそんな人じゃない。必死の訴えほどよく聞いて下さる。
「あなたと同じくらいの年数を、あなたよりも近い目線で俺たちはずっと見てきたんだ!!そして彼女の善性を信じている。誰よりも公平公正平等を望む彼女を知っている!!」
「デュロイ様っ!!」
必死で止めようとするアンに構わず俺はまた陛下に近寄り、手の届くほどの距離まで近づく。そして。
「この17年間何を見てきた!!あんたが一番分かってんだろう!!」
俺は生まれて初めて、君主を怒鳴りつけた。後悔はない。
陛下は大きく目を見開いて、それから顔を片手で覆った。
「…幸せにしたいのであれば、ちゃんと話を聞いてあげて下さい。王女はずっと、共に苦しむことが幸せだと仰っているというのに」
それから俺はゆっくりと陛下の元から離れ、度重なる無礼をお詫び致します、失礼致しますと言って部屋を出た。さて、どうなるかな。
はぁ、と深くため息を吐く。
「……やっちまったなぁ」
熱が冷めて、自分のしたことがいかに異常か気がついてしまった。本当に処刑ものだ。
俺も、相当切羽詰まっていた。陛下が正気じゃないだとか言ってしまったが、一番正気じゃないのは俺じゃないか。あぁ、本当に、だめだもう。俺の取り柄は冷静さだったはずなのになぁ。
「デュロイ様、流石にさっきのは…ないというか、本当に、斬首ですよ」
「分かってる……」
あとから追って部屋を出てきたアンに軽く嗜められる。本当にその通りだ。死ぬ時は家族に看取られながらの老衰か、もしくは名誉ある死が良かったのだが、まさかこんな無様な感じで終わるのか、俺。
「今までありがとうな。あと好きだよ」
「えっ?」
俺の言葉にアンが歩みを止める。
「いやぁ、本当に死ぬかもしれんしな。この際もう言っておこうと思って」
と説明を付け足しても赤面して動かないので、仕方なく迎えに行く。
「そんなに嬉しかった?照れんなぁ」
手を握り引っ張ってみる。それでも動こうとしない。ゆっくり手を離して向かい合う。
「もしかして嫌か?」
そう言うと小さく首を横に振った。じゃあ何だろうか。そこまで衝撃的だったろうか?アンは目元を潤ませていて、目を見開いたまま固まっていた。
「だ…だって、デュロイさまは、てっきりシャルさまが好きなものだと……」
「えっ、何でシャル?うそ、俺割と分かりやすい方だと思ってたんだが……」
驚いた。女性二人に男一人の幼馴染だから、いわゆる三角関係というのもなくもないだろうが…
「…あのな、おとぎ話のお姫様に恋なんかしないだろ、普通の男は。」
アンは少し驚いて、それから小さく笑った。…恋とかじゃない、抱いているとすれば親愛か、信仰にすら近いものだ。絵本の中のお姫様と恋に落ちるのは、絵本の中の王子様だけだ。あのままでいてほしいって国王様の気持ちがよく分かるくらいには、あの子は綺麗すぎる。
「身分の違う同性の幼馴染を本気で想うことができるお前を好きになったんだよ。」
アンの瞳に溜まっていた涙が溢れた。泣くなよ、とそっと涙を拭う。それから、今度は恋人繋ぎで、ゆっくりと歩き出す。
どこを目指すともなく城内を散策し、辿り着いたのは中庭だった。幼い頃、三人でよく遊んでいた中庭。僕が二人とロゼリアを守るなんてデカい口も叩いた。二人は笑わなかったな。俺は今、実力で騎士団長になれているのだろうか。前騎士団長の息子としてではなく、二人の幼馴染の、たった一人のデュロイ・クラウンとして。
今は、中庭には花はなく、草木が春への準備をしている。それでも確かに、そこにはある日の陽だまりの面影があった。
奪った土地から血が滲み出て、俺を沼に引き摺り込む夢を見た。何だか無性に嫌な感じがして、忘れよう忘れようと訓練に励む。訓練場を五周走ったり、腕立てやら、部下たちと実技訓練やら、どれだけしても一向に、自分がまだ夢を見ているような気がして気持ち悪くなる。素振りをしまくって汗を流しても、微塵の達成感もない。普段は、訓練に精を出すと雑念が消えていたのに。なぜだろう。
「牡丹、手合わせするか」
珍しく楓が俺を誘った。と言うことは、楓は刀か。嫌だな。刀を持った楓は銃を使ってる時の倍は強い。先手を打たねば勝てないが、防戦一方になるしかない。
楓が俺に木刀を投げた。見ると二刀がデフォルトのはずの楓だが、一刀しか握っていない。
「一刀でやるのか?」
「だって牡丹一刀でしょ。慣れてねーけどそれでも勝つ」
俺は八相の構え。左足を前にして足を開き、体の横で刀はまっすぐ上に向ける。対して楓は下段脇構え。左足を前にして足を開き、鋒は後ろに向けている。上段と下段の構えが交わるわけだから、初撃は必ず……
袈裟斬りと逆袈裟の力比べ!
