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第5章
共鳴の芽吹き
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目覚めは、静かに、しかし確実に広がっていた。
那覇港沖の不可解な地殻変動は、政府発表では「局地的なプレートの緩み」とされたが、現場では異様な静けさが続いていた。専門家たちの間でも“説明できない静穏”として警戒されていたが、メディアはそれを扱わなかった。
一方、夢を見る者たちの声は、密かに、しかし着実に増えていた。
「見知らぬ都市を夢で見た」
「心が、誰かの記憶に触れている気がする」
「言葉じゃなく、気持ちが伝わる感覚……怖いけど、どこか懐かしい」
それらの声は、ある匿名のSNSアカウントに集まり始めていた。
結芽が源一郎博士とともに立ち上げた、「共鳴記録アーカイブ」と名付けられたそのアカウントは、体験談の投稿と解析を目的とした非公式の記録所だった。
はじめは結芽自身の夢を記した投稿だけだったが、それに共鳴するかのように全国から「私も同じ都市を見た」
「蒼い光が胸に流れ込んできた」などの報告が届き始めた。
メディアでは触れられない“個人の異変”が、ネットという水脈を通して繋がり始めていた。
共鳴──としか呼びようのないその感覚は、那覇市内の高校にも浸透していた。
源一郎博士の手配で、結芽は短期的に那覇市内の高校へ“地学研修生”として通うことになった。名目は調査補助だったが、実際には共鳴の兆候を持つ若者との接触が目的だった。
ある日、昼休みの教室で、隣に座っていた女子生徒──南雲彩乃が声をかけてきた。
「ねえ、蒼い都市を夢で見たこと、ある?」
唐突だったが、確信に満ちていた。
結芽は頷いた。
「……あるよ。何度も。誰にも言ってないのに、どうして?」
彩乃は目を見開き、そして静かに笑った。
「昨日の夜、“共鳴記録アーカイブ”ってアカウントにたどり着いたの。そこに書いてあった夢の内容……私の見たものと全く同じだった。だから……聞いてみたの」
それは偶然ではなかった。
ネット上に流れた結芽の記録が、“覚醒の兆候を持つ者”を引き寄せていたのだ。
「最初は怖かった。でも、ひとりじゃないって分かったとき……ほっとした」
結芽は、ふと手を差し出した。
彩乃がそっと触れた瞬間、感情が重なった。
──荘厳な大理石の柱。光に包まれた神殿。流れ込む記憶。
夢で見た光景が、言葉を使わずに共有された。
「……これが、共鳴なんだね」
「うん。でも、きっとこれは始まりにすぎないと思う。」
それから彩乃は結芽とともに博士の研究所を訪れ、そこで初めて霧島凛と対面した。
凛は静かに彩乃の夢を聞き、まるで以前から見ていたかのように言葉を返した。
「記憶の殿堂を見たのね。あなたの魂が、かつてそこにあった証拠よ」
それをきっかけに、“共鳴記録アーカイブ”にはますます投稿が集まり始めた。投稿者の多くが、九州や沖縄、奄美などを中心に、本土にまで範囲が広がっていた。
彼らは夢の中で似たような都市、声、感情を共有していた。
やがて共鳴者たちはネットだけでは満足できず、現地に集まるようになった。
那覇市内にある小さなホールで、結芽たちは定期的な「共鳴会」を開くようになった。
そこでは夢の断片や感情を共有し合い、互いに共鳴の深度を確認する。
凛はそのたびに夢の意味を言語化し、記憶の地図を広げていった。
「螺旋階段を降りる夢は、かつて魂が巡った“識の回廊”」
「赤い光の扉は、“忘却の結界”を越える合図」
凛の解釈は、聞く者の心に深く沁み、夢が単なる幻ではなく“記憶”であるという確信を植え付けていった。
一方、共鳴者の増加は社会にも異変をもたらし始めた。
──クラス全体が無言で同時に涙を流す。
──職場で無言のうちに意思疎通が成立する。
──突発的に集団が同じ行動を取る“共鳴現象”の拡大。
教育機関では「共鳴者の情緒干渉」が問題視され始めたが、博士はそれを否定した。
「恐れる必要はない。これは人類がかつて持っていた“意識の共有手段”の復活だ」
「文明とは、心をどうつなぐかという選択だ。ムーは共鳴によってそれを実現していた。私たちはそれを思い出しつつある」
凛の語るムーの記憶は、単なる空想ではなかった。
彼女自身が“記録の巫女”のような存在として、過去と現在を橋渡ししていた。
その夜、港を歩きながら、彩乃が言った。
「共鳴って、進化なのかな?」
「たぶん、再生とか復活だと思う。忘れていたものを取り戻してるんだよ、みんなで」
風が止まり、海面が鏡のように静まった。
その向こうで──目覚めが近づいていた。
深夜、凛は独り、港の突堤に立っていた。
