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本編
9 絶交宣言
客間には王族の来訪とあって、お父様、モーガン様とマリア、そして私と揃い踏みだった。
そこにフィリップ王子が入ってくる。
王子は濡羽色の髪に紫紺の瞳をした怜悧な印象の、まさしく理想的な王子様で、婚約者がいないから皇太子になっていないだけで次期国王である事は国民ならば誰でも知っているような聡明な方だった。
フィリップ王子とは何度かパーティーで顔を合わせている。王子はまず私に微笑みかけ、厳しい目をモーガン様に向けた。モーガン様が戸惑っているのを見たが、この方に蕩けるように微笑まれてぽうっとしないでいられるだろうか。
久しぶりに、他人から……使用人以外から、優しくされた喜びもあった。微笑まれただけで、硬く閉じていた心が綻びかける。しかし、モーガン様の親友なのだ、彼は。
ここでの会話はきっと私にとって苦痛以外の何ものでもないだろう。一瞬浮き立った心が、その考えでまた沈んでいく。
「ようこそいらっしゃいました、フィリップ王子」
お父様が代表して挨拶をし、私たちも立ち上がって礼をした。王子が席についてから、私たちもまた座り直す。
「堅苦しいのはよそう。私は今日、2つの宣言をしにきた」
「と、言われますと……?」
お父様は何もしらない。予算管理も人事も家の事は私がやっていたし、引き篭もってからは執事と侍従長、侍女頭が引き継いでくれていたからだ。
「まずはモーガン、マリア嬢、婚約おめでとう。そして、二度と貴様らとは公的な場を除いて顔を合わせる事はない。絶交だ」
「なっ……?!」
「い、一体どういう事ですの、モーガン様……?」
驚き固まったモーガンと、そのモーガンに何故と泣きそうに尋ねるマリアは放って置き、今度はフィリップ王子は私を見て微笑んだ。
そしてお父様を見て、次の宣言をする。
「スカーレット伯爵、貴殿の娘、ジュリア・スカーレット伯爵令嬢を私の伴侶として迎え入れたい」
「な、なんですと……?! しかしジュリアには、その……性格に難が……」
「そんな物は無い。なんだ、伯爵も碌に調査もしなかったのか……嘆かわしい」
「は、と申しますと……?」
顔をしかめたフィリップ王子の様子にお父様が慌てて訝しんで機嫌を伺う。同時に、モーガン様とマリアを横目に見る。
「私の調査によれば、ジュリア嬢は御母堂が亡くなられた後も女主人代行として喪中を取り仕切り、その後も家裁の一切を引き受け、マリア嬢はそれを手伝いもせずに部屋に引きこもっていた。そして、好きなように菓子を食べ、喪中であっても豪奢な晩餐を一人とっていたと聞く。その後も部屋に引き篭もり、好き勝手し、モーガンはそんな事も知らずに婚約者のジュリアではなくマリアを憐れんで贈り物をして……その上マリアはジュリアに虐められていると言っていたそうだ。……ちょっと出入りの商人やこの家の使用人を調べればこの位は簡単に裏が取れる。モーガンとは、裏を取らなかった場合は絶交する約束だったからな。親友だと思っていたが、あまりの愚かさに付き合う気が失せた」
フィリップ王子は淡々と告げたが、お父様には青天の霹靂だったらしい。
たしかにお父様にとったら公爵家に相応しい娘を育てたのに妹に無体を働く姉、と当の公爵家の子息から言われたのだ。それを信じない訳にはいかなかったのは理解できるけれど、もう少しだけ……私にも愛情を向けて欲しかったと思う。
「私は教養と美しさを兼ね備えたジュリア嬢を、モーガンの婚約者でなければいつでも迎え入れたいと思っていた。……だから誰とも婚約しなかった。ジュリア嬢以上の女性と出会えなかったからだ」
フィリップ王子は私の前にやってくると、膝をついて痩せた手を取った。こんなにみすぼらしい私でも、まだ美しいと言ってくれることに涙が溢れた。
「どうか私と婚約を、ジュリア・スカーレット伯爵令嬢」
「…………はい」
私が余りの感激に片手で口元を覆って涙ながらに頷くと、彼が手にした手の甲に唇が落とされた。
「スカーレット伯爵、異論は無いな?」
「も、もちろんです……」
しかし、異論があったのはお父様では無かったのだ。
「嘘よ! そんなの全部でたらめだわ! フィリップ王子、姉では無く私を選んでください!」
