ETERNAL WAVE

夢想PEN

文字の大きさ
1 / 5
第1章

静かなる地鳴り

しおりを挟む
東京湾の水平線が、微かに震えていた。
冬の澄んだ朝の光が、湾岸のビル群をまばゆく照らしている。だが、その明るさの下で、誰も気づかない地殻の呼吸が続いていた。

最初に異変を感じたのは、誰でもなかった。
ただ、風だった。海をなでる風が、かすかに波のリズムを見失い、陸に向かって語りかけていた。

それに耳を澄ます者が、一人だけいた。

少女の名は、葵 結芽(あおいゆめ)。
高校二年生。東京都杉並区の古びた木造家屋に、祖母と二人で暮らしている。今の東京では珍しい、五十年ものの家。家の前には細い用水路が流れ、縁側には冬でも緑の葉をつける南天の鉢が置かれていた。

この家には不思議な静けさがあった。外の喧騒とはまるで隔絶されたような、時間が止まったような感覚。結芽は小さなころから、それを“落ち着く”と感じていたが、それが何を意味するのか、深く考えたことはなかった。

だが最近、その“静けさ”に、ひとつの“ざわめき”が交じり始めていた。

夜、寝床に入ると、耳の奥でささやくような音がする。

それは言葉ではない。だけど、たしかに何かが語りかけている。

「……また、夢?」

結芽はそうつぶやいて、顔をしかめた。

夢の中には、奇妙な光景が現れる。巨大な階段状の神殿、透き通るような青い水に浮かぶ都市、そして、言葉を交わさずに心が通じ合う人々。

まるで、どこかの未来都市か、古代文明のような風景。

しかし、結芽にとってそれは“懐かしさ”のような感情を伴っていた。

「知らないはずなのに、知ってる感じ……」

その感覚は、学校でもふとした瞬間に襲ってくる。
黒板の上に射し込む光の角度、風がカーテンを揺らすタイミング。
すべてが、すでに“経験したこと”のように思えてならなかった。

ある日、社会の授業中。教師が黒板に「失われた文明と神話」という単元名を書いたとき、結芽の胸の奥が突然ざわついた。

「アトランティス、レムリア、ムー……。これらはいわゆる“幻の大陸”と呼ばれ、存在が確認されていない架空の文明とされています」

ムー、という言葉を聞いた瞬間だった。

結芽の頭の中に、青白い塔の映像が閃いた。塔の頂上に立つ人影。風に揺れる白い衣。すべてが一瞬で過ぎ去ったが、その映像はあまりに鮮明だった。

「……見たことある」

思わず口をついて出た言葉に、隣の席の蓮が顔を向けた。

「え? 今なんて?」

「……いや、なんでもない」

結芽はあわてて目をそらした。

蓮(れん)は物静かな男子生徒で、同じ文芸部に所属している。結芽にとっては、唯一“話が通じる”相手だった。

授業が終わると、蓮が話しかけてきた。

「さっきの、ムーの話。興味ある?」

「うん。……なんか、知ってる気がして」

「君も?」

蓮のその言葉に、結芽は驚いた。

「僕も、夢で見たことがあるんだ。海の中に沈んだ都市、心がつながる人々の世界。……変だよね?」

二人は視線を交わした。言葉にしなくても、何かが通じ合った瞬間だった。

それから、二人は放課後の図書室で、ムー文明についての調査を始めた。

古い民間伝承の記録、考古学的な仮説、チャーチワードの著書などを読み漁るうちに、ある奇妙な共通点が浮かび上がった。

「日本列島が、もともとムー大陸の一部だった可能性……?」

蓮が読み上げたその一文に、結芽の鼓動が高鳴った。

「じゃあ、もしムー人が日本に渡ってたとしたら……?」

「もしかして、私たちは……その末裔?」

その可能性が冗談では済まされないほど、確かなものに感じられてくる。

それと同時に、結芽の中で“夢”の頻度が増していった。

ある晩の夢。

彼女は水の中を漂っていた。けれど息苦しくはなかった。

目の前には、青い光でできた円環の建物が浮かんでいる。その中心には、巨大な“心臓”のような光球が脈動していた。

そして、声なき声が響く。

「我らが眠りし理由を、今こそ汝に明かさん」
「愚かな争いを繰り返す者たちに、静けさを取り戻すために」

その言葉の意味は、夢から覚めたあとも胸の奥に焼きついていた。

「……眠ってた? 誰が?」

まるで、何かが“今”動き始めている――そんな気がしてならなかった。

翌朝、結芽は祖母に尋ねてみた。

「ねぇ、おばあちゃん。ムーって知ってる?」

祖母は驚いたような顔をしたあと、ゆっくりとうなずいた。

「懐かしい名前じゃ。……あんた、夢を見とるんじゃろ?」

「え……どうして……?」

祖母はふっと目を細めて、縁側に座り直した。

「この家系は、昔から“声を持たぬ記憶”を受け継ぐ者なんじゃ。ムーはただの伝説じゃない。……ワシらにとっては、“沈めた記憶”じゃよ」

結芽は息を呑んだ。

「おばあちゃんは、見たの?」

「昔はの。……けれど、年を取ると波が届かなくなる」

祖母はそう言って、結芽の頭を優しく撫でた。

「けれど、あんたには聞こえとるんじゃろ。……心の波が」

その瞬間、結芽の中で何かが“開いた”。

音のない鐘の音のように、身体の内側から広がる波動。

「……はじまる」

彼女は、理由もなく、そう確信していた。

その日の午後。那覇港沖にて。

海底探査チームが、異常な地殻膨張を観測する。
地下深くに、巨大な空洞があることが判明し、その中心から弱い磁場の波動が発せられていた。

解析にあたった海洋研究所は、驚くべき報告を出す。

「海底下に、明らかに“人工的な構造体”が存在します。……これは、我々の文明以前の何かです」

その報告とほぼ同時に、日本各地では原因不明の“低周波耳鳴り”を訴える市民が続出する。

しかし、結芽にはそれが耳鳴りではなかった。

それは、確かに「呼びかけ」だった。

沈んだ記憶が、ゆっくりと、音もなく――浮上を始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)その後

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合つまた。 その後、大学を卒業した祐輔(ユウスケ)の新たなストーリーが始まった。 全15話を予定

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...