上から振り下ろす分俺の方がアドバンテージがあるはずなのに、楓の刀を一向に押し返せない。下段のデメリットを力技で何とかしてくるな馬鹿。
思い切り弾かれて後退る。それからすぐ構え直し中段突き。流されて腹に蹴りを入れられる。一応刀で受けたけど、刀ごと吹っ飛ばされてよろめく。くそ。力が強いんだよこいつ。何も考えないまま刀を左に持ち変え、頰辺りを目掛けて大振り。避けられた。
飛び退いてまた構え直す。見ると、楓が木刀を鞘に納めるような動作をした。逆手の居合だ。いや馬鹿かよ、手合わせで居合か。逆手なら来ると分かっていれば怖くない、確実に受け切れる。こちらがちゃんと構えれば必ずだ。そのはずだがこいつの馬鹿力のせいでそれもわからない。
そんなことを考えていたら首の右側に刀が来た。一応受けたが押し切られて首筋に鋒が当たる。…俺の負けだ。俺が無駄に時間を使っている間に、居合から抜刀に切り替えたのか。
「騙し討ちか。狡いぞ楓」
「実践じゃそんなこと言ってらんねーからな~」
ま、戦場で、死ななきゃ勝ちならお前のが強いけどな…と楓はまた適当を言った。それから各々戻るのかと思っていたら、何やってんだ構えろ、と言われて俺は構え直す。
「稽古つけてやるよ、牡丹」
「感覚派のお前がか。」
楓に武芸を教わるなんて初めてだな。昔は、体は強いくせに訓練に身の入らない楓に俺が教えていたくらいなのに。お前は恵まれていた。きっと誰よりも戦うことに向いているんだろう。恵まれた肉体と鋭い観察眼、俺の代わりに鐵の家に生まれててくれたらなぁ。
「お前をその『感覚派』にする」
感覚派って、理屈より本能で動くから感覚派と呼んでるんだろうが、後天的になることができるのだろうか?
