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第一章 アーウェン幼少期
少年は悪夢に追いかけられる ②
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一応王都を離れるまではと魔術師長が同行してくれていたことで、アーウェンは素早くその嘔吐した物を含めて詳しく調べてもらえたのは幸いである。
おかげで今回のことは呪いとは無関係とはいかずとも、直接的な呪詛のせいではないと判明した。
ラウドは夫人とともにエレノアを連れて、旧友であり戦友でもあるログラスの町長館を訪れているため、カラがロフェナの代わりにアーウェンの診断結果を聞いていた。
「……おそらく残滓のような……アーウェン殿の記憶に刻まれた、いわば『思い出』のようなものでしょう。さすがに忘却の薬であれ、術であれ、記憶の表層部に浮かび上がらないように意識を操作することは可能でも、完全に除去することはアーウェン殿の人格の破壊を意味します。とても最善の策とは言えません」
「そうですね……アーウェン様自身が産まれたときから植えつけられてしまった忌まわしい記憶と経験を『失くなってもよいもの』と乗り越えられた時こそ……ご自身の判断で封印の呪を受けられるべきですね」
「さすがです!やはりカラ殿の知識を増やして差し上げたい……どうです?魔術研究所に来ていただくことはできませんか?報酬はターランド伯爵家と比べると微々たるものかもしれませんが、カラ殿であれば、いずれ我が次席となり、後継者として我が知識のすべてをお渡ししたい……」
「あ…あの……い、いえ……その話は……」
アーウェンが危機的状態ではないという安堵からか、魔術師長はつい何度も断わられるカラの魔術研究所へのスカウトを始めてしまった。
無論カラの方にはそんな気はまったくないので同じ断り文句を言うしかないのだが、優秀な魔術師というのは王都貴族学院に所属する高位貴族の子女のみと思われていたため、はっきり言って『怪しげな研究をするだけの機関』という印象で不人気な職業に進んで就いてくれる者などほぼいない。
だからこそ、こうやって市井に埋もれていた宝を手に入れたいと思うのは当然かもしれない。
「……そ、それはともかく」
「………はい」
結果は分かりきっていても、欲しいものは欲しいと言わずにはいられないらしい魔術師長とカラはそれぞれ溜め息をつきつつ、今はまた寝息を立てているアーウェンを見て、これから先のことを打ち合わせる。
「心の奥底に残る呪いの残滓を吐き出すだけの気力を無理やり引き出すのは難しい。しかし、これからも起こるであろう揺り返しに耐えうるだけの体力作りを食事や飲み物、そしてもちろんカラ殿やエレノア嬢がアーウェン殿を想う魔力で丈夫にお育ちになれば……」
「そうですね。ただ、私はいつでもアーウェン様のお側にいようと決めてはいますが、エレノア様はそうはいかない……」
「ええ。その時が訪れるのは、少なくとも一年か二年は先でしょうが……それまでにアーウェン殿がどれくらい成長されるか、カラ殿の魔力だけでも不足なく残滓排出を促せるか……」
「それなのですが」
カラがふと思ったことを確認する。
「アーウェン様の胴体の中にあった物、そして頭蓋の中にあった物……それらはほぼ吐き出されたり取り出され、体内には無いのは確かなのですよね?」
「ええ。それは……かなり細かく割れてしまっているので、種の方は微細に残っている可能性はありますが、おそらく摂取されている癒しの魔力によって浄化されていると考えています。頭蓋の方は……実は」
そう言って魔術師がひとつの木箱を取り出した。
「これはいかなる魔力や魔術、そして呪詛であろうと封じ込めることのできる、古から秘伝を施されて作られる魔道具です。他に後ふたつ、あなたの首に巻かれていた魔糸とアーウェン殿の体内にあった種をそれぞれ収めた物がありますが、それは王都のターランド伯爵邸にて保管されています」
「ではこれは……」
