その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は悪夢を忘れる ①

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ラウドは酔い潰れたログナスを見下ろし、感心したように何度か頷いた。
手に持っているのはルアン伯爵夫人ジェナリーからこっそりと渡された精神の安定とわずかな睡眠効果のある粉薬の包みである。
「……ふむ。確かにこの『薬』というものは、使いようによっては案外良いものかもしれん……私の持つ系統の魔術では対象者の筋力は上げられても、このように落ち着かせることは難しいものな」
「旦那様をお止めいただき、ありがとうございます」
影のようにログナスの傍に立ったのは、学院生時代から顔見知りであるルアン家の執事──現在は家令であるヒッデムという老人であった。
「さすがにこの老体では旦那様をお運びすることは叶いませんが、このようにお鎮めいただくことで、ようやく落ち着いてお考えいただけるでしょう」
「うむ……実直な男であるからな。手綱を取れるのは奥方しかおるまい。万が一のことが起こらぬよう、お知らせいただけようか?」
「かしこまりました」
「捕らえた者たちに『質問』をするが……手荒い手段を用いることはあるだろうが、決して死をもたらせはしない。選ばせることはしない…と、目が覚めたら、ログ…ルアン伯爵卿にお伝えいただきたい」
「はい……」
さらに頭を下げると、ヒッデム老人は私兵の中でもまだ酒に飲まれていない者たちを選んで、ログナスを寝室に運ぶようにと指示をした。
その上で、自らラウドを裏手にある牢屋に案内する。


恐ろしいほど静かなそこは、ラウドの兵たちが防音の魔術を掛けていた。
どれだけの力が振るわれたのか──牢のあちこちが崩れ、呻き声を上げていない者はいない。
「すでに尋問は終えております。書き留めてありますので、ご覧下さい」
ロフェナが一足先に仕事を終えており、ラウドはその優秀さを再確認することとなった。
「さすがだな……」
「いえいえ。旦那様のお手をお煩わせしては、王都のターランド伯爵邸に留まっておられるバラット様にまた一から仕込まれてしまいます。それに……」
チラリと握りしめられたラウドの拳に目をやり、軽く頭を振る。
「そのご様子では、罪人といえど、瀕死の怪我で済めばよいほどのお力をふるってしまわれかねません。名門ターランド伯爵家の名を汚すような行いを、他領でなさってはなりません」
十歳以上も年下の執事に窘められたが、ラウドは怒るよりもホッと息を吐いて力を抜いた。
「そうだな……できればこの手で締めあげたいと思ってしまったが……お前の言うとおりだ。分を弁えず、ルアン伯爵の顔に泥を塗ってしまうかもしれなかったな。うむ…お前の判断は間違っていない」
「ありがとうございます。この先もターランド伯爵家に誠心誠意お仕えできますよう、精進してまいります」
「うむ!期待しているぞ」
ロフェナの背後では無傷の者は少なく、だいぶ厳しく問い詰められた・・・・・・・ようだったが、ロフェナ自身は怒りに我を忘れて殴りかかったりなどはしなかったのか──
そう思ってラウドが渡された書類から視線を外すと、手のひらに血のにじむ包帯を巻いた若い執事がにっこり笑った。
「ご安心ください。私を始め、兵力に損傷はございません。さすがにアーウェン様の身に振るわれた暴言や暴力を聞いた時には抑えるのに一苦労いたしましたが……幸い防御魔法の掛かりが皆良くて。『三歳児が殴り飛ばされるとどれくらい痛いのか』を体験させるのに困難はございませんでした。おそらく今後はルアン伯爵閣下以下の命令をよく聞くようになるかと」
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