その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年執事は問題未遂を退ける ②

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カラの個人的な話をこんな場所でするべきではないのかもしれないが、ロフェナは優れた遮音の魔術が使える。
スッとその力を使えばたちまち周りの音が消えて、唯一聞こえたのは宿の者ではないターランド伯爵家の給仕役の使用人が皿を置く音だけ。
「他の者は近づけないように」
「畏まりました」
今この宿にいる中でカラの次にロフェナが若いかもしれないが、その地位は使用人の中でも頂点にあり、年上の侍従にも命令を出せる立場である。
だからこそ──
「鬱陶しい」
「ロ、ロフェナ…様……?」
カラには聞こえないように小声で呟いたつもりだったが、カラの耳は鋭く、ロフェナのイラついた綻びを掬い上げてしまったようだ。
「いや、ごめん、ごめん。そう言えばこうやってカラとふたりっきりで話すのって、初めてだよね?」
「は、はい……」
まるでターランド邸に来たばかりのアーウェンのようにオドオドとし、ロフェナの質問がどこに飛んでいくのかと戦々恐々としている様子にクスッと笑う。
「いいよ、今日は……少なくとも、ここにいる間は僕を『お兄さん』と」
「お、おにいさん……」
カラがキョトンと目を丸くする。
施設では確かに少ないとはいえ年上の少年がいないわけではなかったが、だいたい十歳ぐらいになると施設を出てしまったため、それ以上の男はだいたい『上司』になってしまい、どう接していいかよくわからなかった。
それならば今まで通り『上級使用人』と『下級使用人』、もしくは『次期当主様専任執事様』と『アーウェン様付き侍従』という格差のある立場で、敬語を使って話す方が自分を偽りやすいのに。
「あ!それいいな!よし……カラはこれから僕の『おとうと』ね?僕はひとりっ子だから、弟が欲しかったんだよね!ほら、年下の使用人ってカラぐらいしかいないし、女性使用人も僕より年上ばっかりだし……」
年下の女使用人もいないわけではないがラリティス以外はほぼ下級使用人で、男使用人も同様に立場が違うということで、ロフェナ自身はカラ以外の少年たちと関わることはほぼ無い。
自分の存在が母や妹以外にこんなに求められることは──『労働力』ではなく、本当にただの『カラ』という少年として関係を持ってくれようとした者など、ターランド伯爵家でアーウェンの側に仕えるまで味わったことがない経験だ。
しかもこの『アズ』という知りもしなかった町で。
「そういうことでね。カラの今までの話を聞かせてほしいんだ」
「今まで……」
「うん。きっと旦那様はグリアース伯爵閣下が君の家族がこの町にやってくることに関しては、かなり乗り気だし。僕はそんな弟の大切な家族のことを知りたい。君がどんな遊びをして、どんなものを食べて、どうしてターランド伯爵邸に来て……今君がどんなものを好きなのか知りたいし、よければ一緒に出掛けたいな」
「いっしょに……」
カラにしてみれば驚きの連続だ。
今まで遊んできたと言えば同じ施設か周辺に住んでいた普通の平民の子供たちばかりで、貴族というのはどちらかといえば若い女性からカラの母たちのような女性を性的に搾取しようとし、蔑む目をしながら自分たちが『善を施した』と優越感に浸るために施しを与える嫌な奴だという印象しかない。
それなのにたまたま応募したターランド伯爵邸ではそんなことはまったく無く、怒られるのは純粋にカラの失敗に関してで、貧民院出身だからと差別されたことがないことを思い出す。
それが皆そうで、きっとそういう者たちが灯りに引き寄せられるように集まる原因が、『ターランド伯爵』という人なのかもしれない


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