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第一章 アーウェン幼少期
伯爵夫妻は異国の店を誘致する ①
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どうやらいいタイミングで王都への足掛かりができた──そう思ったのか、憲兵たちはニヤニヤと愛想笑いを浮かべ、店主には慇懃な顔つきでひとつ頷いて出て行った。
取り残された女店員は口を半開きにしたまま何も言わずにキョロキョロと落ち着きなく視線をさ迷わせたが、別に怪我人を閉じ込めたり隠したりしているわけでもないので、誰ひとりとして状況を説明する者はいない。
それよりも──
「主人」
「はっ、はい?!」
ビクッとしたのは店主だった。
ラウドが先ほどのチラシをアーウェンに渡したが、字も数字も読めないアーウェンはキョトンと眺めるばかりである。
「先ほど『慣れている』と言っていたが、憲兵がこの店に来ることはしょっちゅうあるのか?」
「は…はい……」
力なく店主は首肯し、理由を話した。
「私は生粋のウェルエスト人ですが……妻の出自を快く思わない者も、もちろんこの市にはいます。それに付け込んで今の市長であるヒューマットもですが、さっき追い出された息子のドランも、私たちの娘に纏わりついているんです。ついでに嫌がらせをするかのようにああやって店で騒ぐので、騒ぎを聞きつけた憲兵たちが何かとやって来るので、馴染みのお客さんもあまり寄ってくれなくて……店が立ち行かなくなれば娘も『親のため』という言葉で自分たちになびくと思っているんでしょう」
店主はあまり重く見ていないようだが、『嫌がらせをするかのように』ではなく、完全に嫌がらせで店を潰し、この店主一家を路頭に迷わせるつもりなのは、たまたま立ち寄っただけのラウドたちにも察しがついた。
「……ではすまないが、今日この時から明日の深夜までこの店を『ターランド伯爵家一行』で貸し切りとさせてもらう。金貨十…いや、二十枚で足りるだろうか?」
「えっ……えぇっ?!」
女店員はさっき確かに市長の息子に襟を掴まれて引きずられたロフェナを見るが、まったく怪我を負っているようには見えないのを疑わしく思っているらしい。
しかしそんな様子に構うことなく、ラウドが破格の金額で『店の貸し切り』を要求すると、店主ともども目玉を剥いてしまった。
「ついでにうちの料理人に、あなたの店の料理を教えてもらいたいのだが……そちらのお嬢さんにお休みを取ってもらうことは可能かな?」
「えっ…へっ……は、はい…どっちにしろ、明日は休みですし……」
さっきまで今夜と明日一杯を使って引越しの話をしていたはずだが?という疑問は顔に浮かべただけで、店主は訳が分からないまま、ラウドに話を合わせてくれる。
「そうか……では、今から休暇を取るといい。迷惑料だ」
ラウドがそう言うと、ロフェナが承知して懐から革財布を出し、女店員の手を優雅に取ると、その手のひらに銀貨五枚を乗せた。
普通なら一日いっぱい働いて銅貨三枚、ひと月休みを取らずに働けば銀貨一枚が食堂だけでなく雇われの身としては平均的な収入だが、この食堂では異国人の血が入った人間が雇い主で異国料理を出すということでなかなか人が雇えないことを苦慮し、たった二時間程度だとしても一日銅貨五枚も出してくれる。
それが目当てで女店員は昼から夕方までしかやっていないこの店で働いているのだが、それにしても金額が違いすぎた。
当然口止め料も入っていると理解して、女店員の目が輝いてコクコクと頷く。
「じゃっ、じゃあ!今日はこれで上がるわ!また明日……じゃない、明後日来るわね?」
「あっ……あぁ……」
店主が文字通り現金な態度を取る女店員に戸惑いながらラウドとロフェナに目をやると、ラウドはさらに言葉を重ねた。
「ああ、いや。うちの妻がずいぶんガブスの物を気に入ってしまってね。今、店頭にあるだけでなく、倉庫にある物まで出してくれるという言葉に甘えてしまいたいと考えていてね……もし迷惑でなかったら、あと金貨五枚ほど追加するので四日後まで品物を吟味させてもらえないだろうか?ああ、君にももちろん追加で休暇手当てを出そう。働きたいのに仕事場を奪ってしまって、申し訳ないからね」
そう言って笑いかけるラウドの顔に見惚れているところでさらにロフェナが銀貨を一枚握らせると、女店員はだらしなく唇を緩めながらも指はしっかりと六枚になった銀貨を包み込んだ。
「うふふ……何だったら、包むのも手伝いましょうかぁ?」
「いや……それはこちらの奥さんが手馴れているということだからね。君のような給仕をやる女性の仕事じゃあないだろう?」
