その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は悪夢に追いかけられる ③

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それはまるでガラスでできたようにすべて透明になり、棘のついた黒い蔓がボール状に絡まっている物が収まっている。
「アーウェン殿の頭蓋の中にあった蔓です。耳孔から出て来た物をひとつの袋に収めていたところ、気がついたらこのように集まりました。もしやと思ってアーウェン殿に近付けたところ、細かい破片まですべて耳孔から零れ落ちてきて、おそらくこの呪物にとって『完全な形』に戻った後、またアーウェンの中に戻ろうとしたところを封印したのです」
「ああ……だから……」
アーウェンの頭蓋の中に、もう異物はない・・
これ・・がいったい何なのか……もともとはただの植物だったものが呪詛によって魔物化したのか、植物魔物の核が『種』という擬態化を取り、それを何らかの方法でアーウェン殿に埋め込んだ結果、頭蓋に蔓延ったのか……そもそも、それならばなぜ胴体ではなく、種からかなり離れた頭蓋にあり、どう見ても種とは繋がらずにアーウェン殿の中で生息していたのか……古い文献や異国にある魔物や植物までも調べねばなりません」
講義するように話す魔術師長の目は輝き、憂える案件だというのに好奇心や知識欲ではち切れそうになっているのがわかる。
その熱量に押されて、聞かされるカラもただ黙ってうなずくしかない。
「……俺……いや、私の首に巻き付いていた…という糸も、採取できたのですか?」
「ええ。一時は透明になってしまって『消えた』と思われていたのですが……念のため、あなたが使われた湯に魔術や何らかの毒がないかと分析したところ、『あらわしの術』で色が反転して、細い糸が見つかりました。ついでにあなたが吐き出した『血の塊』も湯の中で解れて糸状になったまま透明化していたのがわかり、一緒に保管されています」
「そんな……いったい……いつ………?」
カラの消えた記憶は、未だに戻っていない。
たぶん──その時に『何か』があったはずだと推測できるのに。
「まあ、この箱と同じものに収められていますから、他の誰かにとり憑いたり操ることは不可能でしょう。この封印はかなり強力ですから」
そう言いながら魔術師長がスッと手を動かすと、その箱はまたただの木箱に戻り、さっきとはまた違う文様が浮かび上がった。
「さっきと……違う……?」
「ええ。私以外の魔力を感知すると、新しい封印術がかかるように仕組んであります。たとえ瞬時に解呪の文句を知ってそれを施そうとしても、それは『私』ではないので、箱は勝手に別の封印の呪を己にかけるのです。どうです?面白いでしょう?」
ギラついた目付きに鼻息も荒くグイグイと箱を押しつけてくるその姿に引きながらも、確かに理解不可能な魔術の使い方に、カラは興味を覚えないわけではない。
だからといって──
「と、とりあえず!アーウェン様は一応お休みされたままで大丈夫ということですよね?!」
「あっ、ああ……うん……たぶん……」
「たぶん?!」
「……影響があるとすれば、記憶から引き出される悪夢による精神的苦痛や疲労……ターランド伯爵閣下からもお聞きしたが、アーウェン殿は馬車に乗っている時にも眠りこまれ、ずいぶんうなされていたと」
「え…あ…はい」
主人たちや家令代理のロフェナと同じ馬車の中ではなく、外側に備えられた後部の従者席にいたカラは、ラウドからアーウェンが苦しそうに寝ていることと、目が覚めた時に飲ませるための果実水に体力回復の念を込めた魔力を入れておくようにと指示されたことを思い出す。
アーウェン自身はどんな夢を見ていたのか話すことはなかったようだが、うなされながら呟く単語に息を飲んだと聞いた。

『罰を……殴られ……蹴られ……』
『いちゃ……いけない……』
『オレは……いけない……』
『死なないと……いけない……』
『生きてちゃ……いけない……』
「死にたく……ないよぅ…………」

ボソボソと聞き取れないぐらいの呻き声の最後に、確かにアーウェンはそう言った。
そう言って、泣いた──

「……アーウェン様が、ご自身の育った男爵家でのご自分の扱いが『普通の子供』と違うと理解されているのかはわかりませんが……何せ、両極端に可愛がってくださる伯爵家にいらっしゃったんです……私だって、自分が育った救貧院が『普通の家庭』とはかけ離れている場所だという自覚はありましたが、それは他の家庭を知っているからこそ。比較できる経験や記憶があれば……」
「そうですな。教えていただいた範囲では、アーウェン殿は生まれ落ちた瞬間から、家族以外の外界との接触ができないように監禁されていたも同然だとか」
「おそらく無知なまま、自分たちの言いなりになるように育てたかった……いや、育てるというのもおかしい環境だったようですが」
すべては過去であり、しかも伝聞でしかないから、実際にアーウェンがどのように成長していたのかは見た目から判断し想像するしかない。
それでも可能な限り、アーウェンの中から忌まわしい乳幼児期の記憶と経験と、悪夢からこのまだ未経験過ぎる幼いあるじを遠ざけたい──カラは自分の力が及ばないことに下唇を噛んだ。

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