王子の前で、お父様の前で、そして公爵家の子息であり婚約者であるモーガン様の前で、マリアは天使の仮面を脱ぎ捨てて絶叫した。
そこにフィリップ王子が入ってくる。
王子は濡羽色の髪に紫紺の瞳をした怜悧な印象の、まさしく理想的な王子様で、婚約者がいないから皇太子になっていないだけで次期国王である事は国民ならば誰でも知っているような聡明な方だった。
フィリップ王子とは何度かパーティーで顔を合わせている。王子はまず私に微笑みかけ、厳しい目をモーガン様に向けた。モーガン様が戸惑っているのを見たが、この方に蕩けるように微笑まれてぽうっとしないでいられるだろうか。
久しぶりに、他人から……使用人以外から、優しくされた喜びもあった。微笑まれただけで、硬く閉じていた心が綻びかける。しかし、モーガン様の親友なのだ、彼は。
ここでの会話はきっと私にとって苦痛以外の何ものでもないだろう。一瞬浮き立った心が、その考えでまた沈んでいく。
「ようこそいらっしゃいました、フィリップ王子」
お父様が代表して挨拶をし、私たちも立ち上がって礼をした。王子が席についてから、私たちもまた座り直す。
「堅苦しいのはよそう。私は今日、2つの宣言をしにきた」
「と、言われますと……?」
お父様は何もしらない。予算管理も人事も家の事は私がやっていたし、引き篭もってからは執事と侍従長、侍女頭が引き継いでくれていたからだ。
「まずはモーガン、マリア嬢、婚約おめでとう。そして、二度と貴様らとは公的な場を除いて顔を合わせる事はない。絶交だ」
「なっ……?!」
「い、一体どういう事ですの、モーガン様……?」
驚き固まったモーガンと、そのモーガンに何故と泣きそうに尋ねるマリアは放って置き、今度はフィリップ王子は私を見て微笑んだ。
そしてお父様を見て、次の宣言をする。
「スカーレット伯爵、貴殿の娘、ジュリア・スカーレット伯爵令嬢を私の伴侶として迎え入れたい」
「な、なんですと……?! しかしジュリアには、その……性格に難が……」
「そんな物は無い。なんだ、伯爵も碌に調査もしなかったのか……嘆かわしい」
「は、と申しますと……?」
顔をしかめたフィリップ王子の様子にお父様が慌てて訝しんで機嫌を伺う。同時に、モーガン様とマリアを横目に見る。
「私の調査によれば、ジュリア嬢は御母堂が亡くなられた後も女主人代行として喪中を取り仕切り、その後も家裁の一切を引き受け、マリア嬢はそれを手伝いもせずに部屋に引きこもっていた。そして、好きなように菓子を食べ、喪中であっても豪奢な晩餐を一人とっていたと聞く。その後も部屋に引き篭もり、好き勝手し、モーガンはそんな事も知らずに婚約者のジュリアではなくマリアを憐れんで贈り物をして……その上マリアはジュリアに虐められていると言っていたそうだ。……ちょっと出入りの商人やこの家の使用人を調べればこの位は簡単に裏が取れる。モーガンとは、裏を取らなかった場合は絶交する約束だったからな。親友だと思っていたが、あまりの愚かさに付き合う気が失せた」
フィリップ王子は淡々と告げたが、お父様には青天の霹靂だったらしい。
たしかにお父様にとったら公爵家に相応しい娘を育てたのに妹に無体を働く姉、と当の公爵家の子息から言われたのだ。それを信じない訳にはいかなかったのは理解できるけれど、もう少しだけ……私にも愛情を向けて欲しかったと思う。
「私は教養と美しさを兼ね備えたジュリア嬢を、モーガンの婚約者でなければいつでも迎え入れたいと思っていた。……だから誰とも婚約しなかった。ジュリア嬢以上の女性と出会えなかったからだ」
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「どうか私と婚約を、ジュリア・スカーレット伯爵令嬢」
「…………はい」
私が余りの感激に片手で口元を覆って涙ながらに頷くと、彼が手にした手の甲に唇が落とされた。
「スカーレット伯爵、異論は無いな?」
「も、もちろんです……」
しかし、異論があったのはお父様では無かったのだ。
「嘘よ! そんなの全部でたらめだわ! フィリップ王子、姉では無く私を選んでください!」
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