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1 私は聖女になりました、両親は喜んでいます
アナスタシア・リュークス。リュークス侯爵家の長女で、ノルネイア王国のヴィル・ド・ノルネイア第三王子の婚約者。
ささくれた木の板でできた床の屋根裏部屋にある、軋むベッドの上。つぎはぎだらけの布団で目覚める度に、そんなの嘘だろうと思って心の中で確かめる。
しかし、残念なことに、私の肩書はそれで、現状はこれだ。
私の体には見えないところに無数の鞭打ちの痕があり、ヴィル殿下に嫁入りする時には神殿によって全ての痕跡は抹消される事となっている。
神の奇跡と呼ばれる神学の中には、こうした傷や、怪我、病を治すことができる者がいるという。ならばすぐに治してくれればいいのに、どうせ毎日鞭で打たれるのだからと、連れて行かれた覚えはない。
クローゼットは母が嫁入りした時にもってきた立派なものが、この屋根裏部屋に佇んでおり、私は7着のドレスが与えられていた。
これを着回して、私は生活している。
外に出る時には、或いは来客を迎える時には、使ったこともない立派なベッドの置かれた、絨毯の敷いてある『私の部屋』で応対する。そこには私のサイズの着たことのないドレスや宝飾品が山とあり、なぜこんな無駄なことをするのか、常に疑問に思う。
(今日は……あぁ、外国語の授業だ。先週は青のドレスだったから、緑にしよう)
教師は全て両親の言いなり。私の事を完璧に仕上げるためならば、私を鞭で打つ事も許されている。
これも母のお下がりの、少しひび割れた鏡台の前に座って身だしなみを整えた。私の世話をするメイドなどいない。
涙は遠の昔に涸れた。
私にはヴェロニカという妹がいる。両親の愛情と優しさは、私がお腹の中に忘れてきたせいか、全てヴェロニカに注がれている。
天真爛漫で明るく朗らか、愛される事を知っているから他人にも優しい。私にも。
私のこの境遇を改善するようにと訴えてくれているが、両親がそれを聞き入れることはない。お前は気にしなくていいのだから、と宥められてしまっている。
私にも、ごめんなさいお姉様、と言ってくれる、唯一肉親だと思っている子。可愛いヴェロニカ。
私は長いプラチナブロンドの髪を編み込んでハーフアップにし、薄く化粧をして階下に降りた。赤いルビーの瞳は、私の色素の薄い顔の中でとても目立つが、生気を失っているせいで宝石のように輝くことはない。
ダイニングには誰より早く到着し、末席に座り、家族が入ってくるたびに立ち上がって朝の挨拶をする。これも、躾だ。
(もう、こんな家、逃げ出したい)
世間知らずの私が逃げ出したところで、3食お腹いっぱいご飯が食べられる私が、平民に受け入れられるはずもない。
不幸は比べるものではない。だけど、私の心の中に溜まりに溜まった鬱憤は、思いもよらない形で顕現した。
「うっ……!」
「なんだ、はしたない。朝食の席でそんな声を出すんじゃない」
「まったくだわ。ヴェロニカはこうなってはいけませんよ」
「お、お姉様、どこか痛いの?」
私がカトラリーを取り落として胸を押さえて苦しんでいるのに、両親はこれだ。そして、ヴェロニカだけが心配してくれている。
大丈夫よ、心配ないわと笑いかけたいのに、私の胸はどんどん、焼けるように熱くなり、胸元から金色の模様が肌を這うように伸びてきた。
胸元から首、腕、顔、お腹、脚、背中と全身に刺青のように金色の模様が刻まれる。同時に、鞭打たれた肌が癒えたのが分かった。つねに肌がじんじんと痛む感覚が、熱がおさまると同時に消える。
「これは……?」
私は驚いて自分の腕や手首、手の甲にまで伸びる美しい模様を不安げに見ていた。
「でかしたぞアナスタシア! お前は聖女になった!」
「あぁ、我が家から聖女が出るなんて……! 神様、ありがとうございます!」
父親と母親の喜びよう。妹の驚愕に見開かれた瞳。
私は、聖女になった。……なってしまった。
聖女を輩出した家には、国から多額の年金と、絶対的な地位を約束される。