「はい。これが……」
蓋の上に手をかざしながら聞き取れない謎の言葉を魔術師長が囁くと、その部分から模様が消えて中の物が透けて見え、カラは思わず息を飲んだ。
おかげで今回のことは呪いとは無関係とはいかずとも、直接的な呪詛のせいではないと判明した。
ラウドは夫人とともにエレノアを連れて、旧友であり戦友でもあるログラスの町長館を訪れているため、カラがロフェナの代わりにアーウェンの診断結果を聞いていた。
「……おそらく残滓のような……アーウェン殿の記憶に刻まれた、いわば『思い出』のようなものでしょう。さすがに忘却の薬であれ、術であれ、記憶の表層部に浮かび上がらないように意識を操作することは可能でも、完全に除去することはアーウェン殿の人格の破壊を意味します。とても最善の策とは言えません」
「そうですね……アーウェン様自身が産まれたときから植えつけられてしまった忌まわしい記憶と経験を『失くなってもよいもの』と乗り越えられた時こそ……ご自身の判断で封印の呪を受けられるべきですね」
「さすがです!やはりカラ殿の知識を増やして差し上げたい……どうです?魔術研究所に来ていただくことはできませんか?報酬はターランド伯爵家と比べると微々たるものかもしれませんが、カラ殿であれば、いずれ我が次席となり、後継者として我が知識のすべてをお渡ししたい……」
「あ…あの……い、いえ……その話は……」
アーウェンが危機的状態ではないという安堵からか、魔術師長はつい何度も断わられるカラの魔術研究所へのスカウトを始めてしまった。
無論カラの方にはそんな気はまったくないので同じ断り文句を言うしかないのだが、優秀な魔術師というのは王都貴族学院に所属する高位貴族の子女のみと思われていたため、はっきり言って『怪しげな研究をするだけの機関』という印象で不人気な職業に進んで就いてくれる者などほぼいない。
だからこそ、こうやって市井に埋もれていた宝を手に入れたいと思うのは当然かもしれない。
「……そ、それはともかく」
「………はい」
結果は分かりきっていても、欲しいものは欲しいと言わずにはいられないらしい魔術師長とカラはそれぞれ溜め息をつきつつ、今はまた寝息を立てているアーウェンを見て、これから先のことを打ち合わせる。
「心の奥底に残る呪いの残滓を吐き出すだけの気力を無理やり引き出すのは難しい。しかし、これからも起こるであろう揺り返しに耐えうるだけの体力作りを食事や飲み物、そしてもちろんカラ殿やエレノア嬢がアーウェン殿を想う魔力で丈夫にお育ちになれば……」
「そうですね。ただ、私はいつでもアーウェン様のお側にいようと決めてはいますが、エレノア様はそうはいかない……」
「ええ。その時が訪れるのは、少なくとも一年か二年は先でしょうが……それまでにアーウェン殿がどれくらい成長されるか、カラ殿の魔力だけでも不足なく残滓排出を促せるか……」
「それなのですが」
カラがふと思ったことを確認する。
「アーウェン様の胴体の中にあった物、そして頭蓋の中にあった物……それらはほぼ吐き出されたり取り出され、体内には無いのは確かなのですよね?」
「ええ。それは……かなり細かく割れてしまっているので、種の方は微細に残っている可能性はありますが、おそらく摂取されている癒しの魔力によって浄化されていると考えています。頭蓋の方は……実は」
そう言って魔術師がひとつの木箱を取り出した。
「これはいかなる魔力や魔術、そして呪詛であろうと封じ込めることのできる、古から秘伝を施されて作られる魔道具です。他に後ふたつ、あなたの首に巻かれていた魔糸とアーウェン殿の体内にあった種をそれぞれ収めた物がありますが、それは王都のターランド伯爵邸にて保管されています」
「ではこれは……」
「はい。これが……」
蓋の上に手をかざしながら聞き取れない謎の言葉を魔術師長が囁くと、その部分から模様が消えて中の物が透けて見え、カラは思わず息を飲んだ。
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