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第一章 アーウェン幼少期
伯爵は激しく怒る ①
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その来訪者の知らせは、王宮ではなく自宅の書斎で書類仕事をしていたターランド伯爵の顔を曇らせるのに十分だった。
曇らせるというのは間違いかもしれない──どちらかというと、嫌悪感が強いのを見て取り、バラットは注意の咳ばらいをする。
来訪者の名は──ジェニグス・ターラ・サウラス男爵。
先に訪問日時を尋ねる先払いもしなかったくせに、ご丁寧にも『我が最愛の息子の処遇について』と伝達を携えているという。
「『最愛』とは皮肉なことを……いったい何の用だというのだ?アーウェンとはもう縁が切れたものとするのが条件だったはずだが……」
「それがおかしなことを申しておりまして……」
曰く、「アーウェンが病で亡くなったことへの弔意と、四男の魔力が優れていることを伝えに来た」らしい。
「…………ア゛ァ?」
もはやそれは嫌悪感よりも、伯爵家へ対する侮蔑と挑発と受け取り、ラウドの顔は最高潮に不機嫌な色に染まった。
「いったい何のことだ?アーウェンは朝食の後から寝込んだのか?」
「とんでもございません。つい先ほど奥様に言いつかりまして、アフタヌーンのお茶と菓子をアーウェン様、エレノア様の分をご用意し、子供部屋のサロンに運ばせてございます」
つい先日、エレノアは母に連れられて小さな子供たちを集めたお茶会に参加したのが楽しかったらしく、今日はアーウェンだけでなくカラまで『客』としてエレノアが『招待』したのだ。
「ククッ…私が『お呼ばれ』していないのは残念だが、代わりに不愉快な客をもてなしてやろう。茶と菓子を」
「かしこまりました」
伯爵が手を振ると、バラットは控える従僕に手短に指示を出し、そのまま玄関ホールに立たせたままの男爵を迎えようと執務室を出る。
忌々しさに輪をかけるかのように、サウラス男爵の装いは葬儀屋のような黒い色合いのものだった。
対するターランド伯爵の着る服は淡い水色のアウターの下に同色でやや濃いめのシャツ、白っぽいタイスカーフという明るい基調のものである。
「タ…ターランド伯爵……そ、その……この度は、我が息子であるアーウェンの遺体を引き取りにまいりまして……」
「遺体、ですかな?」
ニコニコと愛想のいい顔を上目遣いで卑屈に伺う男爵の顔色は悪く、ご丁寧に上着と同じ色の黒いハンカチで額を拭った。
おかしい──そう思うしかない。
だが確かに男爵家にはアーウェンの訃報が届いたのだ。
『それと、どうやら伯爵家では魔力の強いお子様を探しているようで……』
そう、確かにそいつは言ったんだ……だから……俺は……そいつは……そいつ……?いや、どこの、誰だった?あいつは……?
「え、ええ。アーウェンは元々身体が弱く……そ、その……伯爵のご希望とはいえ、こちらにお連れした時にもそれはもうあんな子を召し上げていただけるのは申し訳なくて……」
「召し上げる?」
「えっ、ええっ……だって……あんな貧弱なの……下男でも役に立ちませんでしたでしょう?ええ!きっとそうでしょう!だから骨折して熱でも出して……お連れする前に死んでしまえば、こんなお手間をかけることも……」
「ほう?」
たった一言だったが、部屋の温度が滑り落ちるように下がるのを体感し、男爵はブルリと身体を震わせた。
「それで、『アーウェンの遺体』とやらを引き取るとして……そちらの四男の魔力が優れていることと、何の関係が?」
「ヒッ……」
もはや部屋の中は真冬のような寒さで、窓ガラスには内側にビッシリと霜がついて曇っている中、ガチガチと歯を鳴らしながら、男爵はしゃべることを止められない。
「そ…それはっ……は、伯爵家では……魔力が豊富な者を…求められている…と……よ、四男の…ヒュ、ヒュ、ヒュ、ヒューデリクは我が息子の中でも随一のまままま魔力をほ、誇り……た、正しいよ、養子として、伯爵のご希望にかな、叶う、かと……」
「ほう?」
歯の根も合わないほどなのか、細かく歯を鳴らしながらも男爵は自分が言いたかったらしいことを、とりあえずは言ったらしい。
同じ言葉を発した伯爵が姿勢を崩してソファの背もたれにゆったりと身体を預けて足を組むと、また室内の温度が下がり、飾られている花瓶の中の花々から氷柱が伸びて色が黒ずんでいく。
「ででででですから……」
「あの子を」
「では、まずはお部屋の温度をお戻しください」
