その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第二章 アーウェン少年期 領地編

義兄は王都で推測する ②

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父の口述を書き取った報告──もとい手紙はまだ続く。
はっきり言って糸で綴れば『アーウェン君観察日記』と言えそうなほどの分厚さである。
実際その報告書の後半には、アーウェンが旅立った初日からこの報告書が完了するまでの食事内容や身体的心理的変化、睡眠時間など、おそらく治療担当の者たちからの経過記録も付随していた。
「えっ……字が書けなかったの?幼年部並の知識もなく……家庭教師……ターランド領中央市にウェルエスト料理店ができる予定だから、かの地の歴史と名産など事前学習を怠らないこと……?父上……あなたはまたどんな人たちに情けをかけたのですか……羨ましい」
つい本音が漏れた。
リグレが領地の本邸からこの王都のターランド伯爵邸を往復するたび、父は何かしら問題を抱えている者──たいていは無自覚の魔力持ちで周囲と交われずにいる平民ばかり──を引き取って衛兵隊預りにしたり下級使用人として雇うことがほとんどだが、何故か今回は異国民の家族を丸ごと連れて行くことになったという。
普通の貴族であれば異国の者など見下して忌避するかもしれないが、父はあえてそういった者の保護者になるというのもあり得る話なのだ。
だいたいそんな珍しいことがあるなら、こんな勉学と社交の真似事を日常的に行わねばならない学園など休んで、突然できた義弟の成長ぶりを一緒に見たかったと思うのが本心である。
むしろ自分が義弟の勉学をみて兄弟仲を深めるということをしてもよかったのではないだろうか──家庭教師として保護雇用したという異国の人間よりよほど。
「いいなぁ……父上。僕もノアと一緒にアーウェンと遊びたかったのに」
むろんターランド伯爵家次期当主としてはそんなわがままが通るわけはなく、溜息をつきつつ、学園での出来事やアーウェンの血の繋がった次兄と三兄から少しずつ引き出している情報を報せるためにインク壷からペンを引き上げた。


末弟のアーウェンに対しては『存在することも認めたくない存在』のような口ぶりだったのに対し、その上の弟に関しては、ふたりともまるで崇拝するように恍惚と話してくれた。

「あいつは、すごいんだ」
「俺たち兄弟の中でも一番すごいんだ」

ヒューデリックはすごいんだ。

二人の兄から出てくる人物像はその表現に尽き、どんな容姿をしているのか、どんな風にすごいのか、まったく実像が見えない。
奉公先の店主に断って料理屋の個室へと招いたサウラス男爵家の三男であるミージャスもまた、すぐ下の弟を褒め称えるだけで、新しい情報としてはただ父親が求められるままに書物を与え、男爵邸の中でも一番いい部屋を居室に与えられていると話してくれただけである。
ミージャスは次兄と末弟と共にひとつの部屋に詰め込まれて寝起きしていたのだが、何故か赤ん坊だったアーウェンが邪魔だったと蔑むのとは正反対に、ひとり部屋を与えられながらそこから出てこない弟のことを誇らしげに語ったのだが、リグレはその温度差に思わず顔を顰めた。
「なぁ?そうだろう?やっぱりあの出来損ないはいらないはずだったんだよ!だから少ししか金にならなかったんだろう?」
「は?」
へらへらと笑いかけるその少年は酒を飲んだわけでもないのに虚ろな目をリグレに向けながら、聞き捨てならないことを言った。
「まああんなんでも、魔術の実験ぐらいには役に立つんだろう?出来損ないすぎて、良い結果なんか出そうにもないだろうけどさ!……あっ、ひょっとして、拷問魔術かなんかなら試しがいがあるかなぁ?あ~、俺も魔術が使えたらなぁ~」
「……どういう意味ですか?」
「え?だって魔術師って捕虜とか奴隷を拷問するんだろう?異常な人間ばっか集めてるって。ま~、出来損ないなんか魔術の一発で役に立たなくなっちまうだろうけどな!」
最初は自分よりも遥かに良い仕立ての服を着ているリグレに対して緊張の極度で挑んでいたはずのミージャス少年はいつの間にか口調が砕け、むしろ乱暴な庶民的な喋り方に変わっていった。
それはいいのだが──いったい自分がと話しているのか記憶にないのだろう、年上とはいえあまりにも間抜けが過ぎるこの少年に対し、リグレはそれこそ拷問魔術に掛かってしまえと、フツフツと昏い怒りが胸に沸くのを自覚する。
むろん思うだけで──少なくともターランド伯爵家衛兵隊にはそれ関係の能力者はいないはずなのだが。
しかしやはりサウラス男爵家の者たちは、アーウェンを『金で売った』という認識らしい。
確かにアーウェンの身柄を完全にサウラス男爵家から完全に縁を切らせるため、まとまった金額を『支度金』として与えたと父は言っていたが、まさかそれが人身売買的な意味にとられているとは──
「……売られた、とは穏やかではないですね?」
「あ~?……父さんがさぁ……やっぱり出来損ないは端した金にしかならなかったってさぁ……チッ…どうせ売れるなら、もっと良い値で売れてこいよなぁ!そう思うだろう、あんた?」
やはり酔っているのだろうか?
目付きはますます据わり、グラグラと上半身を揺らしながらニタニタと笑うが、リグレはじっと見つめたまま何の返答もしなかった。
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