165 / 436
第一章 アーウェン幼少期
少年は『教師』と対面する ③
しおりを挟む
長身の見慣れぬ青年は妹に飛びつかれ優しく頭を撫でていたが、少年に手を引かれた小さな男の子が近付くのを見て、そっと身体を離した。
「……あの方が?」
「ええ。道中にお話したアーウェン様……ターランド伯爵家に養子として引き取られた方です。ターランド伯爵位継承第二位となられますが、生家でかなり酷い扱いを受けられていて……」
「『酷い』とはずいぶん控えめな表現ですね……確か年齢は八歳でしたね?やっと五歳児というぐらいではないですか!」
「そうですね。こちらに迎えられてから約十ヶ月となりますが、さすがに産まれてすぐに始まった家族どころか、使用人からの虐待行為を補うにはまだまだです」
「使用人?」
片眉を上げる兄を見上げ、シェイラはその小さな男の子を改めて眺める。
ロフェナは『八歳』と言い、兄は『五歳児と変わらない』と言ったその男の子は、シェイラから見れば歩いているのがやっとというぐらいの大病を患った子供にしか見えない。
しかもその歩き方も覚束なく、ともすれば従者についている男の子が抱き上げたそうに手を差し伸べるのだから、ひょっとしたら知能の方も追いついていないのかと思い、『貴族の慈悲心』という体のいい偽善行為を嘲笑う声を少し漏らしてしまった。
「……アーウェン様はけっして頭が悪いとか、精神的に問題があるというわけではありません。単に家の外の出してもらえることが極端になく、人目に付かないように隠され、栄養どころか量のある食事すら与えられていなかったのです。王都にいる間は陽の光に当たらせてもらえず同年代の者と走り回ることすら許されず、領地ではあなたのお兄様より少し上の男たちに暴力を振るわれ骨折しても治療してすらもらえなかったと聞けば、あなたのその偏見も少しは訂正されるのでしょうか?」
ロフェナの声は冷たく、シェイラが見た目だけで判断して子供や貴族というものを侮る行為に、年齢的にも身分的にも未熟な部分があると知りながらも、やはりそこは軽蔑せざるを得ない。
そこに貴族的な驕りや平民に対する差別的感情が自分にあるとわかっていながら、それでもアーウェンを侮辱されるのはターランド伯爵家次期当主付きの執事としても、看過することはできなかった。
「すっ…すみません……」
対してシェイラは何故ロフェナがそこまでアーウェンに対して気持ちが入るのかはわからずとも、何かしら機嫌を損ねたことはわかったのか、言葉だけとはいえ謝罪を口にする。
兄であるクレファーはというと、昨日初めて顔を合わせたとはいえ丸一日以上一緒におり、魔術のことやこれから新しい教え子となるアーウェンの事情などをあらかじめ教えてもらったことを差し引いても、ロフェナが主人一家の新たなひとりに対する不敬を使用人という立場から見逃さないことは当然と捉えていた。
「妹の非礼は謝罪します。この子の方こそあまり礼儀作法とか勉強よりも料理の方が好きで……お前こそ、嫌っていたヒューマット親子と同類だぞ?その態度は」
見た目だけで判断し、嘲笑ったりいやらしい目つきで見るあの男たち──シェイラは自分がその男たちと同じ考えでアーウェンという男の子を見下していたこと。
それはシェイラ自身が何より嫌い、自分がそうなるまいと思っていたことなのに、いつの間にかその思考になっていた。
「……お前、テアのこともバカにしていただろう?『男に媚を売るだけで、給仕として使い物にならない』と。その態度を改めろと何度も言っていたが、『はいはい』と返事はしていてもその意味を理解していなかった証拠が今のお前だよ……」
青褪めた顔で少しずつ兄と距離を取ったシェイラは、無言で頭を下げ、自分たちの荷馬車へと走り去った。
「……あの方が?」
「ええ。道中にお話したアーウェン様……ターランド伯爵家に養子として引き取られた方です。ターランド伯爵位継承第二位となられますが、生家でかなり酷い扱いを受けられていて……」
「『酷い』とはずいぶん控えめな表現ですね……確か年齢は八歳でしたね?やっと五歳児というぐらいではないですか!」
「そうですね。こちらに迎えられてから約十ヶ月となりますが、さすがに産まれてすぐに始まった家族どころか、使用人からの虐待行為を補うにはまだまだです」
「使用人?」
片眉を上げる兄を見上げ、シェイラはその小さな男の子を改めて眺める。
ロフェナは『八歳』と言い、兄は『五歳児と変わらない』と言ったその男の子は、シェイラから見れば歩いているのがやっとというぐらいの大病を患った子供にしか見えない。
しかもその歩き方も覚束なく、ともすれば従者についている男の子が抱き上げたそうに手を差し伸べるのだから、ひょっとしたら知能の方も追いついていないのかと思い、『貴族の慈悲心』という体のいい偽善行為を嘲笑う声を少し漏らしてしまった。
「……アーウェン様はけっして頭が悪いとか、精神的に問題があるというわけではありません。単に家の外の出してもらえることが極端になく、人目に付かないように隠され、栄養どころか量のある食事すら与えられていなかったのです。王都にいる間は陽の光に当たらせてもらえず同年代の者と走り回ることすら許されず、領地ではあなたのお兄様より少し上の男たちに暴力を振るわれ骨折しても治療してすらもらえなかったと聞けば、あなたのその偏見も少しは訂正されるのでしょうか?」
ロフェナの声は冷たく、シェイラが見た目だけで判断して子供や貴族というものを侮る行為に、年齢的にも身分的にも未熟な部分があると知りながらも、やはりそこは軽蔑せざるを得ない。
そこに貴族的な驕りや平民に対する差別的感情が自分にあるとわかっていながら、それでもアーウェンを侮辱されるのはターランド伯爵家次期当主付きの執事としても、看過することはできなかった。
「すっ…すみません……」
対してシェイラは何故ロフェナがそこまでアーウェンに対して気持ちが入るのかはわからずとも、何かしら機嫌を損ねたことはわかったのか、言葉だけとはいえ謝罪を口にする。
兄であるクレファーはというと、昨日初めて顔を合わせたとはいえ丸一日以上一緒におり、魔術のことやこれから新しい教え子となるアーウェンの事情などをあらかじめ教えてもらったことを差し引いても、ロフェナが主人一家の新たなひとりに対する不敬を使用人という立場から見逃さないことは当然と捉えていた。
「妹の非礼は謝罪します。この子の方こそあまり礼儀作法とか勉強よりも料理の方が好きで……お前こそ、嫌っていたヒューマット親子と同類だぞ?その態度は」
見た目だけで判断し、嘲笑ったりいやらしい目つきで見るあの男たち──シェイラは自分がその男たちと同じ考えでアーウェンという男の子を見下していたこと。
それはシェイラ自身が何より嫌い、自分がそうなるまいと思っていたことなのに、いつの間にかその思考になっていた。
「……お前、テアのこともバカにしていただろう?『男に媚を売るだけで、給仕として使い物にならない』と。その態度を改めろと何度も言っていたが、『はいはい』と返事はしていてもその意味を理解していなかった証拠が今のお前だよ……」
青褪めた顔で少しずつ兄と距離を取ったシェイラは、無言で頭を下げ、自分たちの荷馬車へと走り去った。
18
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる