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第一章 アーウェン幼少期
伯爵は素晴らしい料理人を手に入れる ②
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何かを懸念したのか、ロフェナとラリティスは軽く目線を合わせてそっと頷くと、防音の膜を張る。
恋人に比べれば魔力の弱いラリティスは厨房のドアからこの店内を、ロフェナはまるごと家を包むように──そんな魔力の揺らぎを感知し、ラウドは店主夫妻に語りかけた。
「今、私の執事たちがこの店内に防音の魔術を掛けた。あなたたちには何も感じられなかったかと思うが……これからここで話すことは、あちらの厨房にいる者にも聞かれることはない」
「……わかりました。お話します」
頷いて夫妻は話し出した。
アタシは見ての通り、ウェルエストとガブスの血を引いています。うちの人はもちろん純粋なウェルエスト人ですが……
アタシのひい祖父さんがこの市を治めているキンフェニー公爵家の方とご縁があったのは、先ほどお話しましたよね?
キンフェニー様って代々そうなのか、『珍しい物』ってぇのが好きみたいで……ウェルエスト王国にはない『市議会』っていう制度もそうですけど、うちに置いてあるガブスの土産物とか料理とかもお好きだったっていうこともあって、この人のお祖父さんに習えって言ってくれたんです……あ、言い忘れてましたけど、この人は代々キンフェニー家の料理番だったんですよ。今でも義理の兄が料理長っての勤めてます。
で、この人はもっと本格的にガブス料理を覚えたいって言ってくれて……うちに婿に来てくれたんです。
だけど……
感情が昂ってきたのか、妻が口籠ると、店主がその後を引き継いだ。
ええ。私は料理はもちろんですが、こいつにも惚れましてね……言っちゃなんですけど、けっこう美人でしょう?もちろん、顔だけに惚れたんじゃないですよ!
でもね……顔と身体と性格と、接客する時の愛想の良さだとか……そんないいもんを尊敬するんじゃなくて、下心ありきで自分に向けてるんだって思い込んだ奴がいましてね。
今の市長さんでさぁ。
確かに俺は……私は、平民です。どんなに頑張ったって、料理人の息子が……次男坊が何の手柄もなくお貴族様にはなれません。だけど、さすがに公爵家には出入りしていましたからね。子爵跡取りのデミス・ヒューマットとは幼なじみも同然で。
市議会の会議で親父さんにくっついてきては、退屈だからって厨房にちょくちょく顔を出していたんです。そうすっと子供好きなうちの親父がいつもお菓子やら何やらくれるのを知ってたから。
パージェは今も綺麗だけど、若い頃……あれは確かオレが十七で、こいつが十四の夏だったかなぁ……初めてお使いで厨房に顔を出してね。実際は俺と会いたかったからって可愛いこと言ってくれんだけど。
あんた!そんなことは今はいいから!!
あっ……す、すいやせん。
いや、でも、うん……こいつはここで店の手伝いをしててね。あの頃は軽食だけでなく、夜の食事処もやってたんです。わけあって、今は夕方までですけど……
そん時もちょっと可愛く挨拶しただけ……なんですけどね。何を思ったのか、奴は「パージェは俺のことを好きなんだ!俺に会いにきたんだ!」って言いだしやがってね。
初めて会ったのに、そんなわけないじゃないですか……しかも俺もこいつも、お互いの親にパージェが十八になったら婚姻していいって許可ももらってたんです。しかも、俺がこの家に入って味を継ぐっていうことでね。
なのに、あの後はなるべく顔を合わさないようにって気を付けてたのに、「パージェと会えないのは、お前が邪魔しているからだ!横恋慕するなんて、男らしくない!」ってね。逆でしょう?
そうしているうちにあいつはこの店に顔を出すようになったんです。客ですから、パージェだって愛想を振りまくしかありません。それを勘違いしやがって……あっちの親は止めたんですよ。俺と婚約してる娘さんだって。そしたら「いや、あれは無理やり婚約させられてるんだ!俺のことが好きなのに!」って言いだして……もう無茶苦茶です。しかもあっちは貴族様だ。向こうが「俺の嫁になれ」と言ったら、平民の成人と認められている十六に無理やり婚姻させられることだって考えられた。実際そんなことを言ってきたし。
「好き合ってる同士をくっつける方が幸せだ!」ってね……一度も親の前に連れてったことのない娘の気持ちを知ってるのか?って話ですよね。
だから俺たちはすぐに婚姻したんです。俺が十八になった日に。どっちかが成人してたら婚姻していいって制度があるんですよ、この市では。奴は俺より半年生まれが遅かったから、これは助かりました。
奴は奴で、ちゃんと婚約の申し込みをして、一年間婚約者として過ごして、それから婚姻して……って『貴族の礼』ってのをするつもりだったって怒鳴り込んできましたけどね。それが因縁で、いまだに絡んできやがるんです。
そんで、娘のシェイラが産まれたんですけど、これまた美人だった義母にそっくりでねぇ……ええ、わかるでしょう?「嫁はお前に譲った。だから娘を寄こせ」ってね。無茶苦茶でしょう?あの子はあと七日で十六になります。さすがに貴族様が未成年を娶ることは恥ですから、そこは待つって勝手なことぬかしやがってね。
だけど、今度こそ……あいつは有無を言わさず、婚約なんてすっ飛ばして奪っていこうとしています。第三だか第四夫人としてね。だから……
「あなた」
「よし。移築は難しい。だが、この家の中の物であなたたちが持っていきたい物はすべて纏めなさい。期限は明日中。明後日には発つ。息子さんは後でもいいが、あなたたちご夫妻と娘さんは最優先だ。キンフェニー公爵には私から話す。市長なぞ知るものか!」
大人の難しい話の間、エレノアとアーウェンは大人しく眠ってしまっていた。
恋人に比べれば魔力の弱いラリティスは厨房のドアからこの店内を、ロフェナはまるごと家を包むように──そんな魔力の揺らぎを感知し、ラウドは店主夫妻に語りかけた。
「今、私の執事たちがこの店内に防音の魔術を掛けた。あなたたちには何も感じられなかったかと思うが……これからここで話すことは、あちらの厨房にいる者にも聞かれることはない」
「……わかりました。お話します」
頷いて夫妻は話し出した。
アタシは見ての通り、ウェルエストとガブスの血を引いています。うちの人はもちろん純粋なウェルエスト人ですが……
アタシのひい祖父さんがこの市を治めているキンフェニー公爵家の方とご縁があったのは、先ほどお話しましたよね?