「今から交互に、受けの訓練をする。まずはお前が受けろ。俺が見えてるものが見えるようになるまでやる」
受け。敢えて隙を作り誘うことで相手の隙を引き出す戦い方だが、実戦で役に立つのだろうか。受けへの対処も、俺が受けを会得することも、実用的だとは思えない。戦が一騎打ちの時代は終わった。今はほとんど乱戦しかしないというのに。
「えーとぉ、受けとか受けを殺すのが上手になるってのは、次の手を読むのが上手になるってことだから、まぁ要するに、守りながらの戦いにはピッタリってわけだな」
「…なるほど」
俺が正眼の構えを取ると……左足を少し引き、両手で刀を持ちまっすぐ構えると、楓は
「いや、地龍の構えにしろ。それが一番上手くいく。」
と言った。
言われた通り、左足をさらに少し引き、胴が斜めになるように体を開き、刀は下ろして少しだけ外側に鋒が向かうように。地龍の構え、と言うより、下段の構えはあまり普段使わないから新鮮だ。俺は振り上げるより振り下ろす方が得意だから、いつもは上段と中段をよく使っている。上手くいくと言ってるが、それはお前が下段に慣れてるからじゃないのか…そう思ったが一先ずは言わないでおいた。
「わざわざ下段にさせたのは、上段への攻撃を誘うため。まー致命傷を狙うっつって中段狙う奴ァいねーだろ。で、それをなんとか流して攻撃に転じる。それが俺の受けなんだけど、あー、喋るよりやった方が早い!構えてろ。ちゃんと引っかかってやっから上手いことやれよ」
楓は上段突きの構えをとった。それから…………
「あー疲れた。楓さんの剣術講座おーしまいっ」
結論から言って、楓が言ったことは全て暴論で、力技で、馬鹿みたいで、そして何よりも実践向きだった。それにしても、楓の弾き飛ばす剣術は物凄く体力を持っていかれる。当のこいつは平然とやってのけるのだが、それはこいつの膂力のお陰であって、止めるではなく弾くつもりで刀を振りつづけるのはキツすぎた。俺の何かが鍛わったのは間違いないだろうが、手加減なしの楓とサシでやり合うのは本当に疲れる。肉体の疲労感が半端じゃない。二度とやりたくない。
楓に教えられた受けはいかに相手を誘えるかが大切で、相手が乗ってこればの話だが、かなりの確率でダメージを入れることができる。咄嗟の戦闘では俺はいつも守りに入るが、受けの方が効果的なのだろうか。
「で、雑念は消えた?」
楓はにこりと笑った。…驚いた。
「気づいてたのか。」
「最初の手合わせでな。戦いに身の入ってねー奴はすぐ分かるよ。」
最近は本当に、珍しいことばかり起こる。楓に世話を焼かせてしまった。この状況が面白くなってきて、少しだけ笑いが溢れる。
「なに悩んでっか知らんけどさ、頼れる奴を頼れ!一人で抱え込んだって消化できねーじゃんお前。そーゆーとこほんっと牡丹の良くないとこだぞ」
訓練場の床に体を投げ出した楓。俺も腰を下ろす。思ったより疲労がひどい、これは持ち直すのに時間がかかるだろうな。
俺の良くないところか。俺はいつもそうだな。誰かに相談するのがとてつもなく苦手だった。迷惑をかけたくないし、かといって一人のままでは、何の解決にも至らず悩み続けることしかできない。家族以外に俺のことをちゃんと理解してくれているのは、楓と、葵と、王女くらいか。俺が誰かを普通に頼れる日はいつか来るのだろうか。
「…あ、そうだ。俺の秘密教えてやろうと思ってさ。いつ言おうかずっと迷ってたんだけど」
「唐突だな。」
楓は上体を起こし、俺に向き直った。
「俺さ、人の嘘が分かるんだよね。聞こえるとか見えるとかじゃねーけど」
「勘だろそれ」
「勘じゃねーよ。」
真面目な話なのに。と少し不貞腐れる。
「で、何の話かってさぁ、俺は葵ちゃんが本当に好きな人知ってんだよ」
