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環境

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髪を染める染料はあるのかもしれなかったが、父はとにかく自分と娘の髪を染めるのに、一番身近にあった木炭を粉にして擦り付けるという適当な方法で染め、次いで男の子のようにシーナの髪を切った。
その頃はまだ記憶が戻っていたわけではなかったが、別に他の女の子のように髪を伸ばすことに執着があるわけでもなく、むしろすっきりしたと思っていたので父が済まなさそうに頭を撫でてくれるのを不思議に思っていた。
突然髪色の変わった父子を近所の人は別におかしいとも思わず、むしろ妻の亡くなった夫が娘のことを心配して変装させているというのは、言葉にする前に理解してもらえたのが幸いである。
むしろ、そうしても納得される環境というのが問題かもしれない。
「もっとも生まれた時はもう少し金髪に近かった色味らしくて、元々両親や祖母はアタシをあまり外には出さなかったの。でも貧民街ではなく村にいた頃は同じような髪色の子供たちが普通にいたから隠す必要はなかったんだけど……たぶん庶子だったり、分家したお家の子たちが暮らしていた村だったからでしょうけどね」
王都ではないからこそ、たとえ高貴な血筋を思わせる髪や肌色の子供でも伸び伸び過ごせる──だがその中でもうっすらとピンク色に見えるシーナの髪は珍しく、羨ましがられるならともかく、男の子から虐められる要因となったことがその村にずっといられなかった理由でもある。
「それでも母は幸せだったと思うのよ。父と会って四年間かけて結婚の決意の時間を作ってもらえて、二年間新婚生活を続けたの。それから私を産んで……二年じゃなくて、二十年一緒にいたかったって思うのは贅沢じゃないわよね?」
そう言いながらシーナが別のスケッチブックをめくって差し出すと、そこにはシーナと目元がよく似ている男性と、口元がそっくりな綺麗な女性が並んで描かれていた。
「ふふっ……これも五歳の時に、ルエナ様を描いた後に父に言われて描いたの。ふたりで並んで描いてもらった肖像画はないからって。五枚目…かしら。父が描いた生前の母と、その時の父を少しだけ若くして……綺麗でしょう?」
ポロリポロリと涙を溢しながら微笑むシーナの顔を見て、ルエナはまたスケッチブックに視線を落とした。

貧民街にいる者たちは、働くことを拒否し、怠け者で汚くて、貴族に蹂躙されても仕方のない──むしろこの美しい王都で生きていることが許されないのに、お情けで住まわせてもらっている不法者。
そう言って、女家庭教師は彼らを蔑み、触れたら肌が腐るような疫病持ちのように嫌悪し、絶対に同情心を寄せるなとルエナに教え込んだ。
「同情なんかしたら、ああいった者たちは付け上がります。公爵家の子女という者はあんな下賤の者たちと触れ合う必要はないのです。アレは使い潰され、捨てても替えの利く道具だと思いなさい。おお、何て汚らしく臭うのかしら!」
馬車でゴトゴトと揺られ、店の裏に回ってゴミを集めて台車を引く薄汚れた人たちを見て、女家庭教師は大袈裟に眉を顰めた。
ルエナには窓も扉も閉めきって、しかも馬車を走らせている大通りよりもかなり離れているからわずかにしかわからなかったのに、あんな者たちの臭いまでわかるとは女教師とは何と凄い人だろうと、見当違いに尊敬したことを思い出して羞恥で顔を赤らめて俯く。
「……わたくしは、間違っていたのでしょうか?」
「貴族ってどんな仕事をしているか、ルエナ様はご存じ?」
問われてもルエナは答えることができない。
シーナの問いは、王宮で勤めていることや衛兵などのことではないと何となくわかるが、不正解を言うのが怖くて答えられないのだ。
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