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第一章 アーウェン幼少期
伯爵は知己と再会する ①
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グリアース伯爵の手配は早かった。
この町を含めた近隣の牧場地帯を息子の一人に任せていたが、ここ最近の収支報告が何となくおかしい。
王都での社交は次期伯爵当主の長男に任せ、半分隠居状態で住んでいた領地の邸から視察として動き出していたところに、ターランド伯爵家の当主が領地へ家族を連れて戻るという情報が入った。
運が良ければターランド伯爵と『噂の義息子』とに、問題の町に立ち寄っている時に会えるだろう──そう思っていたところに、まさしくターランド伯爵家の諜報連絡の者が現れたのである。
「……ふん。何やら支配階級と被支配階級という垣根に、大きな穴が開いていたみたいだな。見張るべき猫が仕事をサボって……むしろ、加担したか?甘い汁を吸えるのなら、その種類は問わんというわけか……汚いことをするなと言わん。汚水を掻き出すのに、己もその流れに身を浸す必要がある時もあるだろう。だがそれに染まるなど……我が伯爵家を取り潰すつもりか!ターランド侯には申し訳ないが、我らが到着するまで逗留を願いたいと伝えてくれたまえ!」
どちらにしろグリアース伯爵の居住する領地の館から、ターランド伯爵一行に迷惑をかけたアズ町──勝手に自分の名前に変えてしまった『クージャ』はかなり近く、馬で夜中に出れば早朝には到着できる。
もっともその新しい名前というのは当主の許可も得ておらず王家への届け出もされていないため、正式名称ではないことすら、治めているはずの本人は知らないのだ。
「……まったく。ただ暗愚でおれば私の監視下に置くだけなのに。操り紐まで付けおった者を焙りださねばならん!本人に管理者としての適性がないことを自覚させようとしたばかりに……」
「『バカな子ほど可愛い』という喩えを侮るからですよ、あなた」
とうに自室に入っていた夫人までも起き出してきたのを見て、伯爵は溜め息をついた。
三人いる息子のうち、次期当主として期待も明晰さも高い兄のカヤジャと、権力に興味がない割には語学に堪能で交渉事に向く性格の弟であるコウジャに挟まれた、ふたりには無い『体力バカ』と言えるほどの武力がある割に頭の悪いと自ら卑屈になっていたクージャ。
妻が直営していたアズ町を次男に任せたのは、主に身体を動かす家業の者たちが多く気が合うかもしれないことと、町民たちにとって身近な『相談役』とはなり得ても『管理者』として接することが向いていないと知らしめるためだったのに。
「私が倒れて不安だったのはわかりますが。良い農夫になっても、良い父親になるとは限りませんのよ?あなたもよくご存じでしょう?」
そう──なのだ。
アズ町は元々、妻の父が『支配していた』と言っても過言ではない。
町民たちにとっては農業や酪農に関して博識で、少し物言いは乱暴ながらも良策をもって治める『良い町長さん』だったが、家庭においては妻や子供、使用人に対して暴力や暴言が日常茶飯事な非常識な人間だった。
町民に対して持つ鬱憤を家族に対して発散する──逃げ出した使用人がボロボロになってグリアース伯爵領地邸の前で倒れているのを介抱してから、骨折していた町長の娘であるターニャを保護して婚姻するまで半年とかからなかった。
その際に義父となった町長を捕縛するのに協力してくれたのが、王都から情報収集要員として警護兵の一部を派遣してくれたラウドの父である。
領主であるグリアース伯爵やターランド伯爵の前では大人しかったが、町長家の使用人に扮した警護兵を牢の中で世話しようとした時に、顔も確かめずに殴る蹴るの暴力で自分の置かれた境遇を嘆くという凶暴な本性を露わにしたためそのまま町長の座から降ろし、代わりに母や幼い妹たちを身を挺して守ったターニャを据えた。
「その未来がこれとは……」
「取り返しがつきましたら、次は私にお任せくださいませね?」
