その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は『教師』と対面する ③

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長身の見慣れぬ青年は妹に飛びつかれ優しく頭を撫でていたが、少年に手を引かれた小さな男の子が近付くのを見て、そっと身体を離した。
「……あの方が?」
「ええ。道中にお話したアーウェン様……ターランド伯爵家に養子として引き取られた方です。ターランド伯爵位継承第二位となられますが、生家でかなり酷い扱いを受けられていて……」
「『酷い』とはずいぶん控えめな表現ですね……確か年齢は八歳でしたね?やっと五歳児というぐらいではないですか!」
「そうですね。こちらに迎えられてから約十ヶ月となりますが、さすがに産まれてすぐに始まった家族どころか、使用人からの虐待行為を補うにはまだまだです」
「使用人?」
片眉を上げる兄を見上げ、シェイラはその小さな男の子を改めて眺める。
ロフェナは『八歳』と言い、兄は『五歳児と変わらない』と言ったその男の子は、シェイラから見れば歩いているのがやっとというぐらいの大病を患った子供にしか見えない。
しかもその歩き方も覚束なく、ともすれば従者についている男の子が抱き上げたそうに手を差し伸べるのだから、ひょっとしたら知能の方も追いついていないのかと思い、『貴族の慈悲心』という体のいい偽善行為を嘲笑う声を少し漏らしてしまった。
「……アーウェン様はけっして頭が悪いとか、精神的に問題があるというわけではありません。単に家の外の出してもらえることが極端になく、人目に付かないように隠され、栄養どころか量のある食事すら与えられていなかったのです。王都にいる間は陽の光に当たらせてもらえず同年代の者と走り回ることすら許されず、領地ではあなたのお兄様より少し上の男たちに暴力を振るわれ骨折しても治療してすらもらえなかったと聞けば、あなたのその偏見も少しは訂正されるのでしょうか?」
ロフェナの声は冷たく、シェイラが見た目だけで判断して子供や貴族というものを侮る行為に、年齢的にも身分的にも未熟な部分があると知りながらも、やはりそこは軽蔑せざるを得ない。
そこに貴族的な驕りや平民に対する差別的感情が自分にあるとわかっていながら、それでもアーウェンを侮辱されるのはターランド伯爵家次期当主付きの執事としても、看過することはできなかった。
「すっ…すみません……」
対してシェイラは何故ロフェナがそこまでアーウェンに対して気持ちが入るのかはわからずとも、何かしら機嫌を損ねたことはわかったのか、言葉だけとはいえ謝罪を口にする。
兄であるクレファーはというと、昨日初めて顔を合わせたとはいえ丸一日以上一緒におり、魔術のことやこれから新しい教え子となるアーウェンの事情などをあらかじめ教えてもらったことを差し引いても、ロフェナが主人一家の新たなひとりに対する不敬を使用人という立場から見逃さないことは当然と捉えていた。
「妹の非礼は謝罪します。この子の方こそあまり礼儀作法とか勉強よりも料理の方が好きで……お前こそ、嫌っていたヒューマット親子と同類だぞ?その態度は」
見た目だけで判断し、嘲笑ったりいやらしい目つきで見るあの男たち──シェイラは自分がその男たちと同じ考えでアーウェンという男の子を見下していたこと。
それはシェイラ自身が何より嫌い、自分がそうなるまいと思っていたことなのに、いつの間にかその思考になっていた。
「……お前、テアのこともバカにしていただろう?『男に媚を売るだけで、給仕として使い物にならない』と。その態度を改めろと何度も言っていたが、『はいはい』と返事はしていてもその意味を理解していなかった証拠が今のお前だよ……」
青褪めた顔で少しずつ兄と距離を取ったシェイラは、無言で頭を下げ、自分たちの荷馬車へと走り去った。

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