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夢想PEN

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第2章

記憶の波動

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あの日の夢は、あまりに鮮明だった。
静かな海の底、無数の光が渦を巻き、そこから浮かび上がる黒い影。巨大な何かが、深い眠りから目覚めようとしている──そんな感覚。

結芽は、夢の余韻がまだ残るまま、朝の光に目を細めた。
昨日から胸の奥がざわついていた。説明のできない不安と期待。まるで何かが、内側から呼びかけてくるような、得体の知れない“波動”がある。

「地震……?」

結芽はテレビをつけた。朝のニュース速報が画面を赤く縁取っていた。

「昨夜未明、沖縄本島南方沖で観測史上にない微細な地殻変動を検出。那覇港沖で複数の地磁気異常が発生しており、気象庁は原因の特定を急いでいます」

キャスターの声が続くが、結芽の頭にはほとんど入ってこなかった。
胸の奥のざわめきが、警告のように鼓膜を打ち続けていた。


学校では、誰もが「那覇沖の異常」で話題が持ち切りだった。
が、それはあくまで「自然現象」程度のものと扱われ、笑いのネタになっていた。

「地殻変動ってさー、要するにプレートがズレただけじゃん?」

「地震でも起きんの? 南海トラフとかだったらヤバくね?」

そんな言葉の断片を聞きながら、結芽は言い知れぬ違和感を抱え続けていた。
地面の奥で、何か“本当に大きなもの”が動いている──そんな感覚。

下校の時間、彼女のスマートフォンに知らないアドレスからメールが届いた。

件名:あなたへ。
本文:
夢に導かれし者へ。
海は語り、記憶は目覚める。
那覇に行って、源一郎博士に会え。

それは、明らかに常識の範疇を超えたメッセージだった。だが、結芽の心は不思議と拒まなかった。むしろ、どこかで待ち続けていた言葉のようにすら思えた。


翌日。那覇行きの飛行機に乗るなど、これまでの彼女なら絶対に考えなかった行動だった。
だが、チケットの手配から宿泊先の予約まで、まるで誰かに導かれるように、ことはすんなりと進んだ。
祖母も心良く、行っておいでと背中を押した。

空港に降り立った結芽を迎えたのは、古びた名刺を掲げた男だった。
白髪混じりの無精髭、深い皺に縁取られた眼差しは、どこか遠くを見ていた。
博士には、あのメールが来た後にコンタクトを取っていた。
待っていたかと言わんばかりに、博士と会える事になった。

「葵結芽さん……だね? 君も“見た”のか」

「あなたが……源一郎博士?」

「そうだ。地質学者をしている。だが最近は──もっと深いものに取り組んでいてね」

源一郎博士は、彼女を那覇港近くの海洋調査研究所へと案内した。
そこでは、数日来続いているという異常地磁気データや、地殻の微小変動、プレートの断層線付近での音波共鳴などが分析されていた。

「ここを見たまえ」

博士が差し出したのは、三日前の海底地形の三次元マップだった。
その一角──沖合い約二十キロに、ゆっくりと隆起する“平坦な山塊”が浮き上がっていた。

「これは……?」

「地震活動ではない。熱源もない。だが地形が変わっている。しかも、その下層から、かすかに人工的な反響が返ってくる。まるで、都市のような構造物が……」

博士は、声を低く落とす。

「これは“地震”ではない。私は……これは、“目覚め”だと考えている」

「目覚め?」

「君も夢を見ただろう?」

結芽の動きが止まる。博士の目は鋭くなった。

「蒼い光、大陸と沈む都市、声……そういう夢じゃないか?」

彼女は、うなずいた。博士は納得したように、静かに息を吐く。

「私の夢にも、それが現れる。実を言うと、私の祖父も、同じ夢を繰り返し見ていた。私の家系は、代々“ムーの夢を見る”と呼ばれていた。遺伝のようなものだと、ずっと思っていたが……違う。これは記憶だ。もっと根源的な、太古から続く“血の波動”なんだ」

博士の背後のスクリーンでは、海底の地図が回転していた。
人工衛星からの映像では、その海域はなぜか“完全なノイズ”になっていた。映らない。測れない。海底地図が突然歪む。

「これが、“共鳴域”だ。我々共鳴者が反応する範囲。だが、共鳴できない者──つまり、一般の人間や外国人にはこの異変が見えない。接近すらできない」

「なぜ……日本人だけが?」

「それはまだわからない。ただひとつ確かなのは、君と私のように、“夢を見た者”にしか、この場所は開かれない」

その夜、研究所の簡易宿舎で、結芽は再び夢を見た。

今度ははっきりと──
螺旋階段を昇る白い服の女、彼女が振り返り、こう言った。

《目覚めよ。あなたの中の“ムー”が、揺れ始めている》

結芽は飛び起きた。耳元に、音のような、声のような、波動が残っていた。

外を見る。
那覇港の沖。黒く揺れる海。その中央に、蒼白く一筋の光が、まるで呼吸するように、微かに浮かび上がっていた。

ムーは、確かにそこにある。
そしてそれは、彼女を知っていた。
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