葵が本当に好きな人。ずっと前から、気になってはいる。俺の知らない人だろうか。葵を幸せにできる人だといいんだが、月島家は家柄を気にするらしいし、そういうのを気にせずに生きて欲しいな。
「理由になってないかもしれねーけど、だからお前は、安心していなくなっていーよ。」
楓と目が合う。意外と力強く笑っていて安心した。こいつなりに思い遣ってくれているんだろう。俺は、ああ、と笑い返した。楓が言うなら、きっと大丈夫だ。
部屋から出てきた葵と鉢合わせた。
「良いことでもございましたか、牡丹さま」
「…本当に聡いですね」
声をかけられどきっとした。なぜこうも簡単に言い当ててくるのだろうか。
一応、仲直り…?は、できた、と思う。ただ、根本的な問題は何も解決していない。俺と彼女が敵国同士の生まれであることも、これから戦争が起こることも。前に葵が話してくれた最終手段、亡命を、本気で考えるべきなのかもしれない。
亡命?いや、待て。俺と彼女は共に亡命をするほどの仲なのか。少なくとも俺はそう思っているが、彼女はどうだか分からない。王女はとても素晴らしい人だ。王女として役目を果たして死ぬだろうか?…深く考える必要はない。そうするに決まっている。出会って数ヶ月の適当な男よりも、生まれ育った国の方が大切に決まっている。
もしも本当に逃げ出すことができたなら、俺はどれだけ幸せになれるだろう。と同時に、俺はどれだけ彼女を不幸にするだろう。俺と違って彼女は、悩みはあるもののロゼリア王国を愛しているのだ。快く了承してくれるとは到底思えない。そして断られたら俺は立ち直れない。きっと王女も俺のことは理解しているだろう。…御涙頂戴も甚だしい。それじゃ、強制するようなものじゃないか。苦しい過去があったって話をするだけで、俺のために泣いてくれるような人だ。気を遣わせて意見を押し殺させて無理矢理連れて逃げるだなんて、そんなの誘拐みたいなものじゃないか。
「…彼女に亡命の話を持ちかけたら、乗ってくれると思いますか?」
深いため息をついてからゆっくりと言った。葵は少し驚いた顔をしてから言った。
「どうでしょう。わたしは、きっと上手くいくと思いますけれど。」
あなたは、そう言って下さるでしょうね。
「もし牡丹さまがそう望んでいるのでしたら、早くお伝えになったほうがよろしいと思いますよ。…戦況はいつひっくり返るか分かりません。本気ならば早うお覚悟を」
覚悟を。早く断られる覚悟を済ませて、彼女に話を持ちかけねばならない。なぜ、断られるのが分かって揚々と話を続けられるだろうか。俺も葵も押し黙り、時計の秒針の音がいやに響く。
戦況は悪化するばかり、すでにいくつもの都市が占領されてしまっていた。兵士たちや国民たちにも暗い雰囲気がどんどん広がり、士気も低下している。
この状況を打開する策を、騎士団や国防軍で考え続けているが、戦争そのものに慣れていないロゼリアが、戦争大国の烏の国に満足に応戦できるわけがないのだ。最初からボロボロになることは全員がわかっていた。
「…国王陛下、お話がございます。」
アンと共に陛下をお呼びした。陛下は少し怪訝そうな顔になるも、承諾はしてくれた。他の者たちを部屋から出す。扉から少し離れたところに護衛を残し、俺達は三人きりになった。
「…話というのは。」
「私共が言わずとも、もうお分かりでしょう、陛下。」
重い口を一番先に開いたのは陛下だった。俺達は一瞬目を見合わせ、覚悟を決める。
「シャルルロッテ王女殿下に、お話しすべきではないでしょうか。」
陛下は眉を顰め、小さく「ならん」と言った。しかしそう言う陛下の顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。
「陛下は、シャルさまには…王女殿下には、王族らしくあることをお求めになります。なればこそ、何も知らないまま放っておくことが正しいとはこのアンには思えません!!」