にっこり笑う伯爵夫人に怯んでうっかり頷いてしまった伯爵は、とにかく恩人の息子に迷惑をかけてしまった詫びと共に、バカな息子を回収するために宵闇の中に馬を走らせた。
この町を含めた近隣の牧場地帯を息子の一人に任せていたが、ここ最近の収支報告が何となくおかしい。
王都での社交は次期伯爵当主の長男に任せ、半分隠居状態で住んでいた領地の邸から視察として動き出していたところに、ターランド伯爵家の当主が領地へ家族を連れて戻るという情報が入った。
運が良ければターランド伯爵と『噂の義息子』とに、問題の町に立ち寄っている時に会えるだろう──そう思っていたところに、まさしくターランド伯爵家の諜報連絡の者が現れたのである。
「……ふん。何やら支配階級と被支配階級という垣根に、大きな穴が開いていたみたいだな。見張るべき猫が仕事をサボって……むしろ、加担したか?甘い汁を吸えるのなら、その種類は問わんというわけか……汚いことをするなと言わん。汚水を掻き出すのに、己もその流れに身を浸す必要がある時もあるだろう。だがそれに染まるなど……我が伯爵家を取り潰すつもりか!ターランド侯には申し訳ないが、我らが到着するまで逗留を願いたいと伝えてくれたまえ!」
どちらにしろグリアース伯爵の居住する領地の館から、ターランド伯爵一行に迷惑をかけたアズ町──勝手に自分の名前に変えてしまった『クージャ』はかなり近く、馬で夜中に出れば早朝には到着できる。
もっともその新しい名前というのは当主の許可も得ておらず王家への届け出もされていないため、正式名称ではないことすら、治めているはずの本人は知らないのだ。
「……まったく。ただ暗愚でおれば私の監視下に置くだけなのに。操り紐まで付けおった者を焙りださねばならん!本人に管理者としての適性がないことを自覚させようとしたばかりに……」
「『バカな子ほど可愛い』という喩えを侮るからですよ、あなた」
とうに自室に入っていた夫人までも起き出してきたのを見て、伯爵は溜め息をついた。
三人いる息子のうち、次期当主として期待も明晰さも高い兄のカヤジャと、権力に興味がない割には語学に堪能で交渉事に向く性格の弟であるコウジャに挟まれた、ふたりには無い『体力バカ』と言えるほどの武力がある割に頭の悪いと自ら卑屈になっていたクージャ。
妻が直営していたアズ町を次男に任せたのは、主に身体を動かす家業の者たちが多く気が合うかもしれないことと、町民たちにとって身近な『相談役』とはなり得ても『管理者』として接することが向いていないと知らしめるためだったのに。
「私が倒れて不安だったのはわかりますが。良い農夫になっても、良い父親になるとは限りませんのよ?あなたもよくご存じでしょう?」
そう──なのだ。
アズ町は元々、妻の父が『支配していた』と言っても過言ではない。
町民たちにとっては農業や酪農に関して博識で、少し物言いは乱暴ながらも良策をもって治める『良い町長さん』だったが、家庭においては妻や子供、使用人に対して暴力や暴言が日常茶飯事な非常識な人間だった。
町民に対して持つ鬱憤を家族に対して発散する──逃げ出した使用人がボロボロになってグリアース伯爵領地邸の前で倒れているのを介抱してから、骨折していた町長の娘であるターニャを保護して婚姻するまで半年とかからなかった。
その際に義父となった町長を捕縛するのに協力してくれたのが、王都から情報収集要員として警護兵の一部を派遣してくれたラウドの父である。
領主であるグリアース伯爵やターランド伯爵の前では大人しかったが、町長家の使用人に扮した警護兵を牢の中で世話しようとした時に、顔も確かめずに殴る蹴るの暴力で自分の置かれた境遇を嘆くという凶暴な本性を露わにしたためそのまま町長の座から降ろし、代わりに母や幼い妹たちを身を挺して守ったターニャを据えた。
「その未来がこれとは……」
「取り返しがつきましたら、次は私にお任せくださいませね?」
にっこり笑う伯爵夫人に怯んでうっかり頷いてしまった伯爵は、とにかく恩人の息子に迷惑をかけてしまった詫びと共に、バカな息子を回収するために宵闇の中に馬を走らせた。
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