キンフェニー様って代々そうなのか、『珍しい物』ってぇのが好きみたいで……ウェルエスト王国にはない『市議会』っていう制度もそうですけど、うちに置いてあるガブスの土産物とか料理とかもお好きだったっていうこともあって、この人のお祖父さんに習えって言ってくれたんです……あ、言い忘れてましたけど、この人は代々キンフェニー家の料理番だったんですよ。今でも義理の兄が料理長っての勤めてます。
で、この人はもっと本格的にガブス料理を覚えたいって言ってくれて……うちに婿に来てくれたんです。
だけど……
感情が昂ってきたのか、妻が口籠ると、店主がその後を引き継いだ。
ええ。私は料理はもちろんですが、こいつにも惚れましてね……言っちゃなんですけど、けっこう美人でしょう?もちろん、顔だけに惚れたんじゃないですよ!
でもね……顔と身体と性格と、接客する時の愛想の良さだとか……そんないいもんを尊敬するんじゃなくて、下心ありきで自分に向けてるんだって思い込んだ奴がいましてね。
今の市長さんでさぁ。
確かに俺は……私は、平民です。どんなに頑張ったって、料理人の息子が……次男坊が何の手柄もなくお貴族様にはなれません。だけど、さすがに公爵家には出入りしていましたからね。子爵跡取りのデミス・ヒューマットとは幼なじみも同然で。
市議会の会議で親父さんにくっついてきては、退屈だからって厨房にちょくちょく顔を出していたんです。そうすっと子供好きなうちの親父がいつもお菓子やら何やらくれるのを知ってたから。
パージェは今も綺麗だけど、若い頃……あれは確かオレが十七で、こいつが十四の夏だったかなぁ……初めてお使いで厨房に顔を出してね。実際は俺と会いたかったからって可愛いこと言ってくれんだけど。
あんた!そんなことは今はいいから!!
あっ……す、すいやせん。
いや、でも、うん……こいつはここで店の手伝いをしててね。あの頃は軽食だけでなく、夜の食事処もやってたんです。わけあって、今は夕方までですけど……
そん時もちょっと可愛く挨拶しただけ……なんですけどね。何を思ったのか、奴は「パージェは俺のことを好きなんだ!俺に会いにきたんだ!」って言いだしやがってね。
初めて会ったのに、そんなわけないじゃないですか……しかも俺もこいつも、お互いの親にパージェが十八になったら婚姻していいって許可ももらってたんです。しかも、俺がこの家に入って味を継ぐっていうことでね。
なのに、あの後はなるべく顔を合わさないようにって気を付けてたのに、「パージェと会えないのは、お前が邪魔しているからだ!横恋慕するなんて、男らしくない!」ってね。逆でしょう?
そうしているうちにあいつはこの店に顔を出すようになったんです。客ですから、パージェだって愛想を振りまくしかありません。それを勘違いしやがって……あっちの親は止めたんですよ。俺と婚約してる娘さんだって。そしたら「いや、あれは無理やり婚約させられてるんだ!俺のことが好きなのに!」って言いだして……もう無茶苦茶です。しかもあっちは貴族様だ。向こうが「俺の嫁になれ」と言ったら、平民の成人と認められている十六に無理やり婚姻させられることだって考えられた。実際そんなことを言ってきたし。
「好き合ってる同士をくっつける方が幸せだ!」ってね……一度も親の前に連れてったことのない娘の気持ちを知ってるのか?って話ですよね。
だから俺たちはすぐに婚姻したんです。俺が十八になった日に。どっちかが成人してたら婚姻していいって制度があるんですよ、この市では。奴は俺より半年生まれが遅かったから、これは助かりました。
奴は奴で、ちゃんと婚約の申し込みをして、一年間婚約者として過ごして、それから婚姻して……って『貴族の礼』ってのをするつもりだったって怒鳴り込んできましたけどね。それが因縁で、いまだに絡んできやがるんです。
そんで、娘のシェイラが産まれたんですけど、これまた美人だった義母にそっくりでねぇ……ええ、わかるでしょう?「嫁はお前に譲った。だから娘を寄こせ」ってね。無茶苦茶でしょう?あの子はあと七日で十六になります。さすがに貴族様が未成年を娶ることは恥ですから、そこは待つって勝手なことぬかしやがってね。
だけど、今度こそ……あいつは有無を言わさず、婚約なんてすっ飛ばして奪っていこうとしています。第三だか第四夫人としてね。だから……
「あなた」
「よし。移築は難しい。だが、この家の中の物であなたたちが持っていきたい物はすべて纏めなさい。期限は明日中。明後日には発つ。息子さんは後でもいいが、あなたたちご夫妻と娘さんは最優先だ。キンフェニー公爵には私から話す。市長なぞ知るものか!」
大人の難しい話の間、エレノアとアーウェンは大人しく眠ってしまっていた。
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