「それは、分かっている、私が誰よりも分かっているよ。ただ、シャルの純真さを糧に、あの子を守ろうと今も戦ってくれている兵士がいる。その者たちを無碍にする訳にはいかない。」
「王女殿下の善性と、真実を知ることは別問題でございましょう!!」
駄目だ、やめろデュロイ・クラウン。無駄に大声を上げるな。冷静さと礼儀を欠いた行動だ。この状況でお前までダメになってどうする。お前は常に冷静で、一歩引いた立場から物を申さねばなるまい。シャルの幼馴染のお前と、騎士団長のお前を切り分けろ。
切り分けねばならないのに。
「…無礼を承知で申し上げます。最近の陛下は正気であらせられません!彼の国を相手に守るでもなく仕留めるでもなく!かと言ってそれがちゃんと練られた策略でもない!!一貫性のない行動は破滅を招きます!!」
アンが俺の袖を掴んで止めようとしていた。陛下もこちらを見て唖然としているが、ここまで言って止まる手はない。
「このまま国を巻き込んで心中がしたいのならば結構!!王女を幸せにしたいのか、理想の王女で居続けてほしいのか、今一度お考え直しください!!」
俺は陛下に詰め寄った。ああ、明日には首が飛ぶだろうか。それも結構だ。シャルがあそこまで苦しんでいることに気がつけなかった俺への罰。もっと踏み込めばいい、陛下はそんな人じゃない。必死の訴えほどよく聞いて下さる。
「あなたと同じくらいの年数を、あなたよりも近い目線で俺たちはずっと見てきたんだ!!そして彼女の善性を信じている。誰よりも公平公正平等を望む彼女を知っている!!」
「デュロイ様っ!!」
必死で止めようとするアンに構わず俺はまた陛下に近寄り、手の届くほどの距離まで近づく。そして。
「この17年間何を見てきた!!あんたが一番分かってんだろう!!」
俺は生まれて初めて、君主を怒鳴りつけた。後悔はない。
陛下は大きく目を見開いて、それから顔を片手で覆った。
「…幸せにしたいのであれば、ちゃんと話を聞いてあげて下さい。王女はずっと、共に苦しむことが幸せだと仰っているというのに」
それから俺はゆっくりと陛下の元から離れ、度重なる無礼をお詫び致します、失礼致しますと言って部屋を出た。さて、どうなるかな。
はぁ、と深くため息を吐く。
「……やっちまったなぁ」
熱が冷めて、自分のしたことがいかに異常か気がついてしまった。本当に処刑ものだ。
俺も、相当切羽詰まっていた。陛下が正気じゃないだとか言ってしまったが、一番正気じゃないのは俺じゃないか。あぁ、本当に、だめだもう。俺の取り柄は冷静さだったはずなのになぁ。
「デュロイ様、流石にさっきのは…ないというか、本当に、斬首ですよ」
「分かってる……」
あとから追って部屋を出てきたアンに軽く嗜められる。本当にその通りだ。死ぬ時は家族に看取られながらの老衰か、もしくは名誉ある死が良かったのだが、まさかこんな無様な感じで終わるのか、俺。
「今までありがとうな。あと好きだよ」
「えっ?」
俺の言葉にアンが歩みを止める。
「いやぁ、本当に死ぬかもしれんしな。この際もう言っておこうと思って」
と説明を付け足しても赤面して動かないので、仕方なく迎えに行く。
「そんなに嬉しかった?照れんなぁ」
手を握り引っ張ってみる。それでも動こうとしない。ゆっくり手を離して向かい合う。
「もしかして嫌か?」
そう言うと小さく首を横に振った。じゃあ何だろうか。そこまで衝撃的だったろうか?アンは目元を潤ませていて、目を見開いたまま固まっていた。
「だ…だって、デュロイさまは、てっきりシャルさまが好きなものだと……」
「えっ、何でシャル?うそ、俺割と分かりやすい方だと思ってたんだが……」