海の底から、かすかに蒼い光が立ち上る。
彼女は目を閉じ、ゆっくりと呟いた。
「もうすぐ……扉が開く」
那覇港沖の不可解な地殻変動は、政府発表では「局地的なプレートの緩み」とされたが、現場では異様な静けさが続いていた。専門家たちの間でも“説明できない静穏”として警戒されていたが、メディアはそれを扱わなかった。
一方、夢を見る者たちの声は、密かに、しかし着実に増えていた。
「見知らぬ都市を夢で見た」
「心が、誰かの記憶に触れている気がする」
「言葉じゃなく、気持ちが伝わる感覚……怖いけど、どこか懐かしい」
それらの声は、ある匿名のSNSアカウントに集まり始めていた。
結芽が源一郎博士とともに立ち上げた、「共鳴記録アーカイブ」と名付けられたそのアカウントは、体験談の投稿と解析を目的とした非公式の記録所だった。
はじめは結芽自身の夢を記した投稿だけだったが、それに共鳴するかのように全国から「私も同じ都市を見た」
「蒼い光が胸に流れ込んできた」などの報告が届き始めた。
メディアでは触れられない“個人の異変”が、ネットという水脈を通して繋がり始めていた。
共鳴──としか呼びようのないその感覚は、那覇市内の高校にも浸透していた。
源一郎博士の手配で、結芽は短期的に那覇市内の高校へ“地学研修生”として通うことになった。名目は調査補助だったが、実際には共鳴の兆候を持つ若者との接触が目的だった。
ある日、昼休みの教室で、隣に座っていた女子生徒──南雲彩乃が声をかけてきた。
「ねえ、蒼い都市を夢で見たこと、ある?」
唐突だったが、確信に満ちていた。
結芽は頷いた。
「……あるよ。何度も。誰にも言ってないのに、どうして?」
彩乃は目を見開き、そして静かに笑った。
「昨日の夜、“共鳴記録アーカイブ”ってアカウントにたどり着いたの。そこに書いてあった夢の内容……私の見たものと全く同じだった。だから……聞いてみたの」
それは偶然ではなかった。
ネット上に流れた結芽の記録が、“覚醒の兆候を持つ者”を引き寄せていたのだ。
「最初は怖かった。でも、ひとりじゃないって分かったとき……ほっとした」
結芽は、ふと手を差し出した。
彩乃がそっと触れた瞬間、感情が重なった。
──荘厳な大理石の柱。光に包まれた神殿。流れ込む記憶。
夢で見た光景が、言葉を使わずに共有された。
「……これが、共鳴なんだね」
「うん。でも、きっとこれは始まりにすぎないと思う。」
それから彩乃は結芽とともに博士の研究所を訪れ、そこで初めて霧島凛と対面した。
凛は静かに彩乃の夢を聞き、まるで以前から見ていたかのように言葉を返した。
「記憶の殿堂を見たのね。あなたの魂が、かつてそこにあった証拠よ」
それをきっかけに、“共鳴記録アーカイブ”にはますます投稿が集まり始めた。投稿者の多くが、九州や沖縄、奄美などを中心に、本土にまで範囲が広がっていた。
彼らは夢の中で似たような都市、声、感情を共有していた。
やがて共鳴者たちはネットだけでは満足できず、現地に集まるようになった。
那覇市内にある小さなホールで、結芽たちは定期的な「共鳴会」を開くようになった。
そこでは夢の断片や感情を共有し合い、互いに共鳴の深度を確認する。
凛はそのたびに夢の意味を言語化し、記憶の地図を広げていった。
「螺旋階段を降りる夢は、かつて魂が巡った“識の回廊”」
「赤い光の扉は、“忘却の結界”を越える合図」
凛の解釈は、聞く者の心に深く沁み、夢が単なる幻ではなく“記憶”であるという確信を植え付けていった。
一方、共鳴者の増加は社会にも異変をもたらし始めた。
──クラス全体が無言で同時に涙を流す。
──職場で無言のうちに意思疎通が成立する。
──突発的に集団が同じ行動を取る“共鳴現象”の拡大。
教育機関では「共鳴者の情緒干渉」が問題視され始めたが、博士はそれを否定した。
「恐れる必要はない。これは人類がかつて持っていた“意識の共有手段”の復活だ」
「文明とは、心をどうつなぐかという選択だ。ムーは共鳴によってそれを実現していた。私たちはそれを思い出しつつある」
凛の語るムーの記憶は、単なる空想ではなかった。
彼女自身が“記録の巫女”のような存在として、過去と現在を橋渡ししていた。
その夜、港を歩きながら、彩乃が言った。
「共鳴って、進化なのかな?」
「たぶん、再生とか復活だと思う。忘れていたものを取り戻してるんだよ、みんなで」
風が止まり、海面が鏡のように静まった。
その向こうで──目覚めが近づいていた。
深夜、凛は独り、港の突堤に立っていた。
海の底から、かすかに蒼い光が立ち上る。
彼女は目を閉じ、ゆっくりと呟いた。
「もうすぐ……扉が開く」
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