その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

伯爵夫妻は異国の店を誘致する ②

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むろん何ひとつ残していくつもりはない。
少なくとも店として仕入れたガブスの民芸品や染め布、家族の画などはすべて持っていく。
調理器具に、店主一家の家財道具一式──おいていくのは調理台や飲食スペースのテーブルや椅子、元々居抜きで買い上げた時に前住民が置いていったという家具に思い入れはないということで、それらも残していくことにした。
「調理器具についてはナイフなんかの使い慣れた物以外は、できればそちらの土地で新調できればと思っています……と、ところで、さっきおっしゃった金貨二十枚って、ほ、本当にいただけるんでしょうか……?」
「ああ。もちろん……というか、この店の価値的には最低金貨三十枚と見て、少し値切らせてもらったから金貨二十五枚といったんだが……」
「と、とんでもない!!この店を整えるのに使った金額を全部見積もっても、いろいろ中古で揃えたりしましたから、せいぜいが金貨十…いや八枚ってとこですよ!開店する前はガブスの家の方から少し援助してもらったんですが、あとはもう手持ちで銀貨三十枚から始めたんですから!」
破格すぎる申し出に店主は目を剥いたが、ラウドにしてみれば貴族として領地と王都の往復、もしくは避暑地への旅行などでそれぐらいかかるのは当然だったので、なぜそんなに遠慮をされるのかがわからなかった。
もちろんヴィーシャムにしても生家の経済状態を知る前にターランド伯爵家別邸に引き取られる形で引っ越してしまったため、平民の引越しや開店資金がどのくらいあれば十分なのかわからない。
「……でも、お金ってあればあるだけ、安心でしょう?このお店と同じ設備を整えようと思っても手に入らない物もあったり、ガブス共和国から取り寄せる物もあるのでは?どうか遠慮なさらずに受け取っていただきたいわ」
「お、奥様……」
潤沢に所有財産のある貴族の余裕というものを直に目にし、店主はグッと息を飲みこんで覚悟を決めたようだった。
「……あ、ありがたくいただきます。施しとは思いません。旦那様たちにとって先行投資と思っていただけるよう、領都でも精一杯働かせていただこうと思います」
「ええ、お願いしますわ。領都には王国中で住みづらくなった人たちが多く集まりますの。ほとんどが魔力持ちの者だから、『差別される辛さ』を知っている者たちも多いわ。別の国から来た者たちも辺境ほどではないにしてもいるから、きっとガブスの料理を懐かしむ者もいるかもしれないわ」
ヴィーシャムが微笑んで頷くと、ジワリと涙を浮かべた店主が脱力する。
「そっ…そう、ですか……そしたら、うちのやつがガブス共和国語を話したとしても……歌ったとしても……」
「あら!それはいいわ!料理教室と語学塾も考えてみてくださる?新しい事業が始まるわ!ねぇ、あなた?」
「ああ、それはいい。そうすれば、アーウェンの家庭教師を終えた後でも仕事ができる。うん、その準備も同時に進めよう。二年というのはいい期間だ」
店主一家を置いてきぼりに、ターランド伯爵夫妻は楽しそうに未来図を描いた。
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