婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん！

不服

「貴族は国を動かし、国を守り、国を運営していく……それは国王様に任された領地もそうだけど……だけど、その中に糞尿を集めたり、ゴミや食べ物の屑を集めたり、下水のヘドロを掬って捨てて王都中に悪臭が満ちるのを防ぐ仕事を担っているのは、貴族でも平民でもなく、罪人として元の身分に戻れない者や貧民街の人たち。正しい報酬を得られることもなく……ね」
「え……報酬が……得られ、ない……？」
アルベールもその話は初めてだったので、黙って聞きながら眉を上げる。
「ええ。罪人は元々働いた賃金をほとんど賠償のために取られてしまうけど、貧民は単に読み書きができない者も多いから騙されたり、元々契約すら結んでもらえない。母のように学校に行かせてもらえたのなんて、ほんの一握り。よっぽど利発だったか、祖母のように文字通り自分身体を売ったお金を出せる親がいて、初めて通わせてもらえるのよ……あの街では」
そして読み書きができなければ、仕事の契約に関しても自分の名前すら書けず、口約束だけで雇われ、金ではなくその日の飯を食べさせてもらってそれが報酬だったと言われて泣き寝入りする。
それが当たり前なのだ。
「父は今もあの街の、母と祖母の家にいるの。私ごと家に引き取ると言った伯父様……いえ、お義父様の言葉には絶対頷かなかった」
「リオン殿下からお聞きしたところでは、シーナ嬢の父君は貧民街のあの家で、誰からも授業料を受け取らずに簡単な計算と文字を教えているとか」
「ええ。父には画家としての収入があるから……それに基本的なことさえ教えれば、父以外の人がこれから習う人に教えることができる。教えた人もさらに覚えることができる……父が学園にいた時、後輩に勉強を教えながら復習したのを応用してるんですって」
しかしその経験を利用して、子供だけでなく大人も巻き込んで勉強を教えるようにとアイデアを出したのは、前世では双子の兄や級友たちとそうやって勉強したことを思い出したシーナである。
子供らしからぬ提案に何かしら考えるところがあったろうに、シーナから持ち出された教育方法を納得してもらえたのは、父に下地があったからに他ならない。
しかしそんな話を聞かされているルエナにとっては、自ら支配階級を降りたとはいえかつては貴族として生まれ育っていた男性が貧民と共に暮らし、その生活を改善してやるという考え方や動き方に納得ができない。

そんなこと──そんな取るに足らない仕事は、本来は貴族ではなく平民同士で助け合えばいいのではないか？

そんな子供のような不服さを露わにした表情を見たシーナは、自分が楽しみのめり込んでいた乙女ゲームや派生小説の世界と、実際に進むこの世界は似て非なる物だと納得せざるを得ない。
あれだけ美しく凛としていたルエナが、悪役令嬢らしく絶対他者に頭を下げないというところは変わらないとしても、それがまさかモブとしてすら出てこない『女家庭教師』という存在に作り上げられたものだとは思ってもいなかった。
「疑問ですか？それとも不満ですか？平民は平民同士で勝手にやって、貴族様に迷惑をかけるなこの野郎的な？」
「……え？」
「今すぐこの家から使用人たちが全員暇をもらったら？あなたの着替えを手伝う者も、湯浴みの準備をする者も、食事を作る者も、カーテンを開け閉めするだけの部屋女中や御用聞きや扉を開ける男の子、馬車を整備し馬を世話する御者、あなたが絶対足を踏み入れないそれこそ汚物を溜めて農園に肥やしとして持っていく者がいなくなったら？それらの仕事をあなたや奥様が手分けをしてやらなければならなかったら……平民が手を貸そうとしなければ、生きてはいけないのはあなたたち貴族なのよ？」
享年十八歳。
だが精神年齢や勉強してきた内容が彼らのそれよりはるかに高い『詩音』という女性の記憶が、シーナ・ティア・オイン子爵令嬢を、目の前の兄妹よりもずっと大人の女性として意識させる。
その事実を知らずとも自分よりはるかに高尚な考え方をする子爵令嬢──それがますます悔しく、ルエナはシーナ嬢の言うことを理解しつつも納得できない気持ちには変わりなかった。