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第一章 アーウェン幼少期
伯爵夫人は宿屋の女将を押さえつける
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それから何を勘違いしたのか宿屋には妙齢の女性たちが集められ、室内の清掃や整頓が隅々まで行き届いたのは良いが、誰がターランド伯爵当主のベッドを暖めに行くかで言い争いが始まり、今度はヴィーシャムからかなり怒りのこもったお説教が始まった。
この町も観光地ではないから娼館の需要もなく、変に聞きかじった『貴族への偏見』で女を人身御供としてもてなさないと略奪と殺戮が行われると思い込んでいたと言い訳され、ヴィーシャムは溜め息をつくしかない。
「戦時中ならばともかく、今は比較的、国内は平和と言えます。辺境部では相変わらず小競り合いがあると聞きますが、この町まで戦火が及んでいるわけではないでしょう?」
「は、はい……」
勝手に夜伽を命じた宿屋の女将を始め、呼びつけられた女性たちも食堂に集められ、侍女たちも同席でヴィーシャムの話に耳を傾けている。
「ましてや今回は伯爵夫人である私が同行しているのは、きちんと見えてますよね?」
「はっ、はいっ」
「私はターランド伯爵の配偶者です。侍女を複数連れ、娘も息子も同行しています。つまり『家族で』この地に訪れたのです。己の身に置き換えて考えてみなさい。あなたが夫と共に別の町なり、それこそ王都に出かけ、そこで宿泊した宿に添い寝をするための女性を勝手に手配されたら?それはあなたの望むこと?」
「そ……それっ、はっ……」
宿屋の女将はおそらくは四十に達するかどうかだろう──そこに夫婦の交わりがあるかは知らないが、それでも見知らぬ女性と寝床を共にする夫をどう思うだろうか?
領地の邸や王都邸ではないため、ターランド伯爵夫妻は体裁上別々の部屋を居室として借りているが、平民では夫婦同室のはずだ。
「もっとも赤の他人と同衾する夫を許容するというなら、それはあなたたちの寝室の中に留めておきなさい。通常の夫婦というのは貴賤を問わず、婚姻関係にあらぬ他人と寝床を共にはしないのですよ」
「はい……」
今や女将は涙を流して項垂れている。
目の前で不貞をされることを想像したのか、貴族に叱責されたことを後悔しているのか、それとも呼び寄せた女性たちの目の前で恥をかかされたと思っているのか。
いや──それは町の女性たちも同様だった。
「あ……あのぅ……それでは……あの、けっきょく、アタシたちは、旦那様のお相手はしなくって……いいってこと……ですか?」
「旦那様だけでなく、私たち一行の誰の相手もしなくてよろしいのよ。むろん、私についている侍女たちの所作を少しでも学びたいと思っているのなら、今日明日、ここに宿泊している間に彼女らに学ぶことは許可しましょう。しかしその際は一切、使用人も含めどの男性とも口を利かずにお過ごしなさい。万が一、あなたたちを一夜の相手と口説くようなおバカさんがいたら、いくらでも告げ口してよくってよ?」
勇気を出して手を上げた女性ににっこりと笑ってヴィーシャムは答えたが、その目はけっして笑っておらず、さらに釘を刺す。
「また、子供だからと言って我が息子であるアーウェンや、あの子の付き人、執事などに下心を持って声を掛けることも禁じます。今回の件に関してこの宿屋でお手伝いとして働いていただく間のお給金は、私の方から特別手当として出しましょう。勘違いとはいえ、ご家業を放置してまで来ていただいたのですもの。女将さんもそれでよろしいわね?」
「はっ…はいっ……」
ガタガタと震えながら女将は何度も頷いた。
おそらくは彼女たちの中で自分の貞操を捧げた者に対して、詫び料でも用意していたのだろうという先読みをヴィーシャムはしたわけだが、このような宿屋で用意されたぐらいのはした金で『貴族のお手付きとなった不貞者』の蔑みが拭えないという想像力もつかなかったに違いない。
この町も観光地ではないから娼館の需要もなく、変に聞きかじった『貴族への偏見』で女を人身御供としてもてなさないと略奪と殺戮が行われると思い込んでいたと言い訳され、ヴィーシャムは溜め息をつくしかない。
「戦時中ならばともかく、今は比較的、国内は平和と言えます。辺境部では相変わらず小競り合いがあると聞きますが、この町まで戦火が及んでいるわけではないでしょう?」
「は、はい……」
勝手に夜伽を命じた宿屋の女将を始め、呼びつけられた女性たちも食堂に集められ、侍女たちも同席でヴィーシャムの話に耳を傾けている。
「ましてや今回は伯爵夫人である私が同行しているのは、きちんと見えてますよね?」
「はっ、はいっ」
「私はターランド伯爵の配偶者です。侍女を複数連れ、娘も息子も同行しています。つまり『家族で』この地に訪れたのです。己の身に置き換えて考えてみなさい。あなたが夫と共に別の町なり、それこそ王都に出かけ、そこで宿泊した宿に添い寝をするための女性を勝手に手配されたら?それはあなたの望むこと?」
「そ……それっ、はっ……」
宿屋の女将はおそらくは四十に達するかどうかだろう──そこに夫婦の交わりがあるかは知らないが、それでも見知らぬ女性と寝床を共にする夫をどう思うだろうか?
領地の邸や王都邸ではないため、ターランド伯爵夫妻は体裁上別々の部屋を居室として借りているが、平民では夫婦同室のはずだ。
「もっとも赤の他人と同衾する夫を許容するというなら、それはあなたたちの寝室の中に留めておきなさい。通常の夫婦というのは貴賤を問わず、婚姻関係にあらぬ他人と寝床を共にはしないのですよ」
「はい……」
今や女将は涙を流して項垂れている。
目の前で不貞をされることを想像したのか、貴族に叱責されたことを後悔しているのか、それとも呼び寄せた女性たちの目の前で恥をかかされたと思っているのか。
いや──それは町の女性たちも同様だった。
「あ……あのぅ……それでは……あの、けっきょく、アタシたちは、旦那様のお相手はしなくって……いいってこと……ですか?」
「旦那様だけでなく、私たち一行の誰の相手もしなくてよろしいのよ。むろん、私についている侍女たちの所作を少しでも学びたいと思っているのなら、今日明日、ここに宿泊している間に彼女らに学ぶことは許可しましょう。しかしその際は一切、使用人も含めどの男性とも口を利かずにお過ごしなさい。万が一、あなたたちを一夜の相手と口説くようなおバカさんがいたら、いくらでも告げ口してよくってよ?」
勇気を出して手を上げた女性ににっこりと笑ってヴィーシャムは答えたが、その目はけっして笑っておらず、さらに釘を刺す。
「また、子供だからと言って我が息子であるアーウェンや、あの子の付き人、執事などに下心を持って声を掛けることも禁じます。今回の件に関してこの宿屋でお手伝いとして働いていただく間のお給金は、私の方から特別手当として出しましょう。勘違いとはいえ、ご家業を放置してまで来ていただいたのですもの。女将さんもそれでよろしいわね?」
「はっ…はいっ……」
ガタガタと震えながら女将は何度も頷いた。
おそらくは彼女たちの中で自分の貞操を捧げた者に対して、詫び料でも用意していたのだろうという先読みをヴィーシャムはしたわけだが、このような宿屋で用意されたぐらいのはした金で『貴族のお手付きとなった不貞者』の蔑みが拭えないという想像力もつかなかったに違いない。
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