私はヴィル殿下に嫁ぐための、全ての教育と躾……虐待と呼んでしまおうか。それが無駄になった事を知った。
聖女は純潔のまま神に嫁入りする。
私はこれまでの18年間の全てを犠牲に、神の嫁として神殿に行くことが決まった。
ささくれた木の板でできた床の屋根裏部屋にある、軋むベッドの上。つぎはぎだらけの布団で目覚める度に、そんなの嘘だろうと思って心の中で確かめる。
しかし、残念なことに、私の肩書はそれで、現状はこれだ。
私の体には見えないところに無数の鞭打ちの痕があり、ヴィル殿下に嫁入りする時には神殿によって全ての痕跡は抹消される事となっている。
神の奇跡と呼ばれる神学の中には、こうした傷や、怪我、病を治すことができる者がいるという。ならばすぐに治してくれればいいのに、どうせ毎日鞭で打たれるのだからと、連れて行かれた覚えはない。
クローゼットは母が嫁入りした時にもってきた立派なものが、この屋根裏部屋に佇んでおり、私は7着のドレスが与えられていた。
これを着回して、私は生活している。
外に出る時には、或いは来客を迎える時には、使ったこともない立派なベッドの置かれた、絨毯の敷いてある『私の部屋』で応対する。そこには私のサイズの着たことのないドレスや宝飾品が山とあり、なぜこんな無駄なことをするのか、常に疑問に思う。
(今日は……あぁ、外国語の授業だ。先週は青のドレスだったから、緑にしよう)
教師は全て両親の言いなり。私の事を完璧に仕上げるためならば、私を鞭で打つ事も許されている。
これも母のお下がりの、少しひび割れた鏡台の前に座って身だしなみを整えた。私の世話をするメイドなどいない。
涙は遠の昔に涸れた。
私にはヴェロニカという妹がいる。両親の愛情と優しさは、私がお腹の中に忘れてきたせいか、全てヴェロニカに注がれている。
天真爛漫で明るく朗らか、愛される事を知っているから他人にも優しい。私にも。
私のこの境遇を改善するようにと訴えてくれているが、両親がそれを聞き入れることはない。お前は気にしなくていいのだから、と宥められてしまっている。
私にも、ごめんなさいお姉様、と言ってくれる、唯一肉親だと思っている子。可愛いヴェロニカ。
私は長いプラチナブロンドの髪を編み込んでハーフアップにし、薄く化粧をして階下に降りた。赤いルビーの瞳は、私の色素の薄い顔の中でとても目立つが、生気を失っているせいで宝石のように輝くことはない。
ダイニングには誰より早く到着し、末席に座り、家族が入ってくるたびに立ち上がって朝の挨拶をする。これも、躾だ。
(もう、こんな家、逃げ出したい)
世間知らずの私が逃げ出したところで、3食お腹いっぱいご飯が食べられる私が、平民に受け入れられるはずもない。
不幸は比べるものではない。だけど、私の心の中に溜まりに溜まった鬱憤は、思いもよらない形で顕現した。
「うっ……!」
「なんだ、はしたない。朝食の席でそんな声を出すんじゃない」
「まったくだわ。ヴェロニカはこうなってはいけませんよ」
「お、お姉様、どこか痛いの?」
私がカトラリーを取り落として胸を押さえて苦しんでいるのに、両親はこれだ。そして、ヴェロニカだけが心配してくれている。
大丈夫よ、心配ないわと笑いかけたいのに、私の胸はどんどん、焼けるように熱くなり、胸元から金色の模様が肌を這うように伸びてきた。
胸元から首、腕、顔、お腹、脚、背中と全身に刺青のように金色の模様が刻まれる。同時に、鞭打たれた肌が癒えたのが分かった。つねに肌がじんじんと痛む感覚が、熱がおさまると同時に消える。
「これは……?」
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「あぁ、我が家から聖女が出るなんて……! 神様、ありがとうございます!」
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私は、聖女になった。……なってしまった。
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