【完結】冷徹騎士のプロポーズ〜身分の差を実力で捩じ伏せた幼馴染の執着〜

葉桜鹿乃

文字の大きさ
6 / 18

6 ヴァンツァーという男

しおりを挟む
 翌日、貴族然とした仕立てのいい服を着たヴァンツァーが昨日の黒馬、バルトに跨って改めて屋敷にやってきた。

 服も派手すぎない、グレーと黒の服に銀糸で刺繍がしてある落ち着いたものだ。帯剣していて、片手剣にしては大きく見えるが、彼は利き手の逆にそれを提げていたからきっと片手でその長剣を扱うのだろう。

 農民の出で、小さな頃に泥だらけになって一緒に遊んだ男の子じゃない。冒険者になって力をつけ、国から与えられた勲章を胸に付けた騎士が、こちらに向かってくる。

 顔の傷以外には、長袖長ズボンにブーツ、革の手袋と徹底して肌を出さない姿に、他の傷があるかはうかがえないが、背を伸ばして馬を歩かせる姿は思わず見惚れてしまう。

 無表情で感情を表に出さなくなっただけじゃない。思い描く騎士という言葉に相応しい、逞しくも美しい人になっている。

 エントランスで迎えて、馬から降りたヴァンツァーが目の前にくると、どぎまぎして顔が赤くなった。

 この人に跪かれてプロポーズされたのだと思うと、平静でいられない。

「い、いらっしゃいヴァンツァー……いえ、シェリクス卿かしら?」

「耳が早いな。今日は色々と話そうと思っていたのに、話題が一つなくなってしまった」

 無表情のままそんな事を言う。なのに、私に向けられる眼差しを優しく感じてしまうのは、私の気のせいなのかしら。

「昨日お父様が転がるように帰ってきて教えてくれたの。——もっといろんな話を聞かせて欲しいわ。中へ行きましょう」

「あぁ……叙勲式があったから。なるほど。そうだな、今日は身綺麗にしてきたから、邪魔する」

 今日こそ、とサロンにお茶の支度をして待っていた私は、好みが変わってるかもしれないと、甘い焼き菓子と軽食の二種類を用意していた。そして、小さい頃に調理場に忍び込んで食べたクッキーも。

「懐かしいな……」

 彼は目敏くクッキーを見つけると、一枚早速口に運んだ。

 そこからは楽しいお喋り……になればよかったのだけど、ヴァンツァーはあまり冒険者時代のことを語りたがらず、私も領地に引っ込んでいたので話題がなく、ただ黙々とテーブルの上に並べられた食べ物とお茶を消費していた。

「……ったえられない! 何を話そうと思って来たのよ!」

「もう少し普通の話題を……と、思ったんだが、実はあまり考えていなかったし、沈黙が苦痛では無くて自分で驚いている」

 私が飲み食いしてる姿を見て、あぁやっと平和が戻ってきた、と思っていると続けられて、私は眉を下げた。

「ねぇヴァンツァー。私、貴方が急に出ていって本当に……寂しかったのよ」

「すまない」

「何で冒険者になろうと思ったの……?」

 そうだ、最初にして最大の疑問がそこだ。商売で財をなして国に利益をもたらしても、ちゃんと叙勲される。領地までは分からないけれど……、何も、騎士になるような険しい道を進まなくてもよかった。と、思う。

「あの約束をした日、家に帰って父さんに言った。ミーシャを嫁にもらうと。……笑われてな。農民が貴族と結婚できるわけが無い、と」

「まさか……?」

「あぁ、その時から体を鍛え始めた。剣の代わりに鍬を振って、夜中にこっそり。ある日父さんに見つかって……絞られたが、俺が本気だと悟ると、無理をして簡単な読み書きと数字の本、そして旅立つ時に牛をいくつか潰して、旅費をくれた」

 ヴァンツァーもヴァンツァーなら、お父さんもお父さんだ。きっとヴァンツァーはお父さんに似たに違いない。

「そう、冒険者になれば……金は稼げる。最初はちょっとした便利屋のような事から始めて、魔物と戦うための武器を揃えて、戦って、武器を揃えて……繰り返しの毎日は、まぁ、あまり語っても楽しくない」