テーブルの上で凍りついたティーカップを持ち上げながら、バラットは主人に原状回復を願い出る。
「ああ、そうか」
ふわりと手を上げて軽く振ると、スルスルとその指先に吹雪のような細かく冷たい煌めきが巻き付き、部屋の中がすべて正常に戻った。
曇らせるというのは間違いかもしれない──どちらかというと、嫌悪感が強いのを見て取り、バラットは注意の咳ばらいをする。
来訪者の名は──ジェニグス・ターラ・サウラス男爵。
先に訪問日時を尋ねる先払いもしなかったくせに、ご丁寧にも『我が最愛の息子の処遇について』と伝達を携えているという。
「『最愛』とは皮肉なことを……いったい何の用だというのだ?アーウェンとはもう縁が切れたものとするのが条件だったはずだが……」
「それがおかしなことを申しておりまして……」
曰く、「アーウェンが病で亡くなったことへの弔意と、四男の魔力が優れていることを伝えに来た」らしい。
「…………ア゛ァ?」
もはやそれは嫌悪感よりも、伯爵家へ対する侮蔑と挑発と受け取り、ラウドの顔は最高潮に不機嫌な色に染まった。
「いったい何のことだ?アーウェンは朝食の後から寝込んだのか?」
「とんでもございません。つい先ほど奥様に言いつかりまして、アフタヌーンのお茶と菓子をアーウェン様、エレノア様の分をご用意し、子供部屋のサロンに運ばせてございます」
つい先日、エレノアは母に連れられて小さな子供たちを集めたお茶会に参加したのが楽しかったらしく、今日はアーウェンだけでなくカラまで『客』としてエレノアが『招待』したのだ。
「ククッ…私が『お呼ばれ』していないのは残念だが、代わりに不愉快な客をもてなしてやろう。茶と菓子を」
「かしこまりました」
伯爵が手を振ると、バラットは控える従僕に手短に指示を出し、そのまま玄関ホールに立たせたままの男爵を迎えようと執務室を出る。
忌々しさに輪をかけるかのように、サウラス男爵の装いは葬儀屋のような黒い色合いのものだった。
対するターランド伯爵の着る服は淡い水色のアウターの下に同色でやや濃いめのシャツ、白っぽいタイスカーフという明るい基調のものである。
「タ…ターランド伯爵……そ、その……この度は、我が息子であるアーウェンの遺体を引き取りにまいりまして……」
「遺体、ですかな?」
ニコニコと愛想のいい顔を上目遣いで卑屈に伺う男爵の顔色は悪く、ご丁寧に上着と同じ色の黒いハンカチで額を拭った。
おかしい──そう思うしかない。
だが確かに男爵家にはアーウェンの訃報が届いたのだ。
『それと、どうやら伯爵家では魔力の強いお子様を探しているようで……』
そう、確かにそいつは言ったんだ……だから……俺は……そいつは……そいつ……?いや、どこの、誰だった?あいつは……?
「え、ええ。アーウェンは元々身体が弱く……そ、その……伯爵のご希望とはいえ、こちらにお連れした時にもそれはもうあんな子を召し上げていただけるのは申し訳なくて……」
「召し上げる?」
「えっ、ええっ……だって……あんな貧弱なの……下男でも役に立ちませんでしたでしょう?ええ!きっとそうでしょう!だから骨折して熱でも出して……お連れする前に死んでしまえば、こんなお手間をかけることも……」
「ほう?」
たった一言だったが、部屋の温度が滑り落ちるように下がるのを体感し、男爵はブルリと身体を震わせた。
「それで、『アーウェンの遺体』とやらを引き取るとして……そちらの四男の魔力が優れていることと、何の関係が?」
「ヒッ……」
もはや部屋の中は真冬のような寒さで、窓ガラスには内側にビッシリと霜がついて曇っている中、ガチガチと歯を鳴らしながら、男爵はしゃべることを止められない。
「そ…それはっ……は、伯爵家では……魔力が豊富な者を…求められている…と……よ、四男の…ヒュ、ヒュ、ヒュ、ヒューデリクは我が息子の中でも随一のまままま魔力をほ、誇り……た、正しいよ、養子として、伯爵のご希望にかな、叶う、かと……」
「ほう?」
歯の根も合わないほどなのか、細かく歯を鳴らしながらも男爵は自分が言いたかったらしいことを、とりあえずは言ったらしい。
同じ言葉を発した伯爵が姿勢を崩してソファの背もたれにゆったりと身体を預けて足を組むと、また室内の温度が下がり、飾られている花瓶の中の花々から氷柱が伸びて色が黒ずんでいく。
「ででででですから……」
「あの子を」
「では、まずはお部屋の温度をお戻しください」
テーブルの上で凍りついたティーカップを持ち上げながら、バラットは主人に原状回復を願い出る。
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