その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は正しいペンの使い方を覚える ④

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ふっとラウドの目が細められる。
それは笑みではなく、猛烈な怒り。
クレファーはギクリと身を竦めたが、それは彼に対してのものではないと次の発言で知った。
「あの子の尊厳を殺し、心を殺し、存在を殺し、飽き足らずに虐げることを続けた……血縁の情などない。あちらが先にアーウェンを切ったのだ。産んでおいて、育てることを拒否しながら、下僕たれと仕込んだのだ。ならば私はあの子の手に、自分で揮える力を与えるまでだ。一族のさらに薄くなった血を断ち切るために。サウラス男爵家の名など、ターランド一族の中から抹消しても構わない」
「そっ……」
大きなくくりで見れば、名前が変わっても貴族一覧で見れば同族とみなされるだろう。
それを一族の長というべき本家の家長が、末席の男爵家を切り捨てると発言した。
どこまでその類が及ぶのか──勉強しただけという実の伴わない知識でも、貴族の中でそのような決定が下された場合、当主だけでなく伴侶や子供、当主の親兄弟にまでその対象になりかねない。
たった一滴の血すら残さずと、本家筋以外をすべて切り捨てた貴族も、大昔にはいたというのだ。
「しかし、その前にまずはアーウェンには歳相応の知識を与えたい。協力を願う、クレファー先生・・・・・・・
そう呼ばれて普通は喜ぶが、クレファーはただ恐怖しか感じない。
暑いどころかなぜかひんやりと冷たく感じ始めたテントの中で、額に汗を滲ませながら青年は命を承る。
「仰せのままに……私のことは、どうぞ『クレファー』と。尊称は要りません……私を、あなた様の配下としてお扱いください」
そう言うのが精一杯であった。


恐ろしいほど長時間向き合っていた気もするが、実際は一時間も経ってはおらず、子供たちが目を覚ますにはまだ間があると言われた。
そこでカラを交え、アーウェンに買い与えられた知育玩具を確認し、午後からはアーウェンとエレノアがどれくらい『物』の名前を認知しているかを知ることとして、余った時間はカラに対して勉強を教えることにした。
「えっ、でもっ、わ、私はっ……」
「でも君は……えぇと、今何歳だい?」
「お…いえ、私は、じゅ…十三…です……」
あまり詳しくは話したがらないカラの心をほぐすようにゆっくりと生い立ちと学歴を聞けば、生い立ち自体はすでにロフェナに聞いていたことと変わらなかった。
しかし学歴に関してはいわゆる小学生の最終学年が終わるぐらいのもので、それ以降は特に独学で学ぶ気は起きなかったらしい。
「ならばなおさら、君は君の小さなご主人のために、高いレベルの学習を修めていた方がいいと思うよ。私はアーウェン様が他領地に行く前の二年間だけ教えるという約束だ。それ以降はターランド伯爵領地領都のどこかでガブス共和国の言語学を始めとして、いろいろな人が通える教育施設を作りたいと考えている。そうなれば当然私は着いていけない……アーウェン様には中等相当か可能であれば高等教育までと望まれているが、午前中の様子を見ると、中等教育分を終えるのも難しいと考えている。だから……」
「私に、アーウェン様がご自分で学ばれる際のお手伝いができるようになれ……と?」
「できれば教師代わりになれるほどになってほしいが……気が進まないのなら、そういう捉え方でもいいと思うよ。でも、学んで損はない。私も君に教えることで、後々アーウェン様への勉強内容を先に考える道しるべともなるんだ」
「……そういう……ことならば……」
どこか渋々といった感じでカラが頷くと、アーウェンとエレノアがまだ目覚める前にとクレファーはいそいそと練習問題用紙を取り出した。

そうこうするうちにアーウェンとエレノアがまた子供用のテントに現れたが、カラがテーブルに向かいペンを動かしているのを見て静かに近付く。
カラは問題を解くのに夢中になって、アーウェンがジッとその手元を見つめるのにも気づかない。
クレファーが同じ物を手渡すと、カラがペンを掴む指の形を何度も見ながら、自分も同じように持とうと練習を始めた。

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