「そこで冒険者になろうなんて思うのが分からないのよ……、途中で王宮の騎士団に入ろうとか思わなかったの?」

「思わなかった」

 即答だった。前のめりになって膝に肘をつき、手を組んだ彼はまっすぐに私を見据える。

「功績をあげて、絶対に叙勲される。そう決めていた。他の女にうつつを抜かした事もない。そして……俺は功績になるものを一つ、知っていた」

「まさか……あなた、うちの領が昔荒らされたから……?」

 ヴァンツァーは黙って頷く。

 晩秋のドラゴンには、私が子供の頃に領を焼かれた事がある。酷い惨状で、お父様は蓄えを民に配り、我が家も節制し、国王に援助を願った。

「あの時ミーシャが言った。たくさん人が死ぬのは嫌、飢えさせるのも嫌、でも私はドラゴンに勝てない、助けてヴァンツァー、と」

 覚えている。どうしたって全員は助けられない。何人も死んだ惨状を見た、集合墓地の前で泣いた。

 その時ヴァンツァーだけが隣にいてくれた。そして。

「必ず俺が、倒してやる。ミーシャの事は俺が守る」

 私が思い出を口に出すと、表情を失ったかのようなヴァンツァーが静かに頷いた。

 彼は、これと決めたら必ずやり遂げる。

 そして今目の前に、やり遂げた人がいる。

 私が顔を覆って泣く間、彼は手袋を外してずっと頭を撫でてくれた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。

冷淡姫の恋心

玉響なつめ
恋愛
冷淡姫、そうあだ名される貴族令嬢のイリアネと、平民の生まれだがその実力から貴族家の養子になったアリオスは縁あって婚約した。 そんな二人にアリオスと同じように才能を見込まれて貴族家の養子になったというマリアンナの存在が加わり、一見仲良く過ごす彼らだが次第に貴族たちの慣習や矜持に翻弄される。 我慢すれば済む、それは本当に? 貴族らしくある、そればかりに目を向けていない? 不器用な二人と、そんな二人を振り回す周囲の人々が織りなすなんでもない日常。 ※カクヨム・小説家になろう・Talesにも載せています

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

婚約者を妹に取られた私、幼馴染の〝氷の王子様〟に溺愛される日々

佐藤 美奈
恋愛
エリーゼ・ダグラス公爵家の令嬢は、フレックス・グリムベルク王子と婚約していた。二人の結婚は間近に迫り、すべてが順調に進んでいると思われた。しかし、その幸せは突然崩れ去る。妹のユリア・ダグラスが、フレックスの心を奪ってしまったのだ。婚約破棄の知らせが届くとき、エリーゼは絶望に打ちひしがれた。 「なぜ?」心の中で何度も繰り返した問いに、答えは見つからない。妹に取られたという嫉妬と、深い傷を負ったエリーゼが孤独に沈んでいた。そのとき、カイル・グリムベルク王子が現れる。 彼はエリーゼにとって、唯一の支えであり安らぎの源だった。学園で『氷の王子様』と呼ばれ、その冷徹な態度で周囲を震えさせているが、エリーゼには、その冷徹さとは対照的に、昔から変わらぬ温かい心で接してくれていた。 実は、エリーゼはフレックスとの婚約に苦しんでいた。彼は妹のユリアに似た我儘で気まぐれな性格で、内心では別れを望んでいた。しかし、それを言い出せなかった。

婚約者が肉食系女子にロックオンされています

キムラましゅろう
恋愛
縁故採用で魔法省の事務員として勤めるアミカ(19) 彼女には同じく魔法省の職員であるウォルトという婚約者がいる。 幼い頃に結ばれた婚約で、まるで兄妹のように成長してきた二人。 そんな二人の間に波風を立てる女性が現れる。 最近ウォルトのバディになったロマーヌという女性職員だ。 最近流行りの自由恋愛主義者である彼女はどうやら次の恋のお相手にウォルトをロックオンしたらしく……。 結婚間近の婚約者を狙う女に戦々恐々とするアミカの奮闘物語。 一話完結の読み切りです。 従っていつも以上にご都合主義です。 誤字脱字が点在すると思われますが、そっとオブラートに包み込んでお知らせ頂けますと助かります。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

俺の可愛い幼馴染

SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。 ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。 連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。 感想もご自由にどうぞ。 ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。

母が病気で亡くなり父と継母と義姉に虐げられる。幼馴染の王子に溺愛され結婚相手に選ばれたら家族の態度が変わった。

佐藤 美奈
恋愛
最愛の母モニカかが病気で生涯を終える。娘の公爵令嬢アイシャは母との約束を守り、あたたかい思いやりの心を持つ子に育った。 そんな中、父ジェラールが再婚する。継母のバーバラは美しい顔をしていますが性格は悪く、娘のルージュも見た目は可愛いですが性格はひどいものでした。 バーバラと義姉は意地のわるそうな薄笑いを浮かべて、アイシャを虐げるようになる。肉親の父も助けてくれなくて実子のアイシャに冷たい視線を向け始める。 逆に継母の連れ子には甘い顔を見せて溺愛ぶりは常軌を逸していた。

処理中です...