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第一章 アーウェン幼少期
少年は受け入れられる ③
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そんな劣悪な生活の中、幼いアーウェンの命を救ったのは、男爵家唯一の使用人である通いの家政婦である。
それも男爵家で働く時間は最低限に抑えられているためにもらう給金は安すぎて、他の裕福な平民の家でやはり通いの家政婦として働いた分とを合わせてやっとまともな生活を送れているのに、ほんのわずかずつ貯めていた金をアーウェンのために薬に替えた。
夫はサウラス男爵家の待遇の悪さをよくは思っていなかったが、家の──少なくとも敷地内から出してもらえない栄養失調の末子のことを知ってからは、口を出すことだけはしない。
本当は自分の持っていく弁当でも果物でも与えてやりたい──だがそれを実践したために、次の通いの日に暗い表情で腫れた頬が治りきらない幼児を見て、自分の考えが男爵の怒りを引き出したことに恐れをなして、それ以来は見て見ぬふりをするようになってしまった。
それでもやはり熱でフラフラしながら家政婦の仕事を手伝おうとする幼児を慌てて寝具に寝かしつけ、本来ならひとりでできることを年端もいかない子供なんかに背負わせていたことを後悔しながら、その日はすべての仕事をひとりでこなした。
「このまんまじゃぁ、坊ちゃんが死んじゃいますよ?さすがにお生まれは届け出てるんでしょ?お貴族様の家で、小さい子がいなくなったなんて言ったらぁ……」
「クッ……す、好きにするがいい……ただし三日間だけだぞ!それ以上はどれだけ働こうと、金は払わんからな!」
そういって男爵は主寝室を衝立で区切っただけの執務スペースから家政婦を追い出す。
それに比べると、アーウェンが寝かされていたのは元は次男や三男と一緒だったこの家のサロンをさらに区切って作った小部屋だったが、そこには小さなベッドと寝具しかなく、椅子や机すら置けないほどの狭さだった。
何を思って窓すらない壁側を選んで区切ったのかといえば、それは確かに男爵がアーウェンの存在を隠したいと思ったのかもしれない。
衛生的にも感心できないその部屋で寝起きはさせていたが、さすがに家政婦が言ったことは正論で、貴族図鑑と呼ばれる本には代々の貴族が漏らさず載り、アーウェンももちろん生誕時に記録されている。
それが理由もなく姿を消すということは、たとえ貧乏男爵と言えども追及を逃れられない。
成人するかそれに近い歳になれば、自分の意思で貴族籍を抜けたことにして『存在を消す』ことはできるかもしれないが、三歳の男爵家子息が病死や行方不明になどになれば──間違いなく王属貴族院から原因究明のために調査員が派遣され、末子を劣悪な環境で下男として扱っていたことが明るみに出てしまうだろう。
結果的に産まれてからほとんど薬を与えられていなかったアーウェンの小さい身体は、家政婦の買ってきた弱い治癒薬でも十分に効いてくれ、何とか回復に向かって伯爵家に引き取られるまで生き延びられたのだ。
それらがなぜターランド家に知られることになったのか──けっして家政婦があちこちに吹聴して回ったわけではない。
むしろ男爵家の『秘密』を洩らしたのが自分だと断罪されれば、次に貴族の家で雇われることは難しかったから、どんなにひどい待遇でも勤めている間は無口になるのが使用人階級での鉄則だ。
だがその法則を破らざるを得ないものがあるとすれば──人道的罪悪感を抉られ、給金の一年分を目の前に出され、次の就職口を斡旋してもらった場合かもしれない。
それも男爵家で働く時間は最低限に抑えられているためにもらう給金は安すぎて、他の裕福な平民の家でやはり通いの家政婦として働いた分とを合わせてやっとまともな生活を送れているのに、ほんのわずかずつ貯めていた金をアーウェンのために薬に替えた。
夫はサウラス男爵家の待遇の悪さをよくは思っていなかったが、家の──少なくとも敷地内から出してもらえない栄養失調の末子のことを知ってからは、口を出すことだけはしない。
本当は自分の持っていく弁当でも果物でも与えてやりたい──だがそれを実践したために、次の通いの日に暗い表情で腫れた頬が治りきらない幼児を見て、自分の考えが男爵の怒りを引き出したことに恐れをなして、それ以来は見て見ぬふりをするようになってしまった。
それでもやはり熱でフラフラしながら家政婦の仕事を手伝おうとする幼児を慌てて寝具に寝かしつけ、本来ならひとりでできることを年端もいかない子供なんかに背負わせていたことを後悔しながら、その日はすべての仕事をひとりでこなした。
「このまんまじゃぁ、坊ちゃんが死んじゃいますよ?さすがにお生まれは届け出てるんでしょ?お貴族様の家で、小さい子がいなくなったなんて言ったらぁ……」
「クッ……す、好きにするがいい……ただし三日間だけだぞ!それ以上はどれだけ働こうと、金は払わんからな!」
そういって男爵は主寝室を衝立で区切っただけの執務スペースから家政婦を追い出す。
それに比べると、アーウェンが寝かされていたのは元は次男や三男と一緒だったこの家のサロンをさらに区切って作った小部屋だったが、そこには小さなベッドと寝具しかなく、椅子や机すら置けないほどの狭さだった。
何を思って窓すらない壁側を選んで区切ったのかといえば、それは確かに男爵がアーウェンの存在を隠したいと思ったのかもしれない。
衛生的にも感心できないその部屋で寝起きはさせていたが、さすがに家政婦が言ったことは正論で、貴族図鑑と呼ばれる本には代々の貴族が漏らさず載り、アーウェンももちろん生誕時に記録されている。
それが理由もなく姿を消すということは、たとえ貧乏男爵と言えども追及を逃れられない。
成人するかそれに近い歳になれば、自分の意思で貴族籍を抜けたことにして『存在を消す』ことはできるかもしれないが、三歳の男爵家子息が病死や行方不明になどになれば──間違いなく王属貴族院から原因究明のために調査員が派遣され、末子を劣悪な環境で下男として扱っていたことが明るみに出てしまうだろう。
結果的に産まれてからほとんど薬を与えられていなかったアーウェンの小さい身体は、家政婦の買ってきた弱い治癒薬でも十分に効いてくれ、何とか回復に向かって伯爵家に引き取られるまで生き延びられたのだ。
それらがなぜターランド家に知られることになったのか──けっして家政婦があちこちに吹聴して回ったわけではない。
むしろ男爵家の『秘密』を洩らしたのが自分だと断罪されれば、次に貴族の家で雇われることは難しかったから、どんなにひどい待遇でも勤めている間は無口になるのが使用人階級での鉄則だ。
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