驚いた。女性二人に男一人の幼馴染だから、いわゆる三角関係というのもなくもないだろうが…
「…あのな、おとぎ話のお姫様に恋なんかしないだろ、普通の男は。」
アンは少し驚いて、それから小さく笑った。…恋とかじゃない、抱いているとすれば親愛か、信仰にすら近いものだ。絵本の中のお姫様と恋に落ちるのは、絵本の中の王子様だけだ。あのままでいてほしいって国王様の気持ちがよく分かるくらいには、あの子は綺麗すぎる。
「身分の違う同性の幼馴染を本気で想うことができるお前を好きになったんだよ。」
アンの瞳に溜まっていた涙が溢れた。泣くなよ、とそっと涙を拭う。それから、今度は恋人繋ぎで、ゆっくりと歩き出す。
どこを目指すともなく城内を散策し、辿り着いたのは中庭だった。幼い頃、三人でよく遊んでいた中庭。僕が二人とロゼリアを守るなんてデカい口も叩いた。二人は笑わなかったな。俺は今、実力で騎士団長になれているのだろうか。前騎士団長の息子としてではなく、二人の幼馴染の、たった一人のデュロイ・クラウンとして。
今は、中庭には花はなく、草木が春への準備をしている。それでも確かに、そこにはある日の陽だまりの面影があった。
奪った土地から血が滲み出て、俺を沼に引き摺り込む夢を見た。何だか無性に嫌な感じがして、忘れよう忘れようと訓練に励む。訓練場を五周走ったり、腕立てやら、部下たちと実技訓練やら、どれだけしても一向に、自分がまだ夢を見ているような気がして気持ち悪くなる。素振りをしまくって汗を流しても、微塵の達成感もない。普段は、訓練に精を出すと雑念が消えていたのに。なぜだろう。
「牡丹、手合わせするか」
珍しく楓が俺を誘った。と言うことは、楓は刀か。嫌だな。刀を持った楓は銃を使ってる時の倍は強い。先手を打たねば勝てないが、防戦一方になるしかない。
楓が俺に木刀を投げた。見ると二刀がデフォルトのはずの楓だが、一刀しか握っていない。
「一刀でやるのか?」
「だって牡丹一刀でしょ。慣れてねーけどそれでも勝つ」
俺は八相の構え。左足を前にして足を開き、体の横で刀はまっすぐ上に向ける。対して楓は下段脇構え。左足を前にして足を開き、鋒は後ろに向けている。上段と下段の構えが交わるわけだから、初撃は必ず……
袈裟斬りと逆袈裟の力比べ!
上から振り下ろす分俺の方がアドバンテージがあるはずなのに、楓の刀を一向に押し返せない。下段のデメリットを力技で何とかしてくるな馬鹿。
思い切り弾かれて後退る。それからすぐ構え直し中段突き。流されて腹に蹴りを入れられる。一応刀で受けたけど、刀ごと吹っ飛ばされてよろめく。くそ。力が強いんだよこいつ。何も考えないまま刀を左に持ち変え、頰辺りを目掛けて大振り。避けられた。
飛び退いてまた構え直す。見ると、楓が木刀を鞘に納めるような動作をした。逆手の居合だ。いや馬鹿かよ、手合わせで居合か。逆手なら来ると分かっていれば怖くない、確実に受け切れる。こちらがちゃんと構えれば必ずだ。そのはずだがこいつの馬鹿力のせいでそれもわからない。
そんなことを考えていたら首の右側に刀が来た。一応受けたが押し切られて首筋に鋒が当たる。…俺の負けだ。俺が無駄に時間を使っている間に、居合から抜刀に切り替えたのか。
「騙し討ちか。狡いぞ楓」
「実践じゃそんなこと言ってらんねーからな~」
ま、戦場で、死ななきゃ勝ちならお前のが強いけどな…と楓はまた適当を言った。それから各々戻るのかと思っていたら、何やってんだ構えろ、と言われて俺は構え直す。
「稽古つけてやるよ、牡丹」
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「お前をその『感覚派』にする」
感覚派って、理屈より本能で動くから感覚派と呼んでるんだろうが、後天的になることができるのだろうか?
