その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は正しいペンの使い方を覚える ③

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「そんな話はいい」
「は…い……」
侮っていたつもりはないが、若さゆえの、そして『教える立場』から見ての正統な怒りをぶつけられると思っていた相手は、クレファーが会ったこともないほどの重厚さと狡猾さを兼ね備えた、遥かに力の敵わない『大人』であった。
人間としての重みだけでなく、男としても押し潰されそうなほどの圧倒的な重圧の差を覚え、座っている椅子にさらに深く腰を落ち着けないと、クレファーは無礼を顧みずに飛び出してしまいそうである。
「旦那様」
「うん?ああ……そうか」
ロフェナがそっと囁くと、ラウドはわざと放出していた殺気を込めた威圧感を収める。
途端にテントの中の空気自体が軽くなったように感じ、目の前の若者がホッと安堵の息を吐くのを、冷めているのにどこか愉快そうな目付きで眺めた。
「何故かな?君はずいぶんと年齢よりも複雑な思考力を持っているように感じるよ。こう言ってよければ、君の父君よりもね……生まれのせいかな?」
ラウドはそう言うと、ウェルエスト人よりも少し浅黒い肌色をし、母似の少し異国風の顔つきを遠慮なく眺める。

確かに──

生まれる先は自分では選べず、ましてや肌や目の色、顔つきなどは脈々とした血の繋がりだからこそ、厭い、憧れ、嫌い、受け入れるしかなかった。
「……仕方ありません。父は母と婚姻したことだけを言われますが、私は職業柄他人の家に上がらねばなりません。受け入れられない人にとっては同じ空気を吸うのも嫌だと態度だけでなく、実際にも言われました。考えて立ち回らねば、私だけでは済みませんから」
「なるほど。結果的に私の判断が正しかったと、君を中心に証明してくれそうだ」
一転して破顔するその『大人』の顔を呆然と眺め、知らぬ間に自分が品定めされていたとようやく気付き、クレファーは顔を赤らめた。
「では我が子たちの成長具合をどう見るか、君の口から聞きたい。午前中は何をしていたのかね?」
「はい。今日はまず初めての顔合わせでしたので……」
挨拶の後に片付けをし、ブロックで遊んだこと。
色と形と大きさの判別、協力して、ひとりで、課題を与えて、考えさせて、自由にさせて──エレノアは愛され優しくされてきたが、けっしてわがまま放題に育てらた気配はないが、義兄のアーウェンは自分の気配を殺してエレノアの足元につくばりかねない雰囲気を持ち、命令するよりされる側である姿勢を無意識に取っている。
さすがに夢中になればそのような様子は薄れるが、次の課題を出す時には身体を強張らせ、エレノアに譲る姿は『私は残り物で』と下男でもさらに虐げられている者のような雰囲気が気になったことも告げた。
さらに──
「アーウェン様はクレヨンの持ち方すら知りませんでした。ターランド伯爵家には養子として引き取られたと聞きましたが、生家には兄が四人もいたと……なのに、なぜアーウェン様は読み書きどころか、筆記具に触れた様子もない。すぐ上の兄とは二歳か三歳ぐらいの違いだと聞きましたが……」
「ああ。おかしな話だ。長兄はすでに妻を持ち小さな領地であるたったひとつの村を任され、王都には帰ってこない。次兄と三兄は商会へ奉公に出されているが、それぞれそこで教育を受けている。病弱で家の外に出たことがないと言われている四兄がアーウェンのすぐ上の者だが、本でも何でも好きな物を与えられ、我が家の諜報活動をする者が調べたところでは、学のある母から教育を受けているらしい」
「……では」
その後の言葉を聞かずとも、アーウェンのあの様子を見ればわかる。

あの子は、自分の家の中で捨てられた・・・・・

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