さらに手当てを寄こせと言うつもりか、どさくさに紛れてラウドに言い寄るつもりだったのかはわからないが、とりあえずサラリとその言葉を交わし、思わぬ大金を手に入れて上機嫌になった女店員をようやく店から追い出した。
取り残された女店員は口を半開きにしたまま何も言わずにキョロキョロと落ち着きなく視線をさ迷わせたが、別に怪我人を閉じ込めたり隠したりしているわけでもないので、誰ひとりとして状況を説明する者はいない。
それよりも──
「主人」
「はっ、はい?!」
ビクッとしたのは店主だった。
ラウドが先ほどのチラシをアーウェンに渡したが、字も数字も読めないアーウェンはキョトンと眺めるばかりである。
「先ほど『慣れている』と言っていたが、憲兵がこの店に来ることはしょっちゅうあるのか?」
「は…はい……」
力なく店主は首肯し、理由を話した。
「私は生粋のウェルエスト人ですが……妻の出自を快く思わない者も、もちろんこの市にはいます。それに付け込んで今の市長であるヒューマットもですが、さっき追い出された息子のドランも、私たちの娘に纏わりついているんです。ついでに嫌がらせをするかのようにああやって店で騒ぐので、騒ぎを聞きつけた憲兵たちが何かとやって来るので、馴染みのお客さんもあまり寄ってくれなくて……店が立ち行かなくなれば娘も『親のため』という言葉で自分たちになびくと思っているんでしょう」
店主はあまり重く見ていないようだが、『嫌がらせをするかのように』ではなく、完全に嫌がらせで店を潰し、この店主一家を路頭に迷わせるつもりなのは、たまたま立ち寄っただけのラウドたちにも察しがついた。
「……ではすまないが、今日この時から明日の深夜までこの店を『ターランド伯爵家一行』で貸し切りとさせてもらう。金貨十…いや、二十枚で足りるだろうか?」
「えっ……えぇっ?!」
女店員はさっき確かに市長の息子に襟を掴まれて引きずられたロフェナを見るが、まったく怪我を負っているようには見えないのを疑わしく思っているらしい。
しかしそんな様子に構うことなく、ラウドが破格の金額で『店の貸し切り』を要求すると、店主ともども目玉を剥いてしまった。
「ついでにうちの料理人に、あなたの店の料理を教えてもらいたいのだが……そちらのお嬢さんにお休みを取ってもらうことは可能かな?」
「えっ…へっ……は、はい…どっちにしろ、明日は休みですし……」
さっきまで今夜と明日一杯を使って引越しの話をしていたはずだが?という疑問は顔に浮かべただけで、店主は訳が分からないまま、ラウドに話を合わせてくれる。
「そうか……では、今から休暇を取るといい。迷惑料だ」
ラウドがそう言うと、ロフェナが承知して懐から革財布を出し、女店員の手を優雅に取ると、その手のひらに銀貨五枚を乗せた。
普通なら一日いっぱい働いて銅貨三枚、ひと月休みを取らずに働けば銀貨一枚が食堂だけでなく雇われの身としては平均的な収入だが、この食堂では異国人の血が入った人間が雇い主で異国料理を出すということでなかなか人が雇えないことを苦慮し、たった二時間程度だとしても一日銅貨五枚も出してくれる。
それが目当てで女店員は昼から夕方までしかやっていないこの店で働いているのだが、それにしても金額が違いすぎた。
当然口止め料も入っていると理解して、女店員の目が輝いてコクコクと頷く。
「じゃっ、じゃあ!今日はこれで上がるわ!また明日……じゃない、明後日来るわね?」
「あっ……あぁ……」
店主が文字通り現金な態度を取る女店員に戸惑いながらラウドとロフェナに目をやると、ラウドはさらに言葉を重ねた。
「ああ、いや。うちの妻がずいぶんガブスの物を気に入ってしまってね。今、店頭にあるだけでなく、倉庫にある物まで出してくれるという言葉に甘えてしまいたいと考えていてね……もし迷惑でなかったら、あと金貨五枚ほど追加するので四日後まで品物を吟味させてもらえないだろうか?ああ、君にももちろん追加で休暇手当てを出そう。働きたいのに仕事場を奪ってしまって、申し訳ないからね」
そう言って笑いかけるラウドの顔に見惚れているところでさらにロフェナが銀貨を一枚握らせると、女店員はだらしなく唇を緩めながらも指はしっかりと六枚になった銀貨を包み込んだ。
「うふふ……何だったら、包むのも手伝いましょうかぁ?」
「いや……それはこちらの奥さんが手馴れているということだからね。君のような給仕をやる女性の仕事じゃあないだろう?」
さらに手当てを寄こせと言うつもりか、どさくさに紛れてラウドに言い寄るつもりだったのかはわからないが、とりあえずサラリとその言葉を交わし、思わぬ大金を手に入れて上機嫌になった女店員をようやく店から追い出した。
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