「今から交互に、受けの訓練をする。まずはお前が受けろ。俺が見えてるものが見えるようになるまでやる」
受け。敢えて隙を作り誘うことで相手の隙を引き出す戦い方だが、実戦で役に立つのだろうか。受けへの対処も、俺が受けを会得することも、実用的だとは思えない。戦が一騎打ちの時代は終わった。今はほとんど乱戦しかしないというのに。
「えーとぉ、受けとか受けを殺すのが上手になるってのは、次の手を読むのが上手になるってことだから、まぁ要するに、守りながらの戦いにはピッタリってわけだな」
「…なるほど」
俺が正眼の構えを取ると……左足を少し引き、両手で刀を持ちまっすぐ構えると、楓は
「いや、地龍の構えにしろ。それが一番上手くいく。」
と言った。
言われた通り、左足をさらに少し引き、胴が斜めになるように体を開き、刀は下ろして少しだけ外側に鋒が向かうように。地龍の構え、と言うより、下段の構えはあまり普段使わないから新鮮だ。俺は振り上げるより振り下ろす方が得意だから、いつもは上段と中段をよく使っている。上手くいくと言ってるが、それはお前が下段に慣れてるからじゃないのか…そう思ったが一先ずは言わないでおいた。
「わざわざ下段にさせたのは、上段への攻撃を誘うため。まー致命傷を狙うっつって中段狙う奴ァいねーだろ。で、それをなんとか流して攻撃に転じる。それが俺の受けなんだけど、あー、喋るよりやった方が早い!構えてろ。ちゃんと引っかかってやっから上手いことやれよ」
楓は上段突きの構えをとった。それから…………
「あー疲れた。楓さんの剣術講座おーしまいっ」
結論から言って、楓が言ったことは全て暴論で、力技で、馬鹿みたいで、そして何よりも実践向きだった。それにしても、楓の弾き飛ばす剣術は物凄く体力を持っていかれる。当のこいつは平然とやってのけるのだが、それはこいつの膂力のお陰であって、止めるではなく弾くつもりで刀を振りつづけるのはキツすぎた。俺の何かが鍛わったのは間違いないだろうが、手加減なしの楓とサシでやり合うのは本当に疲れる。肉体の疲労感が半端じゃない。二度とやりたくない。
楓に教えられた受けはいかに相手を誘えるかが大切で、相手が乗ってこればの話だが、かなりの確率でダメージを入れることができる。咄嗟の戦闘では俺はいつも守りに入るが、受けの方が効果的なのだろうか。
「で、雑念は消えた?」
楓はにこりと笑った。…驚いた。
「気づいてたのか。」
「最初の手合わせでな。戦いに身の入ってねー奴はすぐ分かるよ。」
最近は本当に、珍しいことばかり起こる。楓に世話を焼かせてしまった。この状況が面白くなってきて、少しだけ笑いが溢れる。
「なに悩んでっか知らんけどさ、頼れる奴を頼れ!一人で抱え込んだって消化できねーじゃんお前。そーゆーとこほんっと牡丹の良くないとこだぞ」
訓練場の床に体を投げ出した楓。俺も腰を下ろす。思ったより疲労がひどい、これは持ち直すのに時間がかかるだろうな。
俺の良くないところか。俺はいつもそうだな。誰かに相談するのがとてつもなく苦手だった。迷惑をかけたくないし、かといって一人のままでは、何の解決にも至らず悩み続けることしかできない。家族以外に俺のことをちゃんと理解してくれているのは、楓と、葵と、王女くらいか。俺が誰かを普通に頼れる日はいつか来るのだろうか。
「…あ、そうだ。俺の秘密教えてやろうと思ってさ。いつ言おうかずっと迷ってたんだけど」
「唐突だな。」
楓は上体を起こし、俺に向き直った。
「俺さ、人の嘘が分かるんだよね。聞こえるとか見えるとかじゃねーけど」
「勘だろそれ」
「勘じゃねーよ。」
真面目な話なのに。と少し不貞腐れる。
「で、何の話かってさぁ、俺は葵ちゃんが本当に好きな人知ってんだよ」
葵が本当に好きな人。ずっと前から、気になってはいる。俺の知らない人だろうか。葵を幸せにできる人だといいんだが、月島家は家柄を気にするらしいし、そういうのを気にせずに生きて欲しいな。
「理由になってないかもしれねーけど、だからお前は、安心していなくなっていーよ。」
楓と目が合う。意外と力強く笑っていて安心した。こいつなりに思い遣ってくれているんだろう。俺は、ああ、と笑い返した。楓が言うなら、きっと大丈夫だ。
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正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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